63 飛ぶために
カルナリア視点に戻ります。
猫背の男から色々なものを頂戴した後、すぐその場を離れた。
「……あれでよかったのか?」
「はい」
カルナリアはレントの短剣を、しっかりぬぐってから鞘に戻した。
「悪いことした人なんですから、悪い人だとすぐわかるようにしてやりました」
生まれて初めて、他人の体を切った。
深く切りすぎないか怖かったが、何とかやれた。
猫背の男の首にぐるりと、奴隷の証を刻んでやった。
身分制の解消、能力重視というガルディスの主張を本気で信奉しているのかどうか、それでわかる。
もし奴隷だと扱われて怒るのなら、人間に奴隷も平民も貴族もないとは、全然思っていないということだ。
つまり、何の信念もない、貴族を引きずり下ろしたいというだけの、くだらない相手。
本気で人と人に身分差などないと思っているのなら、薬なり治癒魔法なりですぐに治して、阿呆な真似をする王女だ自分を殺す機会を逃すとは馬鹿めとこちらを軽蔑すればいい。
どう感じたかは、次に遭遇することがあればわかるだろう。
絶対に会いたくはなかったが。
フィンが持っていくことに決めた、男が身につけていた認識阻害魔法付きのマントも、自分が羽織れば便利なのはわかっているが、どうしてもおぞましくてまとう気になれない。
とりあえず細長く折りたたみ、帯のようにして、今までのマントの上から腰に巻いている。
「それにしても、あいつらは、何者なのだろうな」
「……ご主人さまは、ご存知なのかと思っていました。やっつけた後、聞き出したことはないのですか?」
「最初の頃はやってたんだが、口汚くわめき散らす、嘘ばかり言う、他人に罪を押しつける……本当かどうかを確かめるのがめんどくさくなって、やめた」
「……」
「まあ、大体察しはついている」
「え、どういう相手なのですか?」
この正体不明の人物の妙な知識で、ガルディスが派遣してきた者、という以外の何かを見抜いているのかも。
「盗賊団だな。それも、かなり名の通った。だからこそ、魔法具をあんなに沢山持っていた。腕もいい。ひそかに貴族のところに潜入し、仲間を呼びこみ、宝を奪って逃げる……奪われたことを公表したら大恥となるので貴族も黙っているしかない……そういう大胆なやつらだ」
「…………」
「私はそういうやつらを退治するような仕事を受けたことは何度かあるし、それで手に入れたものもけっこうあるのだが、生き残りや、話を聞きつけた同類のやつらが、賞金稼ぎを兼ねて私をつけ狙っている。うむ、いかにも盗賊らしい見た目のやつでもあったし、やっていたこともそれっぽい。下らない連中の一員だろう」
「………………」
カルナリアはほんの少しだけ、猫背の男に同情した。
「それで……どちらへ?」
闇の中を、照明具のわずかな光を頼りに歩いているが――方角も、目的地もさっぱりわからない。
どうやら、昨日一日を雨の中過ごした、荒れ地の奥の方へ戻っているようだということだけはわかる。
「移動中に、いい感じの谷間があったからな」
「……谷間、ですか?」
――それは、確かに、谷だった。
深く地面がえぐれている。
段差は、フィンの身長の倍かそれくらい。
底に川が流れているというようなこともない。
雨の後で濡れてはいるが、割としっかり固まっている。
尋常ではない大雨や、エラルモ河があふれるようなことがあれば水没するのだろうが、今はその心配はいらない。
「ここなら、周囲から見られることなく、練習ができる」
「れんしゅう……?」
「さっきの、『流星』だったか、この国では――それの練習。それを――」
「それを?」
「お前が使う」
「…………はいっ!?」
「お前が使えるようになれば、私が運ばなくても、一気に遠くへ行ける。この国の者と思わせることもできる。つまり私は楽ができる」
……そういえば、夜っぴて徒歩で移動し続けることに殺意を放ったこの人物が、ここへ来るまではスタスタ足を動かしていた。
そういう目論見だったのだ。
この真のぐうたら者は、結果的に楽になることが見込めるならば、いくらでも動くのだから……!
「ふむ」
フィンは、猫背の男の『流星』を手にして――自分自身に装着した。
魔力が流れる。
緑色の、まばゆく鋭い光が輝き始める。
「うわあ……!」
運ばれている時にはわからなかったが、これほどに光るのか。
光量の問題ではない。
光り方が鋭く、目を突き刺すようで――しかも、足首にぼろ布をかぶせているというのに、布を貫いて光が見える!
普通の光とは違うものなのは明らかだった。
ビュッ。
ぼろ布が――カルナリアの目の前から消え、風が渦巻いた。
光の残像を目で追った。
枯れ谷の向こうへ流れ、曲がっている向こうへ消えた。
照明の魔法具はフィンが持っていたため、カルナリアは闇の中に取り残される。
すぐに緑色の光が猛スピードで戻ってきて、カルナリアの前で停止した。
ザザザザという、靴が地面を擦る音。
ぼろ布が慣性で大きく形を変えてから、ゆらめいて元に戻った。
その後からカルナリアの顔に風が来た。
「なるほど。私のものとは少し違うが――大体は同じか。魔力はまだたっぷりある。いけるな」
足環が取り外され、カルナリアに差し出された。
「つけろ。隙間が空きすぎるなら、ふくらはぎの上でもいい。腕でもいい。手に握っていても、使えることは使える」
「は、はい……」
カルナリアは受け取り――。
正直言って、ものすごくワクワクした。
王宮では、自分が望めばどんな魔法具でも大抵は触らせたり使わせたりしてもらえたものだったが、『流星』は本当に初めてだ。
こういうものがある、というのを習っただけ。
緑色の光が王宮から飛び出していくのを見たことなら数回はあったが、触れさせてもらうことは絶対に許されなかった。
それが、ついに。
フィンが飛んだように、自分も飛べる!
「それは、魔法具、魔法の道具だ。魔法を使えない者でも、魔法と同じことができるようになるものだ」
カルナリアがまったく知識を持っていないと思っているのだろう、額に照明の魔法具をつけてくれつつ、丁寧に説明してくれる。
「今、私がものすごく速く走るのを見ただろう。それをつけて、まずそのように速く走りたいと願ってみろ……願うだけだぞ」
フィンが、ぼろ布の中で警戒しているのがわかった。
自分が、願った瞬間にろくでもない動きをすることを警戒し、止めようとしている。
輝かせながら上へ飛び上がるのが最悪。それを絶対に阻止しよう、その時はぶん殴ろうとあの剣を構えている。
やられてたまるか。
カルナリアは、魔法具に意志だけを通した。
自分の足で緑色の星が輝き始める。
感動する。
「これで、いいですか?」
「……ああ、それなら、いい――だが、いいか、上には絶対に飛ぶな」
「はい、大丈夫です!」
あなたが心配するような無能ではありません、とカルナリアは内心で自慢した。魔法具の扱いは慣れているのです。
「では、そうだな……そのマントを」
腰に巻いていたものを外され、広げられ――目だけを出して、頭や首周りをぐるぐるに巻かれた。
成人男性用のものなのでかなり大きく、したがって巻かれたカルナリアの頭部は、それまでの倍以上にふくらんだようなシルエットとなった。
「前は見えるか」
「え、ええ……でも、あの……?」
「そのまま、向こうへ――真横に、ちょっとだけ、走ってみろ」
フィンが何をやらせたいのかはわかった。
『流星』を使う時の、体の超高速移動と、普通の状態との差を経験させようと――。
「ふべっ!」
走り出すつもりで最初の一歩を踏み出した次の瞬間、カルナリアは谷の土壁に激突していた。
マントで厳重に頭を包んでいなかったら、致命的な損傷を負っていただろう。
「ふえぇぇ……」
「初めての者は大抵そうなる。作った者いわく『ひき肉量産器』だそうだ。何かに全力でぶつかり、あるいは勢いよく飛んだ後に着地に失敗し地面ですり下ろされて、ひき肉を沢山作ってしまうからと……」
これほどに役立つものが広く普及せず、選ばれた者しか使うことを許されない理由が、よくわかってしまったカルナリアであった。
「さっき眠ったから、眠くはないはずだ。朝までに使えるようになれ。朝になったら一気に西へ行くぞ」
夜の間に移動しない理由も、文字通り痛いほどわかった。
高速移動した先に何があるか、まったく見えない状態で使うのは、自らひき肉になる道を選択したのと同じ。
明かりを灯して走るにしても、松明、灯明は論外で、照明の魔法具をもってしても、目の前のわずかなものしか見えないのでは――これで移動するなら、地平の向こうまでしっかり照らして見えるような強力な発光ができるものを持っていないと。つまりは日光を待つ以外にない。
谷間で水平移動を繰り返し、激突もやらかしながら、カルナリアは使い方を体で学んでいった。
(空を飛ぶというのは…………簡単なことではありませんでした…………!)
それでも、徐々に、できるようになってきた。
カルナリアは元々体を動かすのが好きで、木に登ったり駆け回ったり、異国の奇妙な遊びやダンスもすぐ真似できていたものだった。
おてんば、と揶揄されてもいたが――それが今、自分の命をつないでいる。
「筋がいいな。助かる」
フィンに認められて、おてんばで良かったと心から思った。
「休憩だ」
幾度となく岩壁に激突したり転んでものすごく回転したり、フラフラしてきたので、その言葉にありがたく従った。
『流星』が、あの魔力供給板の上に乗せられる。
自分につきあって動き続けてくれた、フィンのものも隣に置かれた。
並べてみると、足環に刻まれている魔法紋様がかなり違う。
異国のもの、異国の技術。
王女として、知っておかねばならない――研究させなければならないと、ひそかに思った。
「飲め」
指にはめるとちょうどよさそうな、細長い筒が渡された。
その筒の口からあれを飲まされた、と思い出して、すばらしい甘味の記憶に、唾液がいっぱいに湧く。
しかし。
「これ……飲んだら、寝てしまうんじゃ?」
「今は、そうならない。打撲への薬効が出るように調整した」
「え…………そ、そうなんですね…………わかりました」
(魔法具!)
それも――奴隷の少女には理解できないだろうと油断して漏らした言葉に、とてつもない内容が含まれていた。
あの蜜は、魔法具で生成されたものだったのだ。
つまり――これは、何もないところから栄養を生成できる魔法具!
魔力を補給できる限り、空腹感はともかく、少なくとも餓死することはなく、これが作り出す蜜で命をつなぎ続けることができる。
しかも蜜の成分を調整することができる。
眠れるように、活発になるように、傷が治るように……!
望むままの効果をこめた蜜を生成できる魔法具。
フィンが山奥で一人でずっと過ごせるわけだった。
……常に補給に苦しんでいる軍が、民を飢えさせないことに尽力している国が、全力で欲しがるのは間違いない、もしかすると『流星』より重要かもしれない、とんでもない代物。
とりあえず、蜜を口に入れた。
やはり、とてつもない甘味と――あちこち打った痛みが消えてゆく、すばらしい効果が発揮される。
額のこぶも、ほとんど消えてしまった。
これではまた何らかの『偽装』を追加されるかもしれないと、戦慄もした。
(これ…………欲しいです! 国のために、大勢の人のために、絶対に、必要です!)
「眠くないか」
カルナリアの内心に勘づく様子もなく、これまで通りに訊ねられる。
「大丈夫です」
「それなら――もうじき夜が明ける」
もうそんなに時間が経っていたのかと、逆に驚いた。
「明るくなったら、一気に走るぞ。失敗しても助けられない。その覚悟はできたか」
「う…………も、もう少し……練習させてください……」
選ばれた使用者がたっぷり訓練を積みようやく『流星伝令』となるものを、一晩だけの練習で使いこなせると思うほど、カルナリアは傲慢ではなかった。
「いや、ここでやれることは限られている。高く、遠くへ飛ぶ練習は、広いところでやってみるしかない」
「そんな……」
「基本的な動きはもう問題なくなった。あとは実地で試し、慣れるしかない」
本来の伝令なら、広い敷地で存分に練習してから国内を駆け回ることができるのだが……今の自分たちにそんな余裕はない。
包囲網が敷かれている今、目立ちすぎる『流星』の使用はただ一度きり、その一度で包囲を突破しなければならないのだ。
(やるしかありません!)
フィンに先導され、谷間を出て、街道へ向かった。
左側、東の空が白んできた。
「あ!」
空を、緑色の星が――まばゆい星が、その東側から飛んできて、すぐ近くを通過していった。
『流星』だ!
あれを使っている、本物の伝令!
飛んでいった先は木と岩に隠れて見えなかったが――。
「ドルーの異変が、領の境にある城に伝わって、そこからの急報――いや、第一報はもうタランドンへ伝え、タランドンからの指示を届けに来て、さらに続報を持ち帰るというところだろうな」
カルナリアの見解も同じだった。
『流星伝令』は、広いタランドン領どころか、カラント王国そのものも一日かからずに横断できるのだから。
問題は、あの伝令により、自分とフィンがドルー襲撃の犯人であるとする嘘の情報が、タランドン城ならびに侯爵本人に伝わる可能性があるということだ。
やはり、一刻も早く、自分たちもタランドンへ入らないと。
「や、やりましょう! やります!」
街道すぐ脇の木の陰で、カルナリアは拳を握って決意を示した。
路面が見えるようになってきた街道――はるか先まで、地面の起伏の上をうねってゆくそこを、あのように、星となって突っ走る……何にも激突せずに……。
やれる、できる、いける。大丈夫。
「ふぅ、ふぅ、行きましょう!」
「不安なら――どうにかする手はあるが」
カルナリアの緊張を見かねたか、フィンが言ってきた。
「あるんですか!? できることなら、何でもやります!」
包囲網突破の準備は整った。しかし言ってしまった。何でもする……? 次回、第64話「流れ星ふたつ」。性的な表現あり。




