8話「クヴェルとの添い寝。習慣は簡単には消えない」
食事を終えた私達は部屋に戻ることにした。
「部屋に入っても絶対に大人の姿になっちゃ駄目だよ」
「わかったから、もっと僕を信頼して」
部屋の扉を開ける前にクヴェルたんに念を押す。
クヴェルは私の言葉に素直に従ってくれたようで、部屋に入っても大人の姿にならなかった。
「ライニゲンダー・シャワー」
クヴェルはベッドやシーツに浄化の魔法をかけ、就寝の準備をしていた。
「アデリナも汗をかいたでしょう? ライニゲンダー・シャワー」
クヴェルは私にも浄化の魔法をかけてくれた。
汗がすっと引いていき、お風呂に入ったあとのような爽やかな気分になる。
クヴェルがアイテムボックスから私のパジャマを取り出した。
「アデリナ、服を脱がせるからかがんで」
クヴェルから発せられた思いがけない言葉に、壁際まで後ずさりしてしまった。
「な、なななな……何を言い出すのいきなり!?」
動揺が隠せず、声が震えてしまう。
「アデリナを着替えさせるんだよ。
いつもしてる事じゃない」
「そ、そうなんだけど……」
「服脱ぐの面倒くさ〜〜い。クヴェル〜〜着替えさせて〜〜」と言って、クヴェルに着替えを手伝ってもらっていた昨日までの自分を殴ってやりたい。
「き、着替えくらい、じ、自分でできるから!」
私はクヴェルたんからパジャマを受け取り、再び部屋の隅に移動した。
「着替えるから、ク、クヴェルたんは後ろ向いてて……」
今さら恥ずかしがっても遅いかもしれないけど、クヴェルが大人の男性だとわかった以上、彼の前では着替えられない。
「やっぱり駄目!
着替えが終わるまで外に出てて!」
「え〜〜」
不服そうな顔をするクヴェルを外に出し、制服からパジャマに着替えた。
「クヴェル、着替え終わったよ……」
「じゃあね、お姉さんたちまた明日ね」
クヴェルを呼びに廊下に出ると、食堂にいた行商人のお姉さんがクヴェルの頭を撫でていた。
クヴェルも満更でもないようで、お姉さん達に笑顔で手を振っている。
「飴貰っちゃった。
後で一緒に食べよう」
クヴェルがにこりと微笑む。
クヴェルを廊下に出したのは私だ。
小さい子が廊下に一人でいたから、お姉さん達は心配して彼に声をかけたのだろう。
クヴェルは可愛いから、飴を貰うこともあるだろう。
クヴェルが誰に笑顔を向けようが、誰と仲良くしようが彼の自由だ。
なのに、何でこんなに心がざわつくんだろう。
「そっか、良かったね」
私は素っ気なくそう伝え、彼を部屋に入れた。
「ベッドは狭いし。
クヴェルはいつものようにトカゲの姿になってね」
「うん、いいよ」
あっさりと了承され拍子抜けしてしまう。
もっとこう……大人の姿に戻ってぐいぐい迫られるかと思っていた。
べ、別にそれを期待していたわけでは……。
クヴェルたんは可愛い。
それこそ国宝級に可愛い。
旅を長く続ければ続けるほど、クヴェルの魅力の虜になる女性は増えるだろう。
クヴェルが他の女の子にちやほやされて、彼が心変わりしてその子について行ってしまったら……。
そうなった時、クヴェルを止める権利は私にはないんだよね。
クヴェルが私から離れて行ってしまったら、ちょっと……いや、かなり寂しいな。
もやもやした気持ちを抱えたまま、私はベッドに入った。
トカゲの姿になったクヴェルが私の頭の横で体を丸めた。
クヴェルがずっとトカゲの姿だったら、誰にも奪われないのになぁ。
それで、私の前でだけショタ美少年の姿に戻って甘えてくれたらなぁ。
私はそんな都合のいいことを考えていた。
クヴェルの都合を考えない最低な願いだ。
疲れたから考えるのはもう止めよう。明日に備えて早く眠らないと。
クヴェルの本来の姿が美青年だと知ってしまったので、彼が隣にいたらドキドキして眠れないかと心配したけど……。
旅の疲れが出たのか数分後には、私は深い眠りに落ちていた。
◇◇◇◇◇◇
外から小鳥の鳴く声が聞こえる。
目を閉じていても朝日がカーテンの隙間から差し込んでいるのがわかる。
「ん〜〜、狭い。
苦しい……」
何かに圧迫されている気がして、目を開ける。
「…………っ!」
目の前に整った顔立ちの青年の顔があり、心臓が止まりそうになった。
悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたい。
トカゲの姿で眠ったはずのクヴェルが、いつの間にか人型になっていた。
しかも大人の姿の方!
狭苦しく感じたのは、彼が私を抱きしめていたからだ。
顔の距離が近い。
ちょっと動いたら、彼と私の唇が重なってしまいそうだ。
まつ毛長いな……唇の形が綺麗だな……。
彼の美しさに思わず見惚れてしまう。
心臓がドクドクと音を立てている。
クヴェルの整った顔から目が離せない。
ここで騒いではいけない気がする。
ゆっくりと距離を取り、ベッドから降りよう。
クヴェルが起きる前に着替えて、何事もなかったような顔で挨拶すればいい。
私はゆっくりと後退し、彼から距離を取ろうとした。
しかし腰の辺りを彼に抑えられていて、身動きが取れない。
クヴェルが起きるまでこのままの体勢でいるしかないの?
どうしていいかわからず、固まっているとクヴェルが目を覚ました。
「ん……おはよう、アデリナ」
彼はごくごく自然な仕草で私の額に口付けを落とす。
「…………!」
クヴェルのキス魔!
トカゲの姿のクヴェルに額にキスされる事はよくあった。
美青年バージョンのクヴェルにキスされるのには慣れない!
寝起きに美青年からのおでこキスは心臓に悪い!
「寝ぼけてないで起きて!」
私がポカポカと彼の体を叩くが、クヴェルはまだ寝ぼけているようだった。
「行商の人達の馬車に乗せて貰うんだから寝坊は出来ないのよ!
さくさく身支度して、朝ご飯食べないと!」
私はなるべく平静を装い、クヴェルにそう伝えた。
「身支度するなら……僕が手伝わないとね」
クヴェルが私のパジャマのボタンに手をかけ、一つ、また一つと外していく。
「い、いい加減、目を覚ましなさい!」
つい、クヴェルの頬を平手打ちしてしまった。
◇◇◇◇◇
クヴェルはベッドサイドに腰掛け、私に殴られた頬を押さえていた。
私はベッドから抜け出し、ストレッチをしている。
クヴェルの頬を少し強く叩きすぎてしまったかもしれない。
「クヴェル、ごめんね。
ほっぺたまだ痛い?」
クヴェルはいつもの習慣で私の着替えを手伝ってくれただけなのに。
「いいよ、あれは僕も悪かったし」
クヴェルは許してくれたようだ。
「クヴェル、着替えるから外に出てくれないかな?
部屋の外に出るときは子供の姿になるのを忘れないでね」
「アデリナ、着替えるならこの服にして」
クヴェルがアイテムボックスから服を取り出した。
それは学園の制服でも、私が実家で愛用していた古びたワンピースでもなかった。
鮮やかなピンクのロング丈のワンピースと、紫色のフード付きのマント。
新品のブーツと腰につけるタイプのポシェットもついている。
「素敵……!
クヴェル、この服どうしたの?」
新品の服を着るなんて何年振りだろう?
服を見ているだけなのに心臓がトクンと音を立てた。
「フロントの横の売店で売ってたんだよ。
小物は行商のお姉さんから買ったんだ」
いつの間に……!
彼の気遣いが嬉しい。
「ありがとう、クヴェル。
大事に着るね」
私はワンピースを抱きしめ、笑顔でお礼を伝えた。
「気に入って貰えてよかった」
クヴェルが目を細めふわりと微笑む。
「着替えるから廊下に出てくれる?」
「外に出ないと駄目?
アデリナの着替えを手伝っていたから、
僕はアデリナのほくろの位置も……」
「うわぁーー!!
とにかく外に出て!」
クヴェルを子供の姿に戻し、廊下の外に出して、鍵をしめた。
疲労困憊していたとは言え、実家にいた時クヴェルに着替えを手伝わせていたのは悪手だったわ。
トカゲと子供のクヴェルはいいけど、大人のクヴェルは今まで見たこと全部忘れて〜〜!!