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紺青のグレンセラ  作者: 比世
第二章 火蓋を切れ
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第六話

 リウガルト共和国、ジーガスリットの館。


 此処は議会所として使われている歴史ある建造物。瀟洒な、(こだわ)りが詰まった造り。嘗ての革命が果たされた後に、言わば記念碑代わりにこの館は建てられた。

 その一室。赤絨毯が敷き詰められた部屋に、ふんぞり返っている三人の議長たち。

「どういう事だブルグラーヴ! あの青二才(あおにさい)如きに敗北を(きっ)するとは!」

「……申し訳ございません。不徳の致すところでございます」

 ブルグラーヴは思ってもいない謝罪を口にする。

「何故負けたのだ? 申し開きがあるのなら、言ってみよ」

「デュールリン指揮官が無理な攻撃を仕掛け、右翼の隊列が乱れ、兵士達が混乱に巻き込まれ……」

「な……我が甥に全ての責を負わせる気か!? それは儂への侮辱と同等であることを心得よ!」

「デュールリン指揮官を貶める意図は一切ございません。指揮官一同の連携が取れていなかったことに全ての原因があるのですから」

 デュールリンの伯父である議長がふん、と鼻を鳴らした。ブルグラーヴは議長達の顔を伺いつつ、口を開く。


「……近頃、更に重税を()していると聞き及んだのですが」

「政治に口を出すな。お前も政治家気取りか?」

 不快そうに議長がブルグラーヴを睨む。

「いえ、そういったつもりは。ただ、あまり市民を刺激しては、戦況にも、関わります」

「馬鹿げたことを。お前の話は全く繋がらん」

「兵達の士気に影響を及ぼすのです。民は貧しておりますし、その上戦場に出る兵士の食料も乏しく、給与が支払われていない者もおりますし、これでは、」

 激昂した拳が机に振り落とされる。

「黙れブルグラーヴ! 儂らは英雄の血を引く貴人(きじん)であるのだ! 何故儂らが下民の機嫌を取らねばならんのだ!」

「お前如きが意見して良いとでも思っておるのか! 分を弁えろ!」

「聞くところによればそなたは昔グレンセラの捕虜になっていたというではないか。その分際でよくも!」

 顔を震わせ、真っ赤になって憤慨する議長たち。本当に滑稽だ。哀れで、面白可笑しい。嘲笑をひた隠して、ブルグラーヴは議長に向き直る。

「ご無礼を。……ですが、民なくしてはあなた方の地位は成り立たぬことを、御心に留めてください」

 まだ怒声が聞こえていたが、ブルグラーヴは部屋を出た。


 嗚呼! 虫酸(むしず)が走る。戦場を目にしたこともない癖に、戦ったこともない癖に何が分かるというのだ! その上、何か言えば二言目には血筋がどうのこうのと。


 嘗て、革命の英雄は、血統主義を打破することを目的に事を起こしたのだ。だが今はどうだ? 堕落した子孫共の言葉態度を目にしたら、かの英雄たちは一体何を思うだろうか。


 俺とて愚民共がどうなろうと良いのだ。だが、利用するならば、従順に(しつ)けなければならないと、そう言っておるだけではないか! 先祖の七光り連中が。何万もの民が押し寄せたら、あやつらは逃げ惑うことしか能が無いだろうに! ああ、くだらない。いっそ、倒れて仕舞えば良いのだ、議会など!


 ブルグラーヴは靴音を響かせ、荒々しく去っていった。



 アルスノは深く溜息を吐いた。

「呆れたな、リウガルトは約束も守れないのか」

 その日、リウガルトは和平を破った。今度はオーアではなく、その隣、そのまた隣のカーリグに攻め入ったのだ。

「ダムノニアを呼べ」


 ダムノニアとの議論の末、アルスノが呼び寄せたのは、蜂起の際にダムノニアの使いとして参った、フィアン・スペンサーだった。ついこの間までは中尉だったが、アルスノの裁量で二階級昇進という破格の出世を成し遂げた人物である。彼が所属するのは諜報局。あくまで表向きではなく秘匿された組織であるので、(はた)から見れば一般軍人との差異はなく、任務の際に招集されるという形が取られている。


 スペンサーは驚異的な身体能力の持ち主、そして底が知れない人物。それも相俟(あいま)って多くの軍人兵士から距離を置かれている。齢二十三にしてグレンセラ軍のエースとして名高く、味方に限らず敵にも名が広まっているほどの実力者である。

「スペンサー少佐、殿下に拝謁いたします」

 白銀色の髪が上下に揺れた。

「ああ、久しいな、スペンサー」

「御心にお留めくださり光栄にございます、殿下」

 慇懃に礼を尽くすスペンサーを、アルスノは好ましく思った。彼ほど誠実という言葉が似合う男は居ないだろう、とも思う。

「こちらの者は私の副官、ラヒセルでございます。諜報局の中では、若いながらに優秀な者でありまして……」

 隣の青年に挨拶を、とスペンサーは小声で促す。

「ラヒセル准尉、です」

 躊躇(ためら)いがちに敬礼する下士官、ラヒセル。

「そうか、ならば、この任務には適任と言えるな。良いか、卿らには――狼煙(のろし)となってもらう」



「はー、緊張したあ」

 両手を上げ、体を伸ばすラヒセル。スペンサーは(たしな)めて言った。

「お前の緊張感が無さすぎるんだ。殿下の御前だぞ。もう少し礼を尽くさないか」

 ラヒセルは癖のように首を掻く。

「すみません……そうゆうのまだ慣れなくて。それに……王子殿下って怖いんですよ。うーんと、元帥閣下と同じ感じっていうか」

「……? そう、なのか?」

「なんて言ったらいいかな、全然子供って感じじゃないし。オーラもすごいですよね」

 スペンサーは大きな溜息を吐き、ラヒセルの肩に手を置いた。

「言葉を選べ、ラヒセル。殿下はそのような程度で留まるようなお方ではない。単なる恐怖ではなく、畏敬の念を抱け。殿下は、地獄の日々を切り抜けて来られた……奇跡のようなお方だ」


「ふうん……へえ、地獄(じごく)か」

 ラヒセルは傍らで呟いた。

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