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林檎の容姿にレモンな彼女  作者: 柳葉 ひなた
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変わり者の2人の恋は誰にも手をつけられない

俺を見て皆、口々にこう言う。

『矢部って変わった奴だよな』


どうやら俺は相当な変わり者らしい。マジョリティーよりマイノリティーを好む俺は一般的には変な奴だった。

しかし、俺は自らをそのように思った事は一度もない。理由は明白。社会的に疎外されている訳でもなければ孤立感を感じる事もないからだ。友人だって数人ではあるがちゃんと居る。

とは言え、変な奴と言われる事に対して何も思わないどころか、寧ろ嬉々として誇りに思う時点で俺のこの自論は唯の白紙の企画書と同じなのだろう。


「おい矢部、明日の夜合コン付き合えよ。どうせ暇だろ?」

咥えていた煙草を灰皿に押し付けながら俺の肩に腕を乗せてきた谷崎はかったるそうに呟いた。煙草独特の焦げた匂いが鼻を突くと思わず一歩後退る。

すると、谷崎はニコチンで黄ばんだ歯を全面に押し出しながらわざとらしくニヤリと笑った。

「ったく、煙草臭いからくっつくなって言ってるだろ?」

眉頭の皺は一層深く刻み込まれる。大体、煙草なんて吸っていて良いのか?勤務中だぞ。


こりゃ上司にバレたらタダじゃ済まないだろうな。

「なぁ、良いだろ?”矢部くん”。」

谷崎は私の方に向かって手を揃え、ブツブツ念仏でも呟くかのようにしつこく誘ってくる。

『矢部くん』と呼ぶのは俺に頼み事をする時に使う彼の常套句だ。心の底では自分よりも仕事が出来ない俺を見下しつつもこういう時だけ謙る。まさに、交渉の魔術師とでも言うべきか。こんな感じで要領よく契約に漕ぎ着ける谷崎が羨ましい。


「分かった。行けばいいんだろ?」

俺が誘いを受けると分かると谷崎の顔から笑顔が消えた。先程までの気色悪い笑みが嘘のように一転、感情が読めなくなった。その顔の裏に隠された心は一体何なのか。俺には谷崎の真意が時々分からなくなる。

真顔のまま『じゃあな』とだけ残して颯爽とデスクに戻っていく後ろ姿を唯呆然と見ているしか無かった。




退社後、谷崎に連れられてやってきたのはハーモニカ横丁だった。

戦時中の闇市の名残か道幅は狭く、その上、酒屋の瓶やらゴミ袋やらが道を塞ぎ1人で通るのがやっとだ。薄暗い細路地に提灯の灯りはなんとも幻想的に浮かび上がる。

会社から一駅しか離れていない筈のこの場所だが、案外一度も来たことは無かった。

呑むなら家の近くだし、第一、ここは会社から近すぎる。

基本、人とは呑まない性分の俺は知り合いで溢れ返るこの場所より、一人でまったりと呑める隠れ家的な場所の方が好きだった。


「うちの会社でハーモニカ横丁に来たことないなんて矢部ぐらいだぞ。」

豪快に笑う谷崎は容赦なく背中を叩いてくる。案の定此奴は何度も足を運んでいるようだ。恐らくその大半は合コンなのだろう。先程から鼻の下を伸ばしっぱなしの顔を見れば聞かなくても分かる。


「その先のお店だよ。恵比寿って書いてあるだろ?」

瑣末な事を話している間にお目当ての店に着いたのか谷崎は足軽に暖簾を潜る。

濃紺の暖簾に白色の京まどか体で書かれた『恵比寿』の文字が闇とのコントラストを助長して俺には妙に悪目立ちしている気がしてならなかった。


「いらっしゃいませ。」

和装を施した小柄な女性が深々と一礼をすると藤の簪が揺れた。

「女将の君江と申します。」

歳は30前後だろうか。まだ若い筈なのに妙に落ち着きを払っている。少しは谷崎に見習って貰いたいものだ。

君江さんにまで色目を使い始めた此奴のことはもう放っておこう。

「お連れの方は先にお部屋にお通ししておきました。ご案内しますね。」

中年男性の扱いに慣れているのか、谷崎の攻撃をスマートに交わした彼女はお座敷へと案内してくれた。

外の路地とは雲泥の差の洗練された廊下を通る。胡蝶蘭の生けられた花瓶が慎ましくも高級感を高めていった。




君江さんは障子を開けて我々を中へ入るように促してくる。

和室の中に入ると女性が2人、入口と反対側に座っていた。金髪ギャルと清楚系女子という似ても似つかない2人が知り合いなのかと思うとこの世界も結構変人の集まりなのだと思わざるを得ない。


「矢部はどっち狙いだ?勿論、あの清楚な子は俺に譲ってくれるよな?」

有無を言わさぬ鋭い眼光で此方をキッと睨みつける。

これが谷崎のやり方だ。

自らのフィールドに連れ込んでしまえばこちらのものと言わんばかりに獰猛な獣に成り代わる。

そこに昼間の謙虚さなど微塵も無かった。

所詮、俺は谷崎を引き立たせるだけの存在。

まぁ初めから分かりきっていたのだが。


先に着くと軽く挨拶をを済ませて席に着く。

勿論、谷崎はお目当ての清楚系女子の目の前に陣取っていた。

「矢部、適当に料理頼んどいて〜。」

覇気のない声で俺に対して頼んだかと思えば、お目当ての子には猫撫で声で話しかける。

「ねぇ、自己紹介しよっか。僕は谷崎みつる。保険会社に勤めているしがないサラリーマンです。よろしく。」

そしてまるで人気アイドルにでもなったかのようにイケメンスマイルで最後の仕上げを施す。黄ばんだ歯がどうも不釣り合いだが谷崎自身は至って真剣だった。

昼間の気色悪い笑みが突如フラッシュバックしてきて思わず笑みが溢れる。

ここまで来ると、呆れを通り越して尊敬し始めている俺がいた。


「人ってここまで変われるのか…。」

溜息と共に漏れ出た俺の声など谷崎の耳に届く筈もない。当の本人は鼻の下を伸ばしながらたった今届いた生ビールを豪快に呑んでいた。


「えと、ウチは雛乃満里奈。アパレル店員やってまーす。で、こっちが」

金髪ギャルこと満里奈さんに紹介され、谷崎の本命ちゃんは静々と名前をいうと思っていた。

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