80 ラーバイ潰し
歓楽街、ラーバイ。
西から流れてくるグリ川の、南よりの中洲に作られた区画である。
歩いて出入りできるのは、北側の貴族街へつながる橋と、南側の平民街へつながる橋の二本のみ。
北の橋は、グリ川本流を渡る、長いもの。
いくつもの石のアーチを連ねた堂々たる橋である。
しかし目的地が目的地なので、そこを自分の家の馬車で通る者はほとんどいない。橋の手前に乗り換え場があり、そこからラーバイが運用する模様なし窓なし白塗り馬車を使って橋を渡るのがお約束だ。
タランドン城や貴族街で『窓なし馬車に乗る』というのはラーバイへ遊びに行くことを意味する。
また窓なし馬車の中で知り合いと出会ってしまい気まずい思いをしたり、どこの店のどの女性を相手にするのかの探り合いをしたりというのは、タランドンの貴族男性は大抵経験したことがあって、酒の席での定番の話題となっている。
一方で南の橋は、グリ川が分流した狭い流れに隔てられているだけの、短いものだ。
短いが、幅はかなり広い。
橋の上は広場と言ってもいいほどの面積がある。
その両端にそれぞれ門が設けられており、どちらも日没寸前に門扉が開かれ、日の出の直後に閉じられる。「門の向こうへ」というのは平民街でのラーバイへ遊びに行く表現であり、帰りそこなって閉じこめられた「閉ざされ野郎」というのは、女遊びに夢中になって名誉や家族の尊敬や財産を失う愚かな男の表現である。
そして今、南門が、今日の開門時間を迎えようとしていた。
そわそわした男たちがどこからともなく集まってきている門の前。
そこでもすでに色々な情報が飛び交っている。店についての噂話。遊女の、娼婦の、客の、様々な話。
あることについて賭けも行われている。
大きく傾いた太陽が西の地平に接したところで、まず最初の鐘が鳴り、街側の扉が開く。
なだれこむ男たちを迎えるのは、橋の上の広場。
そこから完全な日没までのわずかな時間、情報はさらに濃密に飛び交う。
人々の間を縫って、案内人が、今日はどこの店に新しい子が入っただの今日はどこの店の誰が病欠だのといった話を流して回る。
そして完全に陽光が消え去る瞬間に、鐘ではなく明るいラッパの音が鳴り。
派手な音楽と共に、ラーバイへ通じる門の上に、美女がひとり現れる。
着飾ったその美女は、ラーバイの三つの大店でもトップクラスの美妓か、それに匹敵する美貌を持つ中堅店の者。おおむね十人ほどのうちの誰かが持ち回りで登場することになっており、誰が出てくるかを予想するのが、ラーバイ通いの男たちが熱狂する賭けの対象なのだった。
なお、的中させると倍率に応じた賭け金の払い戻しがあるのはもちろん、出てきた女性のいる店の割引札も渡され、それが規定枚数たまると格安で店に上がることができることになっており、それも熱狂の理由である。
この日は、門前に群がる男どもを見下す、きつい顔をした、極上のスタイルの女性が姿を見せて、熱狂的なファンの男たちから野太い歓声を浴びていた。
「ああ、あの足に踏んでもらえたら死んでもいい!」
「頼む、頬を、頬を張ってくれ! その後見下しながら馬乗りになって唾を引っかけてくれ!」
人の好みや興奮するものは千差万別である。
「ラーバイ、開門!」
どのような容貌、衣装、仕草の女性でもこれだけは共通する、両腕を大きく上げて横に開く動作。大いにアピールされる女性の胸元に熱い視線が注がれる。
その宣言に続いて、重たく頑丈な門扉が開き始める。
誘うように内側へ開いた隙間から、男たちが飛びこんでいった。
店によっては最初の客に特別割引や濃厚サービスを行うところもあるのだ。それらを知り尽くした者たちが全速力を発揮する。
しかしもちろん大半は、悠然と歩いて、期待にニヤニヤしながら入っていく。
街の住民もいれば旅人もいる。集団で来る者もいればひとりでこそこそ入りこんでくる者もいる。この雰囲気だけで顔を真っ赤にしている少年、散歩のような顔でしれっとやってくる老人。
女性を伴っている者もいる。
快楽を提供する場所であるラーバイには、美酒美食を提供する店も多くあり、それ目当ての来客も少なくない。
――そうした、陽が落ちてから動き出す、華やかな街並みを、橋の向こうから見つめる目があった。
「『2』と、『3』が入った。見とがめられた様子はない」
「『四女』は中にいるわ。でも『剣』が、もう近くにいる。かたわらに、ではないようだけど、同じ建物の中ぐらいには」
「先を越されたか」
「仕方ないわ。準備不足で立ち向かうわけにもいかなかったし。とにかく、始めましょう」
門が見えるところにある建物の中の一室である。
豊満な美女が、床に描いた魔法陣の中央に脚を大きく組んで座り、精神を集中する。
それを前からのぞきこもうとしたメガネの女が、弓を持った男に襟首をつかまれ持ち上げられて、強制的に美女の背後へ移動させられた。
「ほーい、熱いのをどっぷりと挿入じゃなくて注入~♪」
「…………」
「誰も突っこんでくれないのは寂しいものだねえ」
作戦中は『8』と呼ばれるメガネ魔導師が、魔法陣の外縁真上に手の平を立てて、豊富な魔力を注ぎこみ始めた。魔法陣が輝き出す。
高度に制御されており、外部から感知することはほとんどできない。この人物はきわめて有能ではあるのだ。
魔法陣の中の『5』は呪文を唱え、魔法を組み上げる。正式な魔導師が見れば眉をひそめる、外法あるいは呪法とさげすまれるものだ。
ほどなくして、魔法陣から靄が湧き起こり、風もないのに室内から窓の外へ流れ始めた。
大半の者には見ることができず、魔力を感知できる能力がある者には、桃色の靄のように感じるだろう、うっすらとして形のないものが大量にあふれ出る。
膨大な量のそれが、生き物のように、橋を越え、川向こうのラーバイへ流れこんでいった。
「ふっふっふー、やっぱ邪魔なやつらの本拠地だけあって、『流星』封じ、投擲物封じ、炎制御、撥水結界、魔法感知、感情制御……ありとあらゆる魔法防御が施されているねえ。しっかーーーし! 場所が場所なので、これを防ぐことは絶対にできない! そ・れ・は!」
「性欲増大か。考えたものだ」
「あーっ、バンディルくん、じゃない『4』番くん! それ私が言いたかったのに! 言うはずなのに!」
「魔力供給を続けろ」
「君は面白みが足りない! 何もかも固すぎる! もっと頭も心もやわらかくしておもしろおかしく生きることをおぼえるべきだ!」
「不要だ。愛する女がおり硬さには十分満足してもらえている。それ以上何がいる」
「う…………の、のろけられた上に先に下ネタ出された! だめだっ、これには勝てないっ、マジすぎるやつだからからかうこともできない! その相手も目の前にいるとなるとまして!」
桃色の靄が勢いを増し、それとは別に魔法陣の中の美女の指が動いて何かを弾いた。
小石がやかましい女の額に正確に命中しめりこんだ。
「いでぇ! 死ぬ! 本職のつぶては死ぬから! 私が腕のいい魔導師であらかじめ自動治癒かけてなかったら今ので死んでるから!」
「いいから魔力供給を続けなさい」
「ぐぬぬ……やーい、男もちー、やりまくりー、耳まで真っ赤ー、硬いので毎晩愛してもらえる幸せ者ー」
「任務があるので毎晩は無理だ」
「ぐへっ、吐血する、甘すぎて死ぬ。ファラ・リスティス、歓楽街を目の前にしながらやりまくり夫婦にあてられて死す……」
「そのまま死んで」
「いやいやこれはむしろ好機か!? 二人の子供が男の子なら、育った頃に美味しくいただく、いや美味しく育つようにあらゆる手を尽くして……むふふ、むふ、むふ、私を母と呼ばせた上で禁断の行為に挑戦してみるのって最高かも!?」
「ファラ殿、失礼する」
「むがーーー!?」
「猿ぐつわの行使は、セルイ様より許可されていたな、ギリア」
「ええ、バンディル。ありがとう。続けるわ」
さらにあふれ出る魔法の靄は、橋を越え川を越え、千を超える人数が居住しその何倍もの人数が訪れる歓楽街へ、とめどなく流れこんでいった。
その、歓楽街の中。
「おっ!?」
「あ…………」
人々が、体の異変をおぼえはじめた。
前かがみ。あるいは顔を赤く。目が充血。息が荒く。
それは男性のみに発生したわけではなく。
女性も、同じように体温の上昇や息の乱れ、強い動悸と体のうずきに襲われはじめていた。
「ああ……!」
とある店の中。
客の男と店の女が酒を酌み交わしつつ、この後、奥の部屋で楽しむための料金交渉をしている途中で。
男が鼻息荒く女の胸に手を伸ばした。
「だ、だめ……だめよぉ……」
交渉成立前のお触りは厳禁、という店のルールが体に染みついているにもかかわらず、女はそれを拒まず、それどころか目を切なく潤ませ息を乱した。
そういう行為を目ざとく見つけ制止するはずの店のマダムも、常連客に自分からしなだれかかって、それどころではない様子。
店の用心棒も、普段から見慣れているはずの店の女の子たちに血走った目を向け、最も好みらしい相手に飛びかかっていった。
そして――そういう雰囲気そのものを、離れたところから見ている、目立たない者がいる。
「おかしいぞ、これは、おかしい! 上に報告を――」
自らも女体への異様な欲望をおぼえつつ、それに溺れず身を翻した――その背後から、長い針が突き立てられ、心臓に達した。
「隙だらけじゃのう。そこにこそ『風』は吹きこむ」
同じく目立たない、この街ではどこにでもいるような老人は、ニヤニヤ笑いながら『台』の一員の死骸を床に座らせその手に酒瓶を持たせ、酔っ払いがのびているように見せかけてから、次の獲物を探して移動していった。
到るところで、男たちが女に群がり、女もまた積極的に男に応じる、淫靡な光景が展開する中――。
「ぶっ殺すぞこの野郎!」
「やれるもんならやってみろ!」
ラーバイという中洲を南北に――「く」の字に貫く大通り。
南北を一直線につないでいないのは、ここがまだ他勢力に攻めこまれていた頃の、防御施設として使われていた頃の名残だ。
左右にきらびやかな店が軒を連ねる広い通りの真ん中で。
「こいつは俺のもんだ!」
巨漢が、他の男が抱きついていた女を、男を殴り倒して奪い取り、高々と持ち上げた。
脚のつけ根から下着から胸のふくらみから、ほとんど丸出しの女体が衆目にさらされる。
それを見た周囲の男たちが目の色を変える。
叫ぶ。わめく。拳を突き上げる。
性欲というのは征服欲、暴力欲にもつながり、欲に突き上げられた者たちの激情は容易に爆発する。
奪われた男が血相を変えて、女を持ち上げているため両腕の使えない巨漢に飛びついていった。
その顔面が、巨漢の膝蹴りに粉砕される。
血まみれになって吹っ飛んだ姿に、周囲の者が喚声をあげる。
嘲笑であれ恐怖であれ、感情が激しく動く。
その感情に性欲が乗る。
より一層の血を、騒ぎを、狂騒を求める。男も女も区別なく。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
路上の誰もが怒号し、叫び、暴れ回り始めた。
到る所で殴り合い、つかみ合い、女の奪い合いが。
そういう中で理性的、組織的に動こうとする者は、きわめて目立ち――。
「うらぁぁぁぁ!」
巨漢が、持ち上げた人間をそういう者に叩きつけた。
倒れた二人を――「理性的な者」だけ首を折って命を絶つ。
傍目には、強いやつにやられた二人が重なって伸びているようにしか見えない。
「おらぁぁぁ! いい女は全部俺のもんだぁ! 文句あるやつ、かかってこいやぁぁぁ!」
咆哮する。
オスの闘争本能をかきたてられた、ケンカ自慢の者たちが目の色を変えて突撃してくる。それらの股間は盛り上がっている。受ける巨漢も屹立している。猛り立ちつつ激突する。人間が次々と吹っ飛ぶ。飛ばされた者が他の者にぶつかり、そこでもまた殴り合いが発生する。
尋常ではない争闘が発生したとあって、各店のいかつい用心棒たちが飛び出してきた。
それにくっついて、店の小者の格好をした、ラーバイの本当の治安を担当している者たちも駆け寄ってくる。暴れているものをなだめようとするふりをしてしびれ薬を塗った針を刺したり、動きを止めて用心棒に一撃を入れさせたりする真の実力者たち。
それらの者が、次から次へと、細い矢に射貫かれて倒れていった。
「よし」
「あぁ……」
物陰から的確に目標を片づける、愛する男の素晴らしい弓の技量に、この事態を引き起こした豊満な女魔導師が陶酔に浸る。
たっぷりと性欲増大の靄を流しこんでから、二人してラーバイに入りこんできた。
余計なことをわめきまくるメガネの女魔導師は、縛り上げて、置いてきた。
ここからはもう二人だけだ。
「射る相手がいなくなれば、お前を射抜く」
余計なことをほとんど言わない男がそう言って、女魔導師は耳まで赤くなり、ほとんど腰を抜かしかけた。
愛する男も自分自身も、自分が発生させた桃色の靄に影響されている。
それでも周囲の者たちのように絡み合っていないのは、原因がわかっている上に、任務があるからだ。
「まずいわ、『剣』が『四女』のもとに!」
「またしても我らよりわずかに先を行くか」
静かに命を懸ける男に、無限の愛をこめて、『5』は全力で『隠蔽』『強化』『守り』の魔法をかけた。
「おおおおぉぉぉ……たぎる、燃える……わかる、わかるぞ、やつらのにおいが、今こそ、鮮明に、肌のにおいが……俺から逃れることなどできぬ……」
ハァハァ息を荒げ、ほとんど四つん這いになりながら、闇に沈んだ船着き場からラーバイに入りこみ、暗い地面を這ってゆく猫背の男。
その目は欲情にぎらつき、股間も盛り上がっているのがはっきりわかる。
桃色の靄は味方にも影響する。
事前に知っているかどうかが、敵とこちらの違いだ。
「キモい」
一応は同僚たる『6』を容赦なく評したレンカだったが、相手を追うということに関しては、この『6』の方があの頭のおかしい魔導師よりよほど信頼できる。
あの魔導師は、絶対に、仲良くなれないやつだ。
自分の体のことを、初対面で即座に見抜いてきた。
自分は、自分だけは、桃色の靄の影響を受けない。
その理由を見抜かれた。
平民だから殺すことができないのが、本当に口惜しい。
貴族出身だったら、すぐに首をはねてやったものを。
せめてあの自慢げな胸のふくらみだけでも削ぎ落としてやりたいものだ。
「なんだ、てめえ!?」
ここの従業員でもある荒くれ者に見つかった。
『目よけ』こと認識阻害効果のある布をまとってはいるが、『6』の荒い息と異様な雰囲気のせいであまり効果を発揮していない。
レンカはあえて顔を見せた。
「ガキか!? どっちだ!? いや、そのツラならどっちでもいい! 穴! 使わせろ!」
性欲増大魔法、桃色の靄の作用で、即座に目の色を変えて飛びついてくる。平民だが、クズだ。存在価値なし。
感情丸出しで体も変調をきたしている相手に、指一本触れさせることもなくレンカは刃を振り抜いた。
相手はそのまま駆けていって水中に没した。
そちらに一瞥たりともくれることなく、猫背の男、いや今は犬である『6』がスルスルと建物に入ってゆく。
「こっちだ、いるぞ、あれが、あいつらが、いる、あそこに、いる……!」
周囲の様子も人間も無視して目標を追う、さかりのついた犬。レンカはそれを守って剣を振るう。
動作に一切の無駄はなく、声を出すこともなく、必要最小限の動きですませる。
犬とレンカに気づいた者はみなすぐに動かなくなる。
気づかなかった幸運な者だけが、自分の幸運に気づくこともなく、生き延びることができた。
「いた」
時折レンカは犬から離れる。犬の嗅覚とは別に、レンカ自身の嗅覚で感じ取る。自分たちと同類のやつ。すなわちこの土地の忍び、『台』の者。それを確実に殺してゆく。
本来ならそれぞれが強敵だろうが、ほとんどが前かがみで動きが鈍く、あるいは異性にしがみついていて、殺すのはたやすかった。
「おおお……ここだ、ここにいたぞ……!」
犬は、よく整った清潔な区画に入りこんだ。
そこら中に、自分と大差ない年齢の女の子がうずくまっている。
「はぁ、はぁ、ミオぉ……体、へんなのぉ……」
「私も、変だよ、熱いのぉ、おかしいよぉ……」
性欲増大の魔法にあてられ、しかしこみ上げてくるものが何なのかよくわかっていない少女たちが、しがみつきあって、うめいている。
どういう感覚がこの少女たちを襲っているのかレンカにはわからない。このような体でなければ自分も、こんな風に無様な姿をさらしていたのだろうか。
「あ、あ、あ、あ……!」
もう少し年齢の高い、腰に帯を巻いた少女たちが、出入り口を守っていたのだろう武装した男たちにのしかかられ、よろこびの声をあげながら脚を巻きつけていた。
自分たちと同じ『目よけ』の布をまとっている者がいた。柱にしがみつかせた少女を後ろから貫いている、その延髄をレンカはえぐった。
きわめて淫靡な空間だが、「犬」は一切気を取られることなく移動し続け、レンカもまた何も感じることなく冷静に任務を遂行し続ける。
「ここにいる!」
犬が断言した。
渡り廊下の先にある、ひときわ大きく華やかな建物。
裏側から見ているので薄暗い巨大な建物にしか見えないが、表側から見ればラーバイでも最上級の偉容を誇るあでやかな娼館だろうということは、照明の様子から容易に想像できた。
その内部に入りこみ、犬がかぎつけるままに複雑な通路を進んでゆくと――。
「あ」
「…………」
弓を手にした『4』と、目を潤ませた『5』に合流した。
嗅覚と魔法具と、両方が示す以上、目標の存在は間違いない。
「遅いぞ、ひよっこども」
『3』が通路の先から姿を見せた。
「え、どうして?」
「『5』、お主の視線の先がこの店だったからの。ここにはかつて上がったこともあってのう。隙だらけのやつらを一足先に片づけておいたわい」
『目よけ』の布を引き上げ歯を見せて笑う。
その顔つきは精気に満ちあふれ、姿勢も腰の曲がり具合が少なく、いつもの老人よりも二十も三十も若返っているように見えた。
「『5』よ、この呪法はたまらぬな。久方ぶりにたぎっておるわ。ゆえに、わしより前に出るでないぞ。その尻は今のわしにはきわめて目の毒じゃ」
「……あんた、本当に、じーさん?」
「『7』よ、おぼえておけ。老いるというのはな、力が失われるのではない、出すことができなくなるだけなのだ。力そのものは体に残されているのだよ。したがって、出せるようになればこのとおりじゃ」
その言葉通りに、他の者がついていくのがやっとという速度で、『3』は通路を進んでいった。
途中、店の者に出くわすこともある。
「ああっ、あっ、あっ、あっ、昔のっ、ままっ! すてきっ!」
「ま、待って、くださいっ、マノン様っ!」
今は白髪だが若い頃はさぞ見事な美姫だっただろうという老女が、同じく若い頃はきわめて精悍だっただろう初老の男にまたがって、腰をくねらせていた。
他にも、黒髪の女がうつぶせで倒れて腰を痙攣させていたり、筋骨たくましい男たちが互いにからみあっていたりもした。
いずれも同業者たる『台』の気配はさせていなかったので、五人は無視してスルスルと進んでゆく。
「そこだ……!」
この建物の、最奥部。
作りは豪奢だが、逃げ道は今いるこの通路のみ。実質牢獄も同然の、人を閉じこめ、あるいは閉じこもるための場所。
そこへ入りこむための扉は、外からは開けられない構造になっていた。
靄にやられているのだろう、『台』の者がうつろな目で立っていた。全員がほぼ同時に攻撃したので、誰がやったのかもわからないほど切り刻まれて肉塊と化した。
凄まじい血臭の中でも『6』の鼻は少しも惑わされない。
「ここだ、いる、やつらがいる……!」
扉の前に、五人がそろい、戦闘態勢を整えた。
レンカは喉を鳴らした。
ついに、あのとんでもない相手と、剣を交え、命をやりとりする。
ここまでとうとう、相手が貴族かどうかはわからないままだった。
だが、王族たる『四女』を守るのなら、それは貴族側ということだ。
ならば殺すべき。
あの屈辱の大失態も、ここでつぐなう。
レンカは左右の手に愛剣を握り、身構えた。
扉は『5』が開いた。
脇の長い棒を引くと、仕組みが動いて、きしむ音と共に扉が左右に割れ始める。
その真正面に立ち弓矢をかまえる『4』。魔法がたっぷり付与された、必殺の威力を持つ矢を彼は同時に四本放てる。
扉に身を隠しつつ飛びこむ態勢の『3』と『6』。どちらも目の色が普段とまったく違う。欲望と戦意が練り上げられている。
レンカは『4』の前でかがんで構える。室内からの攻撃を受け止める盾の役目を果たしつつ、まず『4』が矢を放った後、『3』と『6』に続いて突入する。
(いつもと違うじーさんと犬はやられるかもしれないけど、普段どおりの自分が決める!)
閉ざされていた扉が開き、内側から、ひときわ濃密な桃色の靄があふれ出てきて。
「…………どういうつもりだ」
けだるげな、女の声がして。
時が止まった。
血風が渦巻いた。
ついに激突。カルナリアが変調をきたした靄の原因も判明。突入した者たちは何を見るのか。何が起きるのか。
次回は番外編です。番外編その2「受難の日」。残酷な描写、性的描写あり。




