第18話「執事は戦わずして勝ちます」
後日。
俺は早く目覚め、フューレの部屋へとやってきていた。
「フューレ様……」
「きしょい。勝手に部屋はいるな」
「あっ、すみませ……じゃなくて、言いたいことが!」
「……」
危ない危ない、いつものテンポに巻き込まれるところだったが……
今日だけは大真面目なんだっ! あの爪長野郎を追い出さないと、この城と世界が終わるぞ!(あと俺も死ぬ)
「言いたいことってなに」
「それは……えっと……ルルータが」
言いかけた途端、胸に激しい衝撃が走った。
――あっ――――!?
グラグラした痛覚が脳裏に響く。駄目だこれ、これ以上言ったら死ぬ――
これが、ルルータが俺にかけた呪いってやつなのか。
「……やっぱり、なんでもありません」
「あっそ。ていうか執事」
「なんですか?」
「これ」
フューレは部屋の奥の棚から、一冊の本を取り出してきた。
……ん? これ、見覚えがあるな……
『どうぶつさんのおおかみたいじ』
「あああああああっ!! ああああああああああああっ!!!」
悪夢の本だあっ!! これ、俺が城の倉庫に封印したはずなんだけどな!!
さては、勝手にフューレが持ち出したな!?
「もう一回やる」
「やりませんっ! 私はオオカミ役はやりません!」
「……」
まずい、フューレが無言のジト目で俺を見つめてきた。
無言のフューレはたいてい機嫌が悪い。何か代案を考えなければっ……!
「フュ、フューレ様! 今ですね、新しい物語を私が作ろうとしているんです! それを読むことにしませんか?」
「新しい……?」
「えぇそうです。でも、フューレ様との動物ごっこに付き合っていたら、忙しくて続きが描けませんよ。なのでちょっと待っててもらえます?」
「……わかった。つまんなかったら殺す」
よっしゃ来たあ!
とりあえず、本日一度目の地獄は回避できそうだ。前に描いていた物語、さっさと完成させないとな。
あれ、俺ってば、大事なことを忘れているような……なんだっけ?
「うーん、ここの続きどうしようかなぁ……」
本を書くのに苦戦する俺。フューレとの動物ごっこよりは1000倍マシだが、これはこれで大変……。俺は絵心が皆無だから、挿絵に描いた犬や人は化け物じみてるし。
俺が自室の机でため息をついていると、扉がノックされた。
「ん? はーい」
俺が扉を開けると――
そこには、長身の青年、ルルータが。
「はあああああっ!? なんで、おまっ――」
「失礼しますよ、エルスさん。どうやら秘密は漏らしていないようですね。感心しました」
「ぐぅっ……」
そうだ! 俺、フューレにこいつのことを相談したかったのに!
呪いのせいで無理だ……。胸が痛むだけで、間違いなく死ぬって伝わる。誰にも伝えられないのがもどかしかった。
「俺の部屋に何しに来たんだよっ!」
「いえ、ただの挨拶ですよ。何を書いているのです?」
「……フューレ様に、本を作ってるんだよ。物語」
「あぁなるほど! それで、あなたはあのお方を満足させられるほどの物語を書けるのですか? ちょっと貸しなさい」
「あ!」
ルルータは俺の手元から本を奪い、勝手に中身を読み始める。
読むな! まだそれ作っている最中なんだっ!
するとルルータは肩をすくめ、ため息をついた。
「……すごく、派手さのない物語ですね。確かに、捨て犬を育てる愛というテーマは感動しますが、フューレ様には少々重すぎるのでは?」
「なっ……! でもフューレ様には、そういうのが必要なんだよっ!」
「はぁ。あなたは早とちりすぎますよ。やっぱり執事向いていないんじゃないですか?」
呆れられたような目を向けられ、俺は自分の顔が赤くなっていることに気づいた。
怒りと恥だ。勝手に本を読んで文句つけやがって! ムカつくな!!
「紙とペンを貸しなさい」
「はぁ?」
「私の方が、フューレ様を楽しませる素晴らしい物語を描くことができます。それを証明しますから、道具を用意してください」
こいつも物語を作るだって?
ほんともう、自己中でいちいち俺をイライラさせやがって。貸すわけないだろ!
……と、思ったが。
俺は過去のフューレとの経験を思い出し、少し考え直した。
待てよ? こいつが物語を作れば……
やばい、俺天才かもしれない。
呪いのせいで俺は何も言えないけど、ワンチャンこいつを自爆させられるぞ。
「いいぜ。だったら俺と勝負だ」
「何をです?」
「2人で物語を作って、どっちがフューレ様に気に入られるか。どうだ?」
「……いいですね、受けてたちましょう。どうせ勝つのは私なんですけどね」
互いに紙を持って、テーブルの椅子に座る。
あぁちなみに、俺が描くつもりの物語は、さっきの捨て犬の話ね。だって平和だから。
2人でペンを握っている最中、俺は独り言を漏らしていた。
「そういえばフューレ様、激しいバトルものが好きだよな~」
「……」
「あ、あとは動物が出てくるやつとか好むよなぁ」
「…………」
「それと、炎や水の魔法を出す……」
「エルスさん、自分からフューレ様の好みをバラすなど、頭がどうかしたのですか?」
ルルータが疑わしそうな顔をしてきたので、俺は慌てた素振りを見せた。
「えっ、あ!? やべっ、創作に熱中しすぎて、大ヒント漏らしてた!」
「……本当に馬鹿なんですね」
ルルータは嘲笑を浮かべながら、ペンを素早く動かす。
そして完成した物語を俺に見せてきた。
綺麗な字体で、子どもにもわかりやすい語彙の物語が紡がれている。イラストも可愛げのあるものだった。
「見てください、エルスさん! あなたが愚かにもヒントを口に出していたおかげで、私は最高傑作を書けましたよ!」
「な、なんだ?」
「魔族の悪漢に囚われた子猫を、他の動物たちが魔法を使って助け出すというものです。最初からクズとして登場する悪漢を、魔法で鎮圧するカタルシス! これぞフューレ様が求めるもの!」
「うぉぉ……すげぇ、俺の作品はこれに勝てねぇ」
俺はわざとルルータの作品を褒めた。
するとルルータは勝ち誇った笑みを浮かべ、ペンをテーブルに置く。
「では私はこの最高の物語を、フューレ様に見せてまいります。その次はあなたの番ですよ。せめてもの足掻きとして、挿絵を丁寧に書いておくんですね」
ルルータはそう言うと、俺の部屋から出て行った。
彼の足音が聞こえなくなったことを確認してから、俺はこらえていた笑いを一気に吹き出した。
「……はっ、はははっ、来たこれ! はははははははっ!!」
俺は前日の経験で知っている。
フューレ様は確かに、動物が出てくるものとバトルものが大好きだ。
だが――あまりに面白すぎると、それを現実で再現しようとしてくるのだ。
しかも、我々執事が被害者として。
「あいつ……終わったな」
ルルータが描いた作品は、魔族の悪漢を動物が懲らしめるというもの。
あいつは魔族。
つまり…………




