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第21話「卵からヤバいものが生まれました」


 人里を離れると、険しい峡谷や荒野が並ぶ。

 生身の人間が魔王城へ到達するには、危険な魔物や魔族が山ほどいる地帯を抜けなければならないのだ。



 ある日、一人の青年がマントをなびかせ、荒野を勇ましく進んでいた。


「あ? 人間かぁ?」

「何だよ、こんな場所に用か? ケケケッ」


 青年の存在に気づいたのは、荒野を縄張りにするゴブリンたち。魔物の中でいえば知能は高い方であり、人の言葉を話す。

 醜い笑いを浮かべる彼らを睨み、青年は静かに言った。


「……俺は勇者だ」

「勇者? ハハッ、何言ってんだこいつ」

「勇者は魔王に土下座した! 魔王城にいるから、お前は違う」


 馬鹿にするような声を上げるゴブリンたち。

 マントを羽織った青年――エルス・レオンハートは、ため息をつきながら剣を抜く。

 白銀に輝く刀身に、エルスの覚悟が映し出されていた。


「悪いが、俺は急いでいるんだ。牙をむくなら容赦はしない」

「あ? 勇者モドキが、馬鹿にすんな!!」


 ゴブリンたちの笑い声は、一斉に怒声へと変化した。

 斧や棍棒、物騒な武器を手に、10匹近くはいるゴブリンが一気に襲い掛かる。


 しかしエルスは取り乱さない。

 剣を右手で構えると、地面を一蹴り。まっすぐに進む間に、同時に襲い掛かるゴブリンを一気に斬りつける。


 エルスが地面に着地した瞬間、すべてのゴブリンが悲鳴を上げて倒れた。


「……」


 勇者は歓喜の声を上げない。ただ黙然としたまま、剣の血を拭いて再び腰にさした。

 彼は前を見据える。

 巨大な魔王城は、遥か遠くにそびえたっているはずだ。


「下等な魔物たちにも、勇者が執事になったという噂は広まっているわけか……。今頃、その執事は……」


 魔王のもとで働く人間が、安泰な生活を送れるわけがない。

 きっと今この瞬間も、酷使されているはずだ。身も心も擦り切れるまで……


「……今は謝っている場合ではないな」


 一刻も早く、勇者と勘違いされている執事を助け出さなくてはならない。

 エルスは覚悟を決め、果てしない荒野を力強い足取りで進んでいった。





「そういえばヤミー、この城って何人くらい魔族がいるんだよ」

「……そうだねぇ……。すべての使用人を足しても、50人くらいなんじゃないかな」

「思ったより少ないんだな」

「だってこの城は兵士がいないからねぇ。戦闘力は魔王様一族で十分だって、君もよくわかってるだろう?」


 第二調理室にやってきていた俺。

 食器の片づけをしているヤミーと話しながら、俺は窓の外をぼんやりと眺めていた。

 屋上を含めて7階もある巨大な城。それに対し、使用人はたったの50人程度らしい。城で働く人数が少ない理由は、主にフューレにあるのではないかと密かに思っていた。だってフローリアさんも言ってたけど、使用人の殆どはあのロリっ子魔王を嫌っているらしいし。


「……そういえば、ヤミーの他に料理人っていないのか?」

「ゼロではないさ。料理人は全員で3人だよ。後輩がいるからね」

「え、たったその3人で、毎日の食事を50人分作ってるってこと?」

「そうだけど。僕が諸事情でいない場合は、他の2人や君に任せている。感謝してくれよ? 僕、こう見えても食事を作るので多忙をきわめているところなんだから」


 マジか……。意外だったな、ヤミーが忙しいだなんて。てっきり料理の味研究に没頭しすぎて、食事の作り忘れとか発生するのかと思っていたけれど。


「あ、でもここ最近は調理を後輩たちに任せて、僕は味の発明をしているところだよ」

「やっぱりサボってんじゃねぇか!!」





 さーて、今日の俺はフューレに何を頼まれるんだろうな。

 玉座の間に戻った俺がそう考えていると、フューレがゆっくりと歩いてきた。


「おはようございます、フューレ様」

「執事」

「どうしましたか?」

「あれ、いつ出てくるの」


 フューレが指さしたのは、玉座の上に乗せられている虹色の卵。

 あぁ……あれねぇ……俺が外から拾ってきたやつか。

 ずっと温め続けているけど、未だにかえっていない。時々動くから、中身は生きているっぽいけどね。


「フューレ様、ああいうのは時間が経たないとですから。もうしばらく様子を見ましょうよ」

「執事、見て。卵が暴れてる」

「は? ……ああああああああっ!?」


 卵の方を振り向いた俺は、思わずとんでもない声を出してしまった。

 さっきまでピクリとも動いていなかった卵が突然、玉座から転げ落ちそうなほどに暴れだしたのだ。


「ちょ、まっ!! 何が中で動いてるんだ!?」

「どいて。卵ぶっ壊す」

「そんなことしたら中身が死んじゃいます! とにかく、落っこちる前に……」


 俺はまるで意思を持つかのように動く卵を抱え、床に下ろした。

 もしかして中にいる生物が、早く卵から出たくて暴れているのだろうか……?


「出れなくて困っているのなら、話は別なんですけどね……」

「執事、卵にヒビが入ってる」

「ええっ!?」


 嘘だろ、もうヒビが入っているのか!?

 俺が確認すると、卵の表面に小さな穴が空き始めていた。


「おいおい……まさか、こんな突然生まれるのかよ?」


 次の瞬間、一気に亀裂が入った。

 卵が真っ二つに割れ、中から神々しい光が発生する。


「うわっ……!!」





 あまりの眩しさに目を閉じた俺。

 おそるおそるまぶたを開けると――目に映ったのは、純白の羽根だった。


 光がおさまった場所に現れたのは、雪のような白い翼で覆われた何か。

 明らかに卵に収まるサイズのものではない。

 な……なんだ、これは?

 俺は思わずフューレの傍に寄って、息を吞みながら現れた謎の生き物を見つめていた。


 やがて、ゆっくりと翼が広げられていく。

 姿を見せたのは、滑らかな銀髪の青年だった。

 白く柔らかい装束が青年の体を覆い、頭の上には金色の輪が浮いていた。

 そっと開かれた瞳には、淡い太陽のような光が宿っている。



 ――という、この世のものとは思えない美しさの青年が、そこに現れた。

 俺とフューレは無表情で立ち尽くす。

 ……え、今、卵からこいつが生まれたの? 輪っか? 羽根? 天使??

 俺の脳内は唐突な情報量ですでにパンクしそうになっていた。


「……えーと、どういう……」


 俺が状況を理解できずにいると……

 突然、翼の生えた青年は大きなあくびをした。


「ふわぁ~、卵の中は狭かった」

「……え?」

「んー? みんな誰? ボクは天使のルパだよぉ」


 一見クールな姿をした青年は、気だるい声を出した。




 この時俺は、魔王デュークの言葉が脳裏に蘇る。


『俺の儀式で、堕天使様を呼んでいるのだ』



 いや……堕天使じゃなくて、ただの天使なんですけど。

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