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9話「水竜とトリヴァイン王国。クヴェルが守り神になった理由」クヴェル視点




――クヴェル視点――




昔、昔……。


今から三百年ほど前。トリヴァイン王国がまだトリヴァイン荒野と呼ばれていた頃の話。


邪悪な力を持つ巨人の魔術師が、人間を奴隷に変える為に世界征服を目論んだ。


当時僕はちょっとやんちゃしていて、正義のヒーローに憧れていたので、巨人の魔術師に戦いを挑んだ。


戦いは数年に及び……。


僕は辛くも勝利した……。


だけど羽はもげそうだし、爪は剥がれるし、鱗は何枚か取れるしで……僕の体はボロボロだった。


故郷に戻る前に力尽きて、落下した場所がトリヴァイン荒野だった。


乾燥した空気と、見渡す限りの荒野が続く場所で……僕は死を覚悟した。


朦朧とした意識の中で、金髪の少女を見た気がした。


その時僕は天使が迎えに来たのかと思った……。




◇◇◇◇◇



次に目を覚ました時、僕は布切れで覆われた建物の中にいた。


天国ではなさそうだ。


それが人間が作ったテントだと気づくのにそう時間はかからなかった。


その時、テントの中に少女が入ってきた。


「気が付きましたか?

 あなたは大怪我を負って倒れていたのですよ。

 私達の言葉がわかりますか?」


金色の長く美しい髪に翡翠色の瞳の美しい少女だった。


少女の姿を見た時、胸がトクンと音を立てた気がした。


少女は近くにある村の村長で、レディアと名乗った。


レディアは荒野に倒れている僕を見つけ、僕の体を覆うようにテントを立て、治療をしてくれたのだと言う。


竜の姿の僕は体長十五メートルある。人間が僕の体を動かすのは難しい。


僕の体を動かすのを諦め、僕の体を覆うようにテントを張ったのは英断だと思う。


レディアは清楚で落ち着いた雰囲気の可憐な少女だった。若くして村長を務めているだけあって、人前では凛としていた。


僕の前ではおっとりしていて、内気で恥ずかしがりやな面も見せてくれた。


レディアからの治療を受け、半年ほど経過するころには僕はすっかり回復していた。


僕はレディアが気に入っていたし、彼女には借りがあった。


僕はレディアの願いを何でも叶えると伝えた。


レディアの願いは「トリヴァイン荒野を緑豊かな場所に変えてほしい」だった。


自分のことではなく、周りのことを一番に考えるのはレディアらしいと思った。


僕はその願いを叶えるためにいくつかの条件を出した。


一つ目、レディアが女王になること。


二つ目、僕を模した像を作り、歴代の王もしくは王太子に三日に一度磨かせること。


三つ目、レディアの血縁者(直系でなくても可)が跡を継ぐこと。


約束を破った場合、僕は加護を取り消し、この地を去ることを伝えた。


レディアはその条件を呑んだ。そしてトリヴァイン荒野をトリヴァイン王国と改め、初代女王になった。


レディアは生涯独身を貫くこと決めていた。


彼の城には弟がいた。名前はジョエル。


ジョエルも彼の伴侶になった女性も、信心深いタイプではなかった。


僕はレディアが逝去したあとはジョエルが王位を継ぐと思っていた。


ジョエルは三日に一度、僕の像を磨くなんて面倒なことをしないだろ。


だから守り神としての役目など、すぐに終わると思っていた。


だけど予想外のことが起きた。


レディアが逝去したあと、弟のジョエルも時を開けずに逝去したのだ。


二代目の国王となったのはジョエルの息子のティム。


ティムはジョエルの息子とは思えないほど賢くて善良で信心深い性格だった。


国王になったらティムは法整備を整え、僕の像を磨くことを書類として残し次代にも受け継いだ。


ティムはトリヴァイン王国の礎を作ったと言っても過言ではない。


そんなわけで僕は守り神をやめるタイミングを失ってしまった。


三百年の間に国王は十三回も変わった。


その中には信仰心の薄いものもいた。


僕とレディアに関する書物は燃やされ、僕の像に刻まれていた名前も「Q」の文字を残して削られてしまった。


僕の名前はクヴェル。文字で表記すると「Quelle」だ。


その時に守り神の仕事を辞めて、この地を離れても良かった。


でもどこかに期待があったんだ。


この国の守り神を続けていたら、レディアの生まれ変わりに会えるんじゃないかって。



◇◇◇◇◇



僕がアデリナを初めて見たのは十年前、彼女が八歳の時だ。


ウェーブのかかった金色の長い髪に、翡翠色の瞳、白く美しい肌の少女。


アデリナを一目見たとき、レディアの生まれ変わりだとすぐに気づいた。


その時にアデリナをさらって逃げても良かったんだけど、僕がアデリナの存在に気付いた時には、彼女はエドワードと婚約していた。


人様の婚約者を奪って逃げるわけにもいかないし、当時のアデリナは幼かったので、僕はしばらく様子を見ることにした。


人間が独立する為には、十八歳くらいまでに学ぶ事も多いようだ。


だから僕は彼女が学園を卒業するまで待つことにした。


アデリナに出会った時の国王は、レディアから数えて十四代目。名前をヨアヒムと言った。


国王ヨアヒムも、王太子エドワードも、一度も僕の像を磨きに来たことがない。


国王は王妃に僕の像を磨く仕事を丸投げしていた。


王妃が逝去したあとは、王太子の婚約者であるアデリナに丸投げした。


国王と王太子は僕がレディアと交わした約束を破っているので、僕はいつでも守り神を辞めることができた。


アデリナの成長を待つだけだった。


彼女がいるお陰でこの国は豊かなのに、国王と王太子はアデリナを蔑ろにしていた。


アデリナは王太子との婚約は義務と考えていて、そこに恋心はないようだった。


王太子とアデリナの婚約を破棄させても何も問題はない。僕はそういう結論に至った。


アデリナが王太子を愛していたら、無理やり連れ去ることはできないからね。


彼女が王太子を微塵も愛してなくて、僕はホッとしていた。


アデリナの母親が逝去すると、父親はすぐに愛人と再婚した。


公爵家は継母と継母の連れ子のイルゼに乗っ取られ、アデリナの母親に仕えていた使用人は全て解雇されてしまった。


公爵家でアデリナが虐待されているのに、見守ることしかできない自分が情けなかった。


それでもアデリナには専属のメイドが付いていて、最低限度の生活は守られているようだった。


三年前、アデリナが十五歳の時、彼女に唯一ついていたメイドが結婚を機に退職するまでは。


メイドが退職してから、アデリナの生活はますます悪くなっていった。


慣れない洗濯や皿洗いでアデリナの手はガサガサに荒れていた。


アデリナは家では家事と炊事をこなし、学園では勉強に追われ、王宮では王太子妃の教育を受けていた。


ハードなスケジュールをこなす彼女は、日に日にやつれていった。


毎日のように王宮を訪れていたアデリナが、ある時パタリと姿を見せなくなった。


心配になった僕はトカゲの姿に変身し、彼女の様子を見に行った。


公爵家の離れで彼女は一人で熱にうかされていた。


こんな状態の彼女を放置している公爵家の人間が許せなかった。


だけど彼らへの報復よりも、アデリナの看病が先だった。


僕が看病するとアデリナはすぐに元気になった。


彼女を一人にはできないので、僕は公爵家の離れで彼女の代わりに家事と炊事をすることにした。


最初は普通のトカゲを装い、彼女の前で人語を喋ることはなかった。


だけどアデリナはとても世話が焼けるし、寂しがり屋だし……ついうっかり彼女の前で人語を話してしまった。


トカゲの姿では彼女を世話をするにも限界があり、人型を取るようになった。


大人の姿に変身したかったんだけど、国の守り神をしているこの状態では、子供の姿を取るので限界だった。


アデリナは子供の姿の僕をとても可愛がってくれた。


そんな生活が三年続き、いよいよアデリナが学園を卒業する時が来た。


学園を卒業したら、すぐに王太子と結婚式だ。


アデリナが他の誰かと結婚するなんて許せない。


最初にアデリナに興味を持ったのはレディアの生まれ変わりだったからだ。


だけどアデリナを見守っているうちに、彼女に惹かれていった。


レディアはお淑やかで控えめな性格だった。


アデリナは一緒に暮らしていたメイドの影響か、口調は庶民的だし、行動が行き当たりばったりなところがあるし、何よりお人好しだった。


レディアの生まれ変わりだけど、彼女はレディアとは違う。


アデリナという一人の女の子なんだ。


人前で弱音を吐けず、水竜の像の前で泣いているアデリナに僕は恋をした。


アデリナの卒業と同時に、守り神を辞め、アデリナと王太子の婚約を破棄し、彼女と旅に出ようと思っていたんだけど……。


その前に王太子がアデリナに婚約破棄を突きつけ、国王が僕の像を破壊させた。


ついでにブラウフォード公爵がアデリナを勘当した。


何もしなくても僕の願い通りに事が進んでいた。


だけど僕は、こんな風にアデリナを傷つけたかったわけじゃない。


王太子はアデリナに恥をかかせるために公衆の面前で婚約破棄をし、国王はアデリナが信仰している僕の像を彼女の目の前で破壊させた。


公爵夫妻はアデリナの住んでいた離れを、アデリナのお母さんの遺品とアデリナの荷物ごと燃やそうとした。


国王は彼らの計画に加担した。僕の像の破壊を一番望んでいたのは彼だ。


アデリナを傷つけた彼らには、いずれ罰が下るだろう。


『水竜の像を磨かなくても国は変わらずに豊かだ。あんなものは伝説に過ぎない』


国王も王太子も彼らを支持する貴族たちも本気でそう思ってるようだ。


……そんなわけないだろう。


今までは国王の伴侶である王妃や、王太子の婚約者であるアデリナが僕の像を磨いていたから目を瞑ってきたんだ。


僕が守り神になって三百年、その間に僕の像を信仰しない者が王位に就くこともあった。


でもそんな時、彼らの周りにいた誰かが僕の像を磨いていた。


だから僕は目こぼししていたんだ。


それに、この国のどこかにレディアの生まれ変わりが現れるかもしれない。


その子がひもじい思いをしないように、国を豊かに保ってきた。


だけど彼らはレディアの生まれ変わりであるアデリナを蔑ろにし、彼女の矜持をズタズタに引き裂き、悪意を持って彼女の心を傷つけた。


僕はもうこの国に加護を与えない。


僕の存在を否定したのは国王とこの国の貴族だ。


いずれトリヴァイン王国の全ての川も湖も枯れ、井戸は干上がるだろう。


三百年前、この地はトリヴァイン荒野と呼ばれ、干上がった大地がどこまでも続いていた。


その頃に戻るだけだ。


その時になって後悔しても遅いのだ。


僕はアデリナと共に世界中を旅する予定だ。


君たちがいくら探しても、僕もアデリナも見つからないよ。


喉の渇きを覚えながら天に向かって嘆くといい。


自分たちがどれだけ愚かなことをしたのか、痛感するといい。



◇◇◇◇◇◇



アデリナと旅に出ることになった。


彼女との旅は楽しいけど全てが思い通りに行っているわけではない。


どうも彼女は、大人の姿の僕より子供の姿の僕の方が気に入っているらしい。


僕の大人の姿を見たアデリナが、僕に惚れて、僕が告白して、晴れて恋人同士になれると思ったんだけど……うまくいかないな。


一緒に過ごすうちに、大人の姿の僕に興味を持ってもらえたらいいな。


それまでは少しずつ少しずつ距離を詰めていくことにしよう。


いずれは、どこかの国に屋敷を構え、アデリナと結婚したい。


彼女が振り向いてくれるまで、僕はずっと側にいる。


もちろん彼女が僕を愛してくれた後もずっとずっと側にいるつもりだ。


愛してるよアデリナ。


僕が君を幸せにするからね。




◇◇◇◇◇



一つだけ後悔してることがある。


アデリナが成長するまで見守ることに徹してしまったことだ。


彼女の母親が逝去したときに、アデリナをこの国から連れ出すべきだったのか。


彼女が大人になるまで見守るのが正解だったのか。


未だにわからない。





読んで下さりありがとうございます。

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