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33話「クヴェルたんが好き。でも誰かの代用は嫌」




どうやって部屋に戻ったとか覚えていない。


気がついたら机に座って無心で魔石にルーンを刻んでいた。


「………ナ」


誰かが呼んでいる気がする。


「……アデリナ!」


クヴェルたんが私の前で手をひらひらさせていた。


「クヴェル……たん?」


私が反応したことにクヴェルがホッとしたように息をついた。


「もう夕方だよ。

 夢中で取り組むのはいいけど、少しは休憩を取らないと体に悪いよ」


「夕方……?」


窓の外に目を向けると空が赤く染まっていた。


そんなに時間が経過していたんだ。


何も考えたくなくて、作業に集中しすぎたかもしれない。


「前にも言ったけど魔石を彫るには魔力を使うんだ。

 慣れないうちから長時間作業するのは危険だよ」


「うん、ゴメンネ……」


クヴェルは心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「お願いだから無理はしないで」


彼の瞳が不安気に揺れる。


クヴェルたんに大切に思われているのが伝わってくる。だからこそ苦しい。


彼が私を大切にしてくれるのは、私がレディア様の生まれ変わりで。私が彼女の代用だから……。


彼に大切に扱われるほど、レディア様の存在がちらついてチクチクと胸が痛んだ。


「うん、わかってる。ごめんね」


クヴェルたんに笑いかけたけど。私は今上手く笑えていたかな?


「アデリナが好きそうな物を注文しておいたよ。

 サラダとかサンドイッチとか軽い物なら食べられる?」


「ありがとう」


作業を中断して夕食を取ることにした。



◇◇◇◇◇




クヴェルたんに促されるままに長椅子に腰掛ける。


クヴェルは私の隣の席に座った。


テーブルには野菜のスープと、ハムとレタスのサンドイッチと、ハーブ入りのサラダと、苺とレモンのタルトが二人分並べられていた。


カップに注がれたアップルティーが爽やかな香りを放っている。


フォークを持ったけど、手が進まない。


「食べないの?」


クヴェルが心配そうに尋ねてくる。


こんな風にうだうだ悩むのは私の性に合わない!


クヴェルたんに聞いてはっきりさせよう!


「クヴェルたん! 聞きたいことがあるの!

 今、いいかな?」


「それは、構わないけど……。

 どうしたの? いきなり?」


急に大きな声を出されて驚いたのか、クヴェルは目をパチクリとさせている。


「あのね……!」


どうしよう! いざ聞こうと思ったら緊張してきた。


いやいや、女は度胸!


当たって砕けろだ!!


「クヴェルたん!

 レディア様と私って似てる?」


クヴェルたんの目を真っ直ぐに見つめる。


彼は私の質問の趣旨がわからず、困惑しているように見えた。


「……どうして急にそんなこと聞くの?」


クヴェルが少しだけ目尻を下げた。彼の表情が寂しそうに見えた。


「あのね……。

 私、偶然聞いたの……。

 古文書に記されているレディア様の外見的な特徴が、私に似てるって」


「そう……」


「クヴェルたんはずっと探してたんだよね。

 レディア様の生まれ変わりがトリヴァイン王国に現れるのを……」


クヴェルたんの目を真っ直ぐに見つめる。彼は目を見開き、しばらくして目を伏せた。


「クヴェルたんが私に親切にしてくれたのは、私がレディア様の生まれ変わりだったからだよね?」


「……」


「クヴェルたんが私の世話をしてくれたのも、

 お母様の遺品を守ってくれたのも、

 私を旅に連れ出したのも、

 私に加護を与えたのも、

 私に……口付けしたのも」


自分の唇に指を当てる。あんなに情熱的なキスをしてくれたのに、レディア様の代用だったからなんて……。


「それは違うよ!」


今まで黙っていたクヴェルたんが口を開いた。


「クヴェルたんが私にキスしたのは、私がレディア様の生まれ変わりだから?

 私はレディア様の代用……?」


「聞いて、アデリナ!

 僕は確かにレディアの生まれ変わりを探してた!」


クヴェルはソファーから立ち上がった。彼は真摯な表情で私を見つめる。


「君に初めて会ったとき、レディアの生まれ変わりだとすぐに気づいた。

 最初は君がレディアの生まれ変わりだから見守っていた。

 君の専属メイドが辞めて、君が熱を出したとき、君のことを放っておけなくなって、君の家に行った」


クヴェルたんはそう言って、一度言葉を区切った。


「君の側にいて、君を見ていて気付いた。

 君はレディアとは違う。

 よく笑うし、よく愚痴を言うし、メイドの影響で言葉や態度は庶民的だ」


クヴェルたんが私の前に跪き、私の手を取る。


「君はレディアとは違うよ。

 人が見てないところではすぐにだらだらするし、

 僕に着替えを手伝わせるし、

 脱いだ靴は片付けないし、

 王宮や学園で貰ってきたお菓子をポケットに入れっぱなしにしてカビさせるし……」


公爵の離れで、クヴェルにだらけた姿を散々見せてしまった。黒歴史だわ……!


「僕は君だから好きになったんだ。

 君だからずっと側にいて守りたいと思ったんだ」


彼は顔をほんのりと赤く染め、真摯な瞳で私を見つめた。クヴェルたんの言葉には迷いや嘘がないように思えた。


「レディアに少し憧れみたいな気持ちがあったことは認めるよ。

 でもそれは恋とは違う。

 レディアは僕の恩人だから」 


「……うん」


「僕はアデリナだから好きになった。

 アデリナだからキスしたいと思ったんだよ」


クヴェルたんが伸ばした指が、私の唇に触れる。


「愛してるのは君だけだ。

 できるなら君と……ってどうしたのアデリナ?」


知らない間に目から涙が溢れていた。


「ごめんね、クヴェルたん……」


「ええ……!

 僕の告白は迷惑だった……!?」


クヴェルたんの顔は青く、目が泳いでいて、指先が震えていた。クヴェルたんが目に見えて動揺しているのがわかる。


「違う……! そうじゃないよ……!

 クヴェルたんに……『好き』って、『愛してる』って、言ってもらえて嬉しいよ……!」


「だったらどうして君は泣いてるの?」


不安気な表情でクヴェルが尋ねる。


クヴェルたんはポケットからハンカチを取り出すと、私の涙を優しく拭ってくれた。


「だって、クヴェルたんのこと疑って……、酷いこと言っちゃったから……」


レディア様の代用だから側にいるんでしょう? なんて彼を傷つけることを言ってしまった。


「アデリナ、それは君が僕を慕ってくれているからだよね?」


「そうだけど……」


「嬉しいよ。 

 君がヤキモチを妬いてくれて」


クヴェルたんの頬は少し赤くなっていて、目尻が下がっていた。声のトーンが先ほどより明るい。


「クヴェルたんは……私を甘やかしすぎだよ」


「アデリナのことが大切だからね。

 いくらでも甘やかすよ」


クヴェルたんが柔らかく微笑む。彼の頬は赤く色づき、瞳はキラキラと輝いていた。


「ふぇ……ひっく……クヴェルたん……!

 私もクヴェルたんのことが世界で一番大切だよ……!」


「ああ……もう、そんなに泣くと涙と鼻水でぐちゃぐちゃになるよ」


クヴェルたんは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった私に、二枚目のハンカチを差し出した。


「クヴェルたんは……涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった……私は、嫌い……?」


「アデリナがどんな情けない姿をしていても、僕は君を嫌いになったりしないよ」


クヴェルたんが私の目を真っ直ぐに見つめ優しく笑う。


クヴェルたん……大人! 見た目は子供だけどメンタルと包容力は大人だわ!!


「クヴェルたん大好き。

 私、クヴェルたんを好きになってよかった」


「ありがとう。

 僕もアデリナを好きになって良かったって思っているよ」


クヴェルたんは、少し恥ずかしそうに、だけどとても嬉しそうにはにかんだ。


「クヴェルたん……」


「アデリナ……」


クヴェルたんとの距離が自然と近づいて……。


子供の姿のクヴェルたんと口付けを交わしていた。




◇◇◇◇◇◇




三十分後。


「いっぱい泣いたらすっきりした!

 それからお腹が空いたわ!

 いっぱい食べて、バリバリ働かないとね!

 今までの遅れを取り戻す為にも、今まで以上に頑張らないと!」


「今日は食事を取って、お風呂に入って休んだ方がいいよ。

 集中力のいる作業だから無理はよくない」


「でも……」


食堂で国王の話を聞いたあとモヤモヤした気持ちでいたから、全然作業が進んでいないのだ。


「アデリナの分は僕が頑張るから」


「それじゃあ、クヴェルたんに悪いよ」


「いいから今日は休んで。

 作業は明日からでいいから」


クヴェルたんに負担はかけたくない。だけど、無理して倒れたら元も子もない。


ここはクヴェルたんの言う通りにしましょう。


「わかったわ。

 机の上を片付けたら、今日は休むね」


「うん、そうして」


クヴェルたんが気遣い上手だから、ついつい彼に甘えてしまう。


「寝る前にお風呂、お風呂の前にまずはご飯よね!

 ここの料理は、トリヴァイン王国の王宮御抱えシェフにも負けるとも劣らない腕よね!」


祖国の味を時々懐かしく思う。いろいろと酷い目にあったから帰りたいとは思わないけど。


「あのね、アデリナ……トリヴァイン王国のことなんだけど……。

 優しい君は……見捨てられないと思うから言うね。

 僕がいなくなったからあの国は多分……うぐっ!」


「クヴェルたんも食べよ!

 私の何倍、ううん、何百倍も魔石にルーンを刻んでるんだから沢山食べないと!

 元気が出ないよ!」


食が進んでないみたいなので、クヴェルたんの口に苺タルトの上に乗っていた苺を突っ込んだ。


「クヴェルたん、サラダも食べて!

 スープも飲んで!」


「うん……ありがとう」


クヴェルたんの口に料理を次々に放り込んでいく。


小さい子がご飯を食べてる姿はいつ見ても愛らしい。


あっという間に、お皿は空になった。


「まぁ……いっか、今は伝えなくても。

 どっちにしろ二つの国を一度には救えない。

 今はミドガルズオルムの脅威を取り除くことが先決かな……」


クヴェルたんは、空になったお皿を見ながら小声で呟いていた。


料理が足りなかったのかしら?


「クヴェルたん、お代わりを頼もうか?」


「大丈夫、お腹いっぱいだよ」


お代わりのことじゃないなら、クヴェルたんは何を呟いていたのかしら?




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




一方その頃、トリヴァイン王国では。


「王太子殿下、また井戸が枯れたとの報告が上がりました!」


「殿下、モンスターが街道に出たとの知らせが……至急ご対策を!」


「殿下、城門の前に集まる民衆の数が日に日に増えております!!」


「王太子殿下、城の騎士や兵士だけではモンスター討伐にも限界があります! 貴族に掛け合い、私兵を投じるようにお命じください!」


「殿下、防衛費が底を尽きそうです! 予算の増額を!」


「殿下、近隣の村からの食料の輸送の件ですが……街道にモンスターが出没し難航しております! いかがいたしましょう?」


エドワードの執務室には、騎士や文官からの報告が相次いでいた。


「エドワード様ぁ〜〜! 王太子妃教育が厳し過ぎるわ〜〜! もう耐えられなぁ〜〜い!」 


「エドワードよ、伝書鳩を飛ばしてから幾日か過ぎた……。

 いまだリスベルン王国より返答が届いておらぬ……?

 余は心配で夜も眠れぬ……」


それだけではなく、イルゼから王太子妃教育が辛いとの嘆きや、国王からは一時間おきに「返信はまだか?」と問われていた。


「あーーーー! もう、そんなにいっぺんに言われてもわかるかぁぁぁぁーーーー!!!!」


キレたエドワードが机の上の書類を、宙に投げた。エドワードの承認待ちの書類が部屋中に散乱した。


トリヴァイン王国では混迷を極めていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



一方その頃。


トリヴァイン国王の文を託された伝書鳩は、ミドガルズオルムの毒の影響により、リスベルン王国に近づけずにいた。


伝書鳩、リスベルン王国とトリヴァイン王国の国境で待機中。






読んで下さりありがとうございます。

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