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68 鑑定


「おいっ、しっかり持てよ!」

「わーってるって!」


 小柄なカルナリアだが、運ぶ少年たちも体格的には似たようなもの。

 自分をくるんだ()()()の、四隅を持って走っている様子。


「よし、乗せろ!」


 階段を降り、さらに降り――それまでと違う揺れが始まった。


 水音もする。水路に浮かぶ船に運びこまれたらしい。


 痛みは少し収まり、恐怖も――これまでの色々な経験から、負けん気が復活してきた。


(痛みは慣れる、怖いのも慣れる……その通りです、レント! 慣れてきました! 死ぬのに比べればこのくらい痛くないですし、怖いのも――()()()()に比べれば!)


 今はぐるぐる巻きにされて動けない。


 しかし、ほどかれた瞬間に全速力で駆け出せるように気持ちを引き締める。


 また途中でも、頼れそうな衛兵などに呼び止められれば、どれほど痛めつけられようとも助けを求めて……。


(いえ、いっそ、あのひとのように……鳴き真似を!)


 助けて、と叫ぶよりも、ぐるるるるぷぎゃああとめちゃくちゃに叫んだ方が、少年たちの意表をつけて、衛兵もおかしいと思ってくれるかもしれない。


 もしそうなったらそうしよう、と、船の揺れを感じつつあれこれ考えていると。


「おい! ()()!」

「戻ってきた!?」

「違う、城のやつらだ! うわ、()()()!」


(!!!)


 その言葉で想像できた。

 上空を、緑の星がはしる。

 ひとつではなく、いくつも。


 さっきの場所に、戻ってきた。


 それはもちろん、飛んでいったのが自分ではないと気づいて、探すために。


「やべえ!」

「急げ! はやくこいつを売っぱらうんだ! そうしちまえばもう何も関係ねえ!」


 不良少年たちが急いで船をこぎ、どこかにぶつけたのか衝撃がはしった。


 ――何回か船の向きが変わり、いま外に出されても元の場所には戻れそうになくなった。


「よし、行くぞ、せーのっ!」


 持ち上げられた。

 岸に上がったようだ。


 それほどの距離を運ばれるでもなく……。


「何だ、お前ら」

「コームさんいる? 今月の『上がり』、持ってきたんだ! 大物だぜ!」

「呼んでくる。入って、待ってろ」


 周囲の音が、屋外から、屋内のものへ。


 とりあえず『流星』を使う連中に上から見つけられることはなくなった……が、安全になったわけではない。


 助けてくれる相手がどこにもいない屋内もまた、危険であることにはそれほど違いがないのだ。


「おう、お前らか。何だ」


 腹に響く、迫力ある声がした。


「こいつです! 俺らのねぐらに迷いこんできた、主人やられた奴隷っす!」


 ()()()がほどかれた。

 カルナリアは転がされた。


 土の上だが陽光は感じない。土間、あるいは倉庫のような場所だろう。


 回転が止まるなりすぐに、気配のしない方へ駆け出そうとした。


 だが少年たちもそれは予想していた。

 すぐに数人がかりで捕らえられ、羽交い締めにされ、無理矢理立たされる。その際に腹に一発拳をくらった。


「ぐふっ……」


「やめろ」


 顔に傷のある、腰に剣をさげた、たくましい男がいた。

 漂わせる冷え冷えとした気配は、どう見ても善良な市民などではない。


 他にも数人、成人男性がいる。

 その中のふたりがスルスルと出入り口に移動して、逃げ道をふさいだ。手慣れている。

 みな、危険な気配を放っていた。

 不良少年たちなど、気分次第で即座に殺してしまいそう。


「どうです、コームさん? ()()()()火傷(やけど)ありますけど、けっこう肌はきれいで、磨けばかなりのもんになりそうな……」


「このしかめっ面はいただけねえな」


「いや、それは、おとなしくさせるために軽く叩いただけだから……落ちつけば、かわいい顔になりますから!」


「奴隷か」


 手が伸びてきて、首輪の下を確認した。

 ランダルにもやられたことなので、今度はわずかに緊張するだけですんだ。

 この男から魔力は感じない。『王の(カランティス・)(ファーラ)』に気づくことはないだろう。


「線はなし、と。こいつの主人は?」


 じろり、と見られた不良少年たちは、笑顔を作ろうとしつつ目をそらし、汗の玉を浮かべた。


「な、なんか、戦ってたやつらがいて、こいつ逃げてきて、静かになって、主人らしいの、全然来ねえから……」


「なるほど。何か騒ぎが起きたらしいことは聞いた」


 コームというらしい男の目が、カルナリアに向いた。


「こいつの名前は」


「…………」


 カルナリアが黙っていると、少年たちに後ろから蹴られた。


「……ルナ」


「前の主人の名前は」


「…………」


 迷った。

 言っていいのだろうか。


 ひとを迷いなくさらう連中が、売り飛ばそうとする相手。

 まともな世界の住人であるわけがない。

 おたずね者の情報にも詳しいだろう。


 そういう者が、賞金がかけられているというフィン・シャンドレンの名前を耳にしたら、どう反応するか。


 かといって、口をつぐんでいたら。

 ご主人さまから言うなと命令されてます、と言い張ったら。


 その態度自体が、主人がわけあり、おたずね者と知らせているのも同然だ。

 そういう者の持ち物が、どのように扱われるか……。


「……レント、さまです」


 やむなく、最も支障のなさそうな名を口にした。


「レント・サーディル・フメールさまといいます」


「フメールなんて家は聞いたことねえな。東から逃げてきた()()貴族か……なるほど」


 勝手に納得してくれたようだ。


 だが次の瞬間、いきなり頭部をはさまれた。


 指を動かされ、頭の形を確かめられているようだ。


「ひぃっ……!」


「動くな。痛い目にあいたくなきゃ、じっとしてろ」


 大人の男の手が、髪の中をまさぐり、火傷の上に触れてきて、まぶたをめくり、耳に触れ、唇をめくり、歯並びを確認してくる。

 病気でないかどうかを確かめている。王宮でも医師がこういうことをやってきた。


 だが、それらすべてが、おぞましかった。


(あのひとの触り方は、ぞんざいでしたけど、こんな風では……)


 ここで抗っても、暴力が振るわれるだけで何一ついいことはないので、不快感にひたすら耐える。


 首から下は、見られただけで、触られることはなかったが……その視線、特に胸や腰まわりを見られるのはやはり、直接触られるのと同じようにおぞましかった。


「手を出せ」


 指、爪などを確かめられた。


「確かに、こいつは上物だ」


「でしょう!? だったら、いい値段つけてくださいよ!」


「ふざけるな。主人が本当に死んでるかどうかわからん。生きてて訴えられたら、役人に踏みこまれるのはこっちだ。そうなったら覚悟はできてるな」


「そんな……」


「それを踏まえて、五枚ってとこだな」

「うそでしょ! こいつなら十枚はしますよ! な、見てくださいよ、この肌、全然傷がない手!」

「このツラしてるやつに客取らせろってか? ふざけんな。六枚にしてやる、それで飲め」


 前にもこんなことがあったな、とカルナリアは感情を殺してぼんやり思い出した。

 自分の意志をまったく無視して、他者が自分の扱いを決めてゆく。


 あの時とまったく違うのは、どちらも、カルナリアのためになるようにということはひとかけらも考えてくれていないということ。


 これが奴隷。

 本来、こう扱われるのが奴隷というもの。

 ドルーの、あの死んだ目をした女の子も、こういうことを繰り返されてあのようになってしまったのだろうか。


 あれこれ考えるカルナリアをよそに、コームと少年たちは金額を折り合わせ、後ろの男が出てきて金貨を支払い、少年たちは目を輝かせて礼を言いながら出ていった。


 次はカルナリアの持ち物をどこかへ売りに行くのだろう。


 そして、この成功体験を元に、またどこかで、自分のようにうかつに行動した子供をさらい、売り払うのだろう。


 目の前にいる、こういう、人買いたちに…………。


「……私は、これから、どこへ連れていかれるのですか」


 コームに訊ねた。


 じろり、と迫力ある顔で見下ろされたが――。


(この人……『悪い色』は見えないのですよね……)


 荒くれ者たちを従えており、それにふさわしい「武」の色も見えてはいるのだが。

 意外なほどに、真っ当な色合いをしていた。

 周囲の者たちの方がよほど悪い色を漂わせている。


 それに、「本当に怖い相手」をこれまで何度も目の当たりにしてきたカルナリアには、ここにいる者たちを大した脅威に感じることができなかった。

 あの七人の中のひとりでもやってきただけで、この全員が皆殺しにされるだろうという確信がある。


「どこって……あのな、ここがどこかわかってるか」


「さらった人を、売りにくるところ、です」


「ちょっと違う。女を売りにくる所だ。それも、男に売れる女を、な。ラーバイへようこそ、お嬢ちゃん」


「ラーバイ?」


 ここを訪れた際に、タランドンの地区名を色々聞いた記憶はかすかにあるが、ラーバイ区というものは思い出せない。


「チッ。知らねえのか。タランドンのラーバイっていやあ、王国中に知られた色街だぞ。()()()()が」


(わたくし、王都の、一番真ん中にいたのですけれど……)


「いろまち、ですか?」


「それも知らねえのかよ。とんだお嬢様だな。まあいい。どうせすぐわかる。来い」


 カルナリアは、土床の薄暗い屋内から、板敷きの床のある区域へ連れていかれた。


 腕をつかまれるようなことはなかったが、後ろを男たちがふさいで、逃げることはどう見ても無理、逆らうのも無理。


 土を踏んだ裸足で、床板を踏むのには抵抗があったが、足を洗わせてほしいなどと言うわけにもいかない。ランダルに見抜かれた時の経験を思い出す。自分の「普通」をやってはいけない、気弱そうに、下品に、だらしなく、無気力に振る舞うべきだ……。


 建物は、かなり広そうだった。

 大勢の人間が活動しているらしい物音や気配がする。


 意外だったのは、清潔で、あちこちに飾りもあり、香も漂っていて、どこかから音楽まで聞こえてくる、華やかな雰囲気だったこと。


 コームおよび男たちの剣呑な雰囲気から、それこそ山賊の住処(すみか)のような、むさ苦しい、ろくでもない不潔な場所を想像していたのだが。


「婆さん呼んでくれ。急ぎだ」


 妙な部屋だった。


 寝台がある。

 なのに水桶があり、大きな(たらい)があり、床に排水溝もある。

 浴室、もしくは体を洗う場所らしいのに、寝台とは。

 もちろん布の寝具など置いておらず、ただの木枠も同然だが、寝台であることは間違いないつくりをしている。


 少し待つと、甲高い声が近づいてきた。


「大事なお客様と話してたのに何だってんだい。コーム、どうでもいいことだったら承知しないからね!」


 姿を見せる前からもう、きつい顔をした、老年に入りかけている女性が思い浮かぶ声音だった。


 その通りの女性が、カルナリアと同じくらいの年齢の少女を二人連れて、早足で踏みこんできた。


 明らかにここでの地位が高い者とわかる、仕立てのいい衣服。

 宝石のついた指輪やきらきらする耳飾りもつけている。

 白髪頭をきちんと結い上げ、目はきつく、背は高め、腰は曲がっていない。

 若い頃には相当な美女だったのではないか。


「うるせえぞ、婆さん。それより、こいつだ。ガキどもがさっき売りに来た。俺の一存で買った。相当な上物と見たが、どうだ?」


「む……」


 老婆――というまでにはなっていない初老の女性は、カルナリアに目を移し――。


「んおっ!」


 汚い声と共に、目をクワッと見開いた。


 視線に刺し貫かれるような感覚をカルナリアは味わった。


 先ほどのコームどころではない、濃密な目つきで上から下まで見られる。


「いくら払った?」

「金貨六枚とちょっと」

()()()()!」


 老女の口が裂けた。

 違う、笑ったのだ。

 まさに耳まで裂けるような、邪悪な歓喜。


「こりゃあ、すごいもんだ! 今は貧弱だけど、あと二年で、金貨六百枚でも欲しいって客が出るよ!」


「マジか!? そいつぁすげえ! 主人がさっき襲われて、逃げてきたとこだそうだ。主人はレント・サーディル・フメール。かなりいいとこで使われてたみたいだぜ。ラーバイを知らなかったし。そのくせ度胸はあって、俺たちに囲まれても泣きもしねえ。頭もいい。歩き方も()()()()()()()


(あれでもまだだめなのですか!?)


「ほう、ほう、ほう! そりゃますますいいね! じゃあ、囲いこむから、()()()()しといてくれ!」


「きれいに……か。わかった。やっておく」


 コームは少しだけ同情するような目をカルナリアに向けると、出ていった。


 女だけが室内に残される。


「さて……あたしはマノン。ここで一番偉い者だ。あんた、名前は。いくつだい?」


 カルナリアはマノンをしっかり見据え――その「色」を見た。


 驚くほどに、才能豊かな輝きが見えた。

 能力に裏打ちされた強い自信が伝わってきた。

 若い頃は才能を存分に発揮して素晴らしい活躍をして、今は落ちついて後進の指導をしている……と、彼女が貴族であれば判断したところだが。


 さらわれてきた子供を平気で買い取るようなところで発揮される才能や活躍とは。


「ルナ……です。ええと……十歳か、十一歳です」


 とにかくできるだけおとなしくしているしかない、と判断してごまかした返事をした。


 自分の年齢を不明瞭に答えるのは、全然おかしくないことであるらしく、何も言われなかった。


「そうかい。あんたはここに売られてきた。つまりもうここのものだ。()()()()


「……わかりません」


 はい、と言ったらおしまいであることだけははっきりしている。

 ランダルがわざと自分に向けて言ってくれた、奴隷というものの立場、この国の法で決まっていることを思いだしつつ言う。


「私は、ご主人さまの持ち物で、さらわれただけなので、まだご主人さまのもののはずです」


「ほう、確かにこりゃ、頭もいいし度胸もあるね。だけどね、そのご主人様はどこにいる?」


「外で、私を探しているはずです」


「いや、きれいさっぱり、いなくなってるね」


 ――その言葉で、先ほどコームに言ったのは、主人を見つけたら殺せという意味だと理解した。

 主人がいなくなれば、ルナの身柄はきれいになって――主人が死んだ場所の所有者に引き継がれる。


 やはりここは、ろくでもない場所だ。


(本当のご主人さまがあのひとで良かった……)


 あの恐ろしい連中と戦って、フィンがどうなったのかはわからない。

 だが、あの怪人が一方的にやられてしまうとも思えなかった。


 背後で聞こえた激しい物音や水音、男の苦鳴などから、ろくでもない魔法具か何かを使って逃げのびているだろうと推測できる。

 不安ではあるが、カルナリアが賭けるなら、生存の目の方だ。


 そして、生きていた場合。


 コームや先ほどの男たちが狙ったところで、どうにかできるとはまったく思えない。

 魔法の気配を一切感じない、魔法具のひとつも持っていないただの荒くれ者では、フィンを見つけることすらできないだろう。


(あ! でも、あの布が、射貫かれて、破れていたら!?)


 初めてカルナリアは血の気が引いた。


 それをマノンは、自分の言葉が与えた影響だと思いこんだようだ。


「なあに、怖がることはないさ。おとなしくしていれば、ちゃんと食事ができる、いい寝床も与えられる、きれいな服も着られる、気持ちいい思いもできる。ここはね、いい女にとっては、最高の場所なんだよ」


 猫なで声で言いながら、マノンは連れている少女に身振りで何か指示を出した。


 少女が一度部屋の外に顔を出し何か言うと、すぐに首輪をつけた大人の女性が、湯気を立てる(おけ)を運びこんできた。


 お湯だ。


「さあ、脱ぎな。全部だよ」


 体を洗って、身体検査をするつもりのようだ。


 ここはそのための部屋か。

 だから床に排水溝が。


「その……恥ずかしい……です……」


 本当はそれほどでもないのだが、これまでの学習から、カルナリアは身を縮めて恥じらってみせた。


 怒られ、無理矢理脱がされるだろうが、これが正しい奴隷の振るまいのはず。


「おうおう、()()()()、男が最高にそそられる態度だ! これは素質もあるよ!」


(……裏目に出ましたか!?)


 少女たちが靴を脱いで近づいてきた。

 抵抗しても無駄だろう。むしろ評価がさらに上がりかねない。


 首輪を外されないようにだけは気をつけて、他のものはすべて脱がされるのを受け入れた。


 丸裸にされ、頭からお湯をかけられ、前後から拭われた。


 正直言って、気持ちよかった。

 昨夜の、エラルモ河の水で全身を浸された『水浴』に比べるとまさに天国。


「ふむ、ふむ…………おう、おう、おうっ!」


 マノンの目が、カルナリアの体から汚れが(ぬぐ)い落とされていくにつれて、感嘆から、ぎらぎら輝くものになってきた。


 少し離れて観察していたのが、近づいてきて、背後に回って、一周して、カルナリアの裸身すべてを検分する。


 肌にも触れられた。

 ぞわっとなる、嫌悪感ではあるがそれだけではない、妙な心地がした。


 それ以上にマノンの方が盛り上がった。


「おおおおっ! これは、すごいよ、こんな肌……! ガキどもめ、腹にアザつけやがって、ヘタクソども……足を開いて立ちな」


 言われたとおり、肩幅ほどに開く。


 股間に手をさしこまれた。

 大事な部分に触れられ、まさぐられた。


「ひぃっ!?」


 さすがにこれは耐えられず悲鳴を上げたが、背後から少女たちに両腕両脚ともがっしり押さえられ、どうにもできない。

 彼女たちはこの行為に慣れているようで、一切の感情は見えない。むしろ楽しんでいるような微笑すら浮かべていた。


 恐らく、強く抗ったら、そこの寝台に縛りつけられて無理矢理()()されるのだろう。寝台はそのためにあるのだ。


「……きれいなもんだね。ガキどもに何もされなかったか。いいね、さらに高く売れるよ! こんな子が手に入るなんて、流れを向けてくれた女神の乳首に感謝ってやつだ…………しかし」


 マノンはカルナリアの「火傷」に目を向け舌打ちした。


()()さえなけりゃねえ……ルナ、これはどうしたんだい」


「え、ええと、前の、おやしきが、燃えて……」


「火事かい。しかし、お屋敷と来たもんだ。こりゃ、コームだけじゃきれいにできないかもしれないねえ……」


「ルナ」の主人が、相当な高位貴族かもしれないと見て、より物騒な方法を考え始めたのは間違いなかった。


 新しい服を与えられる。

 下着。きちんと縫製された貫頭衣。マノンに従う少女たちとほとんど同じ。ここのお仕着せ――制服なのかもしれない。


「……リュースさま?」


 青い布の縁取りと、胸のところに簡単だが三本の曲線が刺繍されていた。

 これはこの国の主神、風神ナオラルではなく、同格の水神リュースを示すもの。

 そういえばマノンがつぶやいたのも水神への感謝の言葉だった。

 三本の川が合流する地に築かれたタランドンだけに、水神の方が信仰されているのかもしれない。


「それもわかるのかい」


 失敗したとわかったが――平民というのはそれだけでも驚かれるのかと、逆に驚いた。


 最高四神や五大神のことは基本中の基本ではなかったのか。


 最高神は天の神と地の神、それぞれに善悪がおられて最高四神。

 ただし地の悪神というのは強大すぎるために他の大神たちに死神ザグルと破壊神ゼレグルのふたつに分けられた。

 その下に火水風土と運命神で五大神。

 このカラント王国は風神ナオラルを主神としている。

 それぞれの神およびそのシンボルについておぼえているだけで感心されるとは。

 全部おぼえるまで食事抜き、と厳しく言われて泣きながら暗記させられたあの日々は何だったのか。


 別室に移動し、椅子に座らされた。


 卓の向かい側にマノンが座り、色々訊ねられる。

 前にレントと一緒に考え、フィンにも伝えたのと同じ「身上」を答えた。


 貴族の屋敷で飼われていた。同い年の令嬢の世話係。ダンスや楽器などを先に習いおぼえ、模範演技をしてみせ、令嬢が失敗した時は代わりに罰を受けて鞭打たれる役目……なお、その貴族がどのくらい偉い家だったかはよくわからない。


 その家が火事に遭い、自分はひどい火傷を負ってこの顔になり、主人もいなくなって「フメールさまご夫妻」に買われた。


「ふうむ。なるほどねえ……道理で、普通の奴隷の子とは全然違うわけだ……十歳にしては受け答えも()()()()()()()()し」


(これだけひどい言い方をしたのに、それでもだめだったのですか!? 本当の奴隷というのはどういう風なのですか!?)


「しかし、これは逆に………………ふむむ………………いけそうだね…………よし」


 マノンは、先にうんうんとうなずいてから、宣言した。


「今日から、お前の名前は()()()()()だ。いいね」


「………………」


 カルナリアの目も口も真ん丸になった。


見抜かれたのか、それとも。次回、第69話「色街の女子校」。この物語でまさかの学園編突入…………か。

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