19話「一方その頃トリヴァイン王国では。王太子は優秀な婚約者追い出し、無能な女を婚約者にしたことに気づく」王太子エドワード視点
――王太子エドワード視点――
卒業パーティから一週間後。
トリヴァイン王国、王都、王太子の執務室。
机の上に山積みになった書類。
前の書類が片付かないうちに、文官が新しい書類を持って部屋に入ってくる。
文官は机の上に書類がこれ以上置けないことを知って、応接用のテーブルに書類を置いた。
俺が忙しいことを察した文官が、書類を持って帰ってくれることを期待していた俺は、がっくりと項垂れた。
「忙しい……やってもやっても仕事が終わらない。
その上、難しい……。
今までアデリナはこんな難しい仕事をこなしていたのか……?」
こなしてもこなしてもちっとも終わらない仕事に、俺は何度目かわからないため息をついた。
卒業パーティから一週間が経過した。
パーティの日は楽しかった。
邪魔な水竜の像は破壊できたし、高飛車で意地悪で傲慢なアデリナとは婚約破棄できたし、奴の吠え面を拝むこともできた。
それに加え、愛しのイルゼとの婚約を発表できた。
皆も俺達の婚約を祝福してくれた。
招待客から賛辞を浴び、踊って、飲んで、美味いものを食って……それはそれは楽しいパーティだった。
婚約するまではイルゼとは清い関係でいようと、いろんなことを我慢してきた。
だが、卒業パーティーの日ついに俺はイルゼとついに寝室を共にした。
とにかくあの日は最高にハッピーだった。
…………それが、俺の人生のピークだったかもしれない。
次の日からイルゼの王太子妃教育が始まり、イルゼとはあまり会えなくなった。
さらに侍従長から「殿下も学園を卒業なされました。これからは学生気分を捨て、王太子としての責務を果たさねばなりません」と言われ、執務室にほぼ監禁されている。
それまで俺がこなしてきた仕事は、王太子の仕事のほんの一部、しかもかなり優しい仕事だとわかり俺は絶望していた。
学生時代、アデリナに俺の仕事の一部を押し付けていた。奴のこなしている仕事も、俺のこなしている仕事も同じくらいの難易度だと思っていた。
だから、なかなか仕事が終わらないアデリナは無能なんだと思っていた。
でもそうではなかった。アデリナは俺より難しい仕事を、俺の倍以上抱えていた。
今ならわかる。アデリナの仕事がなかなか終わらず、彼女が帰宅するのが毎夜九時を過ぎていたのも仕方ないと。
文官も入学当初は俺に仕事を回していたらしい。
俺の手がけた仕事は書類に不備が多く、その度に手直しが必要になったため、効率を考えてアデリナに仕事を回すようにしたらしい。
こんなことならアデリナを国外追放せずに、側室にして仕事だけさせればよかった。
俺を悩ませているのは一向に片付かない書類の山だけではない。
「助けて! エドワード様!
教育係が虐めるんです〜〜!」
イルゼが泣きながら執務室に入ってきた。その衝撃で机の上に積まれていた書類がパラパラと落ちる。
その書類はさっき仕分けしたばかりなんだ。頼むから面倒を増やさないでくれ!
俺はヒステリックに叫びそうになるのを、ギリギリのところで抑えた。
「王太子殿下、これは虐めではございません。
イルゼ様に淑女教育を施しているだけにございます」
イルゼに続いて彼女の教育係が部屋に入ってきた。
教育係は険しい表情で眼鏡をくいっと上げた。
「できないことを押し付けるのは虐めよ……!
それにこの人、何かにつけて私をお姉様と比べるのよ……!」
イルゼが俺の元までかけてきて、俺の腕にしがみついた。
そんな彼女を可愛らしい、ほっとけない、守ってあげたい……などと思っていた時期が俺にもあった。
だが今はそんな感情が微塵も湧かない。
俺の仕事の邪魔をするな。自分の部屋に帰って王太子妃教育を続けてくれとしか思えない。
「王太子妃殿下は、全貴族令嬢の模範です!
『できません』『やれません』『難しいです』『無理です』といった甘えは一切通用いたしません」
教育係が眉をつり上げイルゼを睨む。イルゼはますます萎縮してしまう。
「アデリナ様は、王太子殿下の婚約者としてまさに完璧であられました。
あなた様は、アデリナ様を追いやり、王太子殿下の婚約者となられたのです。
そのため、アデリナ様以上の成果をお示しになり、皆に認められなくてはなりません。
なのに、あなた様ときたら……」
教育係は静かに息を整え、厳格な表情で告げた。
「イルゼ様は淑女としての嗜みもまだ十分でなく、食事のマナーすらおぼつかないご様子。
ブラウフォード公爵家では、一体どのような教育を施されていたのでしょう……?」
教育係がイルゼに厳しい視線を向ける。
公爵家の淑女教育がどうなっていたのかはわからない。
公爵家の長女のアデリナは俺と婚約した当初から、厳しいと評判の教育係に「素晴らしい」「完璧です」と褒められていた。
なので、その妹であるイルゼも公爵家で真っ当な教育を受けていると思っていた。
イルゼが俺の前で見せるあどけない表情や、幼い言動は、王太子という重圧に苦しむ俺を和ませる為にわざとやっているものだと思い込んでいた。
まさかイルゼが、本当に淑女としての嗜みすら身につけていなかったとは……。
「酷い!
私が男爵家出身だからってそんな風にいうなんて!」
イルゼの母親のメラニア・ブラウフォード公爵夫人は、ネオス男爵家の出身だ。
前公爵夫人が逝去し、それから間もなくイルゼの母親とブラウフォード公爵が再婚した。
再婚するまで二人は愛人関係にあったらしい。
「私は、そのようなことは一言も申しておりません。
それに、男爵家のご出身でも、あなた様よりも上品で、マナーや礼儀作法においても優れた令嬢を何人も存じております。
あなた様が公爵家に引き取られたのは十一歳の時と記憶しております。
その後、公爵家で高い教育を受け、マナーを習得する機会は十分にあったはずです」
「…………っ!」
イルゼは返す言葉がないようで押し黙っている。
「イルゼ様はマナーだけでなく勉学においても成果を出しておりません。
学園を次席で卒業したというのも疑問に思われます。
算術、歴史、天文学、古文、魔法学の基礎すら習得されておりません」
教育係がイルゼをじっと睨む。
学園の成績について触れられるのは俺にとっても痛手だ。
俺は学生時代、アデリナに宿題を押し付けていた。
ある時、俺がアデリナの宿題を写していることが教師にバレそうになった。
きっかけはアデリナが問題を一問間違え、俺がそれに気づかずにそっくり書き写してしまったからだ。
その時俺は、「俺とアデリナの回答がまったく一緒なのはアデリナが俺の宿題を写していたからだ!」と言ってアデリナに罪をなすりつけた。
俺は叱責を免れ、アデリナは酷く教師に怒られていた。
テストは教師を買収し、事前に問題と答えを聞いていた。
教師とて人間。
「お前の子供を文官として採用し、ゆくゆくは俺の側近にしてやる」と破格の報酬をちらつかせれば簡単に言うことを聞いた。
「まぁまぁ、今は勉強の話はいいじゃないか。
それよりイルゼの淑女教育を頼む」
「そんな〜〜!
エドワード様、私を見捨てるおつもりですか〜〜?」
以前は可愛いと思ったイルゼの甲高い声も、疲れている時に聞くと癇に障る。
「承知いたしました。
教育係として全力でイルゼ様の指導にあたらせていただきます。
それでは、イルゼ様参りますよ」
「いや〜〜!
放して〜〜!
助けてエドワード様〜〜!」
イルゼは教育係に引きづられるように部屋を出ていった。
二人がいなくなり、執務室はようやく静寂を取り戻した。
「今の俺はイルゼに構ってる暇などないんだ。
仕事の他にも厄介なことを抱えているのだから……」
俺は深く息を吐いた。
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