第27話「学力が5歳児に負けています」
俺がフューレの執事になってから、約3週間……。
「勇者、突然だが聞いてくれ」
「……ん? 魔王様?」
「今日はフューレの家庭教師だったレルシが来る日のはずだったのだが……急遽、体調不良で来られなくなったらしくてな」
ん? 誰だよ、レルシって。
というか、フューレに家庭教師とかいるの? あいつ5歳くらいなのに?
「レルシは月に1日、この魔王城に通っていた。だが今日の朝になって突然、高熱を出したと手紙をよこしてきたからな。貴重な時間が取れなくなってしまったが……頭が回っていない先生に教えられても意味がない。仕方なく諦めたのだ」
「……フューレ様って、何を勉強しているんですか?」
「次期魔王たる者、英才教育は必要だからな! 数学や古語なども教えているぞ」
そうなのかよ!?
知らなかった……。だからフューレ、妙に頭良かったりするときがあるのか。
魔王デュークは数冊の本を手に取り、俺に渡してきた。
「だから、今日は代わりにお前がフューレに先生をしてくれ」
「……へっ?」
「問題ない。お前は勇者だろう? いくら弱くても、教養だけはまともに受けてきたはずだ」
いや、俺は勇者じゃないし。
もとの世界では学校でそこそこの成績を取ってたけど……異世界の勉強、俺でも理解できる内容なのか?
「問題ない。学校に通った者なら、人間や魔族関係なく、誰でも解ける内容だ」
「はぁ……」
「なに、たった今日だけだ。頼んだぞ、あとでフューレにテストを行わせるからな」
「ええっ!?」
驚く俺を置き去りにして、デュークは去っていく。
……テストをするって? だとすれば、何がなんでもフューレに教え込まなきゃまずい。
俺の手に乗せられた3冊の本。
その一番上には、小さなメモ用紙が貼られていた。
『本日の学習内容
① 理科:物質を使った実験 教科書122ページ~
② 国語:物語文の音読&読解 教科書99ページ~
これらの授業を行う』
――あー、なるほど?
思ったよりも難しくなさそうだな。
よくわからないけれど、どちらの教科も……指定の範囲の教科書を開けば、何とかなる内容だろ!
それに、フューレは頭が良いからな。授業が適当でも、テストをきっとこなしてくれる! たぶん。
そう決まったら、さっさと教えに行くか。
「フューレ様~」
「あっ、エルたーん! やったー会いたかったy」
「ごめん、ちょっとお前はお呼びじゃないわ。フューレ様?」
フューレの部屋に入ったはずなのに、俺の腰に飛びついてきたのはルパ。
こいつ、指定の部屋がなくて、いろんな人の部屋を行き来しているからな。寝るとき、どこにいるんだろう。
いつの間にか俺のことを、「執事クン」ではなく「エルたん」呼びにしてきている。エルスという名前、俺の本名じゃねぇから。馴染めないし広めるのやめて?
「ルパ、フューレはどこ?」
「んー? さっきご飯を食べに行ってたよ。そろそろ戻ってくると思う!」
噂をすれば、ガチャリとドアが開いてフューレが入ってきた。
「……なんで執事がいる?」
「フューレ様、今日はレルシさんって人の代わりに、俺が先生をします」
「……ふーん」
めちゃくちゃ興味なさそうだな!?
フューレはベッドの上に座り、無言でノートを開く。あ、勉強する意思は多少あるのね。本当に気まぐれな奴だな。
んじゃ、適当に始めるか。
「まずは理科からやりますよ。物質の実験を行うんですって」
「なにやるの?」
「俺もよくわかってません。えーと、教科書の122ページ?」
俺はデュークから受け取った教科書を開いてみた。
――とたんに、訳のわからん文章が俺の脳を襲う。
『炭酸フェルディナイトと硫酸ヴァルグレインを、液体のアルカリムに入れて加熱することにより、フレアダストに反応する爆発性のある化合物ブラスタンができる』
……
は……? 炭酸ふぇ……え?
「執事、さっさと読んで」
「……ごめんなさい、俺にはさっぱりなんですけど」
「貸せ」
フューレは俺から教科書を強引に奪い取った。
おいおい、そんなのわかるわけねぇだろ。全部俺が知らない物質名だ。まさか、異世界にしか存在しない物質なのか?
「……これ、前にレルシから教わったやつ」
「えっ、ということは、わかっているんですか?」
「わかる。化学式書ける」
「はああああああああっ!?」
嘘だろ! 俺はこの世界だと、ガキに負ける知識量なのかよ。
なんだよ炭酸フェルディナイトって! ふざけやがって!
……いや違う。落ち着け俺。
こんな化学を知ってる5歳児なんていない。フューレが異常なだけだ。レルシとかいう家庭教師、どれだけ英才教育に力入れてるんだよ。
「それでなんか、この通りの実験をする予定だったそうですけど」
「化学式は習ったけど、実験の仕方はレルシに聞いてない」
「あーじゃあ諦めます?」
「執事、実験の準備する」
「やるんですか!?」
くっそー、絶対に面倒くさいから、やらない方向性に持っていきたかったのにー!
……と思ったが、そういえばテストとかいうものが存在していることを思いだした。
「フューレ様。そういえば後で、魔王様がテストを出すそうですよ」
「……は? ダルい」
「そう言われても……。とにかく、実験の仕方は理解しておいた方がいいんじゃないですかね」
「うん。だから実験する。私が実験器具持ってくる」
この教科書の説明を見るに……「爆発性」とか書いてあるんだから、絶対に危ないやつだろ。
あとフューレ様、実験をする時だけやる気出すのはやめてもらえます?
ルパは翼を折りたたみ、猫みたいに蹲ってすやすやと眠っている。
やがて一度部屋を出て行ったフューレが、大量の実験器具を抱えて戻ってきた。
フラスコや試験管、ガスバーナーに……
あぁ、学校でお世話になった、すごく懐かしい面々。だけどな、実験がろくなものじゃないんだ。
「適当に実験器具持ってきた。どれ使う?」
「……フューレ様、それは何ですか?」
「こっちの瓶が炭酸フェルディナイトで、こっちは硫酸ヴァルグレイン」
「なんかすごい色しているんですけどっ!?」
どっちの物質も、小瓶に入った液体。だが、炭酸フェルディナイトは真っ赤なマグマみたいな色をしている。そして、硫酸ヴァルなんとか……ってやつは、墨より黒くて禍々しい色をしていた。
絶対に混ぜちゃダメだろ、どっちも。
「ちょっ、フューレ様? この実験って、安全なやつですか?」
「知らない。レルシから聞いてない」
「嘘でしょおおおおお!?」
こうなったら……死ぬほど丁寧に実験を行って、絶対に失敗しないようにしなくては。
物質が部屋で爆発したりしたら、シャレにならないからな。




