17話「井戸の浄化。ルーン文字に迂闊に手を出すのは危険!?」
井戸水の浄化をするには準備が必要なようで、その為にはテーブルが必要だった。
マルタさんに料理を片付けてもらい、クヴェルは椅子に腰掛けた。
クヴェルは袋から青い魔石を一つ取り出すとテーブルの上に置いた。
魔石を何に使うのかしら?
「魔石に水と魔除けのルーン文字を刻むんだ」
「ルーン文字……?」
聞き慣れない言葉だった。
「ルーン文字というのは古代で使われていた魔法文字のことだよ」
「なるほど」
クヴェルたんはどうして、そんな文字のことを知っているんだろう?
「水のルーンには浄化の効果がある。
魔除けのルーンには言葉の通り魔除けの効果がある。
二つのルーンを刻んだ魔石を井戸に入れれば、
井戸の水は浄化され、今後も汚染されることはない」
クヴェルの説明に、周りから「おおーー!!」という歓声が上がる。
クヴェルは袋からナイフを取り出すと、器用に魔石にルーン文字を刻んでいった。
真剣な表情で文字を彫るクヴェルたんがかっこいい。私は思わず彼の横顔に見惚れてしまった。
「できた!
表に水、裏に魔除けを刻んだよ!」
クヴェルは、五分ほどで魔石にルーン文字を刻み終えていた。
こころなしか、ルーン文字を刻む前より魔石がきらきらと輝いているように見える。
「もしかして、トリヴァイン王国で農夫さんに渡したり、宿駅の井戸に入れてたのも……?」
私は小声でクヴェルに問いかけた。
「アデリナの推察のとおり、あれもルーン文字を刻んだ魔石だよ。
農夫のおじさんには魔除けの文字を刻んだ魔石を渡し、
宿駅の井戸には水の文字を刻んだ魔石を入れてきたんだ」
クヴェルはそんなことをしていたのね。
「クヴェルたん、優しい」
「農夫のおじさんにも、宿駅のおばさんにもお世話になったからね。
そのお礼をしただけだよ」
私はクヴェルの頭を撫でると、彼は気恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
「農夫のおじさんがモンスターに遭遇しないように魔石に魔除けの文字を刻んだのはわかるけど。
宿駅の井戸に水の文字を刻んだ魔石を入れる必要ってあったのかな?」
あの国の井戸も汚染されていたのかしら?
ううん、そんな筈はない。
宿駅の水はとっても美味しかったし、クヴェルたんも警戒していなかった。
「井戸に水の文字を刻んだ魔石を入れるとね、水が枯れないんだよ」
「ふーん、そんな効果もあるのね」
ルーン文字って便利。
「でも宿駅の井戸に水の文字を刻んだ魔石を入れる必要はなかったと思うよ?
トリヴァイン王国は水が豊富だもん。
建国してから三百年が経過するけど、トリヴァイン王国の井戸が枯れたなんて話は聞いたことがないよ」
歴史や地理や国語の教科書にも、井戸が枯れた話は記載されていなかった。王太子妃教育では習わなかった。
もしかしてクヴェルたんって心配性なのかな?
「今までは……ね。
だけどこれからは……ううん、なんでもない」
クヴェルたんの顔が一瞬曇ったように見えた。だけど次の瞬間には穏やかに笑っていた。
「なぁ少年、そのルーン文字というのを俺にも教えてくれ!
金儲けの道具になりそうだ!」
宿泊客の中の一人、魔法使いの装いをした男性がクヴェルたんに詰め寄った。
「止めといた方がいいよ。
ルーン文字は素質がないと扱えないから」
クヴェルが険しい表情で男に忠告する。
「魔石に変な模様を刻むだけだろ?
俺にだってやれるさ!
こう見えて俺はガキの頃から手先が器用なんだ!」
魔法使いの男性は自身のバッグから魔石と小刀を取り出した。
「確かLを逆さまにしたような文字と、横向きの三角みたいな文字だったな……!」
魔法使いの男性が器用に小刀を操り、魔石に文字を刻んでいく。
「できた!
意外と簡単だな…………?
うぎゃぁぁぁぁーーーー!!」
男性がルーン文字を刻んだ魔石を天にかざしたとき、突如魔石が光り稲妻のような光が男性を襲った。
男性はたまらず魔石を手放した。床に落ちた魔石は砕け散り、灰になっていた。
「痛い……! た、助けてくれ……!」
男性は悲鳴を上げ床に倒れた。
男性は全身を火傷していて、無数の切り傷ができていた。
「だから言ったのに。
素質のない人間が迂闊にルーン文字を刻むからそうなるんだよ」
クヴェルが魔法使いの男性に冷ややかな視線を向ける。
魔法使いの男性の仲間らしき、僧侶姿の男性が魔法使いの男性に向かって回復魔法をかける。
「ヒール!」
しかし魔法使いの男性の傷はほとんど治っていなかった。
「おい……!
は、早くヒールをかけてくれ……!」
「かけてるさ!
全然効かないんだよ!」
魔法使いの男性は悲鳴を上げながらのたうち回っている。
僧侶の男性が何度も「ヒール」を唱えるが、魔法使いの男性の傷は癒えなかった。
「無駄だよ。
ルーンで出来た傷はそう簡単には癒やせない」
魔法使いの男性の顔が絶望に染まった。僧侶の男性の顔もみるみる青ざめていく。
「クヴェルたん、あの人を助けてあげられないかな? 可哀想だよ」
「そのうちにね。
彼はちょっと反省した方がいい。
でないとまた、ルーン文字に手を出しかねないからね」
「……なるほど」
クヴェルたんが忠告したのに、聞かなかったのは魔法使いの男性だ。
少し痛い目にあったほうがいい……のかも?
「ひぃぃ……! だ、誰か……助けて……!」
魔法使いの男性の苦しそうな叫びが、食堂内に響く。
「クヴェルたん……おじさんかなり苦しそうだよ」
魔法使いの男性は目からボロボロと涙を流していた。十分に反省してるように見えた。
「わかったよ」
クヴェルたんが立ち上がり、魔法使いの男性の元に向かう。
「魔石に刻んだのが水でよかったね。
もっと攻撃的なルーンだったら、おじさんは死んでたよ」
クヴェルは厳しい表情で魔法使いの男性にそう告げた。
魔法使いの男性は「ひぃっ」と短く悲鳴をあげた。
「僕が助けるのは今回だけだよ。
ハイヒール」
クヴェルたんが魔法使いの男性に治療魔法をかける。
すると魔法使いの男性の全身を覆っていた火傷が治っていき、切り傷もみるみる塞がっていく。
「し、死ぬかと思った……!」
傷が治ったあとも魔法使いの男性の顔は真っ青で、全身をブルブルと震わせていた。
「これに懲りたら不用意に古代の魔法に手を出さないことだね。
誰もが簡単に使用できる物なら現代にも残っている。
ルーン文字が今は使われていないってことは、それだけ扱いが難しいってことだよ」
クヴェルたんが険しい表情で冷たくそう言い放つ。
「はい! はい! 約束します!!」
魔法使いの男性はボロボロと涙を流し、クヴェルたんに向かって何度も頭を下げていた。
「無駄な時間を費やしてしまった。
さてと、それじゃあ井戸に魔石を入れに行こうか」
「うん」
マルタさんの案内で中庭に向かい、井戸にルーン文字を刻んだ魔石を投げ入れた。
井戸の浄化は一瞬で終わり、汲み出した井戸水はクヴェルたんが安全を保証してくれた。
井戸水の浄化が終わり、マルタさんが新たに汲んだ井戸水で料理を作ってくれた。
メニューはじゃがいもとチキンのシチューだった。
水が美味しいからか、具の少ないシチューでも美味しく感じた。
早くこの街の問題を解決して、流通を元通りにして、みんながお腹いっぱい食べられるようにしたいな。
読んで下さりありがとうございます。
少しでも、面白い、続きが気になる、思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると嬉しいです。執筆の励みになります。
最初はクヴェルが治療や魔石にルーンを刻む見返りに、アデリナにキスや添い寝などを要求する設定でした。
その設定を削ってしまったので、アデリナが一方的にお願いするだけのキャラになってしまいました。