第13話「お嬢様、執事を助けてください!」
魔王の娘であるフューレは、静かな足取りで3階の廊下を行き来していた。
「執事……どこに隠れた」
フューレは淡々と呟くと、手のひらから炎を生み出し、それをオオカミの形へと変形させた。
手で指示を出すと、オオカミは床の匂いを嗅いで執事を捜し出すが……困ったように首を振っている。
「グルルゥ……」
「……匂い、嗅ぎ取れない?」
あり得ないことだった。フューレの作るオオカミの嗅覚は、魔王城の隅から隅まで把握できるのだ。
だが、それでも執事の場所がわからないということは……
「フローリア……」
いつどこに現れるかわからない、調教室。
別の時空に存在しているようなものだから、もし執事が部屋の中にいれば、匂いで捜すことは不可能かもしれない。
「……だるい」
フューレは肩をすくめ、とぼとぼと廊下を歩きだした。
「いやあああああああああああっ!!」
勝手に変身して、勝手にゴキの姿になった調教師――フローリアさんは、パニックになって鎖を振り回している。
俺は必死に攻撃を避けながら、部屋から出る方法を探っていた。
「おっ……落ち着け! そりゃ自分の姿がゴキになったらショックだけどさぁ!」
「あなたのせいよおおおおおお!!」
次の瞬間、鎖の先端が俺の腕に直撃した。
「んぐあっ……!!!」
いってええええええ!!
一瞬、腕にミシミシと衝撃が走った。
痛い! 骨折してんじゃねぇの!? 痛すぎる! もう一度当たったら死んじまう!
「ひぃ、ふぅ」
俺は涙を堪えて立ち上がり、フローリアさんに向き直った。
この部屋、前にフローリアさんが鍵をかけていた。彼女が持っているであろう部屋の鍵を奪えれば……
「うぉっ、あそこに!」
よく見ると、フローリアさんが立つ後ろのテーブルに、ろうそくの光が反射している小さな金属が置いてある。
あれがひょっとして鍵なんじゃないか!?
ただ、鍵を取るには、フローリアさんの猛攻が邪魔で仕方がない。
鎖を振り回す攻撃――なんとか対処できないだろうか?
「……こうなったら無理やり突っ込んでやる!!」
どうせもたもたしていたら、命を落とす状況だ。
俺は死にたくない。半ば衝動的に、俺は鎖の攻撃を避けた拍子に飛び出した。
「ちょっ!?」
フローリアさんが目を丸くする。
鎖は強力だが、短距離の攻撃には向いていない。
一気に接近した俺はフローリアさんの横を低い姿勢で通り過ぎ、テーブルに飛びついて鍵を取った。
「うらっ! やめろ開けさせてくれ!!」
「どこ行くのよっ!! まだ調教は終わってないじゃない!」
「その姿で何が調教だよ、馬鹿!!」
俺はフローリアさんの手を振り払い、扉に飛びついた。
必死に鍵をこじ開けようとする。開け! 開くんだ! 今までハイエナ生活していたときも、さんざん鍵を無理やり開けようとしてきただろ!
次の瞬間、ガチャンと音がなり、扉が開くのと同時に俺は廊下に倒れ込んだ。
「ぐあっ」
「あああぁっ、もう!!」
フローリアさんは叫んだあと、舌打ちをして俺に近づいてくる。俺は急いで立ち上がり、彼女から距離を取ろうとした。
というか、どこだここ!?
フローリアさんの調教室は、場所がランダムで城の中を移動すると聞いた。俺が飛び出した廊下は、窓から相当高い位置。5階か6階くらいなんじゃないか、ここ!?
すると、ゴキ姿のフローリアさんが歩いて来た。目を血走らせ、鎖を握る手(脚?)に力を込めている。
「あなたは私を本気で怒らせたわね……これは、その分も込めて全力で叩きのめさないと……」
「やめろっ! フローリアさんが怒ってんのは俺のせいじゃないだろ!!」
俺は廊下を後ずさるが、フローリアさんは長い触角を震わせ、追い詰めてきた。
まずい、この人、自己制御ができていない! 俺を本気で殺しにかかっている。死にたくない……!
「執事、見つけた」
廊下の奥から声がした。
俺とフローリアさんが同時に振り返ると――そこには、無表情を浮かべたフューレが静かに立っていた。
(ナイスゥゥゥゥ!! このタイミングナイス!!)
俺は心の中で大叫びをする。
普段のフューレはおっかない命令をするだけの暴君だが、こういう時は違う。人食リップの件で、俺は学んだ。フューレはすべてを制することができるのだ!!
「フ……フューレ様……」
フローリアさんが震える声を出した。いいぞ、これはフューレが優勢の流れだ。
フューレはフローリアさんの姿を見つめた。その視線に気づいたフローリアさんは、慌てて身体を隠すような動作を取る。いや、丸見えだし。でもさすがにゴキの姿を見られるのは嫌だよな……
「……」
フューレの視線は、今までのフローリアさんを超えて冷淡なものであった。
「フューレ様、この姿には深い訳が……」
「……ノーコメント」
「ああぁああぁあああぁぁぁああぁぁああ」
頭を抱えて嘆く調教師の横を、フューレが通り過ぎて行く。いや、鬼畜か? ロリっ娘魔王、部下に厳しすぎるだろ……
いやでも実際、俺はフローリアさんに殺されかけたからなぁ……
さぁさぁ、フューレ様!
勝手に調教をしようとしたフローリアさんを叱ってくれ!
「フローリア」
「……なんでしょうか、フューレ様……」
「その執事、私に捜す手間かけた。ボコボコにして」
「……はっ?」
俺は、自分の耳が腐ってんじゃないのかと疑った。
今、フューレ様はなんておっしゃいました?
俺を……ボコボコにしろと?
「フッ……フフフッ……かしこまりました、フューレ様」
「おい、意味わかんないって! フューレ様!!」
俺は慌てて叫ぶが、フューレは聞こえてないかのように去っていく。
背後を見ると、フローリアさんの姿が光りだしている。そしてゴキではなく、あの魅惑的な黒髪の女性の姿に戻った。
「もとの姿に戻るの、時間かかっちゃったじゃない。フューレ様の許可も頂いたし、あなたを半殺しにするわ」
「わっ! ちょ、ふざけんな! 暴力反対だ!! やめてくれ! 本人の意思をそんちょ……」
喚き散らす俺は、顔を怒りに染めたフローリアさんによって、再び調教室へと引きずり込まれたのだった。
魔王城の6階。
その一室は、真っ暗で紫の光だけが輝く場所だった。
巨大な紫色の器が置かれ、その上に、闇石が添えられている。禍々しい魔力を放ち、部屋の最奥で渦巻く魔法陣の力を強化していた。
ある時突然、その魔法陣が激しく輝き出した。
勢いよく部屋へ駆け込んできたのは、巨大な角をもつ男。
魔王だった。
「なっ……! 強大な魔力を感じたと思えば、魔法陣がこんなにも反応していたのか……!」
魔王は息を呑み、その魔法陣を見つめる。
これこそが、魔王が行っている「儀式」の正体なのだ。
「もう近くに来ている……。我々が探し求めてきた『堕天使』様が……!」
魔王のつぶやきは、これから起こる未来の壮大さを示すように響き、そして消えた。




