第20話「お嬢様に『俺』が生きる意味を」
俺はロリっ子魔王のフューレを育てるにあたり、一つだけ心配事が……いや、心配なことは山ほどあるな。
極めて気にしているのは、魔王デュークの許可だった。
だって俺が育てたいと思っているのは、無邪気な殺戮をしないフューレ。願わくば、人と魔族が争わない世界を創れる魔王にしたいのだ。
そんなことを、魔王が許すのだろうか?
「いいって言うわけないんだよなぁ……」
デュークは前に、人間と魔族が争うのは仕方がないことと言っていた。それはおそらく、魔王としての絶対的な権力と余裕から生まれている考え方だろう。
そんなこと考えている奴の娘が平和主義者になったら、ブチ切れてもおかしくない!
今後はこっそりフューレを育てて行こう。
俺はそう考えながら、周囲を見渡した。
――あぁ、話し相手が恋しい。
もとの世界ではそんなことを思ったことがなかった。虚無のままに生きていたからだ。
俺は話し相手を求め、第二調理室へと歩いて行った。
「し・つ・じ・君! 聞いてくれ! 料理の案が思いつかな過ぎて暇なんだ!!」
「うるせええええ!! 声がいちいちデカいんだよお前は!!」
「君には言われたくないよ!」
調理室に入ったとたん、料理長ヤミーと口喧嘩が始まる俺。
なぜだろうか。自分でも不思議だな。こいつの言葉にはすべて反発したくなる。
それでも俺は何かあるとヤミーに会いに来てしまうのだ。この、つまみ食い問題児に。もとの世界だったら、絶対に俺は自分から他人に話しかけなかった。
俺って実はわりと、寂しがりやなのか?
散々ヤミーと喧嘩したり、喋った末に、俺は廊下へ戻っていった。
「俺が生きたい理由……」
死んだら何も残らない。
だから生きたい。生き続けたい。
俺は何を残したいんだ?
ふと俺は、もとの世界での生活を頭に浮かべた。
何も考えていない呆けた顔で、仕事のカバンを持って外に出ていた。周囲は話しかけにくい先輩ばかりで、俺は一人縮こまって作業をしていた。
「あの頃は……残したいものなんて何もなかった……」
でも生きたいと思ってた。
意味のない人生を、意味がないまま終わらせたくないと思っていたんだ。
「……そういう、ことなのか?」
俺は思わず目を開けた。
曖昧なままの答えを自分に問いかける。
俺は自分に意味を持ちたいと、そう願っていたのか?
異世界転移。ステータスは使い物にならないけれど、これには意味があると思った。それまでの生活が虚ろだったから、唐突に訪れた人生の分岐点は輝いて見えた。
神様が初めて俺に与えてくれたチャンス。
それを逃したくなくて、俺は必死に縋り付いていた。
その成れの果ての姿が、ダンジョンの残り物を漁る、ハイエナの俺だったってわけか……。
「……そうだ。俺は生きたいんだ」
生きたいと、死にたくないと願うのは、生き物なら誰しもが同じ。
でも俺は、生きたい理由がちょっと違うな。
俺は俺が生きる意味をこの世に残してから死にてぇ。だから俺は、何が何でも生きて、生き延びて、前代未聞の魔王を育てるという目標を成し遂げる。
それがこの俺――フューレの執事の生き様だ。
「執事」
背後から呼ばれ、俺は振り返る。
この呼び方をする奴はあいつしかいねぇな。
立っていたのは、いつも通りの小さな体のフューレだった。
「今日、どうした? いつもと違う顔」
「……」
生きる意味を考えている俺の顔は、フューレの目にどう映ってたんだろうな……。
「フューレ様」
「……」
「私は……いや、俺は。フューレ様に教えたいことがたくさんあります」
フューレ様は黙っている。
俺はまっすぐに、彼女の青い瞳を見つめた。
「フューレ様が知らない感情や世界は、きっとこの世界にいっぱいあって、それを知れば、フューレ様の何かが変わると思うんです。……もしかしたら、魔王になった後にやりたいことが、あなたの中で変化するかもしれません」
「……執事」
「俺はあなたを無知のまま、魔王の玉座に乗せません。あなたは人間に興味があるのでしょう? 俺が教えます。世界はあなたのおもちゃ箱ではなく、あなたが支えていくべき居場所なんです」
だってフューレ様は。
「あなたは魔王だけど……まだ、一人の女の子なんだ」
俺は自分の気持ちを、精一杯に伝えた。
本当はただの5歳児なんだ。人と魔族の戦争を許容する父の子なのだ。
まだ変わることができるはず。
そう確信しているから、俺はフューレを育てることを決意した。
「……」
「……あの、フューレ様?」
――かっこよく決めたつもりの後に、俺は少しずつ恥ずかしさがこみ上げてきた。
俺、5歳児相手に何を言っていたんだ?
世界がどうのこうの言われたところで、幼女が理解できるわけないだろ! 馬鹿か!!
「……ちょっと何言ってんのかわかんなかった」
「え……あ、ごめんなさい……」
「でも、なんか楽しそう」
「えっ?」
俺は驚いた様子で顔を上げる。
フューレはいつも通りの無表情を浮かべたまま、俺の前を軽いスキップで歩いた。
「人間を教えるなら教えて。つまんなかったら燃やすけど」
「……フューレ様……」
「私、知ってるものが少ないから。執事が出したものなら、何でも見る」
その短い言葉だけを残し、その場から去っていくフューレ。
いつも通りの調子だった。でも、俺の中ではフューレの言葉が深く残っていた。
「……なんでも見るって言いましたね、フューレ様」
フューレがそう言うのなら、俺は執事として全力を出す。
勇者と誤解されていたり、まだまだ問題は多いけれど。
――生き延びると決めた俺は、誰よりも強い。
魔王城に来て約二週間。
フューレのほかに出会ったのは、ヤミーやフローリアさん、後は魔王のデューク。
きっと他にもたくさんの人がいるはずだ。
ルルータのように、城の外から誰かが来る可能性もあるが……
この先、何があろうとも、俺はこのハイエナ根性で生き抜いてみせる。
俺の執事生活は、幕を開けたばかりだ。
……って感じで、綺麗に締めたかったのに!!
「執事、今は掃除の時間。なんで廊下にいる?」
「……うわ、待って! 忘れてた! ごめんなさいフューレ様、考え事をしてて……」
「死ね」
「あぎゃあああああああああ!!」
死ねじゃねぇよ! なんでさっきの会話の流れから、俺を殺す結論に至るんだよ! やっぱりフューレ様、俺の言ったこと理解してないじゃないか!
俺はこの日も、発狂しながら一日を乗り越えるのだった。




