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59 はたらく殺戮者

視点変わります。


「……む」


 雨降る夜、『6』はエラルモ河に浮かぶ小舟の中で目覚めた。


「お目覚めでございますか。今は『夜の六の時』でございます。新しい知らせは入っておりません」


 夜の六の時というのは、彼ら『風』が使う時間の区切り方で、日没と日の出の間を六つに区切った、その六番目の頃合いという意味だ。すなわち日の出前。


 確かに、東西に流れる河の、上流側の水面がうっすらと色づいている。


 水を弾く布にくるまった状態で横になっていた『6』は、ここが『風』の手の者が操る小舟の中であることをあらためて確認した。


「変化、なしか……」


 まだ空と水面の区別がほとんどつかない闇に目をはしらせる。


 記憶も確認する。


 昨日の夕刻、ドルーの街の船着き場で『四女』を追った。


 河に逃れた『四女』が乗っているのと同じような早舟で追わせ、迫ったが、『剣』の目くらましにやられた。


『4』の矢も舟には当たったがそれだけに終わり、ついに陽が落ちて見失ってしまった。


 その後も自分は漕ぎ手を脅して追跡を続け、『3』と『7』も別な小舟で追いついてきた。


 一方で、『1』たちは、自分たち『風』の手の者とつなぎをつけていた。


『風』はカラント王国の影の組織であり、その手は全国に及んでいる。

 当然タランドン領にも、ドルーの城にも街にも協力者がひそんでいる。

 そういう者たちを秘密の合図で見つけ出し接触し、協力を要請。


 こういう時のために自分たちには表の身分も与えられているし、それにふさわしい振る舞いもできるよう訓練されている。


 それを利用したのだろう、『4』が堂々と軍船で下ってきた。

 煌々(こうこう)と無数の火を灯した大型船の舳先(へさき)に、強弓を携える精悍な『4』がたたずむ姿は、男の『6』でも見とれるような見事さだった。『5』が見れば惚れ直しただろう。


 その後は、軍船および『4』に従う多くの兵により、夜の河を行く船を臨検していった。

 逆らう船は容赦なく沈め、皆殺しにした。『4』の矢を逃れられる者などこの世にいない。


 重要な情報を得られたのは深夜である。


 河を下る西行きの船は、船頭と舵取りが起きていて夜の間も移動し続けるが、河をさかのぼることになる東行きの船は、漕いで進むにせよ河岸から綱で引いて遡上(そじょう)するにせよ、夜の間は移動を止めて(いかり)を下ろしていることが多い。


 そういう東行きのある船に、ずぶ濡れの兄弟が乗っていたのだ。


 もちろん『6』が見知った顔だった。

『四女』を乗せた船を漕いでいたやつらだ。


 苛烈な手段を使うまでもなく、兄弟の方からしゃべった。

 どこにでもいる河賊、小悪党で、こちらの殺意と実力を即座に見抜き、生かしてもらうためにぺらぺらと全てを白状してくれた。

 もっとも「ルナ」という名前を耳にしているので、どうあっても彼らに生きのびる道はないのだが。


 河の中央で『剣』を襲おうとしたところ、舟が砕けて、『剣』もその奴隷も沈んでいったという。


 そして、自分たちも水中に投げ出されて、浮かび上がろうと泳いでいる途中で、足の下、河の底だろうあたりを、真っ赤な光が横へ流れていったとのこと。


 自分たちの緑色の光とは違うが、『流星』だと判断した。

 異国にはそういうものもあるという知識だけは持っている。


 他の船の者からも、赤い光の目撃証言は得られた。

 そこから大まかな上陸場所は推定できた。


 だが、『流星』を使ったならば、そこからさらに大きく移動した可能性もある。

 あるいは上陸したように見せかけて、河岸から、通りかかった船に飛び乗って下っていったかも。

 自分たちならそういう真似もできる。ならば『剣』にもできる可能性があると考えるべきだ。


 ドルー城から馬で陸路を移動して追ってくる『1』にそのことを伝達。


 広く(あみ)を張ることになった。


「『5』の呪い、全然効いてないしー!」

「効いていたからこそ、こうなっているのかもしれんぞ。ドルーでわしらだけで追いついておったら、『剣』にやられていたかもしれん」


『3』が年の功で『7』をなだめながら、相手の意表を突いた行動にそなえて、東のドルーの方へ戻っていった。


 他の面々は西に散らばる。

 一睡もすることはない。過酷だがよくあることだ。


 そして『6』は、これまで通り、『四女』を追跡し続ける役目についた。


『四女』についている(バール)の臭いも、投げつけた粉も――ひと粒でも付着すれば後を追えるものだったのだが、完全に水没されてはさすがにどうしようもない。


 しかも雨まで降ってきた。

 水から上がった濡れ跡を探すつもりだったのだが、それも困難になる。


(呪い……か)


『7』の幼い声を思い出しつつ、『5』の呪いの効力について少しばかり思いを巡らせた。


 呪いというのは、打ちこんだ剣が盾で弾かれるように、相手の防護方法次第では、返されることもある。


 ランダルというあの村長の記憶から得た情報によれば、『剣』は薬師としての知識があり――『流星』と『目よけ布』を所持しているところから見て、さらに他にも魔法具を持っている可能性は高い。

 本人が魔導師である可能性もある。

 それなら呪いを返すことができても不思議はない。


 ほんのわずかの差で『四女』を捕獲し損ねたり、においが流れてしまう完全な水没、痕跡を消してしまうこの雨も、返された呪いによるものなのではないか。


 ……もっとも『6』は、『7』のように『5』をなじる気持ちはかけらも持たない。


 相手のあることであり、相手も必死であり、全力を尽くしているのだ。うまくいかないことなどいくらでもある。


 そこは、何度も任務に就き色々な経験をしてきたからこそわかることで、若い――幼いと言っていい『7』がまだわかっていないのも仕方のないこと。


 あの年齢で「数つき」にされるほどに能力は素晴らしいのだから、今回の経験から成長してくれればいい。


 自分については、しくじったことはすぐ頭から追いやって、次にやるべきことをやるだけだ。

 怒りや焦りなどの感情は、任務が達成された後でじっくり思いだし、時間をかけて解消する。


 なので、休んだ。

『風』の最精鋭とはいえ人間である。休んだ方がより長く働き続けることができるのは当然だ。


 雨が降り始めた以上、朝を待たなければ上陸し痕跡を探すことは不可能だ。ならば寝ておく。合理的に判断し、舟を配下にまかせて、横になった。


 そして今、周囲が見え始める時刻になって目覚めた。


 新たな追跡の始まりである。


「…………ううむ」


 しかし『6』は少しばかりうめいた。


 脳裏に『剣』――剣聖、フィン・シャンドレンという女剣士の、素顔と、肢体が躍動している。


 いま生きている者の中では、『四女』を除けば、自分が最も間近で見た人間のはずだ。


 自分たちと同じような『目よけ』の効力を持った布をかぶっているため、舟の上には『四女』と漕ぎ手しかいないように見えていたところに、飛び散った粉を払うため、突然出現した。


 すばらしく魅力的な体だった。


 動きやすい、体の線がわかる服装をした背の高い肢体は、見事に均整が取れ、胸はたまらなく豊かで、腰は細くくびれて、感嘆するほど充実した下半身が船上でバランスを取るために張り詰めていた。


 遠目ながらも顔は見えた。


 夕陽に輝く水面の上に、女神がいた。


 記憶をのぞいたランダルが崇拝の念を抱いたのも、漕ぎ手の兄弟が彼女について話す時は夢見るような目つきになったのも、諸外国の身分ある者たちが何人も嫁にしたいと望み賞金をかけて捕らえようとしているというのも、本物を見た今、心から理解できた。


『風』の最精鋭として、任務中に色香に惑うことはないはずだったが、あれは自分でも危うい。


 追跡し追いついたとしても、間近で素顔の彼女と対峙した場合、動揺してしまう可能性が高い。

 向こうがそれを狙ってくることは十分あり得た。


 ゆえに、逆に、今のうちに強く思い返し、自分が劣情を抱いていることも正直に認め、心身を慣れさせておく必要があった。


「私はここから追う。お前は戻れ」


 舟を漕ぐ『風』の者に言うと、『6』は雨の河岸に上陸した。


 赤い光が岸に上がったならばこの辺りだろう、という荒れ地。


 舟が離れ、ひとりきりになると、『6』は遠慮なく普通の男に戻り、麗しい女剣士を思い出して存分に劣情を解放した。


 ――今後のために必要な時間が過ぎると、『6』は忍びに戻り、捜索を開始する。


 雨だが、灰色の空は自分には十分な明るさだ。


 むしろこの濡れた地面なら、足跡が深くつくことを期待できる。


 猫背にし、泥の上に顔を滑らせ続ける。


 足跡を残さないように、できるだけ石を踏むようにするのは、自分たちもやることなので、それも探る。不自然に傾いている石や、踏みつぶされている河蟹などがあれば怪しい。


 夜に上陸したはずだから、草を踏んでしまうというミスも期待できた。踏みにじられた草というのは最も見つけやすいものだ。


 上流から下流へ、荒れ地の水際を一通り通過したが、それらしい痕跡は見つからなかった。


『流星』を使って、水中から一気に陸地へ飛んだ。そういうことだろうと考え、今度は少し陸地側を、下流から上流へ探ってゆく。


「……ほうほう。あった」


『四女』の足跡。


 雨で輪郭は崩れているが、大きさも靴の形状も体重も、知った通りのもの。

 ここへ来た足跡はない。ということは河から飛んできたのだ。


 ならば『剣』の痕跡は…………。


「ふむ。這いずった、のか?」


『四女』の側にあるはずの足跡が見つからず、不自然に潰れた草や土を掘ったようなへこみがあった。


 うつ伏せに倒れ、そのまま這って移動したのか。

 脳裏の麗しい女剣士の姿と合致せずやや困惑。


『四女』の足跡を主に追い――。


「む、まずい」


 雨が強くなってきた。

 しかも岩が多い。土を踏まずにかなりの距離を移動できてしまう。岩についた泥などは流されてしまう。


 足跡がほとんど見つからなくなった。


 一度水没したのだろうから、火を焚いて体を温め衣服を乾かすことは当然予想できて、その煙が見えないか、臭いや痕跡も探して回る。


 唯一、雨がありがたいのは、『目よけ』の効果を弱めてくれることだ。


 ドルーの広場で自分も見過ごしてしまったように、『目よけ』の布をかぶっていると、視界内に存在していても気づくことができない。

 だが雨の中では、雨滴がそこだけ不自然な跳ね方をするため、輪郭が浮き上がってしまうのだ。

 まして動けば、不自然さはさらに増して――認識阻害の効果は弱まり、破れやすくなる。


 持ち主である『剣』はそのことは十分承知しているだろうから、この雨の中では動くまい。


 見回し、この荒れ地の中で最も高い場所に『6』は陣取った。


 もう痕跡を追うのは難しくなったが、雨が上がれば、動き出す姿を見つけられるかもしれない。


 そして雨は、午後になればやみそうだと『6』は見ていた。

 エラルモ河の向こう、風上にあたる北の空が明るくなっているところからそう判断した。


 ここからは「待ち」だ。

 狩猟でも、獲物が動くまで、巣穴から顔をのぞかせるまで、狙い所に通りかかるまで、ひたすら待つことは珍しくない。何日も隠れ場所で待ち続けることすらある。『6』は慣れていた。


『剣』と同じように頭から『目よけ』の布をかぶり、体は楽にして、半ば眠った状態に入りつつも、周囲の気配だけは探り続ける。


「………………」


 北から晴れ間が広がってきた。


 雨がやむのはもうじきだ。

 そうなれば、もしこの辺りにひそんでいた場合、『剣』は動き出すだろう。


 濡れた土の上を走る、馬蹄の響きが聞こえてきた。

 晴れ間とは反対側、ここより南を、東から西へ駆けてゆく。


 その辺りに街道があることを『6』はもちろん知っている。

 ドルー城の異変をタランドン本城へ知らせる伝令だろう。


 普段自分たちを見下している騎士どもが仲間たちに次々と討たれてゆくところは、正直に言って、すばらしく爽快だった。思い出して『6』の口元はわずかにほころぶ。この任務を与えてくださった王太子、いや新王ガルディスへの忠誠心を新たにする。


 そして。


「あ!」と上がった、かすかな声を聞き取った。


 人の声。

 少女の声。


 目をはしらせる。


 いた。

 大きめの岩の上。


 雨の中、『四女』が姿を現していた。


呪いにやられた(自己申告)王女が狭い空間でムラムラしている間、追跡者たちは不眠不休で動き回っていた。追っている相手の様子を知ったら、彼らの殺意は倍増するだろう。次回、第60話「さかり」。直接ではないがキモい描写あり。

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