25話「ギルド長の登場。ギルドからの正式な依頼と魔石と結界」
食堂の床にはギルド職員のゴラードと、C級冒険者のドクラン、ランザー、イグニスの三人がのびている。
クヴェルたんが後先を考えずに行動するなんて珍しい。
周囲の人達に手を出すと言われてよほど腹を立てたようだ。
クヴェルたんは口ではいろいろ言うし、クールでドライな振りをするけど、かなりの人情家なのだ。
「この人達どうしようかしら?
ここに転がしておくわけにもいかないわよね?」
「心配しなくても大丈夫だよ。
引き取ってくれそうな人が訪ねてきたから」
「えっ?」
クヴェルには何か聞こえたのかしら?
その時、宿の前で馬車が止まる音がして、その少しあとで玄関ドアが開く音が聞こえた。
「この宿に冒険者のクヴェルさんがお泊りのはず!
クヴェルさんはいらっしゃいますか!?
火急の用件がある!」
今の声ってギルド長!?
「僕ならここにいるよ〜〜!
ギルド長、食堂まで来て!」
クヴェルが玄関まで聞こえるように、やや大きな声でそう告げる。
「失礼する」
しばらくして、ギルド長が食堂に入ってきた。
ギルド長の後ろにはトーマスさんの姿も見えた。
「ゴラード!?
ドクラン、ランザー、イグニス……!?
これは一体どういう状況なのか俺にもわかるように説明してもらえるか?」
ギルド長は食堂に倒れている四人を見て呆然としていた。
私は昨夜から今までの出来事をギルド長さんに説明した。
「なるほど、そういうことだったのか。
すまない。
どうやら手柄を自分のものにしようとしたゴラードが、勝手に行動したようだ」
どうやらゴラードがここに来たのはギルド長の命令ではなく、彼の独断だったようだ。
「奴らの身柄はギルドで引き取る。
後できつく灸をすえ、それなりの罰を下す予定だ。
アデリナさんやクヴェルさんはもちろん、宿の女将や宿泊客にも迷惑はかけないと約束する」
ギルド長さんの言葉を聞いて、マルタさんは安堵しているように見えた。
気丈に振る舞っていたけど、貴族兼ギルド職員のゴラードと荒くれ冒険者に目を付けられて怖かったのだと思う。
ギルド長とトーマスさんは、ゴラードとドクラン、ランザー、イグニスの四人を縛り上げると、宿泊客の手を借りて、彼らを馬車へと放り込んだ。
◇◇◇◇◇◇
ゴラード達との戦闘で散らかった食堂を片付け、改めてギルド長の話を聞くことにした。
私とクヴェルが並んで椅子に掛け、ギルド長とトーマスさんはテーブルを挟んで対面の椅子に掛けた。
マルタさんは私達にお茶とお菓子を出すと、下がっていった。
今日のおやつはドーナツ。きっとマルタさんが昨日のお礼にと材料を奮発して、早起きして作ってくれたに違いないわ。
彼女の心遣いが嬉しい。味わって食べないと申し訳ないわね。
「冒険者ギルドから改めてクヴェルさんに依頼したい。
知っての通り、北の地に住み着いた魔物の影響で王都にあるすべての井戸水が汚染された。
クヴェルさんには井戸の浄化をしていただきたい。
無論、報酬は支払う。
井戸の浄化に使う魔石もこちらで用意する」
ギルド長さんはクヴェルに向かって頭を下げた。
「ギルド長、頭を上げてほしい。
依頼を受ける前にこちらからいくつか質問したいんだけどいいかな?」
クヴェルがギルド長さんに尋ねる。
「構わない。
何でも聞いてくれ」
「まずは一つ目、王都の人口と井戸の数は?」
「王都の人口は約五万人。
井戸の数は約千基だ」
リスベルン王国の王都の人口は、トリヴァイン王国の王都の人口と同じくらいのようだ。
「次に報酬についてだ。
僕がこの宿の井戸水を浄化するとき、女将さんは僕たちの宿泊費を一カ月無料にすることを約束した。
宿泊費は、大人一人と子供一人で一泊二食付きで百五十ギル。
百五十✕三十日=四千五百ギル。
つまり井戸一基の浄化費用は四千五百ギルだ」
改めて聞くと結構なお値段よね。
「王都の井戸が全部で千基だとすると、
四千五百ギル✕千基=四百五十万ギルだ。
それにプラスして魔石もそちらで用意することになる。
それだけの大金を依頼人は支払えるの?」
「確か青い魔石は一つ百ギルだったはずよね? 井戸千基分の魔石だと、百✕千基=十万ギルかかるわ。
井戸の浄化料と合わせたら報酬は四百六十万ギルになるわ」
「四百六十万ギルあれば、立派なお屋敷がいくつも建てられる。
依頼人はそんな大金を支払えるのかな?」
依頼人が大商人や貴族でも簡単に支払える金額ではないはず。
「その点は心配ない。
信頼できる方からの依頼だからな。
成功報酬はきっちり支払うよ」
ギルド長さんの表情には迷いはなかった。かなりのお金持ちからの依頼のようね。依頼人はギルド長からも信頼されているみたい。
「へぇ、随分と気前がいいんだね。
最後の質問だ。
依頼人の名前と身分は?」
「それは……今は明かせない」
ギルド長さんが目を伏せた。
「どこの誰からかもわからない人からの依頼を受けろと?」
クヴェルが訝しげな表情で問いかける。
「申し訳ない。
こちらにも事情があるんだ。
ただこれだけは言える。
かなりの身分がある方からの依頼だ。
報酬を踏み倒すことはない」
依頼人に対するギルド長からの信頼はかなり厚いようね。
「まぁ、いいよ。
今回はギルド長の顔を立てよう。
アデリナ、この依頼受けてもいいかな?」
クヴェルたんがフッと息を吐き、肩の力を抜いた。
「もちろんだよ」
クヴェルに尋ねられ、私はコクリと頷いた。
私達が依頼を受けたとわかり、ギルド長とトーマスさんは安堵の表情を浮かべた。
「ただ、一つだけ問題がある。
魔石にルーンを刻むには一個につき五分ほどかかる。
僕が不眠不休で取り組んだとしても約三日と十一時間かかってしまう」
「睡眠時間と休憩時間を入れたら、その倍の時間がかかるわね。
魔石にルーンを刻めるのはクヴェルたんだけだもんね」
クヴェルたんを不眠不休で働かせるなんて出来ないわ。
でも魔石を刻み終わるまでに一週間もかかると、被害が拡大してしまうわ。
うーん、もっと効率の良い浄化できる方法はないかしら?
私はマルタさんが出してくれたドーナツを一つつまんだ。頭を使うときは糖分を補給しないとね。
マルタさんお手製のドーナツは、外側がカリッとしていて中はサクッとしていて、程よい甘さがくせになりそうだった。
ドーナツ……そうだわ!
「ギルド長さん、王都の地図を持っていますか?
持っていたら見せていただきたいのですが」
「ああ、これが王都の地図だ」
ギルド長さんがテーブルの上に地図を広げた。
王都は円形をしていて、中心の高台にお城が有り、その周りを囲むように人家や商店があった。街の周りを大きな塀が覆っていた。
「井戸の場所はわかりますか?
わかっているところだけでもいいので、地図に印を付けてほしいのですが?」
「だいたいの位置なら僕が把握しています」
トーマスさんが地図に黒インクでバツ印を付けていく。
「井戸の場所はだいたいこんな感じです」
私は王都の城門近くに記された井戸を数えた。
「城門の近くにある井戸はだいたい百個くらいですね」
しかも井戸はいい感じに王都を包み込むような位置に掘られていた。
「アデリナ、城門の近くにある井戸を数えてどうするの?」
クヴェルが不思議そうな顔で問う。
「あのね、クヴェル。
街の外側にある井戸だけ浄化して、街全体に結界を張ることはできないかな?」
クヴェルは昨日、浄化の効果のある水と魔除けの効果のある魔除けのルーン文字を一つの魔石の表と裏に刻んでいた。
「街を囲うように結界を張ることで外からの地下水の汚染を防ぎ、
なおかつ結界内の全部の井戸の浄化ができたらコスパとタイパが良いと思って」
私はトーマスさんから赤いインクと筆を借り、街の外側にある井戸を丸で囲み、それらを線で繋いだ。
「なるほど、その手があったね。
それなら魔石の数は百個程度で済む。
休憩を入れずにやれば約八時間。
食事休憩を挟んでも十時間ほどで終わるね」
「問題は、私の言ったやり方で結界を張って、なおかつ王都中の井戸を浄化できるかなんだけど……」
「大丈夫。
それくらいのことはできるよ」
さすがクヴェルたん、頼りになる。
「結界を張ったら、井戸水を飲んで体調を壊した人の治療もしないとね」
「結界の中は空気も浄化され、人々も浄化されるから、一人ひとり癒やして回らなくても良いと思うよ」
「そっか、よかった!」
倒れた人を放置したらかわいそうだし、かといって一人ひとり解毒の魔法をかけていたら、ものすごく時間がかかってクヴェルたんが過労死しちゃう。
井戸の浄化と、街の結界と、倒れた人の治療が一度にできるならこんなに効率的なことはない。
※日本円に換算
100ギル=1万円
460万ギル=46億円
46万ギル=4億6000万円
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