家出令嬢の弟子入り③
伯爵家を出てから3ヶ月余り経過しているが、お父様から一向に連絡がない。
わたしを探している様子もないし、お祖父様からも連絡があったと報告がないのでもしかしたら家出に気付いていないとか?
すっかりお馴染みのランニングコースを走りながらメリアナは思案する。
一応、伯爵家に出かける時マーサに書き置きを渡して来たけれど、、、
いまだに連絡が来ないということは、お父様にとってはメリアナの婚約や学園入学など取るに足らないことなのだろう。
前まではそれが悲しくて塞ぎ込むこともあったが、今は違う。
公爵家で訓練を開始してからメリアナの基礎魔力はかなり向上している。
まだ正確に計測してはいないが、空間魔法が公爵邸の自室にサイズが広がったことを鑑みると、5〜9程は上がっているのではないか?と師匠が教えてくれた。
自分にも人を守る力が身につけられることがとても嬉しかった。
自分に自信があると世界の見え方が違う。
少し前まではどんなに褒められていても
『さすがリード家の伯爵令嬢だ』
と家の名を出して褒められることが多かった。
しかし、今はメリアナの努力はメリアナのものであり、基礎魔力も筋肉も努力すればするだけ身に付いてくれる。
自分の努力が目に見えて体感できることがこんなに幸せだなんて。
初めて師匠に褒められた時はとても嬉しかったわ。
通常、基礎魔力を1上がるだけでも1年と言われているが、メリアナはかなりのペースで魔力を上げてきている。
本当のところといえば、メリアナの追い込み具合と努力にドン引きし
それらが短期間での基礎魔力底上げを実現していると知ると
「こんな事が、、あっていいのか?、そんな、」
とショックを受けていたシードだが、メリアナの努力を怠らない姿勢を目の当たりにし、自身の才に自惚れていたことを恥入り、少しずつであるが変わってきていた。
騎士団でも徐々に雑用をこなせる様になってきているとガイアスの元に報告が上がってきてある程だ。
自分の行動が一人の人間を更生させた、なんて事はつゆ知らずメリアナは今日もいい汗をかきながら今後について考えていた。
教養コースの時は空間魔法ばかり使用していたけれど、騎士コースともなると自身の身を守る攻撃魔法や回復魔法も身につけなければならずここ数ヶ月はお父様のことを考える余裕はなかった。
でも、そろそろ相手の出方を伺う必要があるわ
入学試験まであと1ヶ月、懸念は少ないほうがいいわ
そう考え、日課の一つであるプランクに勤しむマリアナであった。
「此度の件、どう始末をつける?」
執務室に呼ばれたマーサは緊張からか顔に赤みがかかり、目の前にいる伯爵を凝視していた。
「旦那様、、」
「お前がメリアナの家出を手引きしたという調べはついている」
「何か申し開きはないかっ!」
声をあらげてエイドは豪華な装飾があしらわれた机に拳を打ち付ける
少しの間が空いた時、マーサは口を開いた。
「恐れながら旦那様、此度のお嬢様の婚約の件は納得致しかねます!侍女頭の職を辞すことも覚悟の上ですわ!」
マーサは普段見せない様な、切羽詰まる様子でエイドに向かって喝を入れる
「旦那様、いいえ、坊っちゃま!」
「マ、マーサ、坊っちゃまはやめてくれ、、」
「いーえ!辞めません!どんなに図体が成長したとしても中身はこれっぽっちも成長なさらない!これを坊っちゃまと言わずなんと言うのです!」
エイドのさっきまでの勢いはどこへやら
そんなことはお構いなしにマーサは捲し立てる
「そもそも!婚約の話をなぜ今進めようとなさったのです!?」
「そ、その話なんだが、いい縁談が来たので早々に話を進めようかと、、、」
「お嬢様がどんなに努力を重ねて学園入学に備えていたかお分かりですかっ!?」
「し、しかし、婚姻は貴族の義務であり、、」
「坊っちゃまはただ、お嬢様の成長に焦りを感じられておられるだけですわ!子はいつか成長し、親元を離れていくものです。」
マーサは少し落ち着きを取り戻し、穏やかに語りかけた
「坊っちゃま、リード家当主として考えなさいませ、お嬢様の入学がどれだけ家のためになるか、お嬢様がどれだけの努力をされたか、それを無視され婚約を進められたお嬢様がどう思われたのか。」
エイドはうつむき、うめき声しか出せなくなっていた。
「坊っちゃま、失敗は人生につきものです。結果はそこからどう行動するかで付いてきます。」
「坊っちゃまはやめてくれ、、」
ようやく、顔を上げたエイドにマーサは微笑みかけ、側に控えていたブライアンに声をかける
「ブライアン、あなたも執事の仕事とは学友とは違うのですよ。」
「は、はい、、」
こっちにまで飛び火するとは思っていなかったため裏返った声で慌てて返事をする。
「頼りない主人かもしれませんが、これからは公私共に支えていく様に」
そう言い残し、マーサは颯爽と職務に戻っていった。
完全に気配がなくなるまで待って、ブライアンは重い口を開いた。
「なぁ、マーサってさ、いくつなの?」
「知らぬ、お父様が幼き頃から支えていたと聞いて入るが、、」
「はっ!?メリアナ様から見たら三代前かよ?見た目、60代くらいだよな?妖怪かよ、、、」
残された2人は重苦しい空気の中、さぁ、これからどうするか話し合うべきなのであるが
侍女頭の迫力に圧倒され、くだらない会話を続けるのであった。