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紺青のグレンセラ  作者: 比世
第二章 火蓋を切れ
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第五話

 リウガルト陣営では、とある()の話題が持ち上がっていた。

「それなる兵士が、グレンセラの隠し駒だというのか」


 ブルグラーヴは苦虫を噛み潰したような顔で、側近の話を聞く。驚異的な存在が、グレンセラ軍に居るというのだ。それは、まるで――。

「戦闘能力が並外れており、我が軍は押されています」

「士気に関わるな……一体何処から湧いてきやがった」

「ある者は、その兵士が、アルスノ王子だと申していますが……」

「はっ、そんな訳があるか。王族が戦場で兵士と共に戦うわけがないだろうが、ましてやあんなガキの」

 ブルグラーヴは豪快に鼻で(わら)った。

「ですが、アゼルレッド王も戦場で先陣を切っていたではありませんか」

「奴の名を出すな! 忌々しい」

 ブルグラーヴの怒気に縮こまる兵士。

「……申し訳ありません」

「王子はたったの十五歳だぞ? 起こしたとかいう叛乱も、ただ担ぎ上げられただけだろう。グレンセラの貴族共は昔から派閥争いが激しいからな」

「それは、そうですが……その兵士は、見たところかなり若く、少年に見えたと……」

「はあ……念の為、注意を払っておけ。念には念を。やっとグレンセラに一矢報いることが出来るのだ。卑劣なグレンセラの皮を剥いてやる……」

「……御意」

 ブルグラーヴはじりじりと眼光を強める。


「閣下、中央から書状が届いたのですが……」

「寄越せ」

 ブルグラーヴは強引に奪い取る。封書は二つあった。一つは議長達からの形式的な文書、もう一つは、デュールリンからの抗議書、否、馬鹿げた紙屑だった。

「デュールリン、議会の犬め……俺の邪魔をしたら許さんぞ……」


 この期に及んで、この俺に面会を求めるだと? 奴は何様のつもりだ。

「陣営に(こも)っていろと伝えておけ。議長共は勝手に怒らせておけばいいのだ」



 戦場の空は黒雲に満ちていた。近頃、悪天候が多い。地面も状態が悪く、殆どがぬかるんでいる。戦況は、膠着状態だ。だが、

「進軍する」

 アルスノはそう宣言した。

「皆を呼べ」

「はっ」


 篠突く雨の中、将官達が集まり、アルスノを囲むように丸い陣形で着席する。

「リウガルトの戦意を削ぐ。それに一番有用であるのは、砲兵を壊滅させることだ。決着は、早い方が良い」

 アルスノは夜襲を作戦として考えていた。間近まで迫り、動揺の中で多くの兵を引きつける。そして、一網打尽にするのだ。

「夜は長い。時間的な余裕があれば、辿り着くはずだ。安直な考えではあるが」

「夜襲、ですね。それが最善だと思います」

 ケントが言った。他の者も頷いている。

「本当か?」

「ええ。殿下、この作戦、私に任せていただけませんか」

「ああ。卿に一任しよう」

 アルスノは目線を皆と合わせた。

「卿らの話を聞き、リウガルト軍の動きを見てきた中で、段々と解ってきた。相手方の将ブルグラーヴは、執拗と言えるほど我が軍に攻撃を仕掛けてくる、防御よりも攻撃を優先する傾向が強い。執拗で性急。グレンセラに対する、憎悪と言うべきか。退くという考えが彼には欠如しているように思う。他の指揮官との連携も、危ういように見える。そして、オーアを攻めてきた指揮官。あの者はとても統率者としての器ではない。……突くべき所は、もう明らかだ」

「殿下の、御心のままに。我らは何処までも貴方に付き従います」

 グウィネズの発言に、アルスノは静かな笑みを浮かべる。

「心強いことだ。頼んだぞ」

「御意!」



 今宵は月夕(げっせき)。山々に、森林に、大地に、蒼白い光が差し込んでいる。闇中に足音が聞こえる。だが、耳の良い羊にも聞こえないほどの密やかな音だ。


 そう、グレンセラは夜の狼。闇に紛れ、静かに、獲物に接近してゆくのだ。



 まだ完全には太陽の登りきらない、彼は誰時。


 リウガルト軍に混乱の渦が巻き起こり始めていた。昏い(そら)に、砲煙が上がり、霧が立ち込める。敵側の一斉射撃の音が戦場を独占し、それに砲声も加わった所為で何もかもが不明瞭だ。

「どうなってる! 報告はまだか!」

 そこに走り込む伝令兵。馬から勢いよく飛び降り、ブルグラーヴの前に(ひざまず)く。

「も、申し上げます! 第三部隊が、全滅との報せがありました!」

「何!? 防御線は脆弱(ぜいじゃく)ではなかったのか!?」

「偵察隊は、そう、申しておりましたが⋯⋯」

「この能無しが! くそ、こんな早朝にグレンセラ軍が仕掛けてくるとは……。後方を取られるやもしれん、危ういな。穴を埋めねばならんが、前線に投入すべき戦力を()ぐのは……」

「申し上げます!」

「今度は何だ!」

 怒声と共に振り返る。

「――ギノヴェア閣下が、重傷を負われたと!」

「何……っ?」

 声の勢いが弱り、動揺が()れた。

「その、デュールリン閣下が、突然少数の軍勢を率いて敵の陣地を無理に横断する形になり、それをギノヴェア閣下が助けようとなされて……重傷を負われたとのことです。何でも、腹部を撃ち抜かれたとか……。軍医が診ておりますが、到底戦場に戻れる状態ではないと……右翼も、いつまで持ち(こた)えられるか……」

 そもそも! 何故デュールリンとギノヴェアが同じ場所にいる?

「くそ……デュールリン、余計なことを!」

 奴のことだ。どうせ挑発に乗ったのだろう。いつもいつもデュールリンはそうだ! 全く、無能な味方ほど厄介なもの無いとはよく言ったものだ。ギノヴェアは優秀な数少ない指揮官だった。どうしようもなく大きな痛手だ。


 指揮官を失ったが最後、軍隊は途端に機能しなくなる。


 まるで、番犬と(はぐ)れた力無(ちからな)き羊の群れのように。


 忘れていたのだ。


 アルスノ王子は、あのアゼルレッド王の息子だということを。

 そして、アルスノ王子は、そのアゼルレッド王を――打ち倒したのだということを。


 その瞬間、ブルグラーヴの目に映ったものは。遠くから此方へと迫る、群狼のようなグレンセラ軍。そして、武器を携えた王子の姿。狼のような眼光。その風格、その威勢が、苛烈(かれつ)な戦闘狂のアゼルレッド王に重なった瞬間、どうしようもない絶望感に襲われた。


 あの日の感覚と――同じだ。兄が、グレンセラ兵に殺されたあの日。


 あの、遠き日を、俺は忘れたことはない。まだ少年だった兄を、無惨に殺したあのグレンセラ兵の眼。(さげす)みに満ちた、あの()を。兄の死が、私を、戦いに駆り立てた。絶望と屈辱、そして、果てしない恐怖に取り()れながら。


 グレンセラは狼藉(ろうぜき)に塗れた、無慈悲で非道な国だ。グレンセラには散々苦杯を舐めさせられてきた。それ故、俺は。リウガルトは。屈してはならぬのだ。何があろうと、決して……。

「全隊前進せよ! 退くことは許さぬ。竜騎兵(りゅうきへい)を増員せよ。側面を守れ!」

 こうなればもう後には退けない。全てを前線に投入するまでだ。完全に攻撃態勢へと移行し、一撃で仕留める。

「何を立ち止まっている! 進め! 進むのだ!」

 兵士はブルグラーヴの鋭い視線と、怒りに満ちた大音声に萎縮(いしゅく)してしまう。

「ぐずぐずするな!」

 ブルグラーヴは憎悪と屈辱を胸に、がなり立てた。懸命に兵を進めたものの、混乱の中、歩兵と騎兵の息も合わず、戦線が乱れに乱れていった。

「くそっ……何してる! 何としても追い払え!」

 ブルグラーヴは喚き続けた。



 勝敗が決した。グレンセラ軍は、瞬く間にリウガルト軍の主力隊を撃破。リウガルトは膨大な犠牲を出し、降伏に追い込まれた。開戦から僅か一ヶ月あまりのことだった。


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