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1話「婚約者もその他大勢の学園の生徒も異母妹の味方」



「アデリナ・ブラウフォード!

 お前のイルゼへの嫌がらせは度を超えている!」


赤髪の大柄の男が、真っ赤な瞳で私を睨んでいる。

 

彼は茶髪の小柄な少女の肩を抱き、反対の手で私を指さしていた。


赤髪の男はこの国の王太子のエドワード・トリヴァイン様。


残念なことに私の婚約者だ。


王太子に肩を抱かれている栗色の髪のボブカットの少女は、私の腹違いの妹のイルゼ。


イルゼは大きな黒真珠の瞳に涙をいっぱいにたたえ、王太子に張り付いていた。


「学園ではイルゼの教科書やノートを隠し、

 家ではイルゼを階段から突き落とし、

 彼女の食事に虫を入れてるそうではないか!」


真紅の短髪を逆立てる勢いで王太子が怒鳴っている。


「そして今日はイルゼを噴水に突き落とした!

 君がしていることは度が過ぎている!」


王太子が大声で怒鳴るので他の生徒が集まってきた。


この学園の生徒は王太子と妹の味方だ。


イルゼは腹違いの姉に虐められるひ弱で可憐な乙女。


王太子はそんな妹を守るヒーロー。


私は妹を虐める悪役令嬢だ。


妹は王太子に寄りかかってめそめそと泣き、王太子は彼女の肩に腕を回し守るように立っている。


周りに集まってきた生徒達が、「アデリナ・ブラウフォード公爵令嬢が、またイルゼ様虐めをしているそうよ」「か弱いイルゼ様をいたぶるなんて最低だな」「きっと彼女は性根が腐っているんだわ」「あんな女が王太子の婚約者なんて世も末だ」私に届くほどの声で悪口を言っている。


この場にいる全員が私に向ける視線は、真冬の吹雪のように凍てついていた。


私は学園でも実家でもイルゼを虐めてはいない。


中庭の噴水で本を読んでいたら、イルゼがやってきて勝手に転んで噴水の中に落ちたのだ。


それに、イルゼの教科書やノートを隠した覚えもない。


大方、イルゼは教科書を家に忘れてきたんだろう。


忘れ物を注意されたくなくて、「お姉様に隠された」と嘘をついたのだろう。


実家でも、私はイルゼに意地悪をしていない。


なぜなら公爵家の敷地内で彼女に会うことがほとんどないからだ。


イルゼは父親と継母と共に公爵家の本邸に住んでいる。


私は公爵家の敷地の隅にポツンと建つ別邸に住んでいる。


別邸とは名ばかりで、木造平屋建ての物置に毛の生えた程度の小屋だ。


ゆえに公爵家でイルゼと顔を合わせることはほとんどない。


本邸に入れない私には、イルゼを階段から突き落とすことも、彼女の食事に虫を入れることも不可能なのだ。


そう説明したところで、このポンコツ王子様は信じてくれないだろう。


王太子は私との婚約を始めから嫌がっていたし、昔から清楚で可憐な見た目のイルゼを可愛がっていた。


茶髪で小柄で小動物のように愛くるしい見た目のイルゼと違い、私は長身できつめの顔立ちをしている。


私のウェーブのかかった金色の長髪と緑色の目が近寄りがたい印象を与えてしまうようだ。


王太子にとってイルゼの話が真実なのだ。


そのイルゼは、自分が恥をかかないためなら平気で嘘を付き、私を悪者に仕立て上げる。


教科書を忘れたことを私が隠したと言って騒ぎ、足がもつれて転んで噴水に自分から突っ込んだことを私に突き飛ばされたと言う。


異母妹でなければとっくに縁を切っている。


どうしてこんな嘘つき女が私の腹違いの妹なのだろう?


公爵家の当主である父が継母と再婚したのが七年前、私が十一歳の時だった。


父は母が亡くなってたった一年で再婚した。


継母の連れ子のイルゼが、私の腹違いの妹だと知った時の衝撃を忘れられない。


公爵家の本邸は継母と異母妹に占拠され、私は母の遺品と共に離れに立つ小屋に押し込まれた。


「お言葉ですがエドワード様……」


「くしゅん!

 エドワード様、寒〜〜い」


私が反論しようとしたとき、イルゼがくしゃみをした。


イルゼが体を縮こまらせ震えている。


「大丈夫か? イルゼ!?

 すぐに着替えた方がいい!

 風邪を引いたら大変だ!

 明日の卒業パーティーに支障が出る!」


「それは困ります!

 エドワード様から贈られたドレスを着るのを楽しみにしてたのに〜〜!

 ドレスが着られなかったら、私泣いちゃいます〜〜!」


イルゼを励ますエドワード様と、彼の腕に自分の腕を絡ませるイルゼ。


二人が並んでいると、彼らの方が婚約者同士に見える。


それにしても、イルゼはエドワード様からドレスを贈られたんですね。


婚約者である私のもとには、何も送られて来ないというのに。


あのポンコツ王太子は、婚約者としての体面を保つつもりすらないらしい。


「アデリナ、今日のところはこれぐらいにしておいてやる!」

 

王太子はこちらの意見を全く聞かず一方的に私を罵り、私が反論することを許さず、適当な所で話を切り上げた。


「殿下の慈悲深いお心に感謝いたします」


……と、いうべきなのかしら?


王太子は「悪役令嬢のアデリナを許すなんて俺はなんて優しいんだろう」と言いたげな顔をしていた。


「アデリナ!

 明日の卒業パーティーには必ず出席しろよ!!

 これは王太子命令だ!!」


王太子は少しだけ振り返り、険しい表情でそう告げた。


ドレスもないのにパーティーには出席しろと?


「返事はどうした!?」


「承知いたしました。

 王太子殿下」


嫌味を込めて奴の名前ではなく身分で呼んでやった。


だがアホ王太子はそんなことを気に留める様子もなく、私の返事を聞くと満足な顔で中庭を去って行った。


私が王太子に罵られる様を楽しそうな顔で眺めていた生徒達も、王太子の後に続くように校舎に入ってく。


「いい気味」「公爵令嬢だからとお高く止まっているからあのような目に合うのよ」「王太子殿下が、アデリナ様を罵ったとき胸がスーーとしたわ」


去り際に私に聞こえるように悪口を言ってくる生徒もいた。


彼らが去ったあと、私はベンチに座り深く息を吐いた。


こんな生活が三年続いている。


最初の頃は多少傷付いたが、三年も経過すれば大概の事には慣れる。


この学園には私の味方はいない。


何かにつけて私に絡んできては被害者ぶるイルゼ。


イルゼの話を鵜呑みにし、私の話を一切聞こうとしない王太子。


私を悪者にすることを楽しんでいるイルゼ。


私が貶められる様を安全圏から見学し、聞こえるように悪口を言うその他大勢の生徒達。


正直辟易しているが、そんな生活ももうすぐ終わる。


明日は卒業式だ。


学園を卒業してしまえば学園に来る必要はない。


学園の生徒の大半は貴族なので、学園を卒業しても社交界で顔を合わせる事になるのだが。


学園にいる間中、彼らは私を悪者に蔑んできた。


そんな彼らが卒業後に心を入れ替え、私に頭を下げるとは思えない。


しかし彼らがいくら愚かでも、王太子の婚約者である私をパーティで罵倒してはこないだろう。


それだけでも状況は多少改善される。


「こんな学校、さっさと卒業したいわ」


学園に入ってから王太子の分の宿題をやらされ、彼が生徒会に入ってからは生徒会の仕事も押し付けられていたので、その生活から開放されるだけでも嬉しい。


「卒業式はともかく、卒業パーティーに参加するのは憂うつだわ」


卒業の式典は学校の講堂で行われるが、卒業パーティーは王宮で行われる。


毎年卒業パーティーは学園で行われていたが、

今年は王太子であるエドワード様が卒業するので、

保護者も招いて王宮の大広間で行うことにしたようだ。 


他の生徒達は王城でのパーティに浮かれているようだが、私はめんどくさいとしか思えない。


こっちは家族と婚約者に虐げられ、ドレスにもアクセサリーにも移動の馬車にも困っている。


余計な手間をかけず、例年通り卒業パーティーも学園でやってくれとしか思えない。


学園のダンスホールだってかなり広い。卒業生とその保護者ぐらい収容できるだろうに……。


きっと貴族の令嬢や令息は、きらびやかなドレスや礼服に身を包んでパーティに参加するのだろう。


私はパーティ用のドレスなど持っていない。


先ほどの様子からもわかるように、王太子が私にドレスを贈ることはないだろう。


私を冷遇している父親や継母が、私のためにドレスを買い与えるとは思えない。


「明日の卒業パーティーは制服で参加するしかないのかな〜〜」


誰もいなくなった中庭で私は天を仰いだ。


春の空は私の心とは裏腹に澄み切っていた。




読んで下さりありがとうございます。

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