14話「ギルド長と昇級試験。グルメ地図は甘美な響き」
ギルド長さんは四十代中盤くらいの年齢で、長身で筋肉質、口髭と顎髭を生やしていた。
冒険者ギルドを束ねているだけあって威厳のある風貌をしていた。
ギルド長はカウンターの上に置かれた素材と魔石を見て、目を見開いていた。
「本当にこの数の魔物を君たちだけで倒したのかい?」
「そうだよ」
クヴェルが穏やかな表情で答える。
ギルド長さんは私とクヴェルを見定めるような目つきで見ていた。
「ギルド長、彼らは先ほどC級冒険者のドクラン、ランザー、イグニスの三人組を不思議な魔法で打ち負かしていました。
彼らがこれだけの素材と魔石を集めたという話は本当かもしれません」
一部始終を見ていたショートカットの受付嬢が、ギルド長に耳打ちした。
「どうやら、君たちは只者ではないようだ。
ここでは何だから部屋を移そう」
ギルド長さんに個室に移るように言われ、私達は彼の後に続いて二階に上がった。
素材と魔石は、受付を離れる前にクヴェルたんがアイテムボックスにしまっていた。
個室に移動すると、ギルド長から飛び級での昇級についての説明があった。
素材と魔石だけでは私達の実力を測れないらしく、中庭でテストを受けることになった。
C級冒険者の三人組が言っていたように、時おり金持ちが道楽で冒険者登録をして、金に物を言わせて魔石やモンスターの素材を買い集め、飛び級での昇級を迫ることがあるようだ。
なので飛び級で昇級するときは、昇級テストを受ける必要があるらしい。
中庭に移動した私達は、ギルド長に言われるままに的に向かって魔法を放った。
私がアイスランス、ブリザードの魔法を披露し、クヴェルがフローズンエタニティの魔法を披露した。
中庭には結界が張ってあるので、いくら魔法を使っても建物に被害が出ることはないらしいが、クヴェルの放った魔法の影響で結界にひびが入っていた。
ギルド長は、私達……特にクヴェルが放った魔法の威力に度肝を抜かれたようで、目を見開き口を半開きにしたまま固まっていた。
受付で絡んできたC級冒険者の三人を、クヴェルがあっさり撃退したこともあり、ギルド長は私とクヴェルが飛び級でB級に昇格することを認めてくれた。
ギルドに登録したその日に、B級冒険者に昇格してしまった!!
幸先の良いスタートだわ!
◇◇◇◇◇
テストを終えた私達は中庭から個室に移動した。
中央のテーブルを挟んだ向かいの席にギルド長が座り、私はクヴェルたんと一緒に長椅子に腰掛けた。
ポニーテールの受付嬢が紅茶とお菓子を出してくれた。
お菓子を食べながら待つこと一時間、ついにギルドからB級冒険者のライセンスが発行された。
ギルドから発行されたカードに「B級冒険者」の文字と共に自分の名前がしっかりと刻まれている!
私とクヴェルたんは、発行されたばかりのカードをしばし眺めていた。
「A級になるにはB級のクエストを百件以上こなし、なおかつ難しいテストを受け、尚且つ王族に認められなくてはならない」
ギルド長さんが、聞いてもいないA級冒険者に昇格するための説明を始めた。
A級冒険者になる気はない。なので私達には関係ない情報だ。
「やったね! クヴェルたん!
これで北の港から船に乗れるね!」
「うん、明日の夜明けと共に出発しよう!」
えっ、そんなに早く出発するの?
まだ王都の名所巡りも、屋台の食べ歩きも、おしゃれなカフェ巡りもしてないのに……。
「お前さんたち港に行く気かい?
残念だが一足遅かったな」
「どういう意味ですか?」
喜んでいるところを、ギルド長に水をさされてしまった。
「昨日、北へ続く街道は封鎖された」
「ええっ……!」
「これは下級の冒険者や街の人達には内緒だが、北の湿原に厄介なモンスターが住み着いたらしい。
いずれ王宮からA級以上の冒険者に招集命令が下るだろう」
ギルド長が眉間に皺を寄せ厳しい表情で話した。
私が思ってるよりも事態は深刻みたい。
王都に人が溢れていた理由がわかった。
船着き場に向かう街道にはワームが出現するので南西には行けない。
北の港に向かう街道は封鎖されているのでそちらにも行けない。
北の港にも船着き場にも行けなくなった人達が、王都に留まっていたのね。
「そんな時にお前さんたちみたいな強者が現れ、
冒険者登録してくれたのは嬉しい限りだ。
まさに天の助けだな」
「天の助け」という言葉にクヴェルは複雑な顔をしていた。
「君たちにはぜひ王都に留まり、街道に出るワームの退治をしてもらいたい。
ワームは斬ったら増える。
それを知らない冒険者や一般人に雇われた護衛が、ワームに斬りかかるせいで、奴らの数が増えるばかりだ」
王都に近づくほど、出現するワームの数が増えたのはそのせいだったのね
人々が不用意に攻撃したことで、ワームの数が増えてしまったんだわ。
「奴らを倒すには一度凍らせ、体を砕いて、中から魔石を取り出すしかないんだが……。
氷や吹雪系の魔法が使える魔法使いが不足していてな」
今日ギルドに登録したばかりの私達に頼るくらい、状況はひっ迫しているらしい。
「僕らがワーム退治を引き受けるメリットは?」
クヴェルが冷淡に言い放つ。クヴェルたんって意外と現金主義?
「お前さんたちがA級冒険者になる時に、俺が推薦状を書いてやる」
「いらない。僕らはA級には興味ないから」
クヴェルたんがギルド長の申し出をバッサリと切り捨てる。
A級冒険者は有事の際に王家に招集され、時には戦地に赴き国の為に戦わなくてはいけない。
その分A級冒険者には特権も与えられるようだが、そんな物に私達は興味がない。故にA級冒険者になるメリットがないのだ。
「ギルド長の権限を使い宿の手配をする!
北の街道が封鎖され、王都は行商人や旅人や冒険者が溢れている。
今から宿屋を見つけるのは大変だぞ」
うう……宿が見つけられなかったら今夜は野宿することになるのよね……?
三月とは言え夜はまだ冷えるのに……。
宿屋で温かいご飯が食べたいよ。
ふかふかのベッドで寝たいよ。
「ついでに俺が休日に食べ歩きして作った絶品グルメを提供する店のリストと、
店の位置を記した地図を付ける!!」
「絶品グルメーー!!」
甘美な響きについ声を上げてしまった。
お肉に、お魚に、野菜に、果物……この国ではどんな風に調理しているのかしら?
高級レストランから、下町の屋台まで、美味しい物を食べ歩きしたい!
「女の子に野宿させるなよ。
彼女をきちんとした宿に泊め、美味いものを食わせ、温かい部屋で休ませてやりたいと思わないのか?」
「うーーん……」
クヴェルが眉間に皺を寄せ、顎に手を当てている。私にはクヴェルたんの心が揺れているように思えた。
「……まぁ、気が向いたらワーム退治くらいしてもいいけど」
クヴェルたんがついに折れた。
クヴェルが渋い表情をしているのとは対照的に、ギルド長は嬉しそうに目を細めていた。
「そうこないとな!
王都は良い街だ!
この一件が片付いたら、観光案内するよ!」
「ワーム退治を引き受けたけど、僕はこの街に留まるとは一言も言ってないよ。
今日だけ宿屋に泊まって、明日には来た道を引き返し船着き場を目指してるかもね。
船着き場に着くまでに出現するワームを退治すれば、
ギルド長との約束を破った事にはならないしね」
クヴェルはどうしてもこの国から早く立ち去りたいらしい。
彼がこの国から去ろうとしている理由は、北に現れたモンスターと関係しているのかしら?
船着き場に戻るということは、トリヴァイン王国に戻るということだ。ようやくあの国から出られたのに……。
「そこはあんたを信じてるよ。
あんたは、困ってる人を見捨ててこの街から去ったりしないってな」
ギルド長がクヴェルの顔を見てにっと笑う。
「どうかな……。
僕が今大切にしているのは一人だけだから。
その一人の為ならその他大勢はあっさり見捨てるかもね」
その一人ってもしかして……私のこと、かな?
そうだったら嬉しいなぁ……なんて。
そう思うのは自惚れかな?
「お前さんが大切にしてるその一人は、
困ってる人を見捨てて逃げるような薄情な人間なのか?
俺の目にはそうは映らないけどな」
ギルド長が私の顔を見る。彼につられたようにクヴェルが私を見た。
私を見つめるクヴェルは、どこか苦しそうな、それでいて切なそうな表情をしていた。
「クヴェルたん……?」
どうしてそんな表情をするの?
「アデリナ、ギルドを出よう。
冒険者登録は済んだし、B級に昇格したし、冒険者カードも貰った。
もうここにいる必要はない」
クヴェルが席を立つ。
「うん、そうだね。
ギルド長さん、お世話になりました。
無理を承知でお願いしましたが、昇格試験を受けさせていただきありがとうございました」
私はクヴェルに続いて席を立ち、ギルド長さんに頭を下げた。
「ギルド長、宿の手配を忘れないでよね。
それと、絶品グルメを提供するお店の位置を記した地図もね」
クヴェルはギルド長に念を押していた。
「職員に宿の手配をさせる。
というかもうさせてある。
馬車と御者もすでに手配済みだ」
いつの間にそんなことを。ギルド長さんは手回しがいいのね。
ギルド長さんは、最初から私達をこの街に留めるつもりだったのかしら?
冒険者カードを発行すると言って私達をギルドに留め、その間に宿の手配をしていたとか?
ギルド長さん、仕事ができる男だわ。
「絶品グルメのお店の位置を記した地図は後ほど宿に届ける」
「できるだけ早く届けてね」
クヴェルはギルド長さんに釘を刺し、私の手を引いて部屋を出た。