2.最悪な目覚め
「は?!」
荒く息を吐きながら、見慣れた天井を見上げた。じっとりと汗をかいた首元に触れる。
首は繋がったままだった。
妙に現実味のある夢だったわと考えながら、そろそろと起き上がる。部屋の中は未だ薄暗かった。
ドクドクと激しく脈打つ胸に手を当てる。
生きている証だ。
夢のせいで、全身汗だくで気持ちが悪いが、まだメイドたちは起きていないだろう。バトラーズベルの置いてあるテーブルの隣の椅子に座った。
「本当に夢だったのかしら?」
断頭台に向かう、私を見る観衆の冷たい視線。ギロチンの歯が首の後ろに当たった感触を思い出し、思わず体を抱きしめて小さく身震いする。
もしかして、死に戻ったの?
確かめる術はないが、もし、死から回帰したのなら?
私はどうしたら良いのだろう。
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いつもの時間にやってきたメイドたちは、汗だくの私に気付くと、風邪を引いてはいけないと、大慌てで体を拭く準備に取り掛かった。
「エヴェリーナ様、大丈夫ですか?」
ハーブを入れた熱い湯に浸したタオルを絞りながら、メイドの一人が私に訊ねる。その真っ赤な手が痛々しく、心からのお礼の言葉が口からこぼれた。
「えぇ。ありがとう」
肌がさっぱりとしたせいか、幾分か気持ちが落ち着いてきた。ハーブの効果もあるかもしれないわね。ぼんやりと考えながら、メイドたちに学園へ向かうための身支度を整えてもらう。
今日は何日だっかしらと、髪を結い上げてもらいながら、机上の美しい春の庭で花を愛でる女性が描かれたカレンダーを眺めた。王立学園の三年生が始まった年の五月十日。
ということは、婚約者であったフレデリック殿下は、既にリリアーナと恋仲になっている。
あぁ。まだ婚約を破棄されていないから、婚約者か。夢が現実的過ぎて、頭が混乱しているわと、小さく溜息を吐くと、メイドが心配そうに声をかけてきた。
「エヴェリーナ様。やはり、ご気分が優れないようにお見受け致しますが、大丈夫ですか?」
「あ……大丈夫よ。考え事をしてただけだから」
笑って誤魔化して、鏡の中の自分を見つめる。
艶やかな金色の髪に、青灰色の目。
死ぬ前に断頭台で見たこの髪は、ぱさついてくすんでいたなと思いながら、結い上げられた髪に触れた。
「気に入りませんでしたか?」
メイドの問いかけに軽く左右に首を振る。
「なら、髪飾りをつけられますか?フレデリック殿下からいただいたものを……」
気を利かせたメイドが、そう言いながらフレデリック殿下から贈られた髪飾りを取り出した。銀色でサファイアのついた髪飾りは、フレデリック殿下の髪と瞳の色だ。悪夢を見るまでは、喜んでフレデリック殿下からの贈り物を身に着けていたが、今はそんな気にならない。
気持ち悪い。
「あ……このままでいいわ。ありがとう」
自分の本心に気付いて、私は少し呆然としながら椅子から立ち上がった。メイドは一礼して髪飾りを戻す。私は髪飾りを一瞥して、部屋を出た。
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