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目覚めたら、婚約破棄の5年後でした ~わたしが悪女? 旦那様が妹の元婚約者? 記憶にございません!~  作者: 三羽高明@『廃城』電子書籍化


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10/23

悪女になんて負けません!(1/2)

 翌朝。わたしはドルレアン銀行へと向かった。


 受付にカギを見せると、奥の部屋に通される。そこに頭取を名乗る男性が現われた。


「あっ……」


 思わず声が漏れる。頭取さんは、昨日のパーティーでダンスに誘ってきた口ひげの老紳士だったのだ。


「またお会いいたしましたな」

「この銀行の方だったのですね」


 なるほど。「今後ともぜひわたくしどもをお引き立てください」みたいなことを言ってたけど、あのセリフの意味がやっと分かった。わたし、この銀行のお得意様だったのね。


 ナデジュちゃんが「あの人にはあんまり近づいちゃダメ」って注意してたから危ない人かと思ったけど、全然そんなことないじゃない。しっかりした地位についてる、ちゃんとした人だわ。


「わたし、貸金庫の中身を確認しに来たんです」


 例のカギを見せると、頭取さんは「承知いたしました」と慇懃いんぎんに礼をする。


「こちらへどうぞ」


 入ってきた時とは別の扉を抜ける。たくさんの警備員たちが守るドアをいくつも潜り、広い通路に出た。壁際には、わたしの背丈の倍くらい大きい重厚なドアがずらっと並んでいる。


 その光景に、背筋が冷たくなるのを感じた。窓のない閉鎖的な空間、独房みたいだわ。この間元婚約者に会うために行った牢獄を思い出しちゃう。


 頭取さんはある金庫の前で足を止めた。扉には「382」というプレートが貼り付けられている。


 よく見ると、フローランさんがくれたカギにも同じ番号が彫られていた。なるほど。このカギはこの金庫に対応してるってことね。


「では、ごゆっくり」


 頭取さんはお辞儀して去っていく。本当に礼儀正しい人だ。廊下には、わたしだけが取り残された。


「待っててね、お宝……」


 興奮しながら呟き、カギをカギ穴に差し込む。ゆっくりと回すと、カタカタと歯車が回る音がして扉が開いた。


 期待に胸を高鳴らせながら入室する。


 大きさは、ロワイヤル家でわたしが使っている寝室と同じくらい。そこそこスペースがあるお陰で、金庫というよりも「部屋」って感じだ。


 室内には、かなり大きい棚がいくつも設置されていた。詰まっているのはたくさんの書類。お宝の地図だわ!


 はやる思いで手近にある一つを手に取った。ドキドキしながら内容を読み解いていく。


 胸の高ぶりが消えるのを感じたのは、それからすぐのことだった。


「何、これ……」


 困惑しながら別の書類を手にした。その次も、そのまた次の書類にも目を通す。


 そんなことを何回も繰り返し、ようやく認める気になった。


 ここにあるのは宝の地図なんかじゃない。


 ある貴族家が税収を誤魔化していた証拠、王立研究所の職員の手によるデータ改ざんの履歴、廷臣たちの贈賄に関する証言……。


 どれもこれも、誰かしらの弱みに関係した文書だったのだ。


 二十二歳のわたしがこれをどう活用していたかは、簡単に想像できる。


「わたし……やっぱり悪女だったんだわ……」


 フローランさんやナデジュちゃんが言っていた。わたしはロワイヤル家の敵になりそうな人たちの周辺を探ってた、って。時にはスパイを雇うこともあった、って。


 これがそのスパイが集めてきた調査結果の数々なんだ。わたしはこれを利用して、邪魔な人たちを蹴落としてきた。多分ここを探せば、元婚約者を破滅させた時に使った資料も出てくるだろう。


 昨日のパーティーで皆がわたしにやけに親切だったり、そうかと思えば怖がっていたりしていた理由がやっと分かった。


 皆、わたしがどういう人間か知っていたんだ。だから、目をつけられないように親しげに振る舞っていた。自分も牢獄行きにならないで済むように、って。


「どうしよう……」


 頭を抱えながらドルレアン銀行を後にする。


 わたしは二十二歳の自分が悪い女だと理解していたつもりだった。


 でも、本当は何にも分かっていなかったんだ。ここまでとは思っていなかった。冬に備えてせっせとエサを溜め込むリスみたいに、他人の秘密をコレクションしていたなんて。そして、必要とあらばその情報を嬉々として使用していたなんて……。


「……無理」


 無理だ。本当に無理。


 純真な十七歳のわたしには、とてもじゃないけど同じ振る舞いはできない。


 新しい生活に馴染まないといけないと思っていた。そうしなきゃ記憶は戻らない、って。でも、こんなのは無茶だ。このわたしが悪い女性の真似事をするなんて!


「コペル家へ行って!」


 銀行の外に停めていた馬車に乗り込み、御者に命じる。


 十七歳のわたしは、二十二歳のわたしと同じになんかなるもんか! もう悪女はお終い! パーティーにも出ないし、スパイも雇わない! 開き直って、今日からは五年前みたいに過ごすのよ!


 わたしの訪問に、コペル家の人たちは皆驚く。でも、それに構わず自室に直行した。


 いくら五年前の生活習慣を取り戻そうとしたからといって、夫のいる身でコペル家に住み続けることはできないだろう。


 だから、実家にいた頃に愛好していたものをロワイヤル家へ移そうと思ったんだ。大量の本とか、ぬいぐるみのラングドシャ卿とか。


 本当は昨日持っていくつもりだったんだけど、パーティーに気を取られてすっかり忘れていたのである。


 けれど、自室に辿り着いたわたしは呆然と立ち尽くしてしまった。


「も……物置になってる……」


 室内には、使用していない家具や飾る場所が見つからなかったであろう美術品などが適当に詰め込まれていた。わたしは近くを通りかかった使用人に食ってかかる。


「何でわたしの部屋がないの!? まさかわたし、こんなところに住んでたってこと!?」


「え? ええと……?」


「はっきり言って! どうなのよ!」


「部屋なんていらないでしょう」


 車輪が床をこする音がして、従者が押す車椅子に乗った妹がやって来た。


「サブリナ! 部屋なんていらないってどういうこと!?」


「だって、お姉様は結婚して家を出て……ああ、そうか。記憶がないんだったわね」


 サブリナはわたしに詰め寄られて半泣きになっていた使用人を下がらせた。


「五年前、屋敷が差し押さえられちゃったでしょう? それで、わたしたちは領地にあるコペル城に帰った。その間に、お姉様はフローランさんと結婚したの。だから、王都に戻る頃にはこの屋敷にお姉様の部屋は必要なくなってたってわけ」


「じゃあ、この部屋に置いてあったものは? 本とか、ぬいぐるみとか……。あっ! コペル城にあるのね!」


 屋敷が差し押さえられた後はコペル城で過ごしてたんだもんね! でも、サブリナは「ないわよ」と返した。


「お姉様、本当に何にも覚えてないのね。本もぬいぐるみも、『こんなものはもういらないわ!』って言って、書庫にあった分も含めて全部捨てちゃったじゃない」


「す、すて……?」


「お父様の投獄とか、婚約解消とか、色々あったじゃない? それで、お姉様はすっかり参っちゃったらしいわ。『今までの自分と決別する!』って、これまで好きだったものを全部手放して、新しい自分に生まれ変わろうとしたみたいよ」


「新しい……自分……」


 ほっそりとした手足、ツヤツヤのお肌、絶世の美貌、身につけた悪知恵の数々……。


 目覚めた時、わたしは自分の変身っぷりが信じられなかった。


 それもそのはずだ。このわたしは、十七歳の自分が何があっても捨てられないと思っていたものを切り捨てて作り上げたマルグリットだったんだから。


 そうまでしないとわたしは生まれ変われなかった。不幸から脱出できなかった。


 だけど……そうやって得たのは、本当にわたしにとって価値のあるものだったの?


「サブリナぁ~!」


 わたしは妹に泣きついた。サブリナの体に顔を埋め、おいおいと声を上げる。


「嫌だよぉ~! わたし、自分の大事なもの、何で捨てちゃったのぉ~!」


 可愛い脂肪。大切な本。一番の親友。


 十七歳のわたしが顧みもしなかったものさえ、今はとても重要に思えてくる。それらが全部手元にないことに、たまらなく不安な気持ちになっていた。


「わたしのバカぁ! 嫌い、嫌い! 大っ嫌い! わたしなんて、サラダを喉に詰まらせて死んじゃえばいいんだわ!」


「お姉様、落ち着いて」


 サブリナが困ったようにわたしの頭をよしよしと撫でる。


「子どもみたいに泣かないの。ほら、しゃんとしなさい」

「子どもだもん! 成人するのは十八歳からだもん!」

「お姉様は二十二歳でしょう」

「違う! 十七歳よ!」

「まったく、もう……」


 サブリナは仕方なさそうにため息を吐く。ポケットをガサゴソと漁り、そこから出てきたものをわたしに見せた。


「ほら、イチゴのキャンディーよ。食べる?」

「うっ……ぐすっ……。食べる……」


 しゃくり上げながら包み紙を解き、中身を口に入れる。甘くて懐かしい味がした。傷付いていた心が、少しだけ癒やされる。


「本ならまた揃えればいいでしょう?」


 サブリナが優しい手つきでわたしの髪を撫でた。


「ぬいぐるみだって買えばいいわ。ほら、あの何とか卿ってちょっとボロくなってたじゃない。この際、新品に乗り換えましょうよ」


「嫌。わたしはラングドシャ卿がいいの」


 サブリナは分かってない。


 確かに同じ本なら内容は一緒。でも、その本は就寝前のわたしをいつも違う世界に連れて行ってくれた冒険の書とは違う。


 それに、ラングドシャ卿の代わりなんてこの世界のどこにもいない。わたしの親友は彼だけだ。


 でも、本も友だちもどんなに泣いたってもう戻って来ないのも事実だった。


 だったら悲しいけど、サブリナの言う通り代わりを見つける方がいいのかしら?


 この胸の穴は絶対にふさがらない。だけど、別のもので穴を埋めて、見えなくすることくらいならできるかもしれないから。


「お姉様、本当に髪の毛サラサラね」


 サブリナが柔らかな口調で言った。


「どんなお手入れしてるのか教えてよ」

「分かんない。何とかアドバイザーさんがやってくれてるから」


 涙を拭って立ち上がる。


 そうよ。悪女のわたしになんか負けてられない! あなたが捨てたものを……その代替品をわたしは見つけ出すの!

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