始末はきっちりとつけてみせましょう(3/3)
「何が知りたいの?」
ナデジュちゃんの私室は、壁にいくつかの上品な絵画がかかっている落ち着いた内装の部屋だった。
年頃の女の子の居室にしては殺風景にも見えるけど、浮ついた雰囲気のないところはしっかり者のナデジュちゃんのイメージにぴったりだ。
白いソファーに座ったナデジュちゃんは、複雑そうな顔でわたしを見ている。「何が知りたいの?」なんて聞いてきたけれど、義姉がどう答えるかなんてお見通しだって言いたげだ。
「わたしの浮気のこと」
端的に返す。
「相手はどんな人だったの?」
「アタシが教えたら、義姉様はその人のところへ行くつもり?」
ナデジュちゃんは食ってかかるように尋ねた。
「そんなの許さないよ! 兄様を裏切るようなマネなんか、絶対にさせないんだから!」
「そんなことしないわよ」
わたしは断言した。
「ナデジュちゃんが教えてくれたら、確かにその人のところへ行こうと思ってるわ。でも、それは駆け落ちのためじゃないの。もうあなたとは会えません、って言いたいのよ。わたしには夫がいるから、って。フローランさんが大好きだから、って」
身を乗り出し、ナデジュちゃんの肩を両手で掴む。
「二十二歳のわたしがしでかしたことは、十七歳のわたしが始末をつけるわ。今までだって、ずっとそうしてきたもの。わたしは悪女でいるのをやめた。今度はこの爛れた関係を清算するのよ」
「……本当に?」
ナデジュちゃんは不安そうだった。
「本当にまた戻ってきてくれるの?」
「もちろんよ」
しっかりと頷いてみせる。
「わたしはフローランさんの妻、マルグリット・ドゥ・ロワイヤルなのよ。だったら、帰ってくるのはここしかないじゃない。このロワイヤル家しか」
「義姉様……」
ナデジュちゃんの表情に少し明るさが戻ってきた。
「変なの。二十二歳の義姉様が同じことを言っても、絶対信用しなかったと思うのに……。今の義姉様なら信じてもいいかもって思えてくるの。やっぱり、十七歳の義姉様の方が好きだよ」
「話、聞かせてくれる?」
「……うん。アタシの知っている限りのことを教えるね」
協力的になったナデジュちゃんは、考えをまとめるように目を瞑る。
「義姉様が愛人と会っていたのはドルレアン銀行だよ。多分、義姉様はあそこに『382』以外の貸金庫も持ってる。その庫内で、愛人と密会してたの」
「金庫の中で?」
「義姉様、貸金庫に入ったことあるでしょう? ちょっとした部屋くらいの大きさはあるし、不可能じゃないよ。それに、その辺の宿屋で会うよりもよっぽど安全じゃない。あそこはセキュリティばっちりだし、行員は口が硬いし……。ドルレアン銀行の貸金庫を秘密の会談場所として利用してる貴族って、結構多いんだよ」
さすがナデジュちゃん。情報通だ。
それに、これでやっとナデジュちゃんがドルレアン銀行の頭取さんを目の敵にしている理由が分かった。彼を見ると兄嫁の不貞を思い出すから、不愉快な気分になっていたんだ。
「わたしの浮気相手ってどんな人なの?」
「分からない。顔は見たことないから」
ナデジュちゃんは無念そうに首を振る。
「義姉様はたまに夜通しどこかに出かけて、朝まで帰って来ないことがあるの。アタシ、おかしいと思って何回かつけたんだ。それで、義姉様がドルレアン銀行の貸金庫に通ってるって分かったの」
「え、それだけ?」
意外な事実に拍子抜けしてしまう。
「わたしが銀行に通ってるってだけじゃ、浮気ってことにはならないと思うけど……」
「なるよ」
ナデジュちゃんは固い表情だ。
「愛人との密会以外に、一晩中誰も立ち入らない金庫で何をしてるっていうの? しかも、銀行から出てきた時の義姉様は、いっつも楽しそうにしてた。幸せいっぱいって顔だったんだよ。アタシ、あんな義姉様を見るのは初めてだったから、すぐにピンときたの。あれは余所に愛を見つけた人の顔だ、って」
ナデジュちゃんは膝の上に置いた手をきつく握りしめる。
「しかも、義姉様は銀行へ行く時はいつも慎重に行動してた。わざと遠回りしたり、ロワイヤル家の馬車は使わなかったり。誰かに見られるのを恐れてたんだよ。それに、浮気相手も義姉様と同じくらい用心深い人だと思う。アタシがどれだけ頑張っても、尻尾を掴めなかったから」
「なるほどね……」
確かにここまで慎重に行動していたとなると、浮気を隠そうとしていると言われても納得できる。
ナデジュちゃんの話を聞き終わったわたしは、自分のするべきことが見え始めてきた。
まずは、『382』以外の貸金庫のカギを見つけないといけない。
その部屋にはきっと、わたしが愛人と密会していた証拠が詰まっているんだろう。そして、発見した手がかりを元に愛人の身元を特定して、お別れを告げる。
そう、「永遠にさようなら」するんだ。
わたしが貸金庫の移転を計画していた理由も何となく分かってきた。浮気の証拠隠滅のためだ。わたしは不都合な事実を全部なかったことにしようとしたんだ。
「話してくれてありがとう、ナデジュちゃん」
わたしのお腹がぐぅうと鳴る。急に活力が戻ってきて、早く夕食を取りたくて仕方がなくなってきた。
「ナデジュちゃん、ご飯にしましょう! 腹が減っては戦はできぬ、よ!」
「……そうだね」
ナデジュちゃんが微笑んだ。
わたしは義妹と連れだって食堂へ向かう。道中、フローランさんとも合流した。
「何だかよく分からないが、元気が戻ったようだな、マルグリット」
「はい。ご心配をおかけしました」
兄妹に挟まれ、廊下を歩く。二人の傍は居心地がいい。この生活を捨てるなんて、十七歳のわたしにはできそうもなかった。二十二歳のわたしはどうかしていたとしか思えない。
待っていてくださいね、フローランさん。わたし、今度こそちゃんとあなただけのマルグリットになってみせますから。
決意を込め、わたしは心の中でそう呟いた。




