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幻想省活動記録  作者: 長野原
正義のプロセス

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ep6

松野はポケットで鳴る電話の着信音を聞いて目を開け、若干の頭痛を感じたまま電話に出る



「…もしもし…松野です」


『松野、昨日は報告がなかったがどうしたんだ?』



電話の相手は松野の上司だった。松野は少しの間思考を停止して、昨日のことを思い出し飛び起きた



「お疲れ様です!昨日は…えっと」


『まあいい、テロ騒ぎでこちらもそれどころではなかった。笠原紅羽は近くにいるのか?』



笠原の名前を聞き全て思い出した松野は慌てて辺りを見渡す。見慣れた自分の部屋だったが笠原がどこにいるのかが分からずに慌てて部屋から飛び出しリビングの扉を開ける



「あ、おはよう清美ちゃん」



そこにはソファに座りテレビを見ている笠原がいた。その姿を見て松野は電話に答える



「はい、一緒にいます」


『ならいい…準備が出来次第、神奈川支部まで来るように、今伝えても頭に入らないだろうからな』



上司はそういい電話を切る、上司の言い方で寝起きなことがバレてると察してしまい松野はへたり込む



「…おはようございます紅羽さん」


「清美ちゃんのお母さんは仕事行っちゃったよ。うちらどうしようか?」



松野は自分がスーツのままなのを見てから答える



「すいません、ちょっとシャワーだけ浴びてきます」


「オッケー、朝ごはんあるよー、もうお昼近いけど」


「ありがとうございます」



松野は上手く回らない頭を抱えながら風呂場へ向かった。

シャワーを浴び、新しいスーツに着替えた松野はリビングに戻り、笠原に頭を下げる



「紅羽さん申し訳ありませんでした」


「え?なに?昨日のこと?別にいいよ」


「それもですが…紅羽さんを疑ってしまったので」



松野は電話で指摘された時笠原が逃げ出したかもしれないと思い焦ったが、笠原は逃げずに自分を待っていた。しっかりと意識が覚醒して逃げたかもしれないと疑ったことが申し訳なくなってしまった。

そんな松野に笠原はなんでもないように答える



「あぁー、清美ちゃんとは仲良くなれたと思ってるけど、それとは関係なくうちってまた犯罪者じゃん?だから気にしなくてもいいよ。むしろ清美ちゃんはもっとうちを疑った方がいいかもよ?」



笠原は自分の立場をしっかりと理解していた。詐欺という人を騙す行為で犯罪者になった自分が信用されるわけはないと、そんな笠原に松野は真面目に答える



「疑うというより、紅羽さんに信頼してもらえるようにしっかりと監視をするようにします」



松野は仲良くなったと思ってくれている笠原を疑いたくなかった。そして今回のことで笠原は逃げ出さないと確信が持てた。だからこそ、笠原が自分以外にも信頼してもらえるようにしっかりと監視することに決めた



「あはは、ありがと。でもうち元々逃げないように発信機つけられてるしね」


「え?そうなんですか?」


「そうだよ?知らなかったの?」



笠原がズボンを捲ると足首に黒いリングが付いていた。黒いリングは発信機となっていて笠原がどこにいても常に居場所を監視しており、特殊な機械がないと外れない仕組みになっている。笠原はそのことを松野が当然知っているものだと思っていたが、知らないようで驚く。しかし、思い返すと最初に安倍に任務を頼まれていた時なんの説明もされてないことを思い出す



「…昨日も思ったけど安倍さんはちょっと適当だし、清美ちゃんはちょっと抜けてるよね」


「ちょっと否定できないです」



その後松野は朝食としてパンを食べながら今日の予定を笠原に話始める



「今日は先ほどの電話で呼び出されたので神奈川支部に行きます。私の車も神奈川支部に置きっぱなしなので取りに行きましょう」


「もしかして怒られる?」



松野は出来るだけ淡々と話したが、その表情は暗く笠原は寝坊したことを怒られるのではないかと心配になる



「恐らく…紅羽さんの依頼を受けた時点で定期的に報告すれば毎日支部に行く必要はないのですが、今回は報告を怠って寝起きなことも勘付かれてますし…」



普段なら怒られるような失敗はしない松野は内心かなり焦っており、松野は昨日の居酒屋の領収書を経費として提出する勇気はなかった。そんな松野の様子を見た笠原は申し訳なさそうな顔をする



「ごめんね、うちが誘ったから…」


「紅羽さんのせいじゃないです。私も誘われた時断りませんでしたし、寝坊したのは私だけです」



松野は笠原のせいだとは微塵も思っていなかった、しかし怒られ慣れてなく寝坊も初めてな為不安から顔は曇り続ける



「うちも一緒に怒られるからさ、パパッと終わらせちゃおう」


「ありがとうございます…」



笠原にそう言われて松野は少し気が楽になる。

いつまでも落ち込んでいられないと、松野は立ち上がる



「よし、行きましょうか」


「うん」



2人は電車で神奈川支部へ向かう。その間笠原は松野に怒られる時の対処法を色々と教え込んだが、有用なものは特になかった為松野は大人しく覚悟を決めた。

神奈川支部に辿り着き上司の部屋の前で2人は深呼吸をし満を辞して部屋をノックした



「ああ、松野か入っていいぞ」


「失礼します。連絡が滞ってしまい申し訳ありませんでした」


「ごめんなさい!」



部屋に入りすぐに頭を下げた2人に上司は気にした様子もなく忙しそうに書類を読んでいた



「以後気をつけてくれ、そんなことよりもだ」



怒られる覚悟をしていた2人はは戸惑いながら顔を上げる



「まずいことになった。昨日、研究課の施設が爆破され、保護課の収容所で収容違反が起きた。犯人は研究課最高責任者である沼田博(ぬまたひろし)。やつが人工神の教会に寝返った」


「え!なぜ…」



唐突に知らされた幻想省の重役である人物の裏切りに2人は驚くが、沼田の悪い噂を聞いたことがある松野は納得してしまった



「沼田は噂通り倫理観に欠ける人物だ。しかし、今まで幻想省に不利益になることはしていない、それに数日前から長期休暇を取っていて、誰も裏切りに気がつけなかった。昨日の駅でのテロ行為で他の警戒が薄くなっていた。その隙に裏で動いていたのだろう」


「本命の囮でテロ行為を働いたということですか?」


「だろうな、狡猾なやつだ、随分と前から仲良くしていたらしい。そして昨日捕まえた異能力者に尋問をかけたところ、昨日の暴走が嘘のように怯えていた。まるで洗脳を受けたかのようだ」



上司が洗脳という言葉を使い、松野は粛清対象である人物が思い浮かぶ



「金森茂邦…」


「だれ?」



無言で頷く上司、しかし笠原は初めて聞く名前に首を捻る。そんな笠原の疑問に松野は答える



「人工神の教会で粛清対象として手配されている男です。接触した者の証言によると洗脳のような異能力があるみたいです」


「こわー」


「安倍ハンターは保護課の施設で調査を進めている。自体は急を要する為、お前たちの監視をする余裕はない」



上司の言葉を聞き松野は息を呑み、笠原は諦めたように笑う。依頼が無かったことになれば笠原は刑務所に戻り、異能力者と判明した今、研究の材料になりかねない。松野がどうにかできないかと頭を働かせていると、上司が口を開く



「松野、お前を信じてもいいか?」


「え?」


「今は少しでも人手が欲しい、笠原の異能力もきっと役に立つ。しばらくは上もこっちに構っている暇はないだろう。1週間なら誤魔化せる。2人で成果を挙げられるか?」



この提案は松野の日頃の仕事の成果だった。信頼に足る人物だとそう認識されているから松野ならやってくれると上司は信じていた。

松野は驚いている笠原を見て覚悟を決めた



「はい!必ず」


「よし、では早速だが、昨日の夜駅から少し離れたアパートの一室が爆破された。近隣住民も大勢巻き込まれ、犯人は人工神の教会と名乗っていたという証言がある。現在警察が調査中だ、現場に向かい調査してくれ、住所は送っておく」


「わかりました」



松野が頭を下げて部屋から出る寸前に上司が声をかけた



「人工神の教会の異能力者からまた「遺跡の男」という名前が上がった。十分に気をつけてくれ」


「…はい、ありがとうございます」



少し間を置いてから松野は返答をし部屋から出て、笠原も戸惑いながらも上司に頭を下げてから松野に続いた。

廊下に出てすぐに松野は笠原に声をかける



「紅羽さん、時間がないのですぐに出発しましょう」


「うん、その、ありがとね」


「いいんですよ」



笠原は自分がやり直す機会を守ってくれた松野たちに報いるため、改めて覚悟を決めた。

2人はすぐに松野の車が止めてある駐車場に着く、車内は松野の性格を表しているように小綺麗になっており、2人はそれぞれ運転席と助手席に乗り込み、松野が送られてきた住所を確認して、自身の携帯を笠原に渡す



「紅羽さん、道案内お願いしますね」


「オッケー」



車が走り出し少ししてから笠原は松野に質問する



「そういえばさっき言ってた「遺跡の男」?ってなに?」



先ほどの話で出てきた「遺跡の男」について聞くと松野は渋い顔をしながら話す



「結論から言えば私たちもわからないんです。ただ幻想生物による被害者や異能力者によるテロ行為の加害者から「遺跡の男」という名前がよく出てくるんです」


「へえー、何者なんだろうね」


「幻想省の職員で遺跡の男に接触した人間は存在しません。明らかに幻想省を避けてます。そして目撃された証言でも容姿が一致しないんです。中年の男性だったり、初老の外国人の男性だったり、若い男性だったり。幻想省としては個人ではなく遺跡の男と名乗る組織のようなものだと思っていますが、その実態はいまだにつかめません」



幻想省では「遺跡の男」という存在は確実に存在はするが観測できていない。皮肉なことに「遺跡の男」は幻想省では都市伝説のような存在だった



「そして人工神の教会のメンバーのほとんどが「遺跡の男」に勧誘されたと証言しています」


「えーと、人工神の教会の裏に遺跡の男がいるってこと?」


「多分ですけどね、まあ、個人的にはそんなに気にしなくでいいと思いますよ。ちょっと胡散臭いですし」


「うーん、確かに…今は人工神の教会だけ追ってた方がいいよね」



松野は「遺跡の男」についてそこまで気にしていなかった。目撃証言だけの存在で明確な実害がないため松野以外でも積極的に「遺跡の男」について探ろうとしているものは少ない、しかし上層部は異様に「遺跡の男」と言う存在を探ろうとしている。そのことが松野は不思議だった



「そうですね、認識現象みたいなものだと思いますし、気にしても仕方ないです」


「認識現象って?」



松野が当たり前のように使った認識現象と言う言葉は幻想省を知ってから日が浅い笠原には聞きなれない単語だった



「あ、すみません。紅羽さんは幻想省や幻想生物について少ししから知らされてないんですよね」



松野は笠原に説明するため少し考えてから話し始める



「認識されると顕現する幻想生物は想像の生き物ってことです。そして認識現象は想像された、今までになかった大きな害がない現象って感じですね」


「…例えば?」


「そうですね、決まった道順で歩かないと行けない、出られない道や、なぜか呼ばれたかのように行ってしまう場所。赤の他人が全く同じ夢を見てしまう。とかですかね」


「ああー、なるほど?だから幻想生物とに関わった人が「遺跡の男」と会ったように感じる現象って方が辻褄が合うってこと?」


「そうです、それに、認識現象も幻想生物と同じで広く長く認識されると危険度が上がります」


「確かに、出れない道とか、場所に呼ばれるとか、同じ夢とかはなんとなく聞いたことあるけど、確かに「遺跡の男」なんて聞いたこともないなー」



松野の説明を聞いて笠原も「遺跡の男」は気にしないでよさそうと思った。

それよりも、松野から説明された認識現象の方が興味深かった



「認識現象って他にどんなのがあるの?」


「そうですね、存在しない駅とか、過去の光景を再現している街とか…すいません、私もあまり詳しくないんですよ」


「大きな害がないって言ってたもんね…大きな害がある現象もあるってことだよね?」


「はい、その場合は後から認識災害と呼ばれます」


「認識災害…どんなのがあるの?」



笠原の質問に松野は困った顔をする



「残念ながら機密事項で私もあまり知らないんですよ。でも大体は予想できますよね」



松野の言葉を聞き今まで聞いた話を思い出しながら考えると笠原は一つ思いついた



「あ、え、怖くない?」



その言葉を聞き松野は苦笑いをし、その表情で笠原は自分の予想が松野の予想と一致していることを察した



「私から言えるのは多分大丈夫ってことだけです」


「なんか、すごい不安になってきた…」


「子供の頃に心配になった経験ありませんか?それと同じで慣れますよ。それにできる対策といえば、考えないこと、認識しないことです」


「今日眠れないかも…」



笠原は認識災害について考えないようにと道案内に集中するため携帯に目を落とす



「あ!ごめん清美ちゃん!さっきの信号右だ」


「大丈夫です、こっちから曲がっても同じ道に出ます」



そこからは道を間違うこともなく2人は目的地に辿り着いた。

アパートの近くに車を停め、徒歩で現場に向かうと半壊したアパートに数名の警察官が常駐していた



「うわー、思ったよりやばいね」


「そうですね」



半壊したアパートが目立つがそれ以外にも外壁や道路にも破壊された跡があった。

笠原は立場的に少し警察官に怯えていたが躊躇いなく進む松野の後ろについていく。

松野は警備をしている警察官に話しかけた



「すいません、幻想保険から調査の為に派遣されてきました松野と申します」


「あ、保険会社の方ですね。伺ってますどうぞ」



警察官はあっさりと横にずれて立ち入り禁止のテープを上げた。警察官でも一部の人間しか幻想省の存在は知らされていない。

幻想省は今回のような事件で警察とうまく連携をとる為に現場を指揮する警察官は幻想省の存在を知っているものが1人は必ず存在するようにしている。そして、幻想省の存在を知らない警察官には現場に入っても問題ないような身分を名乗り、あらかじめ話を通されている場合が多い



「ありがとうございます」


「し、しつれーします」



松野は慣れたように現場に入り、笠原は緊張しながら現場に入っていく



「詐欺師もびっくりな鮮やかな手口だね」



笠原は警察官に聞こえないよう小声で松野に軽口を言い、松野は不服そうに答える



「仕方ないんですよ。嘘も方便です」


「ごめんごめん、それにしても少し萎縮しちゃうなー」


「よほど怪しい動きしない限り問題ないですよ」



アパートの敷地内に入ると、そこには中年のスーツを着たいかにも刑事らしい男が1人立っており、2人に気がつくと軽く手を上げながら近づいてきた



「おお、幻想省のやつだな?」


「はい、松野と申します。本日はわざわざありがとうございます」


「笠原です」



松野は行儀良く頭を下げ、笠原も同じようにする



「こいつはどーも、今回はまともそうな奴が来てくれて良かったよ。現場の指揮を任されてる鷹司(たかつかさ)だ」



鷹司と名乗った刑事は2人の様子を見て胸を撫で下ろす。事件現場などに足を運ぶのは幻想省の調査部か討伐課が多い。事件から時間が経ち調査が終わった時間帯に現場に来るのは討伐課のハンターがほとんどで、実力社会なハンターは癖が強い者が多く鷹司は少し身構えていた



「よろしくお願いします。早速ですか事件の詳細を伺ってもよろしいですか?」


「ああ、事件発生は今日の深夜3時頃、爆発音がしたと通報を受けた警察官が現場に到着すると、既にこの状態で犯人は逃げた後だった。目撃証言によると男2人、女1人の3人組で女の方がわざわざ大声で人工神の教会と名乗っていたそうだ。死者3人、負傷者16人、行方不明が2人だ」


「行方不明?」



松野は行方不明という言い方が気になった



「ああ、ちょうどアパートの爆心地の部屋の住人と連絡がつかん。この部屋の住人が犯人に追われて逃げていったって証言もあるから、捜索中だが」


「明らかに被害者なのにまだ保護されてないとすると」


「殺されてるか、警察を頼れない立場かだな」



鷹司は頭を雑に掻きながら続ける



「そんで、こっから少し行った道でもう1人死体があった。近くに自販機があってその防犯カメラに被害者が車から降りて自販機に近づいた瞬間2人組に車が奪われてる映像が残ってた。被害者は走り去った車を追いかけた先で死んでた」


「車を奪って、轢き殺して逃げたということですか?」


「それがよ、外傷は顎に1発と、肩に内出血ぐらいで鑑識によると死因は衰弱した後の凍死だと」


「凍死?変ですね」



時期的に夜は冷えるが、車を奪われた後凍死というのは異様だった



「ああ、それに爆破の犯人は3人組で車を奪った2人組と容姿が一致しない、異能力とか言われたらこっちはお手上げだし殺害方法も知ったこっちゃないが、3人組から逃げたこの部屋の住人が車を奪って逃走、後から追いついた3人組が車の持ち主を殺害っていったところかな」



鷹司の話を聞き、事件はただ人工神の教会が暴れただけの話ではないように思えた



「逃げた二人組の身元は?」


「一応資料を持ってきておいた」


「ありがとうございます」



鷹司は松野に2枚の紙を手渡し、邪魔しないように黙っていた笠原も気になるようで資料を見る松野を覗き込んでいたので松野は1枚笠原に渡す



「市井羽駒…とそっちは?」


「八乙女真里さん、同棲中のカップル?」



2人で資料を見比べながら確認する、見たところそこまで怪しい箇所は無かった。笠原の推測に鷹司が答える



「ああ、仲睦まじい恋人同士だったらしい。小中高と一緒で幼馴染だろうな。ただ地元が九州でかなり遠いってのと、高校が2人とも中退ってのが気になるが、まあ、色々あったんだろ。詳しいことはまだ調査中だ」


「わかりました。3人組の方は?」


「からっきしだ、映像も特になし、目撃証言で大体の服装や見た目はわかったが。市井羽駒と八乙女真里の交友関係に今のところそんな奴はいない、なんかの組織の…人工神の教会の使いパシリが襲いかかったってことだろ?市井と八乙女を調べてもあの3人組にたどり着くとは思えん」



鷹司はため息を吐きながらそうこぼす。

しかし、手がかりは市井羽駒と八乙女真里の2人しかいない為、調べないわけにもいかない



「ご協力ありがとうございます。3人組の特徴も教えていただいてよろしいですか?」


「ああ、紙にまとめといた」



鷹司はメモ帳を開き、ページを一枚破り松野に渡す



「ありがとうございます。何か分かりましたら連絡もお願いします」


「ああ、幻想省に連絡しとくよ。当てはあるのか?」


「ええ、私たちなりのやり方がありますよ」



2人は鷹司に頭を下げ、現場を後にする。

1人残った鷹司は電子タバコを吸い始め、現場を眺める



「はぁ、俺らなりのやり方でもやりますかと」




車に乗り込んだ松野は笠原にこれからの方針を話す



「とりあえず私たちは市井羽駒、八乙女真里の2人を追いましょう。人工神の教会に追われているということは何かしらの関係があるはずです」


「そうだね、困ってるっぽいし。それで当てって?」



笠原の質問に松野は少し笑いながら答える



「幻想省ですから、超常現象を使いましょう」


「超常現象?異能力ってこと?」


「ええ、名前と顔が分かってるので、なんとかなると思います」



目的地は決まっているようで、松野は迷いなく車を走らせる。

超常現象というのが気になったが松野は今説明する気はないようなので、笠原も詳しく聞かないことにした。


車を走らせ、閑静な住宅街で松野は車から降りて少し歩くと目的地に着き立ち止まる



「着きましたよ」


「ここ?」



着いた場所は一軒家を改装したようなアンティーク調の雑貨屋で、スミス雑貨店と書かれた看板を掲げていた。

如何にもファンタジーな雰囲気を纏った店に入ると、見た目よりも少し狭い店内に所狭しと小物や雑貨が陳列されており、客も店主もいなかった



「スミスさーん!幻想省です!」



そんな静かな店内で松野が大きな声で呼びかけると、奥の扉が開き、動きやすそうな服装をした、茶髪の若い外国人女性がゆっくりと現れ、松野に気がつき軽く手を上げて挨拶をする



「松野ちゃん。久しぶり、あの武器ならもう納品したよ?」


「もう一回見たかったですけど、今日は仕事です。紹介しますね。こちらはヴィヴィアン・スミスさん。幻想省お抱えの魔具職人です。スミスさん、こちらは一緒に仕事してる笠原紅羽さんです」


「笠原ちゃんねよろしく」


「初めまして!スミスさん!魔具ってなんですか?」



軽く挨拶をしてから、笠原は質問する。

その質問にスミスはニヤリと笑いながら答える



「ふふふ、その質問大好き。とりあえず来て、見せてあげる」


「はーい!」



スミスは背後のドアに2人を導き、笠原は喜んでドアを潜り、松野は少し苦い顔をしながら後に続く。

ドアを抜けた先は、雑貨屋よりも倍以上広い部屋で雑貨のようなもの以外に、剣や杖、宝石、アクセサリーが所狭しと並んでいた



「うわー!すごーい!めっちゃファンタジー!」


「スミスさん、今日は時間がなくてですね。出来れば手短にお願いしたいんですが」



ファンタジー全開の部屋を見て笠原は興奮気味に店内を見まわし、それと対照的に松野は慣れた様子で部屋へ入り背後にいるスミスに時間がないことを伝える、スミスは無表情で松野の肩に手を置いた



「残念」



松野はその呟きに安堵し早速要件を伝えようとするが、スミスは松野を追い越しうっすら笑う



「松野ちゃんのお願いを聞けないなんて残念」



スミスは優秀な魔具職人であるが、魔具を愛しすぎるが故に話が長い節があり、それを理解している松野は急ぐことを諦めた。

スミスは笠原に話しかける



「笠原ちゃんは新人さん?」


「そんな感じです!幻想生物と異能力者と認識現象は清美ちゃんに教えてもらいました!」


「OK、じゃあ魔術について教えるね。魔術っていうのは体内に魔力が宿るっていう異能力を持った人間が、その魔力を使って超常現象を起こすために作り出した術式のことで、その術式を魔術回路って呼ぶの。魔術回路は独自の言語体系の魔術語を使うんだけど、魔術語は発音するように作られてなくて、魔術回路を組み込むためだけに作られた物なの、その魔術語を組み換えたり、分解したりして、魔術回路を組むの、その魔術回路を魔術に対して親和性のある物質に刻んで魔石って言われている魔力を閉じ込める性質のある石を組み込むことで魔術を使えない人でも魔具を使うと魔術が発動するの。

そして魔力を持つ異能力者は魔術師って呼ばれているの、日本で言う異能力名みたいなもの」



スミスの説明に松野は予想通り長くなりそうだと頭を抱えるが、笠原は目を輝かせながら話を聞いていた。理解できているから置いておき、非現実的な魔術というものに笠原は胸を踊らせていた



「質問いいですか!異能力名ってなに?」



笠原の質問に、頭を抱えていた松野が顔を上げて答える



「異能力っていうのは認識の力によるものじゃないですか、なのでより強く認識しようということで、異能力には名前があるんです。ただほとんどジンクスみたいなものなんですけどね。私の異能力も人体発火って感じで名前があります」


「へー、じゃあうちの異能力は?」


「紅羽さんの異能力は完全に新しいので名前はまだないです。人体発火は幻想省の記録にあるぐらいありふれた異能力なので昔の人が名付けましたけど、新しい異能力は発現した異能力者が名付けることになってます」


「うちがつけていいんだ!」


「そうです。後世にも残るのでしっかり考えた方がいいですよ」



松野の言葉で笠原は楽しそうに異能力名を考え始める。昔から広く認識されている超能力、念力、透視、読心、予知などはそのまま異能力名となっている場合が多く、名付けによるジンクスは近年新しい異能力が現れ始めたことに起因する



「せっかくならおしゃれなのがいいなー」


「笠原ちゃんの異能力ってなんなの?」



スミスの問いに笠原は自慢げになりながら両手を広げる



「うちの異能力は手に触れた異能力を無効化するのと、異能力者を見分けることができる目だよ。ふっふっふっ」



カッコつけながら不敵に笑う笠原、スミスは異能力の無効化という異能力に驚きながら顎に手を当てて少し考えた



「それって、笠原ちゃん魔具使えないんじゃない?」


「あ、確かに、魔具は魔術という異能力の力ですからね」


「え、そんな…」



スミスの指摘に笠原のテンションが下がり冷静になる。スミスが近くにあったチェーンを笠原に渡す



「ちょっとこれ握ってみて」


「うん…何も起きない」



言われた通りにチェーンを握るが特に何も起きなかった。スミスがチェーンを笠原から受け取り同じように握るとチェーンは赤く光り熱を持ち始めた。その様子を見た笠原は興奮気味に尋ねる



「すごー!これ何⁉︎」


「熱線チェーン、持ち手を握る事で魔術式が発動して、チェーン全体に熱を持たせる魔具だよ。笠原ちゃん本当に魔具使えないんだ…」


「壊れてるってことは?」


「それはない、ちょっと前に壊れやすい、すぐに冷めないとかどっかの阿呆にクレーム貰って改良したばっかだもん」


「とても聡明な人なんですね」



松野はクレームをいれた相手に対する謎のフォローをし、スミスはそんな松野を見て苦い顔をするが、笠原は見たことがない、不思議な道具の存在知った瞬間に自分には使えない事実に落ち込んでいたせいで気が付かなかった。

スミスはチェーンを元あった場所に戻すとチェーンはすぐに本来の色に戻った



「魔術が使ってみたかった…うちどっちかっていうとロマンチストなのに…異能力名「現実主義者(リアリスト)の手」とかどう?」


「ヤケクソになってるね、でもいい名前だと思うよ」


「紅羽さんがいいなら」


「…」



笠原の異能力のおかげで魔具のことを話し出したら止まらないスミスが気まずさで黙ってしまう。その隙に松野が本来の要件を伝える



「スミスさん!今日は人探しができる魔具を買いに来たんです。確かありましたよね?」


「ん、ああ、確かまだ在庫あったと思う」



スミスは魔具を探しに裏に下がった。

笠原は魔具が使えないことより、目の前に広がる多くの魔具に対する好奇心が勝り興味深そうに魔具を見始めた。

その中からナイフを見つけて手に取った



「このナイフ、見た目普通だけどなんの効果があるんだろ?」


「それは、電撃ナイフですね。何かに刺さることで電気が流れます」


「へぇー、カッコいいぃ、このピアスとかは?お守り的なやつかな?」


「それは爆発アクセのシリーズですね。力が必要なんですけど捻ると数秒後に爆発します」


「怖っ!あ、でもうちは大丈夫か、あれ、普通のライターもあるんだ」


「そのライターは火炎ライターです。普通にライターとしても使えますが、3回連続で火をつけると数秒後に破裂して炎を撒き散らします」


「清美ちゃん詳しいね!魔具使ってるの?」



手に取った魔具の説明を的確に出来る松野に笠原が聞くと、帰ってきたスミスが代わりに答える



「松野ちゃんが詳しいのはハンター殺しのファンだからだよ」


「ハンター殺し?」



聞きなれない単語に笠原が疑問符を浮かべると松野の表情が輝き始め、スミスはやってしまったと目を伏せた



「ハンター殺し様はですね!東北支部にいらっしゃる討伐課のハンターです!数々の逸話を残しているとっても凄い方なんですよ!」


「へ、へぇー…」



急にテンションが上がった松野に笠原は困惑し、スミスは呆れていた



「松野ちゃん人に話長いとか言えないよね」



スミスの小言はもう松野には聞こえておらず松野は話を続けた



「ハンター殺し様は異能力を持たない星3ハンターにも関わらず、自分の利益しか考えない悪徳ハンターをたった1人で29名も粛清したのです!その悪徳ハンターの中には実力のある異能力者も含まれています!自身が傷つくことも恐れずに自分の力のみで悪を挫いた!まさに正義の人です!その事件以降、ハンター殺しと呼ばれ善人には尊敬され、悪人には恐れられています!そしてハンター殺し様の伝説はこれだけではありません!東北地方に点在する土地神と呼ばれる幻想生物を数多く討伐し、多くの犠牲者を出した、廃校の七不思議と呼ばれる幻想生物たちの完全討伐!再顕現した幻想生物の討伐に大きく貢献!そして、認識が広がり被害が出る前に幻想生物を討伐できる探知力!最近ではテレビに映ってしまい、範囲的認識が日本中に広がってしまった幻想生物しろしろさんを死者0名で解決したりと、まさに生ける伝説!ハンター殺し!山田様!はぁ、なんてかっこいいんでしょうか…直接お会いしたことはないんですが、崇高な精神を持つとても素晴らしい方で私の憧れなんです」


「…」



松野のハンター殺しに対する熱弁に笠原は圧倒され言葉を失う。松野はまだ話し足りないようで、ハンター殺しの戦い方や報告書の丁寧さについて語り続けどんどん周りが見えなくなっていた。

そんな松野を見て笠原はスミスに小声で話しかける



「清美ちゃんどうしちゃったの?」


「こうなると長いよ、ハンター殺しにかなりお熱だから。ちなみにそのハンター殺しがうちの店のお得意様でね。ハンター殺しの報告書に記載されてたうちの店の魔具を松野ちゃんはグッズみたいな感じて買ってて、観賞用って言ってて使いはしないんだけど詳しいの」


「推し活ってこのことかぁ」


「ハンター殺し様は23歳という若さにも関わらず、すでに何十年も活動しているハンターよりも実績があり、現在も高頻度で幻想生物を討伐しているんです!そして、お顔もとても男前で素敵で名簿の写真なんですが見てください!2人とも聞いてます?」



携帯の画像を見せる為2人に目を向けた松野は2人がこそこそ話しているのを見て不服そうにしていた



「ごめんごめん、でも清美ちゃん?今あんまり時間が…」


「あ、すみません…」



笠原の指摘で我に帰った松野は本来の目的を思い出し語るのを中断した。

ハンター殺しと付き合いが長いスミスは松野がハンター殺しを褒め倒すことに辟易していたので、早めに終わってよかったと胸を撫で下ろす



「それで、お望みの品を持ってきたよ。探し人ベル」



スミスは持ってきたベルを松野に見せた。

ベルは特に装飾もなく見た目は普通のハンドベルのようだった



「ありがとうございます、早速登録もお願いします」


「ん、じゃあ名前と、詳しい情報は?」


「この人でお願いします」



松野は鷹司から受け取った市井羽駒の情報が記載されている紙を手渡す



「OK、少し待ってね」



スミスは紙を見てから、ベルに手をかざす、すると空中に文字のような模様が浮かび上がりベルに吸い込まれるように消えていく



「めっちゃ綺麗!これが魔術なんだ!」


「うん、かっこいいでしょ?はい、終わり」



スミスは紙とベルを松野に渡した。



「これで、この人が近くにいたらベルが鳴るから、情報的に範囲は大体半径10キロぐらい、近くなればベルの鳴る感覚が短くなっていくよ。魔石の蓄積量的には1週間は余裕かな」


「ありがとうございます」


「へえ!めっちゃ便利じゃん!魔術って凄っ!」



探し人ベルは探したい対象の名前をベルに刻むことにより、その人物が近くにいればベルが鳴るという魔具である。しかし名前だけでは範囲がかなり狭くなり、より多くの情報を刻むことでベルが鳴る範囲を広くすることができる。

そして、探し人ベルは常に探知する魔術が発動している為、魔石から魔力が減り続け、魔力がなくなると探知する魔術が途切れ使用不可能になる。

笠原の言葉に気をよくしたスミスが自慢げに話し始める



「そう、魔術って凄いの、魔術語と魔術回路を理解すれば理論上なんでもできる、何千年も前から魔術は存在しているのに、いまだに新しい魔術が発明されているの、最近だとねスマホと連結して」


「スミスさん!お会計を!」


「ん、ああちょっと待ってね」



また話が長引く前に松野がスミスを遮り、会計を始める。その様子を見ていた笠原はスミスの話が聞きたいと思っていたので少し残念に思った。

会計が終わり、スミスが話を始める前に松野は笠原の手を引きドアに手をかける



「スミスさん、ありがとうございました。今度は時間がある時に来ますので、続きはその時に」


「ん、しゃーない、またね」


「ありがとうスミスさん!」



残念そうに手を振るスミスを後目に2人は店を後にした。

店から出て車へ戻る道中、スミスの店をチラチラと見ている笠原に声をかける



「スミスさんの話は面白いんですけど平気で数時間経ってしまうんですよ。今度ゆっくりきましょう」


「…うん」



処遇が決まってなく、来週には塀の中かもしれないと思っていた笠原は当たり前の様に、今度と言った松野の自信と優しさに救われて気がした。

車に戻り、ベルを持ちながらどこに行こうかと2人で携帯の地図を見る



「市井羽駒はまだ遠くに行ってないとは思うので車で逃走していることも考えて捜索範囲を考えましょうか」


「占いだと北がいいんだっけ?ここから北だと…え!めっちゃピンポイントじゃない⁉︎」


「何がですか?」



笠原は興奮気味に地図上の一点を指差した



「ほら!夢の国!ネズミだし!行っちゃう?」


「それは…そうですけど、流石にテーマパークにはいないと思いますよ?」


「確かに…高跳びとかも考えると港付近かな?」



なかなかどこを探すか決まらずとりあえず、北を目指して車を進めることに、そして走り出して数分が経った



「最近のマップ便利だよね、大体の時間とかもわかるもん」


「ですね、とりあえず事件発生から今の時間を考慮して進める所まで行きましょうか」


“チリーン”



探し人ベルが車内に鳴り響き、2人は言葉を失う

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