第2話:静かな微笑みと夜の帰り道
(主人公:山田の一人称)
『で、リョウが僕を探してた理由って……』
「おっと、忘れてた! 実はね、『ギャラクシーヒーローズ』の新作がリリースされたんだよ。だから知らせたくて、探してたのさ、へへへ」
リョウは満面の笑みで、スマホの画面を僕に見せてきた。
—『なんだよ、それだけかよ……』
『そのためにあんな必死に走り回ってたのか?』
「マジか、それは楽しみだな。あとで一緒にやろうぜ。」
そう言うと、彼はすごく嬉しそうだった。
***
食堂は少し混んでいて、春の陽射しが窓から差し込み、心地よい自然光が広がっていた。
そんな中、榊は席についてから一言も発していなかった。
レンが榊の方をちらっと見てから、僕に目を向けて言った。
「ねぇ山田、君たちって、もしかして前から知り合いだったりするの?」
—『さすが観察力鋭いな、レン……』
「あー、えっと……実は榊さん、僕がバイトしてる漫画ショップの常連さんで……。で、今日はその、お店じゃなくて学校を案内しただけなんだ。」
僕は珍しく、少し口ごもってしまった。
「はい、それだけのことなんです。」
彼女はそう言って、僕の方に優しく微笑んだ。春の陽射しがその笑顔をさらに綺麗に見せていた。
—『な、なんだこれ……。顔が勝手にそっぽ向いちゃう……』
—『ただ微笑んだだけなのに、なんでこんな気持ちになるんだろう……』
その瞬間から、頭の中は榊の笑顔でいっぱいになっていた。
リョウとレンと別れ、次の授業が始まっても……。
「山田くん、山田くん?」
名前を呼ばれて、ようやく我に返った。
—『まずい……ずっと笑顔のことを思い出してたなんて、バレてないよな……?』
「ごめん、ちょっと考えごとをしてて……なにか用事?」
思わず声が上ずった。
「いえ……ただ、お昼からずっとぼーっとしてるみたいだったから。」
—『うわ、バレてた……』
「し、心配してくれてありがとう。僕は大丈夫だから。」
—『……なに言ってんだよ俺。「心配してくれてありがとう」って……。そもそも本当に心配してたのかもわからないのに。バカだな、俺……』
「そう? それならよかったです。」
彼女はいつものように微笑んだ。
—『あれ、流された……? それとも、聞き流しただけ? ……ふぅ(ため息)』
***
その後の授業も、頭がモヤモヤしたまま時間だけが過ぎていった。
授業が終わる頃には、少し気が楽になっていた。
僕はバイト先の店に向かって歩きながら、リョウの言ってたゲームのことを思い出していた。
***
その日の夜、店内の時計はすでに午後10時を回っていた。
店の窓越しに見える通りは、街灯の光でぼんやり照らされている。
閉店の準備をしながらスマホをいじっていると……。
カラン……とドアが開く音がした。
「こんばんは。」
この声は……。スマホから顔を上げると、そこには榊の姿があった。
「えっ、こんな時間にどうしたの? 榊さん。」
「えっと……明日が返却期限なので、今のうちにマンガを返しに来たんです。」
顔が少し赤くなっているように見える。外が寒かったからだろうか?
「そんな、わざわざ今日じゃなくてもよかったのに。夜に一人で歩くのは危ないよ。」
なぜか、少し心配になってしまった。
「そうですね……でも、家はそんなに遠くないので……」
彼女は少し戸惑った表情を浮かべていた。
「じゃあ、そろそろ帰りますね。おやすみなさい。」
「待って、榊さん。僕も一緒に行くよ。」
無意識に、そう言っていた。
「えっ? そんな、大丈夫ですよ。さっきも言ったとおり、家は近いので……」
「ちょうど店を閉めるところだったし、問題ないよ。」
***
夜風はやわらかく、街灯のやさしい光が歩道を照らしていた。
とても穏やかな帰り道だった。
「実は……返却のためだけに来たわけじゃないんです。……山田くん。」
榊は指を組みながら、赤くなった顔を少し俯かせていた。
その仕草は、とても可愛らしかった。
「えっ……なに?」
「今日は、学校で……優しくしてくれて、ありがとうございました。」
……
『なんでこんなふうに言うんだろう……それに、この笑顔……今朝の笑顔と重なって見える』
彼女の言葉に動揺して、返事をするのがやっとだった。
「お礼なんていらないよ。僕たちの大切なお客様に尽くすのは、当然のことだからね?」
そう言うと、彼女は小さくうなずいた。
その仕草があまりにも可愛らしくて、僕の心臓は止まりそうになった。
二人の間には沈黙が続いた。僕は何も言えなかった。さっきの表情のせいで、言葉が出てこなかった。
やがて、彼女の家に着いた。家の窓には、まだ灯りがついていた。
「今日は本当にありがとうございました……ご迷惑をおかけしてすみません。」
ぺこりと頭を下げる。
「気にしないで……また明日、いい夜を。」
「山田くんも、おやすみなさい。」
僕は彼女の家から離れ、同じ道をたどって自宅へと向かった。
その夜は、彼女の表情ばかりが頭に浮かんで、なかなか眠れなかった。
***
次の朝、台所に入ると、いつものように母さんが用意してくれたコーヒーがテーブルの上に置かれていた。
「ちょっと、タロウ。目、腫れてない?大丈夫なの?」
—『あっ、母さん、そこにいたのか……全然気づかなかった』
「大丈夫だよ。夜更かししちゃっただけ。」
「何それ。また遅くまで起きてたの?あんた、バイトで疲れてるんだから、ちゃんと寝なきゃダメでしょ!」
—『始まったよ、お説教タイム……でも、別に僕のせいじゃない。あの子のせいだってば』
「ちょっと、なによその顔。なんでそんなに顔赤いの、タロウ?」
—『えっ、どんな顔してるんだ僕……』
「な、なんでもないよ。それより、もう行かないと。行ってきます!」
家を出ながら、僕は自問自答していた。
—『どんな顔だったんだろう、僕……。なんかおかしいな、全然集中できない』
—『……いや、原因は分かってる。榊さんのせいだ』
学校へ向かう足取りが、いつもより早くなっているのを、自分でも感じていた。