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51 あと一歩

視点変わります。宿に入れず広場でモグモグしている間に何が起きていたか。


 レンカは刃の血をぬぐって、大きく息をついた。


 たっぷり殺せた。

 このドルー城にいた貴族連中を、その護衛を、何人も何人もぶっ殺した。


 外にいた騎士どもより腕の立つ護衛と魔法使いがいて、少し手こずったが、『1』と『3』が来てくれたので片づけられた。


「どうだ。『四女』はいたか」


「いなかったね。気をつけてたから、女の子の貴族は殺さないようにして、最後に顔を確認した上で首をはねたけど、『四女』はいなかった。『剣』も出てこなかった」


「城主と騎士団長が迎えに出ていたということは、やはり西の城門付近だったかのう」


「追われていることを『四女』が告げていた場合、どこかに隠した可能性もあるな」


「うえぇ、この城全部探すの? 『6』にまかせようよー」


「『6』は、この城で飼われている犬を手なずけに行ったぞ。そちらはまかせて、わしらは別なところから探すとしよう」


「どうすんの?」


厨房(ちゅうぼう)じゃ。どこに『四女』を隠したとしても、食事を与えぬということはないじゃろう。最も良い食事を用意し、運ぶよう言いつけられた者がいてもおかしくない」


「なるほど!」


「同じように、『四女』を着替えさせたり湯浴みの支度を言いつけられた者がいるかもしれないな。私はそちらを探してこよう」


「……ん?」


 何かが引っかかった。

 城門から入りこんだ時も、同じ感覚を抱いたことを思い出した。


 一体何だろう。

 忍びの訓練を受ける中で、そういう引っかかりは決して軽視しないように教えこまれている。


(『1』の言葉で引っかかったということは…………着替え、湯浴み……)


 レンカは脳内に、最も新しい『四女』の姿を思い描く。

 ランダルというやつの記憶……傷を治された、奴隷に扮した王女の姿。


 その王女を城のやつらが迎え入れたら。

 奴隷の証である粗末な首輪などすぐに外させ、きれいな服を着せ……。


「………………ああああああああああああああっ!!!」


 レンカは忍びの心得も忘れて絶叫した。


()()! あいつだ! あれだああああああああああっ!!!」


 城門の外にいた、顔を腫らした、ひどい火傷を負っていた奴隷の子。


 同じ首輪!

 服も、マントやフード、背負い袋などで隠れていたが、思い返せば同じものだった!


 貴族にいじめられている構図と、助けられた達成感と、すぐそこにあった美味そうな獲物の気配で、見過ごしてしまった!


 他の六人も、レンカが先に突撃したことで慌てて、道の脇にいた彼女に気づかなかった。


 そして城門は、閉ざされてしまっている!





 ――話を聞いた『1』は、即座に全員を集め、城を出た。


 城壁に登れば、飛び降りることはたやすい。

『流星』のわずかな使用で全員が着地する。


『6』が見つけた、この城で飼われている軍用犬を、また『2』が抱いて飛び降りてきた。軽く目を回している犬をなだめてやる。


 死体ふたつとその首はまだ転がったまま。槍に串刺しにされた馬の死骸も。


()()か」

「はい。この木の陰にいました。貴族どもと兵士に囲まれてしゃがんでいたので、いじめられてるって思って……おでこに大きなこぶが盛り上がっていて、この辺りから頬にかけて、こう、ひどい火傷の痕がありました…………ごめんなさい!」


「仕方ないだろ。まさか、城門が開いているのに中に入ってねえとはなあ」

「王女が顔を焼いて人相を変えていたなど、気づく方が無理じゃよ」

「……予想外だ」

「やったのかしら、やらせたのかしら。後で治癒魔法使うにしても、とんでもないことやるわね」


 仲間たちは口々に言ってくれるが、実際のところレンカが突撃したために慌てて馬を走らせ城内に突入したわけで――ひと目視界に入れていれば首輪に気づいただろうベテランばかりなのだから、完全にレンカのミスだ。


「くっそおぉぉぉぉぉぉ!」


 レンカはこの大失態を埋め合わせるために、全力で働くことを誓った。


 においをかがせた犬が、悲鳴をあげて尻尾を巻く。


「ありがたい。(バール)の手をずっと持たされていたのだ、においはまだ濃く残っている。この往来の多い道で馬の(ひづめ)を見分けるよりずっと楽だ」


『6』が犬に強く命令し、綱を取って追跡させはじめた。


 レンカと『3』が同行することになった。


『1』『2』『4』はまた城に入りこみ、城門を開かせ馬を確保する。


『5』はその場にとどまると言い出した。


「ここはいい感じだわ。ちょうど使える死体もあるし。私は今から『剣』に呪いをかける」


「殺すの?」


「そんなのは何日もかけて儀式を行わないと無理よ。

 今できるのは、簡単なことだけど、『剣』にとってあらゆる物事が上手くいかなくなるようにしてやること。判断は間違える、狙いは外れる、肝心のところで足が滑るみたいな、()()()()()()()不運が続くようになるわ」


 地味と言えば地味だが、殺し合いの場でそうなることがどれほど恐ろしいことか、その世界に生きているレンカにはよくわかる。


「陽が沈む頃くらいには効果が出始めると思うから、頭に入れておいて」


「わかった。がんばれ」


「ありがと」


 姉というものがいたらこんな感じだろう、という笑みを『5』はレンカに向けてくれた。




 ――そしてレンカは猫背の『6』の後について移動し始めた。


「橋を渡った?」


 犬の動きに戸惑う。城が大騒ぎだし、そもそも『四女』は西にあるタランドン城を目指しているはずなのだから、一目散に西へ馬を駆けさせたと思っていたのに、逆方向へ橋を渡っていた。


「街へ? なるほど、船を使うことにしたのか」


 犬を先頭に、三人はドルーの街へ入りこんだ。


 城の騒ぎはこちらには波及しておらず、衛兵がそこかしこに立って住人たちを落ちつかせている。


「止まれ。何だ、お前たちは」

「罪人を探している」


 秘密組織『風』が活動するときの、表の身分である巡察官の身分証を出す。

 何種類かあるうちから、今は下級貴族である騎士の名前が書いてあるものを使った。高位貴族を偽装すると平民でもある衛兵たちが護衛にくっついてきてしまうので、位階が低めのものにする。


『6』に見せられたそれで、衛兵たちは道を開けた。


 街の中心、広場に踏みこむ。

 人はほとんどいない。城の異変で家に閉じこもり、動ける者は船着き場から逃げようとしているようだ。

 犬はひたすら西へ、城の方へ向かってゆく。


 レンカの鼻が、いい匂いをかぎとった。


 広場に、一台だけ出ている屋台があった。

 客として訪れた衛兵に何かを作っていた。

 若いレンカの腹がうずいた。


「……『四女』は、いいもん食ってやがるんだろうな」


「そうじゃろうのう。この年まで生きてきたわしでも、食べるどころか見たことすらないものを、たらふく口にしておることじゃろうよ」


「まったくムカつく。食ってるとこ襲えたらいいな。メシごとぶった切ってやる」


「実現できそうだぞ」


『6』が言い、犬が小さく吠えた。


 広場から西へ通りを進んだ先、城のすぐ前、この街では最も上等な宿だった。


 濃厚な緑色に塗られた鈴が掲げられている。四代前の国王の色だったはず。その頃に何か名誉をたまわったことを自慢するもの。くだらない。


 煙突からは炊煙が上がり、夕食を提供する支度を進めている気配だ。


「山越えで疲れ果てたのだろうな。だから船を選べず、宿をとって休むことにしたというところか。西へ逃げずにこの街にとどまるのも、我々の裏をかいたつもりだろう」

「へへっ、お姫様は軟弱だねえ。一番いい宿に泊まるなんて、見つけてくれって言ってるようなもんだ」


 しかし、さすがにレンカもここですぐ突撃はしない。同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。


 まずは(うまや)に向かった。

 いい馬がおり、騎士ネレイドの名が刻まれている(くら)があった。磨いていた馬丁はその場で殺した。平民なので、苦しむことのないように一瞬で。


 犬が反応する。間違いなく『四女』はこれに乗ってここへ来た。


 万が一にもこの馬で脱出されないよう、『6』と犬がこの場に残ることにする。


『3』が、白髪の顔を出し、優しげな笑みを浮かべて玄関から入りこんでいった。レンカも孫のように微笑を作ってついていく。


「ごめんください。ちょっとよいですかな」


「ああ、すみませんが今、満室で」


「いやいや、泊まりじゃないんじゃ。さっき立派な馬を見かけてな、もしかすると、知ってる方かもしれなくてのう。それがここにいたもんで、だったらご挨拶にと思ってな」


「ああ、そうですか。その方のお名前は?」


「女の子の奴隷を連れておるご令嬢じゃ。おられるかな?」


「奴隷連れの貴族のお嬢様なら、確かに先ほどいらっしゃいましたが――あなたのお名前は?」


「……()()ぞ」


『3』が言うなり、レンカは横へ走った。


 隣の間にいた、この宿の用心棒を一刺しで殺す。


 亭主の妻だろう女性も無音で片づけた。


 戻ると、『3』は片手で亭主の喉をつかみ、指を食いこませて声を封じている。顔はずっと笑顔のままだ。


「その令嬢は、どの部屋におるのかな? 護衛の者は?」


 わずかに力をゆるめ、白状させてから、心臓に針を突き刺して息の根を止めた。


 受付台について居眠りしている。そういう風に見えるようにする。

 他の従業員が異変に気づいた様子はない。


『3』とレンカは無音で階段を駆け上がった。


 二階の奥。最も広く、良い部屋だ。


 そこでまず、懐から取り出した小袋の中に、小さな火種を入れる。


 袋から煙が立ちのぼり始める。


 視線でうながされ、レンカが小さく咳払いして声を作った。


「失礼します。お嬢様に、亭主より差し入れです」


 ノックし、従業員の少年であるように丁寧に言う。

 この程度のことは『風』の者なら誰でもやれる。


「よい心がけだ。ありがたくいただこう」


 男の声がして、ドアがわずかに開かれた。


 その隙間から、『3』とレンカは上下に分けて、煙の出ている小袋を投げこんだ。


 そして大きく飛び離れる。『剣』が攻撃してくる可能性を考えてのこと。


「きゃっ!」

 と、女性の悲鳴が聞こえて、咳きこむ音がして――。


 人が倒れる、重たい音がした。ひとつ、ふたつ……みっつ。


 投げこんだのは眠り薬だ。煙を吸いこめば眠りに落ちる。斬ったとしても中の粉末が飛び散り、むしろ効き目は強くなる。


 それから少し待って――室内で動く者の気配がしないことを確かめてから。


 慎重に扉を開けた。


 男が倒れていた。剣士でも何でもない、ただの従僕。


 布で鼻と口を覆い、そこでもう少し待つ。


 男も、部屋の奥の方でも、誰も動かない。

 入りこむ。


 奥には、豪奢な髪をした貴族の女が、椅子にかけた状態で眠りに落ちたらしく、髪に引っ張られるように後ろに首を倒して白目をむいていた。


 幼い奴隷の女の子が床に倒れていた。


「…………違う」


「『四女』でも『剣』でもない……じゃと? どこで入れ替わった?」


 レンカはとりあえず、さらけ出されている貴族女の喉を切った。太い血管は避けたので死ぬまで時間がかかる。貴族にはふさわしい死に様だ。


 奴隷の子は寝台に寝かせた。ひどい扱いを受けているのだろう、その体が軽すぎることに涙ぐんだ。


「リセナ・レッセか」


『3』が荷物を手早く漁り、身分証を見つけ出す。


「エリーレア・アルーランではないな。どういうことかはわからぬが――聞き出している時間が惜しい」


 倒れている男も始末し扉を閉じて、二人は宿を出た。


『6』と合流。

 目立つことはしたくなかったが、やむなく、犬を宿の中に入れた。


 だが犬は、宿の奥へ進もうとはせず、外に出てしまった。


「まさか、あの下級貴族に、宿を譲ったとでもいうのか? 『四女』ともあろう者が?」


「他の宿にしたのかもしれん。とにかく追うぞ」


 犬は通りを戻り、広場の一角で小さく吠えた。


「ここにいた、じゃと!?」


「くうううううぅぅぅぅ! またか!」


 レンカは歯噛みした。自分たちのものとは違う、ぼろぼろの認識阻害の布をかぶった『剣』がこんなところにいて、『四女』を隠していたのだ。


 ひょっとしたら自分たちが通り過ぎるところを見ていたかもしれない。

 激しく馬鹿にされた気がして、殺意が猛然とふくれあがった。


 年上の二人も、顔には出さないが、相当にムカついている気配。


 犬はそこから北へ向かった。

 レンカたちは走った。

 船着き場が見えてきたところで『6』は綱を放した。


「行け!」


 動物の扱いに慣れている『6』の指示のままに、犬は矢のように川べりへ飛びこんでゆく。


 三人も後を追って駆けこんだ。


 見回す。


 犬は、櫛の歯のように何本も河面に突き出している桟橋の、あるところに行き、吠えて主を呼んでいた。

 そこに船はいない。


 川面を見やるが、船は大小何艘も浮いており、まさに今岸を離れたところという船もいくつもあり、わからない。


『3』がこの船着き場をまとめている者を判断して、そこへ駆け寄った。レンカも続いた。


「あそこにいた船の持ち主は誰で、どんな客を乗せ、いつ出た?」

「な、なんだ、お前ら!?」

「言え」


 相手の手を針が貫いた。


 レンカも剣を抜き、とっさに剣に手をかけた背後の用心棒たちを戦闘不能にした。


 船の持ち主はカルディス、ディアランの兄弟。

 早漕ぎが得意。急ぎの客を乗せて河を往来している。つい先ほど出発。誰を乗せたのかは、報告の奴隷が戻ってきていないので不明。


「…………あれじゃ!」


『3』が指さした。

 川面に、二人の男が前後に位置取り、間に小柄な人影が座っている、細長い小舟が浮いていた。

 船出したばかりで、まだそれほど離れていない。


 その指を見た『6』が桟橋を突っ走る。先端まで行って、何かを投げつける。


 (さお)で防がれたが、粉が散った。少しでも付着すれば、独特な臭いを発し、また『6』の持つある道具にだけ反応するようになり、後を追いやすくするものだということをレンカは知っている。


 それを知っているのか、船の上に突然それまでは見えなかった人影が出現し、大きく布を振った。粉末を吹き飛ばそうとしているようだ。


 遠目にもありありとわかる、すばらしく魅力的な体をした、長身の女だった。


 ――『剣』。


(あれが……剣聖といわれるやつ、フィン・シャンドレン!)


 レンカは目をこらした。

 すごいやつ。でも王女を守る、憎いやつ。

 必ず殺してやる。

 自分と彼女との間に何かがつながったような気がした。


「俺はあれを追う!」


『6』が遠くまで響く声で伝えてくる。


 同じような、速度の出る舟を探し、持ち主に命令。

 犬を強く()えさせ、威嚇して乗りこんで――そこで衛兵が駆けつけた。


『6』は即座にその首を飛ばした。


 舟はすさまじい勢いで水面を走り出した。


 見送るレンカと『3』にも衛兵たちが向かってくる。


 街なかでも、あの宿で死体が見つかったのだろう、衛兵たちの吹き鳴らす笛の音がいくつも聞こえてきた。


 一方で、河の上の『6』が、自分たち『風』の使う笛を吹いた。


 吹き方で、ある程度の情報を伝えられる。

 追跡中。応援乞う。そういう意味だ。


 城から同じ笛の音が二度鳴った。了解したという意味だ。


 城には弓の名手『4』がいるはず。まさにこの状況ではうってつけの技の持ち主。


 レンカは衛兵を斬り殺しながら空を見た。


 太陽が、今まさに地に沈もうとしていた。


『5』の呪いがそろそろ効き始めるはず。


『剣』は、やることなすことうまくいかない、本人にとって良くない状況になるはずだ。


「……この手で殺したかったんだけどなあ」


 先ほど感じたつながりは、あきらめるしかなかった。

 せめて捕まえた『四女』の拷問ぐらいはさせてもらおう。


縦ロール令嬢は不運だった。カルナリアは本当にギリギリのところで逃れ続けることができている。しかし呪いもかけられた。はたして。次回、第52話「河賊」。

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[気になる点] 目撃者どころか何でもかんでも殺し回ってるけど殿下の統治後的にそれは大丈夫なんですかね…
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