第1話:えっ…君なの?
(主人公:タロウの一人称)
『二人…三人…四人……』
遅刻してくる生徒たちを、校門の前でぼんやり数えていた。
高校一年の生活が始まって、もう二ヶ月が過ぎた。
そして僕はというと、まるで学園ラブコメの主人公みたいに、窓際の一番後ろの席に座っている。
始業のチャイムはもう鳴っていた。
『あと五分だけ寝たいな…』
そう思って目を閉じかけたその時、教室のドアが開いた。
ナカムラ先生が入ってきて、その後ろには見知らぬ女の子の姿。
「おい、お前ら。今日から新しいクラスメイトが来たぞ。
しっかり歓迎してやれよ。」
「よろしくお願いします……」
小さくお辞儀しながら、彼女は静かに挨拶した。
その声、その金色のショートヘア…。
『この声、どこかで……あの髪も、見覚えがある……』
先生が続けて言った。
「じゃあ、榊さん。山田の隣の席に座ってくれ。」
彼女はゆっくり僕の方へ歩いてきた。
教室中の視線が、彼女に集まる。
「よし、それじゃ授業を始めよう。」
『ああ、もういいや。少しだけ…寝ちゃおう。』
机に突っ伏して、僕はそのまま意識を手放した。
***
「山田くん…山田くん、起きて……」
控えめでやさしい声。
そして、僕の肩を軽くトントンと叩く細い指。
「あぁ……(あくび)もう放課後……?」
半分寝ぼけながら、適当に口にした。
「やっと起きた……ナカムラ先生、さっき出て行ったばかりだよ。」
そのとき、僕たちの目が合った。
言葉もなく、お互いを見つめ合ったまま、目がどんどん大きくなる。
『うそ…君って……』
***
「まさか……君が?」
「あなた……あなたは、あのマンガショップの店員さん!」
彼女は驚いた様子で席から立ち上がった。
「おお、やっと思い出した。君、いつも店に来てたよね。」
無意識に、驚きながらそう口にしていた。
***
しばらく沈黙が流れたあと、彼女が口を開いた。
「わあ、なんだか……すごい偶然ですね。」
少しだけ安心したような表情だった。
『なんだこれ……もしかして、僕も緊張してる?』
「僕もそう思うよ。」
僕は少し冷静を装って、彼女が店に通っていたことを思い出しながらそう言った。
***
「そういえば、まだ自己紹介してませんでしたね……榊と申します。」
彼女はやさしい笑顔でそう言った。
「僕は山田……です。」
少しかしこまってそう答えた。
『学校でこんなふうに名前を言ったの、たぶん初めてだな。』
***
そのとき、昼休みのチャイムが鳴った。
「おっ、昼休みか……よかった。」
そう言いながら、僕は教室を出ようと立ち上がった。
『そうだ、彼女は転校してきたばかりだよな。こんなふうに出ていくのは……ちょっと無神経かも。』
「えっと、榊さん?……学校を案内しようか?」
何も考えずに、自然と口にしていた。
「えっ……ええ、ありがとうございます。でも、そんな……大丈夫です、本当に。」
少し戸惑っているようだった。
「そう? 見学したくないなら、いいけど……」
そう言って、ドアの方へ向かった。
「その……やっぱり……」
彼女の声がかすかに聞こえた。
僕は立ち止まり、振り返って言った。
「じゃあ、一緒に行こう。案内してあげるよ。」
自分でも、なぜ笑顔でそう言ったのかはよくわからない。
「……はい、お願いします。」
***
「ここが食堂で……あっちは体育館……あれが生徒会室。」
特に会話もせず、僕は淡々と校内を案内していた。
***
廊下を歩いているとき、彼女が口を開いた。
「今日は本当にありがとうございました、山田くん。」
「そんな、大したことじゃ……」
その瞬間、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「おい、タロウー!(はぁ、はぁ)どこに行ってたんだよ〜(はぁ、はぁ)校内全部探したんだからな〜!」
ああ、リョウとレンだ。中学からの友人。
「なんでそんなに息切れてんだよ、二人とも。」
「はぁ? それはな、お前を探してずっと走り回ってたからに決まってるだろ。それに、その子は誰だよ……って、えっ、えっ!? まさか彼女!? まさかまさかお前、俺たちを裏切ったのか!? 信じてたのにぃ〜!」
そう言いながら、リョウはその場に崩れ落ち、地面を転げながら僕と自分の運命を呪っていた。
「ち、ちがいますっ!そんなつもりじゃ……山田くんが、ただ学校を案内してくれてただけで……!」
榊さんは顔を赤くしながら、慌てて弁解した。
「うん、ほんとにそれだけのことだから。」
「そっか、ならよかった。やっぱりタロウは俺たちを裏切らないって信じてたよ……!」
リョウは満足げに僕の肩を叩いた。
「……気分の起伏、激しすぎだろ。」
レンは冷めた目でそう突っ込んだ。
「あ、そうだ。紹介してなかったな。リョウ、レン、こちらは榊さん。今日から僕たちのクラスメイトだ。」
「初めまして。」
「よろしくお願いします。」
「榊さん、こっちは僕の友達、リョウとレン。」
「ふふっ、よろしくお願いします。」
***
食堂の中、四人掛けのテーブルを確保して、それぞれのお弁当を広げた。
榊さんはまだ緊張気味だったけど、リョウの明るい性格のおかげで、少しずつ打ち解けていった。
「で、なんで君たち、そんなに必死に僕を探してたの?」
僕はずっと気になっていたその疑問を、ようやく口にした。