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10話「セレヴィア川を越えリスベルン王国へ。商団のお姉さんに笑顔を向けるクヴェルにやきもきする」




――アデリナ視点――



宿の朝食は私の大好物で、あっという間に私の機嫌は直ってしまった。


バイバイ、羞恥心。


美味しい食べ物は世界を救うのよ!


朝食を終えた私は荷物を整えチェックアウトした。だけどクヴェルの姿が見当たらない。


どこにいるんだろう? 朝食を終えるまでは一緒だったのに?


「クヴェル〜〜!

 商団の人達がもうすぐ出発するって!」


クヴェルの名前を呼びながら宿の中を探すが彼の姿は見えない。


外にいるのかな?


宿の裏庭に出てみると……。


井戸の側にクヴェルがいた。


「クヴェル……?」


彼は石のような物に何かを印し、井戸に放り込んでいた。


井戸に放り込んだのは青い魔石に見えた。


クヴェルたんがいたずらをするとは思えない。何か意味があるはず。


「クヴェル、探したよ。

 こんなところで何してるの?」


「女将さんには世話になったし、料理も美味しかったから、ちょっとしたおまじないをね」


「ふーん」


私の額に「祝福のキス」をしたときと同じような感じかな。


「クヴェルのおまじないにはどんな効果があるの?」


「内緒。

 それより僕を呼びに来たのには理由があるんじゃないの?」


「そうだ!

 行商の人達がもうすぐ出発するって言ってたの!

 遅れたら申し訳ないからクヴェルたんを探しに来たんだよ!」


「そう、じゃあ急ごうか」


「うん」


クヴェルはどんなおまじないをしてたんだろう?


気になるな。後で教えて貰えないかな?




◇◇◇◇◇◇




行商の人たちの馬車は四頭立て大型馬車だった。客席には六人が乗れる。


旅の行商のメンバーは五人。


団長さんと、団長さんの奥さんと、護衛の男性と、商人見習いの若い女性が二人。


一番前の席に団長さんと奥さんが座り、

その後ろに護衛の兵士と見習いのお姉さんが座り、

一番後ろの列にもう一人の見習いのお姉さんが座っていた。


座席の後ろには彼らの荷物や、街や村で買ったのだと思われる商品が積まれていた。


私は空いていた座席に座り、クヴェルを膝の上に乗せた。


「クヴェルちゃん、オレンジ剥いたの食べる?」


「クヴェルちゃん、ナッツがあるの食べる?」


クヴェルは商人見習いのお姉さん達に大人気だ。


「うわぁ、ありがとう。

 ちょうど食べたいと思ってたんだ」


クヴェルがオレンジとナッツを手に取り、にっこりと微笑むと、「キャー! 可愛い!」お姉さん達から黄色い悲鳴が上がった。


クヴェルったら、綺麗なお姉さんに弱いんだから!


クヴェルがお姉さんに可愛がられる度に、私は何故かやきもきしていた。


「護衛は一人なんだね。

 しかも馬で並走するんじゃなくて、同じ馬車に乗ってるんだね?」


クヴェルがそんな疑問を口にした。


「この国は魔物も盗賊も少ないから、

 護衛に馬で並走してもらう必要もないのよ」


クヴェルの隣に座っていたお姉さんが答える。


「ふーん」


クヴェルは何か言いたげな顔をしていた。


私が王太子妃教育を受けてる時、街道にモンスターが出るという話は聞いたことがない。


学園や王宮で攻撃魔法を教えているのは対人戦や他国に行った時の事を考えてだ。


昨日、私達がモンスターに遭遇したのはたまたま運が悪かっただけなのかな?


「きっと、トリヴァイン王国は水竜様の加護を受けているから安全なのね。

 他の国だとこうはいかないわよ」


水竜様の加護か……。


昨日、国王によってその水竜様の像が破壊されたと知ったらこの人達はどう思うだろう?


この人達だけでない。水竜様の像が破壊されたことを国民はどう感じるだろう?


今のところ水竜様の像を壊した影響は出てないみたい。国王が言う通り、この国が水竜様の力に守られてるというのは単なる伝説に過ぎなかったのかな?


「トリヴァイン王国は安全だよ。

 …………今のところはね」


クヴェルたんが何か呟いていた気がしたけど、よく聞き取れなかった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




それから数日、私達は昼間は街道を進み、夜は宿駅に泊まり、国境を目指した。


そしてついにリスベルン王国との国境のセレヴィア川に辿り着いた!


「うわぁ……!

 広い……!」


今日は天気がいいので対岸にある建物がはっきりと見えた。


「セレヴィア川の川幅は二キロから三キロ。

 歩いて越えるのは無理だから、対岸に行くには船に乗るしかないんだよ」


クヴェルたんが説明してくれた。クヴェルたんは博識だな。


「このまま川を下って海に行けないのかな?」


「無理だね。

 セレヴィア川の下流には高さ百メートルの滝があるから。

 船なんかバラバラにされちゃうよ」


「そっかぁ」


船に乗って川を下ってそのまま海に出られたら楽だったんだけどな。


「こういうことは学校で習わなかったの?」


「知識としては知ってるけど、実際に川を見るのは初めてだから。

 これだけ大きな川なら、川を下って海に行けないかなぁって考えちゃったんだよね」


「まぁ、その気持ちもわかるけどね」


対岸までは二十五メートルほどの帆船に乗って渡ることになった。


私は見上げるほどの大きさの船に圧倒された。だが帆船としてはこれでも中型だという。


港に行ったらこの船よりももっと大きな船があって、大勢の人を乗せて別の大陸まで運んでいるのね。


私達の乗る帆船には、馬車や馬をそのまま乗せることができた。


この数日で行商の人達とすっかり仲良くなったので一緒の船に乗った。


彼らの行き先もリスベルン王国の王都だとわかり、王都まで同行させてもらうことにした。


王都行きの馬車や馬を手配しなくていいから助かった。




◇◇◇◇◇




帆船は対岸を目指して進んでいく。


船が対岸に着くまでに二時間ほどかかる。


行商の人達は馬車の中で休んでいる。


「風が心地いいね」


私はなんとなく落ち着かなくて船首に立ち、これから向かう国を眺めていた。


振り返るとトリヴァイン王国がどんどん遠ざかっていく。


「まずは第一目標達成だね」


クヴェルが私の手を握り、にっこりと微笑む。


「うん、そうね」


「アデリナ、浮かない顔だね」


「トリヴァイン王国には良い思い出があんまりないんだけどさ、それでも国を離れるとなると哀愁っていうか……ちょっとだけ寂しい気持ちもあるんだよね」


あれほど他国に行くことを望んでいたはずなのに、いざ生まれ育った故郷を離れると寂しさが込み上げてくる。


「ふーん、人間って複雑なんだね」


その言葉にクヴェルは人間ではないのだと再確認した。


クヴェルは見た目は可愛らしい男の子で、公爵家を出てからは寝る時以外は人間の姿でいる。


だから彼が人外の存在であることを時々忘れそうになってしまう。


「アデリナが戻りたくなったら、その時はトリヴァイン王国に戻ればいいんじゃない?」


「簡単に言わないでよ。

 遠くの大陸に行ったらそう簡単には戻ってこれないよ」


「その時は僕が送ってあげるよ。

 君が想像もしない方法でね」


風に髪を揺らすクヴェルたんの表情が神秘的に見えて、私の胸がキュンと音を立てる。


「国王と王太子に国外追放を命じられてるから帰れないよ」


「そうかな?

 その時は王族の方から『帰ってきて』と泣きついて来るかもよ?」


彼らが私に「帰ってきて」と言う時は、イルゼの王太子妃教育に失敗し、王太子がポンコツのままで、彼らの代わりに仕事をこなす人間を欲している時だろう。


国に連れ戻された私は、王太子の側室にされ、イルゼと王太子の代わりに仕事をこなし、彼らの尻拭いをさせられる。


……最低だ。悪夢だ。


その状況を想像してしまい背筋に冷たい汗が流れた。


「ぶるるる……!

 怖い! 絶対にやだ!

 『帰って来い!』と言われても帰りたくない!

 『寂しい』なんて一時の感情、セレヴィア川に捨てていく!

 彼らが私を探しても絶対に見つからないくらい遠い国に行く!!」


故郷を離れる寂しさからリスベルン王国でずっと暮らしてもいいかも……? なんて一瞬考えたけど、やっぱり無理!


リスベルン王国は通過点に過ぎない!


リスベルン王国を北上し港を目指そう!


港に着いたら他所の大陸を目指すんだ!


クヴェルとのグルメ旅が待っているんだから!


「その意気だよ。

 それでこそアデリナだね」


クヴェルたんが目を細め口角を上げた。


「行商人のお姉さんに飴貰ったんだけど、景気づけに食べる?」


クヴェルたんとのグルメ旅は、彼が着いてきてくれないと成り立たないんだよね。


どうしよう。クヴェルが行商人のお姉さん達に懐いて、そのままどこかに行ってしまったら……。


「クヴェルは行商人のお姉さん達と仲いいんだね」


「どういう意味?」


「行商人のお姉さん達に笑顔を振りまいてるから」


……これではお姉さん達に嫉妬してるみたいに聞こえてしまう。


実際どうなのかな? 私がクヴェルに抱いてるこの気持ちは……?


「あのね、アデリナ。

 馬車に乗せてもらうんだから多少は愛想よくするよ」


あれで多少なんだ。


「どうしてそんなことを……?」


「僕が彼らに感じ悪く接したら、

 アデリナが虐められたり、

 八つ当たりされたり、

 怒られたりするかもしれないじゃない?

 それが嫌だからだよ」


キュン……! と私の胸がまた音を立てた。


「お姉さん達と仲良くしてたのは私の為なの……?」


「他にどんな理由があるのさ?」


クヴェルたんは私の為に愛想笑いをしてたんだ。


それを私は、クヴェルが綺麗なお姉さんが好きなんだと誤解して……。


「ごめんね、クヴェル」


「どうして謝るの?」


「クヴェルが行商人のお姉さん達に笑顔を振りまくから……。

 ちょっと……ほんのちょっとだけ……ヤ、ヤキモチを妬いてた……」


……とても言いにくい。彼を疑ってしまったので、自分の気持ちを正直に伝えておきたかった。


心臓がドキドキしてる。クヴェルの顔が見れない。


許して貰えなかったらどうしよう。


「それ本当?

 凄く嬉しい!」


クヴェルが明るい声を上げたので彼に目を向ける。クヴェルは私の予想に反して満面の笑みを浮かべていた。


その笑顔にまたキュンと心臓が音を立てた。


「怒ってない……?」


「怒る理由がないよ。

 アデリナに嫉妬してもらえたんだからね。

 それに、行商人のお姉さん達から貢ぎ物も貰えたしね」


「貢ぎ物……?」


「僕が行商人のお姉さん達から飴とか、クッキーとか、果物とか受け取っていたのは、アデリナにプレゼントしたかったからだよ」


そう言えば、クヴェルからお裾分けを貰っていた。


推しに貢いだ物を、推しはまた別の推しに貢いでいく……。


クヴェルに貢いだ行商人のお姉さん達が報われない。


いや、推し活とは推しの笑顔を見ることだ。


だからクヴェルの笑顔を見れたことで、お姉さん達の思いは報われているのだ。そういうことにしよう。


推し活とは奥が深いのだ。


「あのね、私の夢はクヴェルたんと一緒に美味しい物を食べながら、色んな国を旅することなんだ」


報われても報われなくても、クヴェルたんにならいっぱい貢いでもいいと思ってしまう。彼にはそれだけの魅力がある。


「着いてきてくれる?」


「もちろんだよ」


そう言って破顔したクヴェルたんが眩しかった。


推しの笑顔が尊い! 尊死してしまう! 


胸がずっとキュンキュンしていたことや、彼の魅力にくらくらしていたことはクヴェルたんには内緒だ。


この気持ちに名前を付けるとしたら、「推し活!」「ショタ美少年尊い!」「尊死する!」……だと思う。



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