7話「初めての宿駅はドキドキがいっぱい!?」
モンスターとの遭遇で気を失っていたおじさんを起こし、宿駅を目指した。
私達を乗せた馬車が宿駅に着いた時には、日は完全に沈み辺りは暗くなっていた。
「おじさん、乗せてくれてありがとうございました」
私とクヴェルは馬車に乗せて貰ったお礼に、野菜の荷下ろしを手伝った。
新鮮な野菜が籠にぎっしりと詰まっていた。
今日の晩御飯にこの野菜が使われるのかな?
夕食が楽しみ。
「おじさん、これあげる。
帰り道に気をつけてね」
野菜を運び終えると、クヴェルがおじさんに何かを渡していた。
「なるべく肌身はなさず持っていた方がいいよ。
他人に上げたりもしないでね」
「よくわからんが、ありがとな坊主」
おじさんはクヴェルから貰った何かをポケットにしまうと、馬車に乗り込んだ。
おじさんを乗せた馬車は暗闇に消え、すぐに見えなくなった。
「クヴェルたん、おじさんに何を渡したの」
「別に、即席のお守りみたいなもんだよ」
「ふーん」
クヴェルたんはお守りも作れるのね。
「日が暮れちゃったけど、おじさんは無事に家に帰れるかな?」
辺りは真っ暗だし、この辺りはモンスターもうろついている。
私達が宿代を出してでも、おじさんに泊まってもらうべきだったかな?
「おじさんが言ってたよ。
家で奥さんが帰りを待っているから早く帰りたいって。
僕らが宿に泊まるように勧めても、おじさんは家に帰ったんじゃないかな」
家で家族が待ってるなら、早く帰りたいよね。おじさんの気持ちもわかる。
「おじさんのことなら心配いらないよ。
僕の渡したお守りはそんなにやわじゃないからね」
クヴェルは自信に満ちた表情をしていた。
今のはどういう意味だろう?
「それより宿に入ろう。
僕お腹空いちゃった」
「私も」
私のお腹が盛大に音を立て、それを聞いたクヴェルたんがくすりと笑った。
◇◇◇◇◇
「えっ、シングルの部屋一つしか空いてないんですか?」
「ごめんなさいね。
今日はお客が多くて」
宿の女将さんが宿帳を見ながら、困ったように眉を下げた。
女将さんは恰幅がよく、声が大きく、明るくて朗らかな感じがする人だった。
宿の外観も綺麗だし、建物の中も清潔感があった。おそらく、従業員が毎日掃除しているのだろう。
宿の一階部分は、フロントと売店と調理場と食堂になっているようだ。
フロントの横の売店では旅に必要な細々としたアイテムや、近くの村の民芸品と思われる木彫りの人形や、木製のカトラリーや、瓶に入ったシロップ漬けの果物などが売られていた。
宿の奥にある食堂からは、他の客たちの賑やかな笑い声が聞こえてくる。
食堂からはお肉の焼ける香ばしい匂いや、スープの美味しそうな匂いが漂ってきていた。
私達も早く夕飯を食べたい。
「その部屋で問題ないよ。
シングルの部屋に二人で泊まるんだからちょっと安くしてね」
クヴェルたん……そんな勝手に!
「はいよ。
通常子供は半額料金なんだけど、野菜の荷運びも手伝ってもらったし、坊やはただでいいよ」
女将さんがクヴェルに部屋の鍵を渡す。
「やった!
ありがとう!」
クヴェルが笑顔を向けると、女将さんが頬を染め顔に手をあてていた。
「弟さんかい?
可愛い子だね。
その上しっかりしてる」
子供の姿のクヴェルは年上キラーのようだ。
そのあどけない笑顔で、今まで何人を虜にしてきたのか?
「クヴェルたん、勝手に……」
「野宿するよりはいいでしょう?
宿に泊まれば温かいご飯も食べられるよ」
「ぐっ……それは」
図らずもクヴェルたんと同室になってしまった!
クヴェルとは昨日まで公爵家の離れで寝食を共にしていた。
彼と同じ部屋で過ごすのには慣れている。
しかし、昨日までクヴェルは時々ショタ美少年に変身するトカゲだったのだ。
彼の本来の姿が、目もくらむような美青年だったなんて……!
シングルベッド一つしかない部屋で彼と一晩過ごしたら、私の心臓が壊れてしまうわ!
「あなた達の部屋は二階の一番奥だよ。
荷物を置いて来るといいよ。
夕食が出来たら呼びに行くから、
食堂まで食べにおいで」
「はーい。
行こうアデリナ」
「ちょっと待って、クヴェルたん!」
クヴェルはそう言って、私の手を引っ張り階段を駆け上がっていく。
彼の勢いに流されるままに、私は宿の個室に足を踏み入れてしまった。
◇◇◇◇◇
部屋には窓が一つあり、シングルベッド一つ、テーブルが一つ、椅子が一脚備えられていた。
簡素な部屋だが掃除が行き届いていて清潔感があった。
「アデリナ〜〜!
やっと大人の姿に戻れたよ〜〜!」
部屋に入ると、部屋の扉が完全に閉まり切る前にクヴェルが大人の姿に変身した。
「これでアデリナと思う存分イチャイチャできるね!」
青年クヴェルは、私を背後から抱きしめると私の後頭部にキスをした。
「クヴェル!
宿の女将さんには子供の姿を見られているんだから、
宿にいる間は大人の姿に戻っちゃ駄目だよ!」
「女将さんも部屋までは入ってこないよ」
距離が近すぎるよ〜〜。
子供クヴェルに抱きしめるのには慣れてるけど、 青年クヴェルに抱きしめられるのには慣れてないんだよ〜〜。
「アデリナは思ってたよりちっちゃくて細いんだね」
クヴェルが私の耳元で囁く。
青年クヴェルの囁き声は艶っぽ過ぎる!
耳が妊娠してしまう!
「クヴェルが大きくなっただけだよ」
美青年とゼロ距離での密着はやばい!
クヴェルの腕は筋肉質でたくましく、背も私の頭一つ分高い。
嫌でも彼が異性なんだと意識してしまい、心臓が早鐘を打つ。
「クヴェル、距離が近いよ。
とにかく一回離れようか」
「え〜〜、やだよ。
それにいつも僕を抱きしめて離さないのはアデリナの方じゃない」
青年クヴェルは私の頭に顎を乗せる。
顎を頭に乗せるのは、私が子供クヴェルによくしていたことだ。
攻守が逆転すると、こんなにもどきまぎしてしまうものなの……!?
「もうすぐご飯できるし、女将さんが呼びに来るよ。
部屋から大人の男性の声が聞こえたら不審に思われるでしょう?
だから子供の姿に戻ろう」
「アデリナは、なにかに付けて僕を子供の姿にしたがるよね」
「うっ……それは」
青年クヴェルと密室で一晩過ごしたら、どうにもなっちゃいそうだから……とは言えない。
「私はショタコンだから、子供のクヴェルたんの方が可愛いなぁって……」
我ながら苦しい言い訳だと思う。
「子供のクヴェルは小動物みたいで、存在そのものが尊いんだよね」
「ふーん」
背後にいるクヴェルの表情はわからない。しかし彼の声は不機嫌そうだった。
くるりと体を反転させられ、クヴェルと向かい合わせになる。
青年クヴェルが端正な顔で私を見下ろしている。
「僕はアデリナにかっこいいって思ってほしいんだけどな」
彼は私の髪を一房とると、髪に口付けした。
「アデリナに小動物扱いされるのも、弟扱いされるのも嫌だな」
クヴェルが目を細め、大切な物を見るような目で私を見つめる。
「弟じゃなくて、お兄さん扱いされたいとか?」
綺麗な顔でそんな表情をされると、心臓に悪いよ!
「そうじゃなくて、僕はアデリナの恋……」
トントントン!
「お客さん、夕食の準備が出来たよ。
食堂に来ておくれ」
「はーーい! 今行きます!」
女将さん、ナイスタイミング!
「クヴェル、夕飯だって!
子供の姿に戻って」
「……はーーい」
クヴェルは何か言いたげな顔をしていたが、すぐに子供の姿に変身した。
やっぱり、子供の姿のクヴェルたんが一番可愛い。
「行こう!」
私はクヴェルたんの手を取り食堂に向かった。
◇◇◇◇◇
食堂には木のテーブルと椅子がバランスよく配置されていた。
半分ぐらいの席が埋まっていた。
おそらく食べ終えた人達は部屋に戻ったのだろう。
残っている人達は、会話をしながら食事を楽しんでいるように見えた。
宿駅なので客のほとんどは旅人だ。
冒険者風の男性三人組や、旅の行商人らしき人達の姿が見えた。
旅の行商人らしき人達は、恰幅がよく人の良さそうな顔の中年の男性、護衛らしき若い男性、男性の奥さんらしい中年の女性、商人見習いらしい女性二人の五人組だった。
私は制服のままだったことに気付いた。
パーティに参加してそのまま旅に出たので、着替えている余裕がなかったのだ。
流石にこの格好は目立つ。
どこかで着替えないと。
クヴェルたん、私の私服も持ち出してくれたかな?
使用人同然の暮らしをしていた私は、制服とパジャマの他には古びたワンピースぐらいしか持っていない。
それでも制服で旅するよりはましだろう。
それよりも今は夕食だ!
宿駅ではどんな物が食べられるのかしら?
私はわくわくしながら席についた。
「おおーー!!
これが夕食!!」
私達が席に着くと女将さんが料理を運んできた!
グリルチキン、じゃがいものポタージュ、取れたて野菜のサラダ! どれも私の好物だわ!
「デザートに特製アップルパイもあるからね」
女将さんがウィンクをした。
デザートまで好物なんて幸せ過ぎる!
チキンを一口大に切って口の中に放り込む。
「美味しい!」
付け合せのマリネもポタージュも絶品だわ。
女将さんの料理は公爵家のシェフにも負けてない。
お腹が空いてたこともあり、私は皿の上の料理をあっという間に平らげてしまった。
向かいの席に座るクヴェルは、小さな口に一生懸命に料理を運んでいる。
クヴェルたんは食事をする姿もキュートだ!
クヴェルの出自はわからない。だけど彼の食べ方はとても綺麗だ。
彼はどこかで上流階級の作法を学んだことがあるのかもしれない。
「デザートのアップルパイだよ」
お肉やスープを食べ終えたタイミングで、女将さんがデザートを運んできてくれた。
アップルパイは生地がサクサクしていて、りんごは酸味と甘さのバランスが絶妙だった。
「デザートまで美味しいなんて幸せ過ぎる」
デザートを食べ終わった後、私はコーヒーをすすっていた。
すると、女将さんが切り分けられたシュトレンの乗った皿を持ってきてクヴェルの前に置いた。
シュトレンにはレーズンやドライフルーツがたっぷり詰まっていた。
「どうしてクヴェルにだけ?」
不思議に思い女将さんに尋ねる。
「そこの坊やの食べ方があまりにも可愛いから、行商人のお姉さんがこれも食べさせてあげてくれって。
お代はあちらから頂いてるよ」
クヴェルの可愛さは、周りにいる人を次々に虜にしていく。
魔性の美少年だわ!
「お姉さん達、ありがとう」
クヴェルがニッコリと微笑みお礼を伝えると、行商人のお姉さんたちから黄色い悲鳴があがった。
クヴェルたんの可愛さを周囲の人達が認めてくれるのは嬉しい。
なのに、何故か私は胸がもやもやしていた。
「クヴェルたん、私の肩に乗ってトカゲの姿で旅をしない?」
トカゲを肩に乗せて旅するとか、絵本の主人公みたいでかっこいいかもしれない。
クヴェルたんの笑顔を独占したいからとは言え、とんでもないことを口走ってしまった。
「やだよ。
それじゃあ虫よけにならないじゃん」
「虫よけ?」
どういう意味だろう?
「トカゲの姿じゃアデリナをゲスな男達の視線から守れないってこと。
アデリナは自分で思ってるよりも百倍は可愛いんだから、その自覚を持って」
クヴェルは冒険者三人組を睨みつけていた。
クヴェルに睨まれた三人は、こちらから視線を逸らした。
あの人達……クヴェルの食べてるシュトレンが欲しかったのかな? 食いしん坊さんだな。
「ねぇ、クヴェル……。
トカゲにならなくてもいいけど、青年の姿になるのは控えてほしいな……」
食事が済んだら部屋に戻らないといけない。
部屋に戻っても大人の姿で抱きついて来ないように、クヴェルに釘を刺しておかないと。
「コーヒーのお代わりはいかが?」
その時、女将さんに声をかけられた。
「いただきます」
女将さんがコーヒーを並々とカップに注いでくれた。
「ご馳走様でした。
とっても美味しかったです」
「お口に合ってよかったよ」
女将さんは見ている人がほっこりするような笑顔を浮かべる。
「何か料理の秘訣とかあるんですか?」
「そんなものはないよ。
強いて言えば愛情と新鮮な食材と、水竜様の加護のお陰かね」
「水竜様の加護のお陰とは?」
「水竜様のお陰で美味しい井戸水が湧くんだよ。
そのお陰で料理が美味しくなるのさ。
水竜様には足を向けて寝られないね」
女将さんは水竜様を信仰しているようだった。
国王と王太子が水竜様の像を破壊したと知ったら、女将さんはどう思うかしら……?
「ところでお客さんたちは、どこに向かって旅をしているんだい?」
「リスベルン王国です」
答えたあと、しまったと思った。
国王の配下が私を探しに来たとき、行き先がバレてしまう。
制服姿で宿駅に入った時点で目立ってたし。
この街道の先にあるのはリスベルン王国との国境の川のみ。
私が教えなくても行き先はバレる。
セーフ、今のは失言に入らない。
「そうかい、坊やにシュトレンをプレゼントした旅の行商の人達もリスベルン王国に行くって言ってたよ。
馬車に空きがあるかどうか聞いてあげようか?」
「えーー! いいんですか?」
国境まで歩いて行こうと思っていた。思わぬ幸運に顔が綻んでしまう。
女将さんは行商人のテーブルに向かった。
数分後、女将さんは、「女一人と子供一人なら詰めれば乗れるそうよ」笑顔でそう報告してくれた。
私は女将さんと行商の方々にお礼を伝えた。
「よかったね、クヴェル。
国境まで歩かなくて済むよ」
「僕はアデリナと二人旅がしたかったんだけどな」
クヴェルは頬を膨らませている。
「勝手に決めてごめん。
だけど歩くより、馬車に乗った方が早く遠くに行けるよ。
私はできるだけ早くこの国から離れたいんだよね」
別に悪いことをして逃げているわけではない。
国王や王太子が私に面倒事を押し付けるために、追手を差し向ける可能性は十分にある。
もたもたせず、さっさとこの国を出た方がいい。
「アデリナの足を豆だらけにするわけにはいかないしね。
馬車に乗せて貰おうか……」
クヴェルは短く息を吐き、仕方ないと言う顔で首を縦に振った。
「ありがとう、クヴェル!」
他の人達と一緒なら、クヴェルも大人の姿にならないと思うんだよね。
青年クヴェルも素敵なんだけど、観賞用というか遠くで見てるだけで満足というか。
読んで下さりありがとうございます。
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