62 星落とし
視点変わります。
「おい! 起きろ! 『6』!」
「…………?」
『7』の甲高い声に続いて何かをぶつけられて、『6』は目覚めた。
ディルゲという本来の自分の名前と、呼ばれている数字とがしばらく一致しなかった。
「あ…………う……?」
「起きたか。しっかりしろ。頭は回るか。状況は説明できるか」
重厚な『1』の声がして、『6』の頭ははっきりした。
暗い。屋外。木々の合間。枝張りの隙間に星。見えるもので時刻を推測。真夜中だ。
自分は――陽が落ちた後、闇の中で、女たちに少し近づいて……それから。
「…………!?」
自分の状態に気がついた。
裸にされている。
下半身、丸出し。
腹の上に、着ていたものを畳んで乗せられていた。
そういう自分を、他の仲間たちが、木陰からうかがっている。
少し離れた場所の地面に、淡い光を放つ小物がひとつ置かれていた。夜目が利く自分たちにはそれで充分すぎるほどの光源。
「やられたな。何を仕掛けられているかわからぬので、近づくわけにはいかない。お前自身で確認せよ。魔法に関しては『5』が探査するので抵抗するな」
「は、はいっ!」
小さな灯りを吊した長い棒が伸びてきて、そばに置かれる。
その光の中で体を探り、起き上がると発動する罠や、近づいてきた者を巻きこむ仕掛けが施されていないか確かめる。
頭にこぶができている。硬いもので殴られたのだ。
乗せられている服も、慎重に確認し……。
「………………!」
血の気が引いた。
ほとんどの魔法具や装備が、なくなっていた。
『目よけ』のマントがない。
ある程度のものは残されている。短剣や金。
しかし自分の得意武器である細い鋼線は切断されていたし、防具も大事なところの金具を壊されており、職人に補修させないと、自分たちの応急修理ではどうにもならない状態にされていた。
何よりも…………『流星』が………………ない!
「『それ』は、我々への挑戦状ということか」
「?」
何を言われているのか、わからなかった。
「首、くび!」
『7』の声で、首に手をやった。
かすかな痛みをおぼえた。
何によるものかはすぐわかった。
切り傷。
うっすらと、首まわりを切られている。
犯罪奴隷に施す、一本線――いわゆる一本奴隷と同じになるように、首をぐるりと、薄く切られていたのだった。
「…………!!!!!」
全身が炸裂する心地にとらわれた。
よりにもよって王女が、最高位貴族が、自分に、奴隷の証を刻んだ。
『剣』にやらせたのでも同じこと。
わたくしに邪な目を向けた罪です、という王女の声を聞いた。
殺すのは簡単でしたが生かしておいてあげます、平民の躍進を望むお前たちなどわたくしから見れば所詮は奴隷と同じですと、見下しきったメッセージも読みとった。
「殺す!」
常に捜索、追跡をむねとしてきた『6』は、『風』の一員となって初めて、そう決意した。
あの女たちは、必ず、この手で殺す。
殺さねばならない。
この失態を招いた理由でもある、あの美しさをめちゃくちゃにぶっ壊した上で、この世から消し去らねばならない。
「やつらはどこだ」
「……探します」
衣服に仕掛けが施されていないか確認しつつ、一枚ずつ身につけてゆく。
「私にわかる範囲では、『6』の心身に魔法の罠は仕掛けられていません」
『5』がそのように診断した。
「やつらがいたのはここです。ここから……」
『犬鼻』は、奪われていた。
しかし足跡が、夜にもかかわらず、『6』の目には輝くように浮かび上がって見えた。
今、自分は元々の能力以上のものを発揮できる。
『犬鼻』がなくても、あの女たちの匂いが、尾を引くように闇の向こうへ続いているのがわかる。
絶対に許さない。
絶対に逃がさない。
「あちらへ向かって歩いていきました。私のマントを羽織ったのでしょう、『四女』の足跡がこれまでより深い――」
「待て。動くな。今のお前は丸見えで、まともな精神状態ではない。『剣』が待ち受けていたら我々は全滅すらあり得る」
「う……」
「『流星』を、『四女』の分まで手に入れたのだから、それを使って一気に逃れる可能性が高い。しかしあれは夜には使えぬ。動き出すなら夜明けだ。そして『流星』を使っていない徒歩での移動など、捨て置いてもかまわん」
「……はい。その通りです」
「ここは引くぞ」
先に確保してある、街道を西へ行ったところにある小屋に七人は移動した。
周囲に『剣』がいないか厳重に確かめた上でそこに入り、体を休めつつ、これまでの互いの行動や情報を確認しあう。
「やつらは間違いなくタランドンを目指す。侯爵に庇護を求めその護衛のもとにバルカニアへ入り、レイマール王子に『板』を届けるのが最も確実だからな。
ゆえに、我々はここで待ち受け、動き出すのを確認し次第、全員で追う。
初めて『流星』を使う『四女』は、それほど速くは走れまい。タランドンに駆けこまれる前、手配書が回っている範囲内、兵士の助力を得られるところで捕捉し討ち果たすのが理想だ。
『6』、お前は『3』と共に後から来い」
「まあそうなるか。正面からの戦いとなると、わしにはちょいと荷が重いからのう。なに、若いのを背負って走るのもたまにはよいものよ」
「くっ……!」
「先に『剣』殺しちゃったら、ごめんね?」
『7』が煽ってくる。
「ほっほっほっ。お前たちがみなやられた後、気を抜いた『剣』に、わしがひょいと近づいてブスリ、じゃよ」
「させないよ。じーさんの出番なんかないからね!」
「その意気じゃ。老人に楽をさせてくれよ。若い者に働かせて結果を吸い上げる、これが年寄りの幸福というものよ」
「じじい……!」
「……私も、次は、必ず役に立ってみせるわ」
呪いの効果があったのかどうか怪しい、返されたかもしれないと聞かされた『5』は、隠しきれない怒りを声ににじませていた。
「次は確実に当てる」
『4』が言う。
「『剣』を相手にするならお前たち二人が要だ、となればまあ、死ぬのは俺だなあ」
『2』が朗らかに言った。
「俺の体に剣が食いこんでる間に、しっかりやってくれよ。でないと俺がやっちまうぞ」
その巨体の筋肉が激しくふくれあがった。
言葉と逆に、死ぬ気などかけらもないと体で雄弁に主張している。
彼らは『風』の最精鋭。
この全員でかかれば、殺せぬ相手などいない。
「失態のわびに、見張りは引き受ける」
『6』が小屋を出て、周囲の最も高い木の上に身軽に登っていった。
そして時が過ぎ――東の空が白んで。
「出たっ!」
即座に小屋から飛び出てきたのは、弓を手にした『4』。
まばゆく輝く緑の星が、東から、街道の真上を飛翔してきた。
緑ということはカルナリア王女。あるいは『剣』が、自分のものの消耗を避けて、新たに入手したものを使っている可能性も。
『4』は最初から弓につがえていた矢を放ち、即座に次の矢をつがえて放ち――ひと呼吸のうちに五矢を連続して放った。
そのすべてが恐るべき音を立てて星へ向かってゆく。
鏃はつけていない。カルナリア王女を殺さずにすむならその方がいいからだ。
放物線を描いて飛んでいた星が、揺れて、落ちてきた。
皆、走る。
すさまじい勢いと殺気をこめて、星が落ちた場所へ。
「…………」
無残な姿をさらしていたのは、男だった。
鏃がついていないとはいえ高威力の矢をくらい、空中で姿勢を崩し、地面に落ち高速で転がったもの。
手足はすべておかしな方向に折れ曲がった上で、木の幹に激突して止まっていた。
橙色の、すなわち前王ダルタス『麗夕王』の色の制服を身につけ、タランドン領の紋章が金で描かれている胸当てを装着している。
すなわち、西部国境を守る、由緒ある大領地であるタランドン侯爵が使用することを許されている、正式な『流星』伝令――。
ドルー城の異変はじめ、タランドン領東部の情勢をタランドン本城へ伝えに飛んできた、侯爵の側近にして高位貴族の者に間違いなかった。
夜は危険すぎるので『流星』を使わないが、地形を知り尽くしている自領だからもう問題ないと、空が白み始めた早々に飛び出したのだろう。
「やっちまったなあ」
『2』が全員の気分を代表して言った。
「この時間に西へ飛んでいこうとしちゃ、仕方ねえけどなあ」
カラント王国全体で、『流星』は二十二個存在する、とされている。
すべてが王家から貸し出される体裁をとっており、各方向の国境城塞、十三侯家の本領など国内の重要地点に置かれている。
『流星』の使用が許されるのは、きわめて重要かつ緊急の情報を伝える時のみ。
装着し疾走するのは、家柄も能力も選び抜かれた、国王や各領主の信頼する最側近。時には領主の息子や、名家の次期当主がつとめることすらある。
その一人を撃ち落としてしまったのだ。
公式の通信に携わる者の妨害は、重罪である。
まして『流星伝令』の妨害は、いかなる理由があろうともどのような家柄の者であっても死刑、という大罪と決められている。
それをやってしまった。
タランドン侯爵が激怒する案件である。
どうするか。
「いつもながら見事な弓の腕だ、『4』よ」
『1』はまず笑顔でそう賞賛した。
ひとかけらの嘘もない。
それから、まだ息がありわずかに痙攣している伝令にとどめを刺した。
他の六人をあらためて見回し、宣言する。
「これは『剣聖』を名乗る女剣士、フィン・シャンドレンにやられたものである。並外れた剣技をもって、着地した瞬間を切断したのだ」
伝令がつけていた『流星』を、『6』につけさせながら。
「奪われた証拠に、その者はこの国の『流星』を所持している」
「その通りじゃ。何という悪辣なやつよ」
『3』が乗った。
「伝令を楽しげに切り刻むとは、残虐にして恐れ知らず。手配書に記されし罪状にまたひとつ追加された。埋めて隠したが、穴が浅く、すぐ見つかってしまう非力な女の愚かさよ。いずれ正しき風の裁きを受けることになるじゃろう」
その言葉通りにするために、『5』が土をやわらかくする魔法を用い、剛力の『2』が穴を掘り、『7』が双剣を振るって伝令の死体を切り刻んだ。
かつては人体だった細かい肉片は、伝令の衣装とからみあったまま浅い穴に埋められ――死臭に引き寄せられる獣や虫の集まり具合から、昼前にも、この道を行き来する軍の者に発見されることだろう。
その作業を急ぎ進める間にも、東から空の色は変わってゆき、ついに闇を追い払うまばゆい光が木々の間を駆け抜けた。
ほぼ同時に作業は完了し、七人は木や岩陰に身をひそめた。
陽光を浴び姿が丸見えになるのは避けるべきだった。
並外れた巨漢の『2』まで見事に影と一体化し姿を隠した。
――その次の瞬間。
彼らの頭上を、緑と赤のまばゆい星が、並んで飛び越えていった。
カルナリアは何を思って線を刻んだのか。ひとり減らしたつもりだったが数は変わらず、七人全員がなお追ってくる。そのことを逃亡者たちは知らない。次回、第63話「飛ぶために」。がんばる王女さま。




