第26話「お嬢様の辞書に慈悲はありません」
「最悪な状況だ……」
「見つかるっていうリスクを想定し忘れていたのかい! ワシはもう、魔王様たちと取引ができないじゃないか!」
「仕方ないですよ! というか私はすでに、魔王たちに敵対されているでしょうし」
「アンタはいいんだよっ! 問題はワシだっ!」
魔王城から少し離れた岩陰に隠れ、それぞれの言い争いをしているルルータとリップ。2人は互いに責任転嫁という、見苦しい喧嘩をしていた。
「ワシは執事を食いたかっただけで、魔王軍に逆らう気なんて最初からなかったわ!」
「執事を狙ったらそれくらいのリスクがあることなんて、馬鹿でもわかるでしょう!? 私とあなたが手を組んだ地点で、すでに魔王様には敵対しているんですよ!」
「アンタがそこを考慮しなかったせいで……」
しかしそこへ、小さな足音が近づいてきた。
「仲間同士が喧嘩、クソワロタ」
「フュ、フューレ様がっ!!」
ルルータが跳ねた声を上げた。
フューレの実力を互いに理解している2人。
即座に判断を出したのは、老獪なリップ・オフの方だった。
「……ワシゃ、ルルータに脅されただけだからねっ!」
「えっ!?」
「そいつがワシに協力しろって、さもなければ命を奪うと迫ってきたんだよ! こんなか弱い老婆にさぁ! ということでおチビ、そいつを成敗しとくれよ!」
「何を言っているのですか!?」
慌てふためくルルータを置き去りにし、逃げ足の速いリップは急いで逃げ出した。
「フュ、フューレ様っ! あの人、私を裏切って逃げ出しましたよ!? あの人を追うべきではないですか!?」
「……」
フューレは視線を、姿が小さくなっていくリップに向ける。
しかしすぐに冷たい眼光でルルータを見つめた。
「リップは商人。いいもの売ってくれるからいい」
「は……?」
「お前はクソ」
次の瞬間、フューレが片手をあげる。
光が手に集中し、それぞれが各属性の魔法として生まれようとしていた。
ルルータは一瞬だけ、呆気に取られた。
しかし彼は逃げない。フューレを睨みつけると、フッと笑いを浮かべる。
「……あぁはいそうですよ! もう隠しません。私は魔王の座を狙っているんです!」
「あっそ」
「こうなったら実力勝負、まずはフューレ様をやるしかありませんね……。あなたが次期の魔王なのですから!」
ルルータは爪を長く伸ばし、フューレの前に立ちはだかった。
「フューレ様ーっ! どこですかー!」
俺は必死になって、どこかに行ったフューレをさがしていた。
あいつ、この辺りに向かって走ってた気がするけどな……。足場が不安定で、さがすのも大変だ。
すると少し離れたところから、爆発音が聞こえてきた。
「うわっ!」
絶対にフューレだろっ!
なに勝手に戦ってるんだあのガキいいい!!
お前が本気出したら、ルルータやリップが死ぬどころか、災害が起こるだろっ!!
案の定、俺がたどり着いた場所では、フューレがルルータの奴を虐げていた。
「ちょっ……フューレ様!」
「なに、執事」
「やりすぎじゃないですか……?」
今、ルルータは絶叫を上げて逃げ惑っている。
それも――爪の攻撃が効かない、たくさんの炎のオオカミから。
「さっき言ったでしょ。2人をぶっ飛ばすって」
「リップさんはどこに?」
「どっか逃げた」
「はあああああ!?」
あのばばっ……ゴホン、あの商人、逃げたって!? なんでフューレはリップを捕まえなかったんだよ!?
……まぁいい。
今はルルータを何とかしないとだな。
フューレが全力を出したら、あいつ死んじゃうかな。
「フューレ様っ! 私がただ闇雲に逃げているだけとでも!?」
突然、ルルータが声を出す。
はぁ……? 逃げていないのなら、何やってるって言うんだよ。
「私は執事が来るのを待っていたのです!」
「は? ちょ――あっ!?」
ルルータは炎のオオカミの攻撃をかわすと、今度は俺目掛けて走ってきた。
待って、聞いてない! 俺が巻き込まれるとか聞いてないからっ!
ルルータが俺に飛び掛かってきた。
2人でもつれ合い、地面に転がってしまう。
「くっそ! 放しやがれっ!」
「フハハッ! フューレ様、これでもあなたは私に危害を加えられますかね!?」
ルルータの奴、俺の喉に爪を当ててやがる。
俺を人質に取るってことか。 どこまでも性根が腐ってる奴だなこいつ!
おそらく俺一人だったら、泣いて震え上がって、命乞いをしていた場面。
残念ながら、人質戦法はあのロリっ子魔王には無効だぜ。多分。
「さぁフューレ様! どうするか決断を――」
「うっさい黙れ」
「あ――!?」
フューレはそうつぶやいた瞬間、今度は動物ではなく、自らの手から激しい炎を生み出す。
狙いをルルータに定め、炎を放つ準備を整えた。
「執事を殺すより先に、炎を出す」
「……!!」
ルルータの奴が驚いた顔をしている。
相変わらずな間抜けヅラだな。俺も死にたくないから、そろそろ暴れるぞ!
「……どけっ!」
「うあっ!? 待ちなさ――」
注意を逸らしていたルルータを押しのけ、俺はとにかく走って逃げる。
わかった。ルルータはもう救いようのない奴だ。
どっちにしろこいつが生きていると、魔王側にも人間側にも危害が及ぶ。
初めてかもしれないな、こいつの力を頼るだなんて。
フューレっ! 俺が逃げている隙に、ルルータをぶっ飛ばしてくれっ!!
その期待に応えるように、フューレは勢いよく炎を噴射した。
とぐろを巻くヘビのように、炎は渦巻き、俺を追いかけるルルータを呑みこみ……
炎がおさまったとき、ルルータは地面にうつ伏せで倒れていた。
顔を確認すると、気絶しているみたいだ。
「あれ、生きてるのかよこいつ。しぶといな……」
「私が本気でやらなかった」
「へ?」
え? 本気を……出していないだって?
俺はてっきり、フューレが炎でルルータを燃やし尽くして、殺してしまうのではないかと思ってた。
だってフューレは、やるときは容赦ない奴だから。それに俺だって一瞬、マジでルルータは死んでいいと思ってしまった。
「なぜ手加減したのですか?」
「……別に、殺すのが面倒だったから」
面倒なわけがないだろ。殺さない程度に力を抑える方が大変のはずだ。
「こいつ、地下牢に運んどく」
「あぁ……そうですか」
ルルータを乱暴に引きずって、城の方へ戻っていくフューレ。
俺はそんな彼女の背後を見つめながら、ふと思った。
この頃、少しずつフューレの様子が変化している気がする。
もちろん、俺への態度とかは改良されていないのだが……
この時初めて、フューレは「無駄に傷つけない」という選択をしたぞ。
(もしかして……俺の教育、少しずつ効果が出ているのかな?)
フューレから逃げたり、持ってきた卵を死守したり。本を読ませてみたり、必死に気持ちを訴えたり。教育というよりかは、すべて俺が必死に選び取った行動なんだけど。
冷徹なフューレには、一見すべてが無駄なことのように思えた。だがこれらがもし、見えない変化を起こしているのであれば……
「俺は、フューレを変えられる」
俺の希望は、もはや確信に変わっていた。
……という風に、少しだけ慢心していた俺なのだが。
「ここは……どこです?」
目覚めた場所がわからず困惑しているルルータに、フューレが鉄格子越しに説明していた。
「ここは魔王城の地下牢。死ぬより辛い場所」
「どういうことですか?」
「食事は残飯か虫。水は泥水」
「はぁっ!? そんなもの口に入れられませんよ!」
「あとはたまに働かされる。エネルギー供給の仕事。あとはよろ」
「待ってください、フューレ様! 私に何をしたのですー!? あと、リップさんも共犯なんで! あの人のことも捕まえるべきです! あぁもう、いつか絶対にここを出てあなたに復讐してやr」
喚きたてるルルータを完全無視し、スタスタと去っていくフューレを俺は見た。
どうやら、何か変化したと思ったのは目の錯覚だったらしい。
フューレは相変わらず、鬼のような性格をしたままだった……。




