ふなばし遊園地、忘れ物のメロディー
船橋の海沿いにある小さな遊園地。夜の雨が上がり、濡れたアスファルトが街灯の光を反射してキラキラと輝いている。閉園後の静けさの中、観覧車のゴンドラだけが、微かな風に揺られ、カタカタと音を立てている。
遊園地の隅にある古いメリーゴーランドの前で、若い女性、美咲は一人佇んでいた。数時間前まで賑やかだった喧騒が嘘のように、今は静寂が辺りを包んでいる。美咲の手には、少し色褪せた小さなオルゴールが握られていた。
それは、数年前に別れた恋人、健太との思い出の品だった。二人はこの遊園地が大好きで、何度も訪れた。特にこのメリーゴーランドがお気に入りで、いつも一番賑やかな木馬に二人で乗っていた。健太は音楽好きで、美咲にこのオルゴールをプレゼントしてくれたのだ。優しい音色を奏でるそれは、二人の甘い日々を象徴する宝物だった。
別れは突然だった。健太が海外へ転勤することになり、遠距離恋愛を選ばなかった二人には、別れという選択肢しかなかった。最後に二人でこの遊園地に来た日も、雨上がりだった。濡れた地面に二人の影が長く伸び、言葉少なにメリーゴーランドに乗った。あの時、健太は何を思っていたのだろうか。
美咲はオルゴールの蓋を開けた。小さなバレリーナが回り始め、切ないメロディが静かな夜の遊園地に響く。それは、二人が別れの際に聴いていた、思い出の曲だった。
今日、美咲は偶然この遊園地の近くに来る用事があった。帰り道、ふとあの頃を思い出して、足が向いてしまったのだ。閉園していることはわかっていたけれど、どうしてもこの場所に来たかった。
メリーゴーランドの木馬にそっと触れる。冷たく濡れた木の手触りが、遠い記憶を呼び覚ます。あの時、隣にいた温もりはもうない。楽しかった時間は過ぎ去り、残されたのはこのオルゴールの音色と、少しの寂しさだけだ。
雨上がりの夜空には、満月がぼんやりと浮かんでいる。その光は、メリーゴーランドを優しく照らし出し、まるで幻のような光景を作り出していた。美咲はしばらくの間、オルゴールの音色に耳を傾け、過ぎ去った日々に想いを馳せた。
やがて、オルゴールの音が止まった。美咲は静かに立ち上がり、もう一度メリーゴーランドを見つめた。楽しかった思い出は色褪せることなく心に残っているけれど、もう二度とあの頃には戻れない。
深呼吸をして、美咲は遊園地のゲートに向かって歩き出した。手には、あの日のままのオルゴール。それは、甘く切ない記憶を閉じ込めた、大切な忘れ物だった。
ふなばしの静かな夜、雨上がりの遊園地には、消えかけたメロディと、そっと胸にしまわれた想いが残っていた。
切ない感じの短編を書いてみたいと思い、著したのですがどうでしょうか