3話「波乱の卒業パーティー。王太子はどんな時も偉そうである」
翌日。
午前中に学園で卒業式が行われた。
生徒会長のエドワード様が最優秀生徒に選ばれ、副会長のイルゼが次席に選ばれた。
ちなみに私は優等な卒業生十傑にすら選ばれなかった。
優等な卒業生に選ばれたのはいずれも王太子の取り巻きをしていた生徒だ。
私はテストの成績はいつもトップだった。
しかし王太子妃教育で王宮に呼び出されることが多かったのが、マイナス査定された。
一度算術の宿題で一問だけ間違えたことから、「同じ問題を同じように間違えるのがおかしい」と、「どちらかがどちらかの宿題を写したのではないか?」と疑われた事がある。
その時に王太子が「宿題を丸写ししたのはアデリナだ」と言い出し、教師がそれを信じた。
それもマイナスに作用し、私は優等な卒業生十傑に選出されなかった。
学園の教師も王太子の言いなりだ。
王太子とイルゼは、私に生徒会の仕事を丸投げしていた。
エドワード様は私に宿題を丸投げし、イルゼは私がエドワード様に渡した宿題を丸写ししていた。
そんな二人が首席と次席とは……。
この学園……いやこの国の未来も暗い。
「やってられない」
私は心の中で毒づいた。
◇◇◇◇◇
卒業式が終わったら王宮でのパーティだ。
卒業生達は、一度タウンハウスに戻ってドレスや礼服に着替えてから王宮に向かうようだ。
私にはパーティに着ていくドレスがない。
なので制服のまま王宮に向かうつもりだった。
学園の馬車置き場に行くと、私の馬車が見当たらない。
公爵家の隅にあった廃棄寸前のオンボロ馬車を修理して使っていたのだが……。
一体どこに行ってしまったんだろう?
馬車が盗まれた事を理由に卒業パーティーをさぼれないかな?
淡い期待を抱いた。
「アデリナ・ブラウフォード公爵令嬢。
王太子殿下の命令によりお迎えに上がりました」
入学以来、いや婚約してから一度も迎えを寄越したことのない王太子が、今日に限って迎えを寄越した。
珍しいこともあるものだ。
雪が降らないといいけど。
しかし、これで卒業パーティーから逃げられなくなってしまった。
王太子め。余計な事を。
心の中で愚痴りながら、王宮が用意した馬車に乗り込む。
公爵家のオンボロ馬車とは違い、車内は新品同様に綺麗で、座椅子はふわふわ、振動も少なく、乗り心地は最高だった。
王太子がこんな立派な馬車を寄越したなんて……。
明日はあられが降るかもしれない。
◇◇◇◇◇
あっという間に王宮についたが、パーティの時間までかなり時間がある。
私は王宮内をブラブラと歩いて時間を潰すことにした。
足は自然と水竜様の像の前に向いていた。
水竜様の像は今日も優雅に中庭に佇んでいた。
ここに来ると暖かい気持ちになる。
ここにいる時は、王太子にも、陛下にも、厳しい教育係の先生にも、嫌味な王太子の側近にも、遭遇しないのだ。
きっと彼らは水竜様に嫌われているんだろう。
だから、この場所には寄り付かないのだ。
私はそう思うことにした。
像を磨いている時間、しばしの自由を味わっていた。
水竜様の像の前でだけ弱音を吐けた。
水竜様には沢山の愚痴を聞いてもらった。
愚痴のほとんどは王太子とイルゼに関することだ。
父と継母への愚痴も混じっていたかもしれない。
パーティまで時間があるし、他にすることもない。水竜様の像を磨いておこう。
水竜様の像を磨くのは三日に一度でいいことになっているが、多めに磨く分には問題ないだろう。
もし本当に水竜様がクヴェルを遣わせてくれたのだとしたら、水竜様にはお礼を伝えなくてはいけない。
「水竜様、いつも見守ってくださってありがとうございます。
それからクヴェルを私の元に遣わせてくださったことに、心より感謝しています」
水竜様の像を磨き終えた私は、像に向かって祈りを捧げた。
◇◇◇◇◇
ずっとこの場所にいたかったが、残念ながらパーティーが始まる時間になってしまった。
従者が探しに来る前に会場に向かおう。
本来なら婚約者である王太子のエスコートを受けて、私は会場に入らなくてはいけない。
王太子からはドレスすら贈られていない。
ドレスすら送ってこないような男が、私をエスコートするはずがない。
諦めの境地に達しつつある私は、一人寂しく会場に入った。
制服姿で、しかもエスコートされることもなく会場に入ってきた私に周囲の人たちから冷ややかな視線が注がれる。
生徒達は「王太子の婚約者でありながらお一人で会場に入るなんて」「その上貴族令嬢でありながら制服で卒業パーティーに参加するとはな」「恥ずかしい。私なら生きていられませんわ」「自業自得だな。大方王太子殿下にドレスを贈って貰えなかったんだろう? イルゼ嬢を虐めるから王太子殿下に愛想を尽かされるんだ」と、ここぞとばかりに私を非難する。
卒業パーティーには生徒だけでなく、保護者である彼らの親も参加している。
昨年までの卒業パーティーは学園で開かれていたので、参加するのは生徒だけだった。
今年は王太子が卒業しパーティーも王宮で開くので、生徒の保護者も参加を許されたのだ。
如何にも派手好きな王太子らしい。大勢の人間に卒業を祝われた上で、首席で卒業したことを自慢したいのだろう。
生徒の保護者が私に向ける目には侮蔑の色が混じっていた。
ほとんどの生徒が私を異母妹を虐める悪役令嬢だと思っている。
そしてそのことを、親に伝えている。
子供たちの話を聞いた保護者が、私に悪感情を抱くのも自然なことだ。
「アデリナ・ブラウフォード様は首席や次席どころか、優等な卒業生十傑にすら選ばれなかったようだな?」「そんな方が王太子殿下の婚約者など」「子供たちの話では、アデリナ様は腹違いの妹のイルゼ様を虐めているそうじゃないか」「イルゼ様は大変美しく次席で卒業されるほどに優秀な方だ。アデリナ様はイルゼ様に嫉妬しているのだろう」「彼女が王太子妃になったらこの国はどうなるのか……」……生徒と保護者が一緒になって私の悪口を言っている。
私に聞こえるように割と大きな声で言っているので、全員中々にいい性格をしている。
はぁ……。さっさとこのパーティ終わらないかなぁ……。
家に帰ってクヴェルたんのふわふわな髪をわしゃわしゃにしたいよ。
私、一人ぐらい途中で帰っても気づかれないのでは?
体調不良になったと言い訳して、パーティを途中で抜け出そう。
とは言え、陛下の挨拶が済むまでは帰れない。
陛下の挨拶が終わったら、王宮のパティシエの作ったお菓子を袋に詰めてさっさと帰ろう。
お菓子を持ち帰るために、布袋も用意してきたんだよね。
クリームがたっぷり乗ったケーキを持ち帰るのは無理だけど、クッキーやマカロンやフィナンシェなどの焼き菓子系なら持ち帰れるよね。
持ち帰ったお菓子は、いつもお世話になってるクヴェルたんに食べさせてあげるんだ。
どのお菓子を持って帰ろうかしら? 袋の大きさにも限界があるのよね。
なるべく形が崩れないお菓子を持ち帰りたい。
私がテーブルに並んでいるお菓子とにらめっこしていると……。
「国王陛下のご入場!」
侍従が国王陛下と王太子の入場を告げた。
会場にいた客たちはおしゃべりを止め、姿勢を正し、国王陛下に注目した。
陛下は短く切りそろえた赤い髪、鋭く光る赤い目の長身の美丈夫だ。
彼は黒檀色の軍服の上に、ファー付きのマントを纏っていた。
陛下の胸元には数々の勲章が煌めき、タスキのようにかけられたサッシュが軍服に彩りを添えていた。
「王太子殿下並びにイルゼ・ブラウフォード公爵令嬢のご入場!」
陛下に続いて王太子にエスコートされたいイルゼが会場入りした。
王太子は黄色い軍服の上にファー付きのマントを羽織り、サッシュや勲章を身に着けていた。
イルゼは緑色のドレスを纏い、翡翠と思われるイヤリングとネックレスを身に着けていた。
王太子が婚約者ではない令嬢をエスコートしているのに、会場から王太子を咎める声が上がることはなかった。
むしろ「王太子殿下の選択は当然だ。アデリナ様とイルゼ様なら誰だってイルゼ様を選ぶ」「この際、婚約者を交換しては?」「着飾ったイルゼ様はいつもにも増して美しい」という人々の囁きが聞こえた。
「ブラウフォード公爵、並びにブラフォード公爵夫人のご入場!!」
続いて三大公爵家の一つであるブラウフォード公爵夫妻(私の父親と継母)が入場した。
茶髪をオールバックにした狡猾な顔つきの男が父で、父にエスコートされている赤紫のドレスに身を包んだ若作りの女性が継母だ。
「オルトン公爵、並びにオルトン公爵夫人のご入場!!」
三大公爵家の残り二つであるオルトン公爵夫妻とカスパール公爵夫妻が入場した。
オルトン公爵夫妻は四十代半ば、カスパール公爵夫妻は三十代前半だ。
彼らはこの国の良心と呼んでも過言ではない。
金儲けが趣味の私の両親とは大違いだ。
三大公爵が揃い、国王陛下が大広間の奥にある玉座の前に立った。
会場に集まった全員が、固唾を飲んで陛下の挨拶を待っていた。
「今日は息子の卒業を祝うパーティーによく集まってくれた。
優秀な教師の指導と、仲間たちに支えられエドワードは学園で有意義な時間を過ごすことができた。
そのエドワードが学園を主席で卒業したことは、大変喜ばしいことである」
国王は誇らしげな表情で語る。
王太子が首席で卒業できたのがよほど嬉しいのだろう、普段は厳つい表情の国王が頬を緩め微笑んでいる。
「今日は息子とその同級生の卒業を祝うめでたい席だ。
皆もパーティを楽しむと良い。
しかし、その前に息子から重大な話がある。
皆には心して聞いてもらいたい」
王太子はイルゼをエスコートし、国王の隣に移動した。
「アデリナ・ブラウフォード公爵令嬢!
会場にいるのは分かっている!
今すぐ俺の前に来い!!」
王太子は会場内を見渡し、眉を吊り上げて叫んだ。
会場の隅で目立たないようにしていた私に、皆の視線が集まる。
卒業パーティぐらいゆっくりさせて欲しいものだ。
私はフライングして一口かじってしまったマカロンをポケットにしまった。
昼食を食べていないのでお腹が空いてしまったのだ。
お行儀が悪いとは思ったが、一口だけいただいてしまった。
姿勢を正し、王太子のもとに向かう。
「卒業パーティーに制服で来るなんて、マナーがなっていませんわ」
「王太子の婚約者としての自覚はないのかしら?」
「アデリナ様は三大公爵家の一つであるブラウフォード公爵家の長女として他の貴族の見本になるべき存在。その自覚が足りないのではなくて?」
王太子の元へ向かう私に、貴族達が冷ややかな視線とともに悪口を浴びせてくる。
王太子の三メートル前まで行くと、王太子が「そこで止まれ!」と命じた。
私は彼に命じられるままに足を止めた。
国王と王太子が射抜くような目で私を見据えていた。
父と継母、それから会場に集まった生徒やその保護者たちの視線が私に突き刺さる。
お行儀悪くフライングしてマカロンを食べていたのは悪かったと思うけど、そこまで怒ることなの?
「王太子殿下、アデリナ・ブラウフォード、お呼びにより参上いたしました」
私は貴族令嬢らしくカーテシーをした。
厳しい王太子妃教育を受けたのでカーテシーだけは得意だ。
「ようやく来たか!」
王太子は侮蔑の色の籠もった瞳で私を睨みつける。
「アデリナ・ブラウフォード公爵令嬢!
お前は王太子の婚約者に相応しくない!」
王太子がつばを飛ばしながら叫んだ。
「アデリナ、貴様は王太子の婚約者である地位を悪用し、理不尽な行いを繰り返してきた!
国中の貴族が参加しているこの場で、貴様の悪事を公にしてやる!!」
王太子は今日の主役は自分で、会場にいる貴族は全員自分の味方だ! と言いたげな顔で私の断罪を始めた。
「アデリナ!
貴様はイルゼの美しさに嫉妬し彼女の食事に虫を入れた!
それだけでは飽き足らず、イルゼの睡眠を妨害するために彼女のベッドに虫を入れた!
さらに、イルゼが着飾るのが許せず彼女のクローゼットに虫を入れた!
その上、イルゼが両親からサテンの靴を贈られたことに我慢ならず、彼女の新品の靴に虫を入れた!
極めつけは、イルゼが成績優秀なことに嫉妬し、彼女の鞄に虫を入れた!!」
王太子は息継ぎせずに早口でそう告げる。
王太子が今話したことは全部冤罪だ。
大方、王太子はイルゼの作り話を信じ、裏を取らずに私を断罪したのだろう。
それにしても……虐めの話を捏造するにしても、もう少しバリエーションを考えてほしかった。
私は虫を使った虐めしかできないワンパターンな馬鹿みたいではないか。
イルゼは今にも泣きそうな顔で王太子に張り付いていた。
会場内から「ろくでもない女だ」「まさかそれほどまでに卑劣だったとは」「イルゼ様が怯えている」「イルゼ様が気の毒だ」という囁きが聞こえた。
王太子も会場にいる貴族も、彼女の演技にすっかり騙されているようだ。
「性根の腐ったお前は王太子の婚約者として相応しくない!!
よってこの場でお前との婚約を破棄する!」
王太子がそう宣言すると、会場からどよめきが起きた。
「王太子殿下、ご英断です!」「アデリナ様は王太子殿下の婚約者にして品性がありません!」「もっと早くに婚約を破棄するべきでした!」王太子の判断を肯定する声がほとんどだった。
会場内にいる貴族が自分の味方だと確信し、王太子は口角を上げた。
「そしてここにいるイルゼ・ブラウフォード公爵令嬢を俺の婚約者に指名する!」
王太子の鼻の穴を広げ得意満面の表情でそう告げた。
国王陛下も、イルゼも、父も、継母も、満足気な表情をしていた。
今日王太子が私との婚約破棄とイルゼとの婚約発表をすることを、国王陛下とイルゼと父と継母は事前に知らされていたようだ。
オルトラン公爵夫妻とカスパール公爵夫妻は、婚約破棄のことも王太子が新たな婚約者を指名することも事前に知らされていなかったようで、この四人だけは驚いた顔をしていた。
「イルゼ様は学園次席、優秀な彼女なら王太子妃になり、王太子殿下を支えてくださるだろう」「優等な卒業生十傑にすら選ばれなかったアデリナ様と、次席のイルゼ様では比べるまでもない」「その上、イルゼ様は華奢で愛らしい容姿をしている。各国の要人への受けも良いだろう。外交への期待も高まる」
王太子の次の婚約者がイルゼになることに、貴族達は賛成のようだ。
読んで下さりありがとうございます。
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