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18話「なんでもするなんて気軽に言わないでほしいな。青年クヴェルに迫られてドッキドキ……!」




夕飯を食べ終わり、二階にある宿泊先の部屋に戻った頃には夜もすっかりふけていた。


部屋にはシングルベッドと、小さなテーブルと椅子が一脚ずつ設置されていた。


私はクヴェルと同室だ。


北の街道が封鎖され宿不足に陥っているので、他のお客さんも相部屋のようなのでシングルの部屋に二人で泊まることに文句はない。


というより旅に出てから、いや公爵家にいたときからクヴェルとはずっと一緒の部屋で過ごしてきた。なので今さら彼と離れて寝るなんて考えられない。


それは初日にクヴェルが大人の姿になったときは、密室で二人きりでどぎまぎはしたけど……。


あの日以来、眠るときのクヴェルはトカゲの姿だ。


だから……危機感とか緊張感が薄れていたんだと思う。


「疲れた〜〜!」


私はベッドにダイブした。マントを羽織ったままだし、ブーツを履いたままだけど、どちらも脱ぐ気力がわかない。


冒険者ギルドに登録したり、C級冒険者に絡まれたり、B級の昇格試験を受けたり、宿の毒騒動を解決したり……色々あった。


旅に出てから色んなことがあったけど、今日が一番ハードだったかもしれない。


「アデリナ、浄化魔法をかける前にベッドに触らないでっていつもいってるでしょう?

 どんなばい菌が付いてるかわからないし、ノミやダニがいるかもしれないから。

 ライニゲンダー・シャワー」


クヴェルがベッドや家具に魔法をかけ浄化していく。


「だって〜〜!」


「アデリナにもライニゲンダー・シャワー」


クヴェルたんが魔法を唱えると、私の体から汗や埃の匂いがなくなり、爽やかな空気に包まれた。


疲れた日のライニゲンダー・シャワーは普段の数倍心地よく感じる。


クヴェルは自身の身体にもライニゲンダー・シャワーをかけていた。


「クヴェルたん、お願いがあるんだけど……」


「何?」


「マントと靴を脱がせて……!」


クヴェルが困ったような表情で深く息を吐いた。


「僕の本来の姿が大人だってわかったから、着替えは自分でするんじゃなかったの?」


クヴェルたんが美しいアイスブルーの目を細め、じとりと私を睨む。


「そうなんだけどさぁ……。

 もう着替える気力もないんだよね。

 だから、今日だけお願い!」


「……緩みきってるなぁ」


クヴェルはぶつぶつと文句をいいながらも、慣れた手つきで私のブーツとマントを脱がせてくれた。


彼は私のブーツをベッドサイドに置き、マントを部屋の入口にあるコート掛けにかけてくれた。


「やっぱり一家に一人、クヴェルたんだよね〜〜!」


「僕は一人しかいないよ」


クヴェルは呆れたようにそう呟くとベッドサイドに腰をかけた。


「クヴェルたん、ごめんね」


疲れた体にむち打ち、私は上半身を起こしクヴェルたんの隣に座った。


「ブーツを脱がせるのを僕に手伝わせたことをいってるの?」


「うん、それもある。

 今日、クヴェルに色々無理なこと頼んじゃったから。

 クヴェルはこの国を通過して別の国に行きたかったのに……。 

 それが無理ならトリヴァイン王国に引き返そうとしてたのに……」


「アデリナは困ってる人を見捨てられないと思っていたよ」

 

「私が無理にこの国に留めたから面倒事に巻き込まれてしまって……」


「魔石にルーン文字を刻んだ話をしてるの?」


「うん。

 本当は井戸水を浄化することに気乗りがしなかったんだよね?

 それに報酬も少なかったし」


「別に報酬は何でもよかったんだ。

 形だけでも報酬を取っておけば、次から無償で依頼を受けなくて済むからね」


次とは……?


「それにしても、井戸そのものが汚染されているとは思わなかった。

 私、この国に来てから色々飲み食いしたけど、毒が蓄積されてないかな?

 それに私達をここまで運んできてくれた団長さん達は大丈夫かな?」


「アデリナが口に入れるものは僕がずっと浄化していたから大丈夫だよ。

 行商の人達にも別れ際にお守りを渡したしね」


そう言えばクヴェルは団長さん達に、別れ際に魔石を渡していた。あれにもルーン文字が刻まれていたのね。


「そっか〜〜良かった」


団長さん達が無事だとわかって私はホッとしていた。


クヴェルたんは優しい。私だけでなく、行商の人たちを危険から守っていたのだから。


「そう言えば、クヴェルたんは宿の人達全員から報酬を受け取っていたよね?」


「そうだね」


「私、宿の井戸水を飲んでるのにクヴェルたんに報酬を払ってないよ」


「アデリナはいいよ。

 特別だから」


「そういう訳にはいかないよ。

 こういうことは平等にしないと」


親しき仲にも礼儀あり。受けた恩には恩で返さないとね。


「私に出来ることなら何でも言って。

 私に出来ることなら何でもするから」


私の言葉を聞き、クヴェルは嬉しそうな、それでいてどこか苦しそうな複雑そうな表情をしていた。


「アデリナは警戒心がなさすぎるよ。

 それから『何でもする』なんて気軽に言わないでほしいな」


クヴェルたんが眉間に皺を寄せる。彼が不機嫌なのが伝わってきた。


クヴェルたんが変身魔法を唱える。


彼が大人の姿になったと認識した時には、すでに彼に押し倒されていた。


クヴェルが真剣な表情で私を見下ろしている。


心臓が煩いくらいドキドキしてる。


「こっちは色々と我慢してるんだよ」


久しぶりに聞く青年クヴェルの声は、ぞくぞくするほど色っぽかった。


「アデリナに嫌われたくないから、この姿になるのを控えてたけど……」


ここ数日クヴェルが大人の姿にならなかったのは、私への配慮だったらしい。


「密室で二人きりの時に、

 『何でもする』なんて言われたら……。

 我慢できなくなっちゃうよ……」


クヴェルの目は痛いくらい真剣で、それでいてどこか切なそうに見えた。


「アデリナ……」


クヴェルの整った顔が近づいてきて、彼のスカイブルーの髪が私の額にかかる。


「何でもしていいなら……君とこういうことしたい」


クヴェルは私の手を握り、指を絡め取る。


クヴェルの顔がさらに近づいてきて……こ、このままだとキスされちゃう……!


「ま、待って……クヴェル!

 い、今はまだ、こ、こここ……心の準備が……!」


ゴン……! という鈍い音がして、私のおでことクヴェルのおでこが触れ合っていた。


他に動かせるところがなかったとはいえ、クヴェルに頭突きをしてしまった……!


「っ…………!!」


クヴェルがおでこを押さえ、悶絶している。


私のおでこもちょっとだけひりひりしていた。


どうやら私は石頭だったらしい?


「ごめんねクヴェル! 痛かったよね!

 今、治すからね! ヒール!!」


私は上半身を起こし、クヴェルのおでこに手をかざし回復呪文を唱えた。


回復呪文の効果で、赤く腫れていたクヴェルの額が普通の色に戻っていく。


「アデリナも痛かったでしょう?

 ハイヒール」


クヴェルが私に回復魔法をかけてくれた。実は私はほぼ無傷なのだが、クヴェルの好意をありがたく受け取っておく。


「ごめんねクヴェル。

 心の準備ができてなくて……でも頭突きはよくなかったよね」


「……さすがにちょっと傷ついた」


クヴェルの瞳には涙が浮かんでいた。罪悪感で胸が抉られる。


クヴェルの涙は身体的な痛みからかしら? それとも心の痛みからかしら?


「あのね、私はクヴェルのことが大好きだよ。

 でもそれはちっちゃいクヴェルに抱いてる感情で……。

 子供のクヴェルも大人のクヴェルも同じクヴェルなのはわかってるんだけど……。

 まだ頭の中で整理がつかなくて……」


「うん……」


クヴェルは悲しそうな表情をしていて……。その表情が私の罪悪感を刺激する。


「ちっちゃいクヴェルのことを大好きなのも、こ、恋なのか……家族愛なのか、友情なのか、それもよくわかんなくて……」


そのことを考えると、頭の中がぐるぐるしてしまう。


「だ、だから今は……唇へのキスは……。

 本当にごめんね」


私はクヴェルに頭を下げた。


「いいよ」


「許してくれるの……?」


顔を上げると、クヴェルは楽しそうな顔をしていた。


「『今は』ってことは、『いずれは』唇にキスしてもいいって事だよね」


クヴェルは形の良い唇を上げニッコリと微笑む。


ええ……! そういう意味に捉えるの!?


でも……クヴェルとの、キ、キスは……嫌って……わけでは。


だからクヴェルの言ってることもあながち間違いでは……。


「沈黙は同意と受け取るけど、それでもいい?」


「よ、よくないよ!

 あっ、違うの……クヴェルのことが嫌って訳じゃなくて……その、ええと……」


自分の気持なのになんて説明していいのかわからない。


「いいよ。

 ゆっくりで。

 アデリナの心の準備が出来るまで僕は気長に待つから」


「……うん」


大人の姿のクヴェルはめちゃくちゃかっこいい。


そのクヴェルの相手は私なんかでいいのかな?


待たせてる間にクヴェルが他の女性のところに行っちゃったら……。胸がチクンと痛んだ。


私ってすっごくわがままだ。


答えを先延ばしにしたくせに、クヴェルが他の女性のところに行くのに嫉妬するなんて。


自分の気持ちもわからない私には、彼を引き止める資格なんてないのに……。


「明日も忙しくなるから早く休もう」


そう言うと、クヴェルはトカゲの姿に変身した。


きっと、私を緊張させない為にその姿になってくれたんだよね。


「言い忘れてたけど、トカゲの姿のクヴェルたんも大好きだよ」


「嬉しいけど……今は止めて。

 これでもいろいろと我慢してるんだから……」


クヴェルはぷいと後ろを向くと、体を丸めた。そんな彼を可愛らしいと思ってしまった。


「おやすみクヴェル」


私は明かりを消して布団に入った。


クヴェルはすでにすやすやと規則正しい寝息を立てていた。


クヴェルたんは明日も忙しくなるって言ってたけど……それってワーム退治の事だよね?


それとも他に何かあるのかな?




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




カーテンの隙間から日差しが差し込んでくる。


もう、朝なのね。朝日さん、もっとゆっくり昇ってきてもいいんだよ。


寝ぼけながらまぶたを擦ると……人型のクヴェルたんが隣で寝ていた。


しかも子供の姿ではなく、大人の姿だ。


無意識に本来の姿に戻ってしまったのかな?


トリヴァイン王国の宿駅に泊まった翌朝。目を覚ましたら隣に大人の姿のクヴェルが寝ていたことがあった。


クヴェルが寝ている間に大人の姿に戻っていたのは、あの時以来だ。


昨日は色々あって疲れていたから、姿を保つ魔法が不安定なのかもしれない。変身魔法についてよく知らないから私の推測に過ぎないけど。


隣に大人のクヴェルが寝ているのに、あのときほど動揺していないことに自分が一番驚いていた。


慣れとは恐ろしいものだわ。


そのうち、大人の姿のクヴェルと毎晩添い寝しても平気になっちゃうのかな……。


いやいや、流石にそれは……刺激が強すぎる。


疲れてるみたいだから、もう少し寝かせておいてあげよう。


国宝級のイケメンの寝顔を独占していることに、優越感が湧いてきた。


昨日、クヴェルに井戸水を浄化してもらったのに私だけ報酬を払ってなかったんだよね


クヴェルに「報酬は何でもいいよ」と伝えたら、彼は私にキスしようとした。思い出したらまた心臓がドキドキしてきた。


唇にキスを受け入れるには、まだ覚悟が足りない。


でも他のところなら……。例えば額とかほっぺたとか。


ほっぺにキスしたらクヴェルは喜んでくれるかな……?


クヴェルのきめ細やかな白い頬に唇を近づける……。彼の頬まであと数センチというところまで唇を近づけたとき、はたと気がついた。


いやいや、冷静になろう! これでは美青年の寝込みを襲う痴女じゃないか!


頬とはいえ、口付けをするには相手の同意を取らないと……!


彼から距離を取ろうとした時、ドンドンと扉が強く叩かれた。


私は音に驚いて体勢を崩してしまう。扉を叩く音で目を覚ましたクヴェルたんが体勢を変える。


それは……ほんの一瞬の出来事で……。


私とクヴェルの唇が触れ合っていた。





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