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紺青のグレンセラ  作者: 比世
第三章 猛火に灼かれ
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第八話

 戦場は、叛乱の時とは訳が違う。数多の命が一瞬で失われるのを、初めて目の当たりにした。やはり、戦場には惨い現実が蔓延(はびこ)っている。リウガルトは、序章に過ぎない。


 本物の敵は、この先に。


 真冬の日。その日、ラスヴェート軍によるグレンセラ侵攻の始まりの日となった。ラスヴェート軍は恐るべき速さで進軍。グレンセラは、瞬く間にダンフォルトの地を失った。

「帝国軍とは停戦していたはずだ。これほど早く手を出してくるとは」

「何か、口実でも見つけたのでしょうか」

「それにしては此方に働きかけが無いな……」


 大帝国、ラスヴェート。

 グレンセラの隣国、そして、古来から大陸最大の権勢を誇る国。幾数の属国を従え、膨大な土地を領有する。陸軍、海軍総司令官が率いるラスヴェート帝国軍は大陸最強の軍隊と(うた)われている。はっきり言って、リウガルトとは比べ物にならないほどの相手だ。


「本格化してきたな。……近々、海軍との衝突も起こるか」

「ええ、恐らく。マクリル側から上陸される可能性が」

「ノーサンブリアを呼べ!」

「はっ」


 グレンセラ王国軍大佐、アルバート・ノーサンブリア――彼は、知性と洞察力に溢れた人格者であり、多くの軍人兵士に慕われている。海戦の経験が比較的多く、指揮能力も高い。これまでゴドガル派の軍人によって海軍の指揮権を独占されていたために、全体から見れば日陰の存在であったが、アルスノは力量を見込んで昇進させることと相成(あいな)った。


「アルバート・ノーサンブリアだな」

「はっ、ノーサンブリア大佐であります」

「これからは改めよ。ノーサンブリア()()。卿を海軍総司令に任ずる。ラスヴェートとの戦いにおいては陸が主戦場となるが、マクリルを始め、海岸線からも攻められては袋の鼠だ。……平たく言えば、時間稼ぎをしてほしいのだ」

「承知いたしました。重大な役目を頂き、恐悦至極に存じます」

「ああ、頼んだぞ」

「早速ですが、ご提案させていただいてもよろしいでしょうか」

「申してみよ」

「クライノートを買収するのは、如何でしょうか」

「……クライノートといえば、リウガルトの主力港か」

「はい」

 地図を取り出すノーサンブリア。

「クライノート港は、言わば防波堤(ぼうはてい)です。ラスヴェート側からの最短経路を辿るとクライノートに必ずぶつかります。そこでラスヴェート軍は、迂回する必要に迫られるのです。以前にもそのような光景を目にしたことがあります。ならば、此処が最適地でしょう……ラスヴェート軍を押し留めるには」

「成程、名案だ。だがリウガルトは承知するだろうか……」

「もしも拒否されることになれば、奪取……と申し上げたいところですが、それは適いませんから、他の案を考えて参ります」

「卿の考えはよく分かった。ここはアングリア……アングリア公爵に交渉を頼むことにする。それで良いか?」

「はい、感謝いたします」

 ノーサンブリアの瞳が静かに煌めいた。



 ラスヴェートが海を使うのは、貿易資源の獲得を渇望しているからだ。ラスヴェートは大国だが、海に面する面積が非常に少ない。それ故多くの属国によって利益を得ているわけだ。だが、古来よりラスヴェートは満足を知らぬ国。グレンセラは港が広く多く、貿易資源が豊富。これほど魅力的な獲物は他にはいない。ラスヴェートは隣国グレンセラを眈々と、狙い続けている。


 霧が海上を侵す。襲い掛かる波濤(はとう)

「視界が真っ白ですね……」

 辺りを見回して部下が呆然と呟く。

「だが、これは好機だ」

 霧が消える前に、各艦を配置する。ノーサンブリアは部下に命じた。

「補給艦を集中的に狙うのだ」

「はっ!」

 ノーザンブリアは毅然として号令する。

「砲門を開け、全艦攻撃開始!」

 ラスヴェートからグレンセラ。近いように見えて、実は航行経路が長い。当然、戦闘は何日にも渡る。ラスヴェート軍がどれほど強かろうと、補給は肝要。補給艦のみを撃つのはその為だ。その分、攻撃を受けやすいのは承知で。


 指揮権を正式に授かったのは初めての事だった。これまでは指揮官の隣で、殆どの場合、副官を務めていた。私も何も思わない訳ではなかった。やはり、上官に意見を全否定され、跳ね返されるのは、(こた)えるものがあった。


 私は、ダムノニア元帥やスペンサー大尉のような、所謂天才ではない。それでも、()(よう)はいくらでもある。殿下に見出された今、私の全てを捧げよう。それに、私は一人ではない。信頼できる皆がいる。

「無理に勝利を得ようとしてはならない。敵を侮って判断を誤らないように。守備に、全てを捧げる。王国のため。そして――アルスノ殿下のために」


 霧の白い幕が上がった途端、ラスヴェート海軍は響めいた。日の光に煌めく波の中、前方からグレンセラの艦隊が迫ってくるではないか。早い敵襲に驚き、ラスヴェート軍は後退しつつ応戦する。その動揺に乗じ、ラスヴェート艦の上甲板に砲弾を直撃させた。

 集中砲火を喰らった補給艦は炎上。湯水の如く弾薬を使ったために、ラスヴェートは一時の撤退を余儀なくされた。グレンセラ側も多大な被害を蒙ったが、何とかラスヴェートを退けることに成功した。


 ノーサンブリアは血の滲んだ肩を抑えながら、頷き、号令する。

「もうすぐ日が落ちる。後退して、クライノートに避難せよ」

 瑠璃の海が、仄かに赤く、染まりつつあった。


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