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5話「絶望する私の前に現れた美青年。彼の正体は……」



公爵家の門の前まで着くと、離れから上がる煙は大分収まっていた。


つまり燃やす物がなく鎮火したということだ。


離れの小屋は燃え尽きた可能性が高い。


自分の目で見るまでは納得できない!


もしかしたら燃えたのは別の建物かもしれない!


私を脅すためのハッタリかもしれない!


庭で木の葉やゴミを燃やしただけかもしれない!


僅かな希望を胸に、私は公爵家の門に手をかけた。


「困ります! 

 アデリナお嬢様が来ても絶対に中に入れないようにと、閣下と奥様からきつく言いつけられております!」


門番は厳しい口調でそう告げた。


「そんなこと言わないで中に入れて頂戴! 

 お義母様が離れに火を放つように命じたの! 

 離れにはクヴェルがまだ中にいるかもしれないの!」


「お嬢様、あなたに何を言われてもここはお通しできません!

 お引取りください!」


「そんな……!」


門番は私を通す気はないらしい。


私は諦めたふりをして裏口に向かった。


裏口なら警備も手薄なはずだ。


裏口に行くには、敷地を囲う柵をぐるっと回る必要がある。


王宮から公爵家まで走ってきたので、私の足は靴擦れと豆で酷いことになっていた。


歩く度に痛みが走る。


それでも行かないと……!


クヴェル、無事でいて……!


柵の周りを四分の一ぐらい回ったとき、敷地内に立つ木の根っこが道まで張り出していた。


私はそのことに気付かず、木の根に足をかけ転んでしまった。


「いったいなぁ……!」


転ぶ時に手をついたので掌を擦ってしまった。膝から血が流れている。足首もズキズキと痛む。


「こんなところで時間を費やす訳にはいかないのよ……!

 クヴェルが……クヴェルが……!」


彼のことだから火事になる前に異変に気づいて上手く逃げたかもしれない。


でも、もし……逃げ遅れていたら……?


逃げようとして、煙に巻かれたら……?


私の脳裏に煙に巻かれ苦しむクヴェルの姿が浮かぶ。


心臓に締め付けられたような痛みが走る。


嫌だ! 嫌だよ! そんなこと考えたくないよ……!


「クヴェル……! 無事でいて……!」


気がついたら私はそう叫んでいた。


「呼んだ?」


背後から声をかけられ、振り返ると水色の髪にアイスブルーの瞳の青年が立っていた。


ふわふわの髪に宝石みたいに綺麗な大きな瞳、まだあどけなさが残る顔立ちの十代後半ぐらいの美青年だった。


「酷い有り様だね。

 今、治してあげるからね。

 ハイヒール」


青年は跪くと、私の手を取り回復魔法を唱えた。


私の手と膝の傷が綺麗に治っていく。


足首の痛みも消えていた。


おそらく、靴擦れと豆も治っている。


「まだ服が汚れたままだね。

 ライニゲンダー・シャワー」


青年が呪文を唱えると、爽やかな風が吹き次の瞬間には制服が洗い立てみたいに綺麗になっていた。


「まだ髪がボサボサなままかな」


彼はどこからか櫛を取り出し、私の髪を梳かすとハーフアップにした。


「うん、これでいつものアデリナだ。

 仕上げに僕からの祝福を贈るよ」


青年は私の前髪をかきあげると、額に口付けを落とした。


体中がぽかぽかして奥底から力が湧いてくる感覚がした。


「ちょっ……! いきなり何すんのよ! クヴェル……!」


ん……クヴェル……なの?


自分で口にしたことに、自分が一番驚いている。


何で目の前の青年のことをクヴェルだと思ったんだろう?


人型に変身したクヴェルは十歳ぐらいの美少年だった。


だが、今目の前にいるのは十八歳ぐらいの美青年だ。


だけど、青年のふわふわした水色の髪も、私を見つめる優しいアイスブルーの瞳もクヴェルと一緒なのだ。


ライニゲンダー・シャワーの呪文を使えるのも、おそらくクヴェルだけだ。


それに、目の前の青年は私の愛用の年季の入った櫛を持っている。


彼はクヴェルだ。


理由はわからないけど、短期間で成長したようだ。


「クヴェルなの……!?」


「流石、アデリナ。

 僕が名乗る前に気付いてくれたんだね」


青年が朗らかに笑う。


「嘘! 本当にクヴェルなの!?

 なんで前より成長してるの?」


昨日まで十歳ぐらいの少年だったのに、いきなり十代後半まで成長してるなんておかしい!


小屋に火を付けられたとき蒸し焼きにされかけて、命の危機を感じて急激に成長したとか?


「これが僕の本来の姿なんだよ。

 今までは力が制限されていたから、人型の姿の時は子供の姿だったんだ。

 『本来の姿』っていうのも違うかな。 

 僕の本来の姿は……だし」


クヴェルの本当の姿はトカゲだもんね。


まさか家に住みついたトカゲが、美青年に変身するとは思わなかった。


とにかくクヴェルが生きていて良かった!


ホッとしたら力が抜けた。


「アデリナ、大丈夫?」


よろけそうになる私をクヴェルが支えてくれた。


「クヴェル、心配したんだから!

 炎に巻かれて死んじゃったらどうしようって考えたら、不安で不安で……!」


私はクヴェルの胸に手を当てた。彼の心臓がトクントクンと規則正しく音を立てているのを感じた。


彼の心臓の鼓動を感じるまでずっと不安だった。そんな不安が少しずつ消えていく。


彼は穏やかに微笑み、私の手を取ると強く握りしめた。


「僕はそう簡単には死にはしないよ」


クヴェルが私の手を引き寄せ、私の体を抱き寄せた。


「クヴェルたん……?」


私は、少年の姿のクヴェルを抱きしめて頬ずりまでしていた。


彼と抱き合うのには慣れてるはずなのに……。


青年の姿のクヴェルに抱きしめられるのは少し照れくさい。


同じクヴェルなのに、どうしてこんなに胸がドキドキするの……?


「アデリナの体は震えているね。

 僕を失うのはそんなに怖かった?」


それもある。


今私が震えているのは、異性に抱きしめられた緊張の方が強い。


同い年くらいの男の子に抱きしめられたのは、これが初めてだ。


緊張で震えるくらい許してほしい。


ん? 同い年くらいの男の子?


「ちょっと待って!」


私はクヴェルの腕の中から抜け出し、彼から少し距離を取った。


クヴェルが不思議そうな表情で私を見つめている。そんな姿も絵になって美しい。


「クヴェルたんの本来の姿が青年だということは、今まで私は婚約者でもない男性と同居していたということ!?」


なんてことなの!


トカゲ、もしくは十歳程度の美少年だと思って油断してたわ!


婚約者でもない年頃の男性と一つ屋根の下で暮らし、その上、そ、添い寝や、き、着替えの手伝いまでさせていたなんて……!


「別に気にしなくてもいいんじゃない?

 アデリナと婚約者の王太子の関係は冷え切っていたし、それに今日晴れてあのアホ王太子との婚約を破棄できたんでしょう?

 僕とアデリナが同居していた事は誰も知らないし、誰もアデリナを責めないよ」


「私が気にしてるのはそういう事じゃなくて……」


年頃の男の子に着替えを手伝って貰ってたなんて……しゅ、羞恥心で死ぬ!


「ついでに実家から勘当されて、国外追放されたんでしょう?

 この国と縁を切れて万々歳じゃない!」


クヴェルは嬉しそうに目を細めた。


「そうなんだけど……。

 クヴェルたんがなんでそのことを知ってるの?」


「えーーと、そう……僕は地獄耳だから!」


卒業パーティで王太子が私との婚約を破棄することを、イルゼも父も継母も知っていた。


彼らが今日の計画をうっかり使用人に話したのを、クヴェルが偶然耳にしたのかもしれない。


深く追及するのはやめよう。


彼が情報をどこで仕入れたかなんて些細なことだ。


クヴェルが生きていてくれた! それだけで十分だ!


「そうだ!

 お母様の遺品!

 私の荷物も……!」


お母様との思い出は私の心の中にある。


それでもやはりお母様の遺品が全て燃えてしまったのは悲しい。


国外追放を言い渡すのはいいけど、荷造りさせてほしかった。


路銀も馬車もないのに、どうやって国外に行けというのか……。


「アデリナ、落ち込まないで。

 アデリナのお母さんの遺品も、君の私物も僕がアイテムボックスにしまっておいたから」


アイテムボックスの魔法は、高位の魔法使いにしか使えないはず。


クヴェルは変身呪文や、ハイヒールなど高度な呪文を使える。


彼がアイテムボックスの魔法を使えても不思議ではない。


「そっか〜〜。

 良かった〜〜」


安堵したら、ますますお腹が空いてきた。


「お母さんの遺品が無事でホッとした?」


「うん。

 でも継母に公爵家の小屋に火を付けたって言われたとき、一番最初に心配したのはクヴェルのことだよ」


「そうなの?」


「お母様の遺品は大切だけど物でしかないし。

 クヴェルたんは生きてるからね。

 どんなに貴重な物も生物の命には代えられないよ」


「アデリナ……!」


クヴェルは瞳をうるうるさせていた。


彼は私の手を取るとそのまま抱き寄せた。


「ちょっ……クヴェルたん!」

  

大人の姿のクヴェルに抱きしめられるのは慣れない。


クヴェルの腕は太くてがっしりしていて、胸板が厚くて、彼が異性であることを嫌でも意識してしまう。


心臓がドキドキと音を立てる。


でも、彼に抱きしめられて嫌な気持ちはしない。


「嬉しいよ。

 アデリナにそんな風に思って貰えて」


クヴェルの声はとても穏やかだった。


「クヴェルたんに抱きしめられるなら、子供の姿の方がいいなぁ。

 ねぇ、もう子供の姿にはなれないの?」


つるつるもちもちの少年の肌に頬ずりしたい。


美少年の半ズボンから覗く生足を拝みたい。華奢な体を抱きしめたい。


「その発言は地味に傷つくんだけど?」


クヴェルは少し不機嫌な顔をしていた。


「しょうがないよ。

 子供の姿のクヴェルと過ごした時間の方が長いんだもん」


「そうかもしれないけど……。

 大人の姿になった僕を見て、アデリナが僕のかっこ良さにときめくとか……そういうのを期待してたんだけどな」


大人の姿のクヴェルたんのかっこよさには、最初に抱きしめられた時からずっとドキドキしてる。


それを伝えたら、クヴェルたんと今まで通りの関係ではいられない気がして……そのことを伝えられなかった。


ぐ〜〜〜〜!


その時、私のお腹の音が盛大に鳴った。


お昼を食べそこね、パーティ会場でもマカロン半分しか口に出来なかった。


「安心したらお腹が空いちゃった」


私は恥ずかしさを誤魔化すように笑った。


「そうだ!

 ポケットに食べかけのマカロンが入ってたんだ。

 パーティで出されたお菓子を袋に詰めて、クヴェルのお土産にしようと思ってたんだけど……。

 結局マカロンを半分しか持ち帰れなかったんだよね。

 子供の姿になったらクヴェルたんにならあげるんだけどなぁ」


ポケットから食べかけのマカロンを取り出した。

 

「なぁ〜〜んて、いらないか。

 私の食べかけのマカロンなんて」

 

それにクヴェルが子供の姿に変身できるかもわからないし。


「いる! すっごくほしい!」


クヴェルは子供の姿に変身すると、マカロンに食いつき一口で食べてしまった。


くっ……! ショタ美少年が手に持ったマカロンに食いつく構図が可愛らしすぎる……!


よかった!


クヴェルは今まで通りショタ美少年の姿にもなれるようだ。


「やっぱりクヴェルたんはショタの姿が至高だよ〜〜!」


クヴェルの肩を掴み、彼の頬に自分の頬を押し付けた。


「僕としては少し複雑な気分だよ……」


彼は眉間に皺を寄せ、ため息をついた。


「予想では大人の姿になった僕にアデリナがメロメロになるはずだったんだけどな……」


クヴェルが小声でボソボソと呟いている。


「大人の僕の魅力にはおいおい気付いて貰うとして……。

 これからどこに行こうか?」


「う〜〜ん、そうだな」


王国の北には広い荒野があり、荒野を越えた先にはタルマナー王国がある。


王国の東にはセレヴィア川という大河があり、川を越えた先にはリスベルン王国がある。


タルマナー王国は小国だし面白いものが少なそうだ。


それにタルマナー王国から他国に行くには陸路しかない。


対してリスベルン王国の北の端は海に面していて、港がある。


一度でいいから海を見てみたかったんだよね。


「取り敢えず交通の便がいいリスベルン王国に行こうかな。

 海もみたいし」


「OK」


海か……オリガも海を見たのかな?


三年前まで私に仕えていたメイドのオリガ。


三年前、彼女に結婚の話が持ち上がった。


オリガは頬を染め「旅の画家に一目惚れされ熱烈にプロポーズされた」と話していた。


オリガは画家を見た時雷に打たれたような衝撃を受けたと話していた。


どうやら、お互いに一目惚れだったらしい。


こう言うのを運命の出会いと言うのだろう。


だけどオリガは、画家からのプロポーズを断ってしまった。


『彼は結婚後も旅を続けるそうです。

 お嬢様を残して旅に出れません』


『私はもう十五歳よ!

 自分のことぐらい自分でなんとかできるわ!

 私の世話にかこつけて逃げては駄目よ!

 愛し合ってるなら結婚しなくちゃ!』


私はオリガの背中を押した。


オリガがいなくなると着るものや食事にも困るけど、そんな事は言っていられない。


オリガは母を亡くしたあと、私の側にいてくれたたった一人の味方だ。


彼女は家族同然だった。


そんな彼女が運命的な恋に落ちたのだ!


彼女の結婚の邪魔はできない。


私の後押しもあり、オリガは画家の男と結婚し旅立って行った。


旅を続けていたら、オリガに再会できるかもしれない。


オリガに会えなくても、彼女の夫が残した絵ぐらいは見られるかもしれない。


旅の目的が一つ増えた。


「アデリナ、ぼーーっとしてどうかしたの?」


「ううん、大丈夫。

 お腹が空いただけ」


クヴェルが心配そうに私の顔を覗き込んできた。


彼のきらきらと輝く水色の瞳と目が合う。


クヴェルたんは国宝級に可愛い。


彼の姿を見ているだけで癒される。


「パンとチーズと干し肉と干した果物ならあるよ。

 屋敷を出る前にちょっと拝借してきた」


クヴェルがそれらをどこで拝借してきたのかは、聞かないでおこう。


私は母の遺品と荷物を家ごと燃やされるところだったのだ。


ちょっとぐらい屋敷から食べ物を持ち出しても許されるだろう。


パンにチーズを挟んで、遅い昼食にした。


「よっし! リスベルン王国を目指して出発よ!」


「おーー!」


私は立ち上がり、東の空を指差した。


「……リスベルン王国ってどうやって行けばいいの?」


「そこから……?」


勢いよく叫んだのは良いけれど、締まらない旅立ちになってしまった。




読んで下さりありがとうございます。

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