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紺青のグレンセラ  作者: 比世
第二章 火蓋を切れ
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第七話

「内憂外患……まったくもって面倒なことばかり」

 ブルグラーヴは溜息を吐いた。


 各地で農民蜂起が起きているらしい。取るに足らん規模らしいが、議長共はご立腹だ。八つ当たりで連日、馬鹿げた命令書を寄越してくる。

 議長共はタイミングというものを知らないらしい。あやつらの辞書には、忍耐という言葉が無いらしい。敗戦に激怒し、すぐに開戦しろと騒ぎ立て、挙句、全軍に対して命を下した。我が軍が、完全に回復していないのにもかかわらず、だ。まさに時期尚早。まだ、リウガルトは傷だらけなのだ。少なからず時間が必要だと言うのに。ああ、再軍備がどれだけ大変なものか思い知らせてやりたい。

 あれ以来、デュールリンは(へそ)を曲げ、戦場に出てこなくなった。それは好都合なのだが、ギノヴェアの復帰の目処がまったく立っていない。代わりに任命された指揮官共は若造ばかり。本当に使えない。


 ふと、見下ろすと、再びブルグラーヴの眼が戦場に不似合いな子供の姿を捉えた。

「おい、お前、幾つだ」

「へ……?」

「ぼけっとするな。幾つかと聞いている」

「……じゅ、じゅういち」

 馬鹿な。これは、何の冗談か。悪化しているではないか! ああ! むしゃくしゃする。


 俺は別に、子供を小馬鹿にしている訳でも、差別している訳でもない。俺がこれを嫌うのは、幼子が強大な敵に、適うわけがないからだ。これは理論的な問題。俺とて、かつては痛いほど実感した。小さな存在が、勝てぬ相手に戦いを挑むほど馬鹿で無益な行いはない。

「下がれ。おい、聞け坊主。後ろに下がっていろ」

「……は、はい」


 高台へと登るブルグラーヴ。

 グレンセラの兵が、少ない。妙だな。だが、このまま行けば、数キロ先はオーア。路が開けている。思ったよりも順調に事が進んでいるのではないか? 鉱山地域オーアを越えた先には、ダンフォルトがある。今度こそオーアを突っ切ってダンフォルトに!

「偵察隊は戻ってきたか?」

 部下に問うたが、いつもの曖昧な回答しか返ってこない。

「ええと、その、いえ、まだ、ですが……」

「ちっ、のろまな奴らめ」

「……援軍の方は?」

 部下の、言葉を発せずとも苦々しい顔でブルグラーヴは悟った。

「もういい黙れ」


 くそ、テュール軍め。


 テュールは、前の対戦から何度も書状を書き送っている、対グレンセラを掲げた同盟国。最初はかなり派兵に乗り気だったはずなのだが、文書を見る限り、議会とやり合ったらしい。全てにおいて主導権を握りたいテュール軍上層部と、それを矜持(プライド)が許さない我が国の議長共。こればかりは議長に味方するが、それにしても交渉が下手くそな連中だ。残るヘリオット王国も、この期に及んでグレンセラと対立したくないらしい。曖昧な返事ばかりで苛々する。

 グレンセラは悪しき国だ。打ち倒さなければならないのだ。その重要性を分からない輩。揃いも揃って小心者ばかり!


 憂さ晴らしの為に外へ出る。だが、逆効果だった。野営地の様子は酷いものだった。何もせず、戦いに備えることもなく、縮こまる兵士ばかり。

「おい! 何をしているか! それが、リウガルト兵としての威厳というものか! ええい、性根から叩き直してやる!」

 ブルグラーヴが怒鳴り散らす姿に、兵達は姿勢を正すこともなく、ただ萎縮して、臆するような視線を向けるだけだ。やっとのことで、彼らは応答する。それも、ブルグラーヴには煮え切らない返事にしか聞こえないのだが。

「この甲斐性無しが……」

 吐き捨てるブルグラーヴ。


 まったく、前回よりも士気が下がっている。だだ下がりだ。俺が一兵卒だった頃と比べると、こんな有り様は考えられない。俺の時代は、こんな事は許されなかったというのに。


 あの頃。まさに激動の時代。王太子が暗殺され、エグバート王が退き、混乱に陥っていたグレンセラ。絶好の機会だった。やっと、積年の恨みを果たせる。リウガルト軍に勝利を(もたら)せる。リウガルトは沸いていた。だが、その矢先――あの男が現れた。アゼルレッド、あの男が、彗星の如く現れたのだ。どこからともなくやって来たアゼルレッドは、戦場を掻き回し、焼き尽くし! リウガルトを無力化した。リウガルトは、俺は、また、敗北を喫した。俺はグレンセラの捕虜となり、これ以上ない屈辱を経験した。あの時の恥辱、絶望と言ったら、ない。二度も、三度も、こんな思いをしなければならないのかと。

 その上、前回の戦で、四度目だ。あの怪物の、化け物のアゼルレッドが居なくなったと、やっと、そう思った時に、奴が、アルスノ王子が現れた。姑息な手段を使い、リウガルトを貶めた。巫山戯るな、どれほど、どれほど! 俺を苦しめれば気が済むというのか!

 

 ブルグラーヴは奥歯を噛み締める。嫌な記憶ばかり。

 やっていられるか。こんなのも、こんな日々も、もう終いだ。グレンセラに、一矢報いてやる。この身が朽ち果ててでも! グレンセラを抹消するのだ――。


 懐古に染まる背中。その時、

「……?」

 ブルグラーヴは熱気を感じた。()(たぎ)るような――いや、背筋を滑っていく悪寒(おかん)が。

 野営地の空気を引き裂いたのは、めいっぱいに叫ぶ兵士の枯れた叫び声だった。



「――革命、革命だッッ!」



「今、なんて言った!?」

 疾走してきた兵士は興奮交じりに仲間達に伝える。

「革命だ。革命が起きたんだ! 今朝、ジーガスリットの門が陥落(かんらく)したそうだ。議会が! 倒されたんだッ!」

「なんだって!?」

「嘘だろ!? すっげえ!」

「俺たちはもう自由なのか! もう戦わなくて良いのか!」

 さっきまでの(しお)れたような姿が嘘のように、活気が湧き上がっていた。


 ――議会が、倒され、た? 


 ああ、何を驚いている。自ら予想していたことではないか。もし、市民が蜂起したら、あやつらは、逃げ惑うしかない、と。何故、飲み込めない。何故だ。あやつらがいなくなった方が、寧ろ好都合だ。俺が、俺が、全ての指揮を取れるのだ。縦横無尽に。そうすれば、今度は間違いなく、グレンセラに敗北を――!


「帰るぞ! 俺たちの故郷に!」

「おお――ッ!」

「万歳! 革命万歳!」

 帰る? 一体何を言っている。お前達はグレンセラと戦うのだ。そう決まっているのだ。誇り高きリウガルト民として、決して屈さず、暴虐(ぼうぎゃく)の国グレンセラを、打ち倒し――。

「おい! 何をしているか! 帰還は許さん。お前達は戦うのだ。命果てるまで……」

 届かぬ声。

「待て! 待てと言って……」

 最早、耳を貸す者はいなかった。兵士達は嬉々(きき)として武器を放り投げ、リウガルトへの帰途(きと)に着く準備を始めている。


 何処からそんな力が湧いて来るのだ。お前達はいつもいつも無気力で――。


 その時、ブルグラーヴは漸く、気が付いた。


 此奴らは、此奴らは。グレンセラを倒すことより、リウガルトの勝利より、革命を望んでいたのだ。それをひた隠しにして、ありもしない士気を、()(つくろ)っていたのだ。



 戦いが終わった。


 もう破られることは無いであろう、二度目の和平が結ばれた。


 あの時、グレンセラの軍勢が少なかったのは、その必要がなかったからだ。兵士達の士気の低さに気付き、直ぐに撤退することを見越していたのだろう。己の能天気(のうてんき)さにほとほと呆れる。


 (うつ)ろな目で窓の外を見下ろす。ふと、ジーガスリットの広場にある大きな看板が目に入った。


 ――市民よ、自由と解放の為に闘え

 

 その言葉が、誇り高く掲げられている。

「自由? 解放? ……はっ」

 ほら、だから言っただろう。民を蔑ろにし続けるからこうなったんだ。馬鹿な連中だ。あやつらの所為で、戦いにも敗けて、何もかも台無しだ。何もかも……。


 ブルグラーヴは椅子に腰掛けた。


 ここまでだ。俺は、自由や解放なんてものは()らない。求めていたのは、グレンセラへの報復(ほうふく)だけだ。それも叶わぬものとなってしまった今、俺にはもう、何も残っていない。


 おそらく、市民軍はこれから俺のことも捕らえに来るだろう。奴らにとって、俺は議長達と同じなのだ。


 ……はっ、何だ。そうか。


 ただの、同族嫌悪だったのか。

 全く、お笑いだな。


 もういい、終わりだ。


 終焉が近づいていたのは、グレンセラではなく――俺と、リウガルトだったのだ。



 あの日から、変わらぬ屈辱を胸に抱き。






 ブルグラーヴは目を閉じ、頭に弾丸を撃ち込んだ。

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