第3話:目、腫れてるよ
(主人公:山田の一人称)
今朝は、僕が一番乗りだった。
こんなに早く教室に着いたのは初めてかもしれない。
校舎の中は静まり返っていて、教室には誰もいない。校庭には数人の生徒だけが見える。
机にうつ伏せて、つい、うたた寝してしまった。
***
チャイムの音で目が覚めた。
ぼんやりとした頭のまま、目をこすりながら教室を見渡すと、すでにほとんどのクラスメイトが来ていた。
でも、榊の姿はまだない。
—『……目、まだ腫れてないかな。』
そんなことを考えていた時、教室のドアが開いて、榊が入ってきた。
どこか疲れたような様子だった。
そして、彼女はまっすぐ僕の方を見てきた。
目が合った……と思った次の瞬間、僕は慌てて窓の方に目を逸らした。
—『やばい……なんでこんなに緊張してるんだ、僕……?』
「おはよう、山田くん。」
彼女の声は、相変わらず優しくて、でも少しだけ眠そうだった。
「おはよう、榊さん。」
カバンを席に置いた彼女は、ゆっくりと僕の方へ歩いてきた。
—『え、ちょ、こっち来るの?』
近づいてくるたびに、心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。
—『な、なんでこんなにドキドキしてるんだ……近い、近すぎる……!』
次の瞬間、彼女が突然、僕の顔にぐっと顔を近づけてきた。
クラス中の視線がこちらに集まっているのを感じた。
「わぁ……山田くん、目が腫れてるよ。大丈夫?」
その言葉は、まるで子どもみたいに無邪気で可愛らしかった。
—『君こそ、鏡見たの?目、同じくらい腫れてるんだけど……』
「そ、そう? ちょっと寝不足でさ……でも、榊さんも目がちょっと……」
一瞬の沈黙。
顔が近い。ほんの数センチの距離で、彼女の顔が真正面にある。
彼女の目が、ぱちぱちとまばたきした。
「……え? 私の目?」
—『あ……気づいたか。』
「えええええ!? 腫れてるの!?」
ついに理解したようで、彼女は顔を覆って、慌てて教室を飛び出していった。
追いかけたかったけど、無理に踏み込むのもどうかと思って、僕はじっと席に座り直した。
窓の外に視線を向けた、そのとき。
「ゴホン、ゴホン……」
背後から、妙に低くてざらついた声が聞こえた。
振り返ると、クラスメイトたちが全員、僕を睨みつけていた。
「ねえ、山田くん……あの子って、彼女だったりするの?」
にやにやしながらも、どこか敵意を感じるような視線。
「ま、待ってくれ、みんな! 違うんだ、これは……!」
—『誰か、助けてくれ……!!』
「山田ー! 山田ー!」
「ちょっとセリーナ、待ってってば!」
この声……聞き覚えがある。
クラスメイトの集団の間から、リョウとレンの姿が見えてきた。
そのとき、僕の手を引っ張る柔らかい感触。
誰かの手が僕の手首を掴み、クラスの包囲網から僕を引っ張り出してくれた。
—『……あ、この手……!』
セリナは僕の手を強く握ったまま、前を歩いていた。 リョウとレンがその前を進んでいる。
「おお、ありがとうセリナ。ほんとに助かったよ、ナイスタイミングだった!」
感謝の気持ちを込めて言ったけど、彼女は一度もこちらを見なかった。 その時点で、リョウとレンの顔を見た瞬間に察した。
……怒ってる。たぶん、先週リョウが言ってたことが原因だ。
> 「セリナ、体調崩してるんだって。お前、本当にお見舞い行かないのか?マジで怒るぞ?警告はしたからな!」
—『あの時、素直に言うことを聞いておけばよかった……』
図書室の近くの静かな廊下に着いたところで、セリナは僕の手をぱっと放して、勢いよく振り返った。
怒りがはっきりと表情に出ていた。
「で?山田さん?あの男子たちに囲まれてた理由、ちゃんと説明してくれる?」
—『あれ?見舞いのことじゃなくて、そっち?』
「え、いや、てっきり……病気のときに見舞いに行かなかったことに怒ってるのかと……」
「はあ?この偉大なるセリナ様が、そんなことで怒るとでも?冗談でしょ?」
貴族キャラのような顔で見下す演技をしてきた。 ……でも、それ絶対怒ってるやつだよね。
「はいはい、セリナ様のおっしゃる通りでございます」
「は?今の、バカにしたでしょ!?」
「ごめんって、本当に反省してるよ。……それより、今はもう体調大丈夫なんだよね?」
「ふん、心配してたなら、病気のときに来るべきだったでしょ?……まあ、大したことなかったけど」
「へえ、小さな風邪で一週間も休んだんだ?」
「なっ……!それは……!」
「それにさ、怒ってないって言ったの、セリナじゃん」
「お前、殴っていい?」
機嫌が完全に悪化していたとき、リョウが空気を読まずに口を開いた。
「ところで、山田。榊ちゃんってどこにいるの?今日、教室で見かけなかったし、朝も会えなかったんだけど」
その言葉を聞いた瞬間、僕の心拍が跳ね上がった。
—『うっ……やばい、朝のことがフラッシュバックしてくる……!』
彼女との距離、あの表情、あの声……。考えるだけで顔が熱くなる。
「えっと……実は、教室には来たけど、すぐにどこかに行っちゃって……」
そんな中、レンが僕の顔をじっと見てきた。観察眼が鋭すぎる……。
「榊?誰それ?」
—『あれ?さっきまでの怒りはどこ行った?』
「山田のクラスに昨日から転入してきた子。昨日は山田が学校を案内してたんだ」
「ふ〜ん、なるほどね……」
***
【その頃、女子トイレ】 (視点:榊)
—『近すぎた……なんであんなことしちゃったんだろう、私……!バカバカバカ!』
しかも、言われちゃった……目が腫れてるって。
—『どうして気づかなかったのよ……最悪、きっと変に思われたよね……』
「独り言うるさいよ。鏡に話しかけてどうすんの?ほんとバカだね」
(トイレにいた他の女子)
—『うぅ……本当にバカかも……もう戻らなきゃ。こんなに長く隠れてるのも変だし』
***
一時間目のチャイムが鳴った。 急いで教室のドアを開けると、ちょうど山田くんが入ろうとしていたところだった。
彼のすぐ後ろをついて中に入った。……けど、なぜか男子たちの目線がすごく冷たい。
【視点:山田】
—『なんだ、この空気……俺、何かしたっけ?』
後ろを振り返ると、榊さんがすぐ後ろにいた。
—『……終わった。火に油注いだだけだった……』
僕はそそくさと席に戻り、榊さんも自分の席に着いた。
—『うわぁ、今日の一時間目は数学か……つまんないし、寝よ』
教科書を開いて顔に被せ、そのまま夢の世界へ。
【視点:榊】
また寝てる……。授業中くらい起きてればいいのに。
—『……でも、なんか……ちょっとだけ、かわいいかも。あの優しさも含めて……』
(えっ……な、なに考えてるの私!?バカバカバカ!)