家出令嬢の弟子入り①
「はじめまして、シード・ライアット様。私メリアナ・リードと申します。これからよろしくお願いいたします」
目の前で優雅にお辞儀を披露する少女。
銀の髪、紫の瞳、あどけなさを残した表情に、淑女じみた微笑み
“立派な貴族“第一印象はそんな感じであった
シード・ライアットは憂いていた。
男爵家の末子として生まれ特に期待はされていないが愛情たっぷりの幼少期を過ごし、非凡な才を家庭教師に見出されては“天才“と持て囃されて育ってきた。
当然のことながら王立学園に入学し、騎士コースを主席で卒業。
とうとう、魔法師として第一線で活躍できる
そう思って入った騎士団勤務では、下働き同様の扱いを受けることとなり鬱屈とした毎日を送っていた。
騎士団では初年度の勤務ではどんなに優秀であろうと、どんなに身分が高いものでも下働き込みの雑事を行うこととなる。
これはいつ起こるかわからない戦や戦地の場では、身分は役に立たず、周囲の人間といかに団結できるか、身の回りのことが一通りできることが必須であり、生存率を上げ、貴族にありがちなお家同士の癒着や、横領などを予防・一掃し精錬潔白・高潔な精神を皆が持てるようにといった意味合いが込められている。
不満を漏らしているシードには度々上官からお叱りと共に丁寧な説明がなされているのだが
態度を改めず、雑事を他人に押し付けサボることばかり考えているため、陰で“共闘できない魔法師“と揶揄されていた。
団長から直々に頼みたいことがあると言うから来てみたものの、爵位だけは立派なわがまま令嬢のお守りかよ。
祖父は騎士団団長で実父は“触れたものを金に変える“と言われている領地経営のエキスパート。
なんの苦労も知らず、コネで今まで人生楽勝!ってかよ
気にくわねぇな、こう言うの。
男爵家末子と言えど一通りの礼儀作法は身につけており、表面上にこやかな初対面であったがシードの胸の内は穏やかでなかった。
「はじめまして、メリアナ様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
シード騎士の礼をとり、メリアナに向き合った
笑顔で頷くメリアナを確認し、続ける
「私ライアット家末子のシードと申します。シードとお呼びください。本日は騎士団長から魔法師の訓練を頼みたいと伺っております。教養コースに入学されると言うのに、魔法師の勉学までされるとは!勤勉でいらっしゃいますね」
思ってもないことだが流暢に話すシードにメリアナは穏やかに答えた
「メリアナで大丈夫ですわ。実は私、騎士コースに変更しようと思ってます。シード様にはご迷惑をお掛け致しますがご教授よろしくお願いいたします」
「騎士コースですか?お嬢様が?」
「はい」
メリアナ・リードと言えば王妃候補筆頭じゃないか。そんなお嬢様が何故騎士コースなんか?
シードはそう思いつつ助言してあげることにした。
「悪いことは言いませんがやめておいた方がいいかと。騎士団はメリアナ様が思っているような場ではありませんよ」
どうせ、伯爵家出身のコネが通用するかと思っているんだろう。そんな生やさしい場ではないことを伝えたら、すんなり諦めて大人しく教養コースにでも通うだろう。
そう考え騎士団の内情を細かく説明してあげたのだが、、、
「そうだったのですね、、」
それ以外の言葉は出ない様子でメリアナは胸に手を当てていた
想いが伝わった事に気分を良くしたシードは続ける
「お分かり頂けましたか?僕としても、家の顔に泥を塗る気はありませんのですぐに退団は考えておりませんが、正直このような頭の固い集団ばかりだとは思いませんでした」
嫌味を込めてわざと幼子に問いかける様に説明するシードにメリアナは
なんて騎士団の内情にお詳しいのかしら
自分なりの改善点の解釈までお有りなのね!
とても勤勉な方を師匠として手配してくれたお祖父様に感謝しなければ!
と、とても噛み合わないことを考えていた
そんな事とはつゆ知らずシードは語り続ける
「ある程度の規律を設けるために平民と貴族の待遇は分けるべきかと思うのですがね」
真面目に話を聞くメリアナの様子に気を良くしたのか、シードは流暢に語るが話が終盤に差し掛かったところ、大人しく聞いていたメリアナが急に立ち上がる
そして、、、
「なんて、素晴らしいの!」
頬に手を当てて空を見上げながら思いの丈を叫んだ
「は?」
急なことで咄嗟に反応できないシードを差し置きメリアナは続ける
「身分の差を一掃し、団結力を高め、皆と共に汗を流し切磋琢磨する。厳しい訓練に耐えた後に芽生える団結力はさぞ素晴らしいものでしょう!」
「あ、あのメリアナ様?」
先ほどの淑女らしい仮面は取り払って、メリアナは頬を赤くし輝くばかりの笑顔を見せている。
キャラ変わりすぎだろ、え、これ本当にメリアナ・リードか?
いや、でも団長と少し似て、、いやいや、あのゴリラと淑女が被るなんて
戸惑いを隠せないシードにメリアナは微笑みかける
「シード様、素晴らしいお話をありがとうございます!私必ず騎士コースに入団して見せますわ!」
そう言い放ち、最初の訓練はいつにしますか?!いつでもよろしいですよ!
と食い気味に話すメリアナに
「明朝、ウォーミングアップを済ませた後で」と返事をするのが精一杯のシードであった。
昨晩、公爵家に準備された自室に戻った後シードはついさっき怒った出来事を反芻していた。
先ほどは、急なことで対応できなかったが、面倒くさいお嬢様の面倒を押し付けられたことに代わりはない。
さっさと現実見せて、断らせる様に仕向けよう。
そう決意し、意気込む様にベッドに潜った
明朝、軽い体動、ランニングを済ませた後、程なくして魔法の訓練が始まった
魔法とは魔法師の魔に法則を持たせたもの、として定義づけられている
魔には五大元素である地、水、火、風、空の五つに分けられており、一般的には皆1つの魔を持っているが上級貴族は2つ、3つと複数の魔を持っているものも珍しくはない
かく言うメリアナも魔は風と空を所持しており、地は水に強く、水は火に強い等、隣り合わせのものにそれぞれ優位性があるとされている。
上級貴族の中でも、上位属性と下位属性の2つ持ちは、平たく言うと“得意と苦手がセット“となっておりギフテットと呼ばれている。
余談だが、メリアナの家出荷物は“空“の空間魔法を使用した異次元収納を利用し公爵家に運び込んだ。
現在のマリアナでは収納範囲は自室の広さで精一杯だが
女性一人の荷物程度、余裕で収納できる範囲である。
「メリアナ様はギフテットなんですね。素晴らしいです」
「そんな、シード様も火・風のギフテットと伺っております。騎士として申し分のない魔ですね」
そういって微笑むメリアナに内心シードは白けたままで訓練を開始した。
下級貴族は基本的に1つの魔を持っていることが多く、2つ持ちでギフテットであるシードはかなり珍しい。
それゆえ意外にもシードは、雑務を嫌う面は否めないが“天才“と言われる才を持ち、学園ではそれらを磨く努力を怠ることはなかった。
「優秀な魔法師とは自身の所持している魔と基礎魔力の向上が基本です。どんなに優秀な魔の組み合わせでも基礎魔力が低ければ大きな魔法は発動しません」
「なるほど」
「例えばメリアナ様の空間魔法、今はお部屋の広さほどが基礎魔力が向上すれば、1つの城、1つの領地ほどの広さになることも可能です。そして“空間“に“物を収納する“といった命令を付与しているため異次元収納といった結果がもたらされています。これを“魔に法則を持たせる“と言う意味になります」
メリアナはふと疑問を持ち、早速シードに問いかける
「お祖父様が私の騎士コース入学は基礎魔力向上が必須とおっしゃっていました。入学基準はいくつになりますか?」
そんなことも知らないのかと内心小馬鹿にしつつも、表向きは上官の孫娘。
シードは丁寧に説明を行う
「入学基準は60となっております。何事も平均以上が学園入学の基準となっております」
「しかし基礎魔力を1向上させるには1年の修練が必要と言われています。メリアナ様の場合、基礎魔力を10あげる必要があるため単純計算では10年かかる事となります」
「そうなんですね」
メリアナは少し肩を落としつつも諦めた様子は見られない
努力だけは、得意だわ。
ここまで来たんだもの!あったて砕けるまで突き進むのみね!
諦めた様子はないメリアナにシードは少し焦っていた。
おいおい、ここまで言っても諦めないのかよ、お嬢様はこんなに鈍感なのか?現実が見えていないのか?
しかし、シードにはメリアナを諦めさせる勝算があった
それは、、、
「ちなみに、基礎魔力をあげる方法ですが、平たく言うと筋トレでございます」
自信あり気に伝えるシードにメリアナの瞳は怪しく輝いた。
見てくれてありがとうございます!
メリアナの成長を一緒に見守っていきましょう!笑