第17話「お嬢様、この男は裏切り者です!」
俺はその日の夜、フューレの夕食を片づけながら、ルルータを睨んでいた。
なんだろうな……何となく嫌な予感がする。俺の直感の何かがはたらいているのか? 根拠はないが、あいつは何かを企んでいるような……
「フューレ様、私がすべきことはありますか?」
「風呂洗い」
「承知致しました」
ルルータはニコリと笑う。あれ? 今日って初日だよな? 当たり前かのようにふるまってるじゃないかこいつ!!
すると、魔王デュークが別の廊下から歩いてきた。
「あの者はどうだ? 朝から試しに雇ったのだが、このまま続けていけそうか?」
「……いえ、俺は正直に言って嫌ですよ」
魔王様は話せば理解し合える相手。そう知っていたから、俺は洗いざらい本音を口に出した。
するとデュークは顎に手を添えて、静かに考え出す。
「……具体的に、何が気に入らないのだ」
「あいつの人格までは否定しませんけど……わざと私の前で自分の有能さを見せつけている気がするんです。まるで、私の居場所を奪っているかのような……」
「……そうか」
デュークは頷くと、俺を見下ろしてきた。
魔王特有の威厳のある顔。今までの俺ならビビり散らかしているだろうけど、なぜか安心感を覚えるものだった。
「今まで、自らフューレの執事やメイドになると申した者はいない。むしろ、辞めたいと言い出す者の方が多かったからな。ルルータは珍しい人材だと思い、今日一日この場に置いてみたが……逆に、不自然な行動が多いのか」
「たぶん……俺の憶測ですけどね」
「俺はあくまで、お前の意思を尊重するつもりだ」
「えっ?」
ま、魔王なのに? 魔族のルルータじゃなくて、人間の俺を尊重??
え……待ってどういうこと?
「お前の方が、先に雇っている執事だ。しかも俺が命令したものだろう。俺も弱い人間の方が、何かあったときに制御しやすいから助かるのだ」
「……」
「それに前にも言ったであろう。フューレは人間に興味を持っているのだ。……こんな言い方にはなるが、魔族は城の中にいくらでもいる。何か不満を感じたら、俺に伝えるといい」
するとデュークは静かな微笑みを浮かべ、その場から去っていった。
感情の整理が落ち着かず、唖然とする俺。
――フューレとかいう化け物の生みの親、実はこの城で一番まともなのでは?
「フューレ様~、そろそろ眠るお時間ですか?」
「眠い。寝る。起こしたら殺す」
「了解しました」
パジャマ姿のフューレが目をこすりながら、自分の部屋に歩いていくのが見えた。その様子をルルータが微笑んで見守っている。
……本当に、なんか怪しいんだよな……。
城の人たちに急接近して好印象を与えているのが。
「おや、エルスさんじゃないですか」
「……」
「どうしてそんな目を向けてくるんです? あぁもしかして、私の距離感に腹が立っているのですか? それは失礼しました。私、他人と積極的にかかわるのが好きで」
「……お前」
「おっと、私はそろそろ帰らないとですね。急に執事になったものですから、部屋の準備もできていないし、まだあくまで仮ですからね……。今宵は外で寝泊まりします」
俺との会話が長引かないように、短く済ませて立ち去ろうとするルルータ。
やっぱり何か変だ!
今まで他人の嘘を問い詰めようなんてしたことがないけれど……今回ばかりは、腹をくくるしかねぇ。
「おい!」
「……まだ何か?」
「その……お前、何か隠し事をしてるだろ。この城で何するつもりなんだ!」
俺がひときわ大きな声で言うと、ルルータの表情が一変した。
目を大きく見開いて、顔面蒼白になる。これはビンゴか!?
するとルルータは、そっと俺に近づいてきた。
――次の瞬間、ルルータの爪が指より長く伸び、尖った先端が俺の首元に添えられる。
「!!」
「……エルスさん、そういうことは大きな声で叫ぶべきじゃありませんよ」
「……ふぅっ」
少しでも動いたら、喉を切られる。
感じたことのない殺意だった。汗だけが止まらなくなり、俺は動けなくなる。
「こんな脅しに屈するくらいなら、あなたは小物ですよ」
「……」
「あなたに、私の本当の目的を教えてあげましょう。どうせ知ったことで、あなたは何もできない」
緑色の爪がキリキリという音を立てている。
嫌だ、やめろ……下手に動かすな……俺の首に刺さったらどうするんだ……!
「私はフューレ様と魔王様を騙し、次世代の魔王となるのです」
「……お前が……魔王?」
「えぇ。私は自分で創造した世界を創り出したい。それは魔境。魔族だけの楽園を再現するのです。あなたがた人間は全員、この手で滅ぼします。存在が単に邪魔なだけですので」
やべぇ……こいつ……
フューレも危険だけど、こいつは思想がはっきりしてやがる。
人間を滅ぼすだって? その世界だと、俺も殺される。
「しかし今の魔王様たちに、人間を滅ぼすという方針はありません。なので私が直接魔王になってやると決めたのです。だが残念……私は魔王様ほどの力は持っていないので、正面から勝てる相手ではないのですよ」
「だからお前っ……執事になるとか言って城に……!?」
「その通りですよっ!」
突然、ルルータは俺の体を放した。
俺は反射的に距離を取り、離れたところからルルータを睨む。
「執事として、まずは信頼を勝ち取るのです。そうすれば魔王様たちの懐にもぐりこめる。今の魔王様たちを失脚させるチャンスを、私は必ず見つけます」
「……」
「そしてあなたは私の踏み台となるのです! 人間のあなたは目障りだ。私の方が有能と証明し、あなたは城から追放してやりますよ。必ずね」
…………
その場が静まり返る。
歩き出そうとしたルルータだが、ふと思い出したように言った。
「あぁ、ここまでの話を誰かに漏らしたら危険ですからね。あなたに呪いをかけておきましょう」
「呪い……!?」
俺が目を丸くすると、ルルータは指で宙に円を描き、そこから黒い魔法陣を生み出した。
待て待て待て、何をする気だ!!
すると俺の胸に、魔法陣と同じ模様が一瞬だけ現れ……そして消えた。
胸に一瞬、鋭い痛みが走る。
「呪いの技を習得するのは、ただの魔法より難易度が高かったですよ」
「……!?」
「私の秘密を口に出すと、それが私に伝わります。そうしたら、あなたを最も残酷な方法で殺しますから。極め付けは、さっきの爪を喉にグサッ……とね」
それは最後の忠告だった。
ルルータは声に出して笑いながら、呆然としている俺の横を通り過ぎる。そのまま、魔王城を去っていった。
「あいつ……」
正直に言えば、恐ろしかった。
喉に爪をやられた瞬間、殺されるんじゃないかと。呪いとかいう能力をかけられたのも、気分が悪い。問い詰めたことを後悔しそうになった。
でも同時に、激しく沸き起こる怒りもある。
俺を追放するだって?
そんなことをされては、俺は今更生きていく術がない。フューレを教育できなくなっちまう。
全部計算しているんだ、あいつは……。俺という邪魔者を消すために!
「絶対に城から追い払ってやる……!」
俺はハイエナ。
生き残るために、群れから裏切り者を追い出すのは当然だ。
俺とこの城のために……あいつは、必ず城から追い出さなくてはならない存在だった。




