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77 情報屋

少し時系列は戻り、場面も視点も変わります。


 タランドンの、水路ばかりの、平民街。


 そこを朝からリンテは駆け回っていた。


(いったい、何が起きたんだ!?)


 異常なことがたてつづけに起きている。

 何が起きたのか、なんとしても把握しなければならなかった。


 リンテは、情報屋である。


 四方から多くの人が訪れるこの街の、様々なことを知り、求める者に売り、あるいは買い取る。


 旅人にはいい宿屋や必要な買い物のできる店を教える。

 代わりに他の土地の話や途中で見聞きしたものを教えてもらう。


 店の者からは、見かけた変わった者、気になることを教えてもらい。

 役人や衛兵たちにも伝手を作っておき、そちらからの情報をこっそり流す。


 自分の縄張りであるこのあたりについては、城から区の代表とされている役人よりも自分の方がずっと詳しく、従って自分こそがこの地区の本当の支配者だと思っていた。


 その自分が、()()()()()()について何も知らないということは許されない。


 ましてそれが、城に、侯爵家に、場合によっては東で起きているという戦乱にも係わることかもしれないとあれば。


 ――夜明けからしばらくは平穏だった。


 リンテも、普段通りに動き出し、昨夜のうちに起きたこと、知った情報をとりまとめ、「売り物」として整理していた。


 王都で第一王子ガルディスが挙兵し、国王が討たれたという大事件が起きて以来、一日に何度も『流星伝令』が街の上空を飛んでゆく。


『流星伝令』が持ってくる情報は、通常のものとは別格の扱いで、城の担当者から貴族街へ、平民街へと流れてくる。

 情報屋の元締(もとじ)めからそれを受け取り、必要と判断できる範囲で街に広めるのも自分の仕事のうちだ。


 特に今は、東の戦況を気にする者が多いため、それに関わる情報は高く売れる。


 したがって『流星伝令』の出入りは、リンテに限らず、この街の情報屋なら誰もが注目していた。


 その『流星伝令』が、先ほど、リンテの縄張りに降りてきたのだ。


 それも、緑色に輝く星が、赤く輝く星と共に。


 赤い『流星』があるなど聞いたこともない。

 特別な、本当に特別な伝令か。


 伝令が飛び先の目測を誤って、平民街に降りてしまうことは、(まれ)にだが起きる。

 しかしほとんどの場合、すぐ飛び上がり、城へ行ってしまうだけだ。


 ところが今回は、城へ飛び直すのではなく、降りてきたまま、消えてしまったのだ。


 リンテが駆けつけた時には、広場はざわめきに包まれていた。


 顔見知りに話を聞くと、足首を光らせていた大小の二人組は、街路に駆けこんでいったとのこと。


 目端の利く、たちの悪いやつらが後を追いかけていったそうなので、リンテは普段から使っている子供を集めてそちらの情報収集をまかせようとした。


 すると、広場に、また別な『流星伝令』が降りてきた。


 女だった。


 すぐ動く連中は先の者たちを追っていってしまったので、みな遠巻きにするばかり。


 好機と見てリンテは進み出た。

 自分の見た目は、丸顔で腹の出ている、人当たりのいいおじさん、だ。警戒されることがほとんどない。だからこそ様々な相手から話を聞くことができる。


 が、その後から、さらに次々と『流星伝令』が降りてきた。


 ありえなかった。

 この街で四十年生きているリンテにも初めての事態だった。


『流星』は、この国全体でも二十個ほどしかない、きわめて貴重な魔法具だ。


 タランドン侯爵家は、西方国境守備の役目があるために、特別に三個の所有が許されている。


 それ以外のものも、どこの貴族家がいくつ所有しているかはすべて把握されている。

 超高速で移動する『流星伝令』は、伝令任務のついでに手紙や小物を運ぶ役目も引き受けているからだ。

 依頼料はかなりの高額だが、それでも遠方の情報が素早く手に入るメリットは大きく、貴族、大商人たちが活用している。所有する貴族家にとっても馬鹿にならない収入となっている。したがって『流星』がどこにあるのかは、ある程度以上の富裕層には広く知られている。


 その、超のつく貴重品を使用した者たちが――七人も。


 しかもみな、貴族らしくない。

 ひどい猫背の男や、子供すらいる。


 すでに近づいてしまっていたリンテは、彼らのたたずまいに、ピンと来た。


 似た者たちを知っていた。


 自分たち情報屋の、さらに上の組織の者たち。


 この街、この領全体を影から守っている、普通に生きている者たちの前には姿を現すことのない、闇に生きる者。


 タランドン領の忍び組――『(うてな)』。


 彼らの求めるままに、人を探したことが何度もある。

 彼らの伝えてくるままに、意味のわからない情報を他所へ流したこともある。

 自分が得て上へ流した情報の何が役に立ったのか、いきなり元締めから金を渡されたこともある。

 そして、そういう者たちと(じか)に接触したことも、一度ならず、ある。


 いま目の前にいる七人は、その者たちと同じ気配を放っていた。


 凶悪、凶暴な、ならず者、暴れん坊ではない。

 それよりもずっと危険な者たち。


 あからさまな威圧感は発していない。

 だが踏みこむと、ある一線を越えた瞬間に、威嚇も何もなくいきなり殺しにくる。そういう連中だ。


 彼らはもう自分を認識している。

 ここで顔を強ばらせたり身をひるがえしたりすれば、間違いなく殺される。

 進むしかなかった。


「あ、あのぅ……どうか、なさったのでしょうか?」


 たまたま降りてきた高位貴族の『流星伝令』を気にして近づいてきた、街の者……そういう平身低頭の態度で接近する。


 リンテに武芸の心得はない。

 なまじ心得があったら、気づかれ警戒されて、生きては戻れないだろう。


「……何でもない。貴族の事情だ。関わるな」


 重厚な声で言われた。


 七人は――いや、六人は、最初に降りてきた女を囲んで、守る態勢を取っている。


 女は、何かつぶやいている。


 魔法だ、とリンテにはすぐわかった。


 もちろん、わかったことも、聞き取れたことも、相手に悟らせるような態度は取らない。


 引き下がり、とりあえず無事に切り抜けられたことを喜ぶ。


 女が何かをした。

 魔法が行使されたようだ。


 リンテには何も感じられないし、周囲の様子からも、影響があった様子はまったくないが――。


 女は、ある方向を指さし。

 七人全員の足が、緑色にまばゆく輝いて。


 七人は、宙を飛び、広場から消えた。


「………………」


 それからほどなくして、顔見知りではあるが、普段屋外で姿を見ることのない者たちが現れた。


 街中で、かまどに着火したりものを冷やしたりして生計を立てている、弱い魔法しか使えない平民魔導師。

 ここから近い歓楽街、ラーバイの専属魔導師。

 闇市場の魔法具担当の者。


 そういった、魔法を使える者たちが、血相を変えて、広場に踏みこんできた。


 リンテはすぐ、人なつっこい笑顔で彼らの間を回り、事情を聞く。


「『検索』使いやがった馬鹿野郎はどこだ!?」


 みな、激怒していた。

 魔導師本人の位置はもちろん、所持するあらゆる魔法具、住処の魔法の仕掛けなどの全てを勝手に暴く魔法を、何の通達もなく、広範囲で使われたらしい。


 それは魔導師の間ではとんでもないマナー違反で。


「ぶっ殺す!」


 やった者は今後絶対に許されることがなく、魔導師間に凶状が回され、見つかり次第容赦ない制裁が加えられるほどのもの。


(ふむ……)


 リンテは、なだめる役割を笑顔でこなしつつ、その内側では色々分析していた。


 素人ではない者たちが、魔導師にとってそれほどのことを、()()()やったとすれば。


 それをやってでも見つけ出したいものがあるということ。


 その対象は、先に降りてきた『流星伝令』と考えるのが最も妥当。


 つまり、先の色違いの『流星伝令』は、本来あり得ない――盗むか何かをやって、ここに逃れてきて、人ごみにまぎれようとして。


 後に来た七人はその追っ手で、だからこそ不興を覚悟で『検索』を使い、見つけて、飛んでいった……。


(いやいや、決めつけはいかん)


 長年情報屋という仕事をしていれば、こうに違いないと思いこむことの危うさを骨の髄まで知り尽くしている。


 解釈は他の者にまかせて、自分がするべきは、縄張りであるこの地区で起きたことを、できるだけ詳細に把握すること。


 ――そう思い定めた時に。


 轟音が響いた。


 広場の向こう、街路の先の方で、騒ぎが起きた。

『流星伝令』七つが飛んでいった方角だった。


 そちらの方から、悲鳴が聞こえてきた。


 水音や、べきべきべきと建物の柱が折れる音も聞こえてきた。


 リンテは――そちらへ走るようなことはしない、それは若い者の役目――目についた限りの手の者に合図して、情報を探りに走らせた。


 自分自身は広場に居座り、適当に置いてある椅子にかけて、似たような初老の者たちと、今の騒ぎは何だったんでしょうなあと言い合いながら、のんびりすごす(てい)を取る。


 飲み物を口にし、他愛ない雑談を交わすうちに――。


「……クランツ運河の四番橋が、落ちました」

「大きい男が槍を投げ、別な男がすごい矢をすごい勢いで連射しました!」

「変なものが、動いて、足下に何か落ちて、轟音と衝撃が……!」


 現場を見てきた者たちが、あるいは現場を直接見た者から聞いた者たちが、ひそかに、リンテのみに聞こえるように情報を伝えてくる。


 そのたびに報酬の小銭を握らせつつ――複数の情報から、起きたことを把握してゆく。


 戦闘が発生していた。

 それも、尋常ならざる技量の持ち主同士の。


 橋が落ち、建物が崩れた。

 とてつもないことだが、やった者たちにとっては、自分たちの生存をかけた戦いの余波で起きたことにすぎない。

 そういう者たちが、やりあった。


 緑色の星――『流星』が飛び交ったということもつかんだ。


 城から、騎士に護衛された貴族らしい者が駆けつけてきた。

 情報屋の上役も顔を見せた。

(うてな)』の一員だろうと思われる気配の者も、雑踏の中に混じっていた。


 それらの者に、得た情報を教え、新たな情報を教えられる。


 激しい、大量の情報をやりとりし続け――表情はにこやかなまま、内心では疲れ果て、食事が欲しくなり、座ったまま、すぐ近くの屋台の若者に注文した。串で焼いた肉と、焙った魚肉の包み焼き。


「同じものを……」


 けだるげな声がした。

 男か女かよくわからない。


 目をしばたたいた。

 頭から布をかぶっている――ぼろぼろの布を巻いて、円錐形をかたち作っている、妙な風体の人物がそこにいた。


 マントをつけフードを深くかぶり顔を隠している者なら、この街ではよく見かける。

 このような円錐形の者も、まあ、見ないわけではない。大抵はフード付きマントを買えないような貧民だが。


 しかし問題は、こんな風体の者が広場に入ってきてすぐ側に来るまで、自分が()()()()気づかなかったということだ。


 しかも、自分と屋台の若者はぎょっとしているが、他の者は今なおほとんど気づいていない様子……!


「あんた、旅の者かい。それはなかなか美味いよ」


 声をかけてみたが、相手は無反応。


 ……いや、そういうわけではないようだ。


 買った食事をぼろ布の中に取りこみ、滑るように移動して、リンテの椅子の真後ろに来て、高さを減じた。


 地べたに腰を下ろしたらしいが――。


「振り向かないでほしい」


 けだるげな響きの声で、低く言われた。


 殺気は感じないが、こういう相手には逆らわない方がいいというのがリンテの経験。


「このあたりの、本当の顔役とお見受けする」


「……『四方(よも)からの風が集まり渦巻く先は』」


 リンテが、ちょっとした詩句をつぶやくように、晴れた空に向かって言うと。


「――『土より天へ、天より人へ』」


 けだるげな声が、続けてきた。


「どこの者だ」


 リンテは眠気をおぼえ()()()()しかけているようにうつむいて、低く言った。

 表情は穏やかなままだが、目が鋭い眼光を帯びたことに、間近に誰かいたならば気づいたことだろう。


 いまのやりとりは、情報屋同士の合い言葉だ。


 この街の同業者ではなく、タランドン城内や他の領、場合によっては他の国の重要な情報を扱う、広域かつ上級の情報屋同士の。


「すまないが、私は、本業ではない……が、色々、知っている。その情報を対価として、依頼をしたい……」


「内容によるな。何が知りたい」


「人の居場所。いそうな場所。ひとりで探すより、専門家にまかせた方が早いので、探していた。人の動きを見ていると、中心にいるのが、あなただった」


 どうやらこの相手は女らしい、ということだけはわかった。


「人探しか。確かに俺たちに聞くのが一番だが――普通に依頼してくればいいのに……金がないのか」


「いや。私のことを知られたくない。私は人を探しているが、私を探している者もいるからな」


「なるほど」


 布で全身を隠した奇妙な風体も納得だ。

 おたずね者、前科者――首周りに濃厚な刺青でもあるのかもしれない。


 それでも、合い言葉を使って接触してきたならば、同業者同士という扱いになり、相手本人の情報をよそへ流すことはできなくなる。情報屋がお互いを売り合うようでは仕事が成り立たないからだ。


「で、探す相手は」


「名はルナ。十歳から十二歳ぐらいの女の子。奴隷。後ろで結ぶだけの、簡単な革の首輪をしている。きわめて可愛らしい顔をしているが、右の半面に大やけどを負っている。先ほど、この街に入ってきて、水路のほとりで変なやつらに襲われて、はぐれた」


「待て。()()()()()()()()だと」


「その答えが、私の払う情報だ。見つけてくれたら、他にも、『流星』のことや、七人の変なやつらのこと、東のドルー城で起きたことなどを教える」


「わ、わかった……」


 リンテの額に汗が浮いてきた。


『流星』と、七人というところで、リンテにだけはつながりが見えた。

 これは、はったりではない。

 本当に何かを知っている相手だ。


 しかし街なかの情報屋が扱う案件ではない。

 関わると、いや耳に入れたというだけで首が飛びかねない事柄ばかりだ。


「あんたのことはどう呼べばいい。連絡先は」


「名前は秘密だ。どうしても呼びたければ、()()()()さんとでも呼んでくれ。情報を得た時には、この広場の、この屋台の側に来てくれれば、こちらから接触する」


「探す相手は奴隷となれば――主人の名前は」


「フィン・シャンドレン」


「…………!」


 リンテは絶句した。


 リンテの知る限り、()()()()()()()()の名前だった。


カルナリアが品定めされていた頃、フィンは何をしていたのかが判明。そして世間ではフィンがどう扱われているかも判明。次回、第78話「剣聖と人喰い」。


※カルナリアの再登場は81話からになります。

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