24話「横柄なギルド職員対クヴェル! ついでにC級冒険者三脳筋トリオ」
食堂に入ると、中央の席に若い男が座っていて、その後ろに三人の男が立っていた。
マルタさんはおろおろしながら四人に対応していた。
立っている三人の男は、C級冒険者のドクラン、ランザー、イグニスだ。
だとすると、椅子に座っている男がゴラードだろう。
ゴラードの見た目は二十代中盤くらい。
茶色い髪に黄色い目のひょろっとした体格の目つきの悪い男だった。
ゴラードはシルクと思われる衣服に身を包んでいた。柄の趣味と組み合わせが最悪なので、上質のシルクが台無しだった。
ゴラードはテーブルの上に足を乗せていた。彼は服の趣味だけでなく態度も最悪である。
ゴラードは私達に気づくと、眉根を寄せ「遅いぞ!!」と一括した。
C級冒険者三人組はクヴェルの顔を見て、にやにやと笑っている。
彼らは昨日、クヴェルに完敗したばかりだ。なのにどうしてそんな余裕のある表情ができるのかしら?
ゴラードという貴族令息を仲間に付けたことで、強気になっているのかしら?
「遅くなって申し訳ございません。
B級冒険者のアデリナと申します。
こちらにいるのは相棒のクヴェル。
お呼びにより参上いたしました」
私はゴラードに挨拶をし、カーテシーをした。
今までゴラードの機嫌を取っていたと思われるマルタさんは、私達の顔を見てホッした表情で息をついていた。
「遅いぞ!
たかがB級に昇級したばかりの田舎者の冒険者が、俺様を待たせるんじゃない!!」
ゴラードは私とクヴェルを睨み付けた。
「それになんだ今のカーテシーは?
俺様が子爵家の四男だと知っていて媚でも売ろうとしたのか?
そんな下手くそなカーテシーは見たことないぜ!
所詮は庶民のままごとだな」
ゴラードは私のカーテシーを鼻で笑った。
ゴラードは噂通り、貴族の権威を笠にきた感じの悪い男のようだ。
私のカーテシーは教育係のお墨付きなのだが、そんなことをこの男に説明しても仕方ないので黙っておくことにした。
そもそも、こんな早朝にアポイントもなく訪ねてくる方がマナー違反よ。
「早朝より宿までお越しいただき誠にありがとうございます。
ただ、事前のご連絡もございませんでしたので、こちらとしては少々戸惑っております。
事前のご連絡をいただければ、お待たせるような非礼を働くこともありませんでした。
ですが過ぎたことを申しても仕方ありません。
本日のご用件を簡潔にお話いただけると助かります」
私は少し皮肉を込めて言い返した。
ゴラードがいると、マルタさんも宿の皆も寛げないのだ。
「ふん、まぁいい。
貴様らにギルドから仕事を依頼する。
貴族令息である俺様からの依頼だ!
依頼にありつけることに感謝するといい」
ゴラードが相手を見下すような目つきで私達を見て、口元を歪ませた。どこまでも上から目線な人だわ。
「昨夜、この宿で料理を食べた客が次々に倒れたこと。
それをお前たちが治療したことは調べがついている。
お前たちが客が倒れた原因を井戸水の汚染と突き止め、
魔石に怪しげな魔法文字を刻み井戸の水を浄化したこともな」
ゴラードは、ギルド職員を名乗るだけあって情報収集はしっかりしていた。
「実は王都では、昨日から原因不明の病に倒れ病院に担ぎ込まれる者が相次いでいる。
症状はここの客と同じだ。
俺様は奴らが倒れた原因を井戸水の汚染と結論づけた」
クヴェルの推測した通りだわ。ミドガルズオルムによる地下水の汚染が進んで、王都に甚大な被害をもたらしているのね。
「そこで貴様らに井戸水の浄化と、汚染された水を飲んだ者たちの治療を依頼したい」
井戸水の浄化と街の人達の治療の依頼に来るなんて、この人態度は悪いけど案外ギルド職員としてはまともなのかしら?
「話はわかったよ。
それで僕たちへの報酬は?」
クヴェルたんがゴラードに問いかける。
「王都の人間が井戸水の汚染により苦しんでいるんだぞ!
貴様らは住人の弱みに付け込んで金を取る気か!?
無償で働け!!」
ゴラードは鋭い目つきでこちらを睨み、そう言い放つ。
「なるほど、報酬はないわけだ。
それで、井戸の浄化に使う魔石はどうするの?
もちろんギルドから提供してくれるんだよね?」
クヴェルが相手の出方を伺う。
「貴様らが大量の魔石を保持しているのもわかっている!
井戸の浄化に使う魔石は、貴様らが持っている魔石を使え!」
ゴラードはそう言って目を細め、口の端を歪め、嫌味な笑みを浮かべた。
前言撤回。彼はギルド職員としても全然まともじゃない。
「へーー、それで僕たちに自腹を切らせて井戸を浄化させ、手柄は自分達が独り占めしようってわけだ。
それは虫が良すぎるんじゃない?
そんな依頼を僕たちが受けると思うの?」
クヴェルたんが冷静に、かつ嫌味を込めて言い返した。
クヴェルたんの言う事は最もだ。きっとこれは大商人、貴族など地位がある人からの依頼だ。
それを無償で解決したらゴラードの評判はうなぎ登りだわ。
ギルドでの出世も思いのまま。跡継ぎがいない貴族家への婿入りだって可能かもしれない。
ゴラードは街の人達の苦難につけ込み、己の出世の為に私達を都合良く利用しようとしている。
街の人達を助けるのはいいけど、ゴラードの策略に乗るのは癪だわ。
「そんな事を言ってもいいのか?
この依頼を断るなら、お前達が二度とこの街で仕事ができないようにしてやってもいいんだぞ」
ゴラードが嫌味な笑みを浮かべてそう告げた。
「あのね、それで僕たちが言うことを聞くと思っているの?」
クヴェルがやれやれと言った表情でため息をつき、クールにそう返した。
「何だと!」
予想外の返答だったのか、ゴラードは慌てた様子で声を荒げた。
「僕は別にこの街で仕事が出来なくなっても構わないよ。
出て行けと言うなら、今すぐそうするけど」
クヴェルが冷静に告げる。
「お、お前が良くても、お前の連れは困るだろう!!」
ゴラードが私を指差した。
「私ですか?
私といたしましても、街の方々を見捨てることは心苦しく胸が痛みます。
ですが、それがギルドのご意向であるならば……従うよりほかに道はありませんね」
ここで私が動揺しては相手の思うつぼだ。ここはクヴェルに合わせ冷静に対応しよう。
「ぐっ、なんて薄情な奴らなんだ!」
ゴラードは私の答えが予想外だったようで、険しい表情で奥歯を噛み締めていた。
「できればこういう手段は取りたくなかったが、お前達がそういう態度ならしかたない。
ドクラン、ランザー、イグニス、いっちょこいつ等に思い知らせてやれ!」
ゴラードがC級冒険者の三人に命じる。命令に従わないなら暴力に訴えるつもりなのだろう。
C級冒険者の三人組はにやにやと笑いながら、指をボキボキと鳴らした。
「君たちも懲りないよね。
昨日僕に完敗したのをもう忘れたの?
それとも、実力の差もわからないほどお馬鹿さんなのかな?」
C級冒険者の三人は何か秘策があるのか、口元を緩めていた。
「ふん、俺達だって学習している!
小僧、お前は強い。
だがお前の周りの人間はどうかな?
例えば、この宿をめちゃくちゃにしたら、
女将はどんな顔をするだろうな?」
ドクランの言葉にクヴェルたんがピクリと眉を動かす。
「この宿の井戸水だけ破格の値段で浄化したのは、自分が宿泊してるという理由だけではないだろう?
つまりここはお前にとって特別な場所ということだ!」
「お前が大規模な攻撃魔法を得意とすることは調べがついている。
だが、店の中ではお得意の攻撃魔法も使えまい!
魔法が使えなければお前はひ弱なガキに過ぎない!」
「なんなら昨日みたいに魔法で光の壁を作ってもその中に逃げ込んでもいいぞ!
もっともその光の壁の中には一人か、二人しか入れないだろうけどな!
光の壁の中で俺達が宿を破壊し、宿泊客を痛めつけるのを眺めてな!」
どうやら彼らは、狙いをこの宿とマルタさんと宿泊客に定めたらしい。
「まずは食堂からだ!
めちゃくちゃにしちまえ!!」
「「おう!」」
C級冒険者の三人組は担いでいた斧や剣を手に、壁やテーブルを破壊しにかかった。
「やめておくれ!
ここは主人と開いた大切な店なんだよ!!」
マルタさんが青い顔で悲鳴を上げる。
「クヴェルたん、どうしよう?
クヴェルたん……?」
クヴェルの肩を叩くと、彼は今までに見たこともないくらい冷たい目をしていた。
ドクランが斧を振り上げた瞬間、閃光のようなものが走り次の瞬間「ドカッ!」という鈍い音が響いた。
ドクランが床に倒れ、背後にクヴェルが立っていた。
い、今一体何があったの?
速すぎて見えなかったけど、クヴェルがドクランの後ろに回り込んで彼を蹴り倒したの??
「武器を下ろすなら今のうちだよ。
僕は今、もの凄く機嫌が悪い。
店を破壊するというなら手加減はできないよ」
クヴェルが氷のように冷たい目で、ランザー、イグニスを睨んだ。
二人はクヴェルの殺気に気圧されたようで、額に汗を浮かべて一歩後退した。
「おい! ガキ相手に臆すな!
相手は一人だ!
やってしまえ!」
そんな二人にゴラードが檄を飛ばす。
「うおおおお!!」
「とりゃぁぁぁ!!」
ゴラードの命を受け意を決したのか、ランザー、イグニスが一斉にクヴェルに飛びかかる。
次の瞬間、床に倒れていたのはランザー、イグニスの二人だった。
クヴェルは汗一つかいていなかった。
速すぎてよく見えなかったけど、クヴェルがランザー、イグニスを手刀で倒したような気がする!
「僕が魔法だけで体術はからきしなんて、勝手に決めつけるべきじゃなかったね。
C級冒険者程度、素手で十分だよ」
クヴェルたんはそう言い放ち、厳しい表情でゴラードを見据えた。
「ま、まさか……!
C級冒険者のドクラン、ランザー、イグニスの三人が手も足も出ないなんて……!」
一人残されたゴラードは青い顔で狼狽えている。
「あのさ、最初に会った時から思ってたんだけど……」
クヴェルがゆっくりとゴラードに近づき、鋭い目つきでゴラードを睨みつけた。
「ひっ……く、来るな……!」
ゴラードの顔は真っ青を通り越して土気色になっていた。
蛇に睨まれたカエルのように、ゴラードは指一本動かせないようだ。
「テーブルは足を乗せる場所じゃないよ!
貴族のくせにそんな事も習わなかったの?」
クヴェルがゴラードの足をパシっと叩くと、ゴラードは椅子ごとひっくり返った。
床に倒れたゴラードは口から泡を吹いている。どうやら恐怖のあまり失神したらしい。
「クヴェルたん……?」
「アデリナ、ごめんね怖かった?」
顔を上げたクヴェルはいつもと変わらない穏やかな表情をしていた。
「女将さんもごめんね。
面倒なことに巻き込んじゃって」
マルタさんはしばし放心していたが、やがて我に返りカラカラと笑い出した。
「いいってことさ。
こんなことでビビっていたら、冒険者相手に宿屋なんか開けないよ」
マルタさんは見かけよりも度胸が据わっているらしい。
「それにしても、
いつも威張ってるゴラードが真っ青な顔で震え上がっている姿ときたら……。
今思い出しても、笑いがこみ上げてくるよ」
マルタさんの豪快な笑い声に、私達も釣られて笑ってしまった。