第29話「魔王様、無茶ぶりやめてください」
『魔王っ! その、力で何をっ!』
『フハハッ、愚かな勇者よ。まだ己の運命を受け入れていないのか?』
『……貴様ぁっ! 人を傷つけることは、許さない!!』
『実に哀れだな! お前はここで朽ち果てるというのに』
『くそっ……悔しい……悔しいっ…………』
【魔王様の大活躍 第581章】
レルシ・作
「……なにこれ、よくわかんないよ」
「レルシが書いた妄想」
「これが物語文なの?」
ルパとフューレは、机に座って静かに問題を解いていた。
国語の教科書に載っていた物語文は、レルシが自身の手で書いたものだ。そしてその後に、物語文に関する問題が書かれていた。
淡々と問題を解いているフューレを見つめ、ルパがぼやく。
「一人で解けるんだね……」
「こんなの執事もレルシもいらない。ていうか、この物語文、意味不」
「うん……。そういえばエルたん、どこ行っちゃったんだろう……?」
部屋の中で爆発が起きたとたん、呆然とした表情をした魔王デュークが部屋にやってきた。
そして「俺のせいじゃない!」と喚き立てている執事を引きずり、どこかへ行ってしまったのだ。
ルパはさっき、記憶を取り戻したときのことを覚えていない。故に、自分で口にしたはずの「元の力を取り戻す方法」も、きれいさっぱり忘れてしまっている。
ぼんやりと宙を見つめ、彼は暇そうにあくびをしたのだった。
「……説明しろ、勇者」
「……」
「フューレの部屋が崩壊したって?」
俺は今、人生最大の窮地に立たされている。
選択を誤ったら、奈落の底に落ちることになるだろう。
……魔王の部屋で、怖い顔をしたデュークに壁ドンされていた。
さすがに娘の部屋が吹っ飛んだら、パパは怒るよな……。
「俺はお前に、一日だけ家庭教師を務めさせただけだぞ。何をどうしたら部屋が破壊されるんだ」
「ま、魔王様。聞いてください。理科の教科書が悪いです」
「あ?」
「実験の内容、爆薬を作ることだったんですよ!? どう考えても危ないと思いませんか!?」
俺は何も変なことは言っていない。
普通に考えて、危険な爆薬を作る実験とかあり得ない。
一体それの何がフューレの学習となるのか、まったくもって価値が理解できないな。
するとデュークは、肩をすくめた。
「……理科の教科書、書いたのはレルシだからな。これは後でレルシに説教だ」
「え?」
「いや、何でもない。とにかくそうだな、今回は使用人に修理させるから、次からは気をつけろよ」
「あっ、ありがとうございます」
よかったあああああ!!
俺には被害が来なかった!
さすがは魔王様。敵だと恐ろしいが、今は俺が内心一番頼りにしている相手でもある。部屋をぶっ壊しても苦笑だけで許してくれる大胆さなど、人間にはないだろう。
「……あ、そういえば魔王様」
「どうした?」
「さっきルパが一瞬だけ、もとの記憶を取り戻していたんですよ」
「……なんだと!?」
突然、デュークは食い入るように俺を見つめてきた。
「詳しく聞かせろ。どういうことだ?」
「あのー、理科の実験で使っていた煙を吸ったら、刺激が強くて少しの間だけ、記憶が元に戻っていたというか……」
「どんな様子だったのだ」
「目つきが怖かったですよ。性格もあんな子どもっぽくなくて、威厳があったという感じで」
「……なるほどな」
デュークはずっと、ルパを堕天使に戻したいって言ってたからな。
俺もあいつの世話をずっとはしたくない。そして何より、力を失って苦しんでいるのはルパ自身だろうし。
さっさと堕天使に戻す方法を考えたいところだ。
「おそらくその時のルパが、堕天使としてのルパなのだろう。その時、何か言ってなかったか?」
「そういえば、会話が途中で終わってしまったんですよ。でも、堕天使に戻る方法に、思い当たることがあるって。『俺がかつて落下した、氷山の頂上』とか言ってました」
「……氷山か。ちょっと待て」
するとデュークは部屋の奥へ行き、棚を漁り始める。
えっ、今の言葉だけで、何かわかったの?
「魔王城の近辺にある氷山と言えば、北にあるブラッドスノーしかない」
「ブラッドスノー……?」
「血にまみれた雪山、とも呼ばれている。なんにせよ、登山者が何人も死んでいる山だからな」
デュークが持ってきた地図には、確かに「Blood Snow」という地名が載っている。
……物騒すぎるだろ、その山。
俺はいかないからな? 弱い人間だし。
「おそらくルパは、この雪山の頂上に何かがあると言いたかったのだろう」
「はぁ……なるほど」
「そうと決まれば善は急げだ。勇者、明後日になったら雪山に向かうぞ」
「えぇ……って、え?」
魔王様、今なんて?
デュークとルパだけで行くんだよね? 俺も一緒に行くみたいな言い方をしているけれど。
「もちろん、お前も同行だ、勇者」
「……いやあああああ!! 嫌です!! 俺は絶対に行きません!!」
「お前は勇者なのに弱すぎる。登山は鍛える経験にもなるだろう」
「俺は勇者じゃな――ゴホン、その登山で死んだら鍛えるもクソもありません!」
俺は魔王様の大胆さが好きだと言った。
だが、こういう大胆な命令に逆らえない時は、最も嫌いになる。
「フューレも連れて行くぞ。明日は俺の用事があるから、明後日だ」
「えええええっ!?」
「雪山だから、当然寒い。俺とフューレは問題ないが、お前は防寒対策でもしておけ」
そう言い残すと、デュークは部屋を出て行ってしまった。
……有無を言わせてくれなかった。優しいのか冷酷なのかがわからない。
俺は明後日――マジで命を落とすかもしれない。




