45 恐るべき痕跡
兵士たちが「作業」を開始し、阿鼻叫喚が渦巻きはじめた村を出て、七人は山道に入った。
徒歩だがその移動速度は異常に速い。
そして、村にいた兵士たちも、山道への分岐点に立つ兵士も、七人ものフードをかぶった怪しい風体の面々が現れたというのに、まったく気づく様子がなかった。
彼らが身につけているのは、認識阻害の効力を持つ布である。
「『剣』も、これをまとっていますな」
「厄介だ。だが我らと違い、同じ装備をした相手と戦った経験はあるまい。そこが付け目だ」
忍びである彼らは、国内領主がそれぞれ抱える同業者、あるいは外国の組織と常に闇の中で争っている。
したがって、同じレベルの隠行能力を持つ者との戦いはむしろ得意であった。
山道を駆け上がると、犬を連れた『6』の部下がいた。
道を、倒れた木がふさいでいる。
「熊が出たというのはここか」
「はっ。こいつが『目標』のにおいをかぎつけた直後に出現しました。巨大な体と毛皮、吠え声に続いて木が倒れてきて、誰もが熊だと思い、こいつもにおいに尻尾を巻いたのですが――そのあと調べてみると、足跡も体毛も見当たらず………………木も」
倒れた木の、根元。
「折ったのではなく、斬ったのか」
きれいに切断されていた。
斬ったものを倒して道をふさいだのだ。
「そこの岩陰に『目標』のにおいが濃厚に残っておりました」
「ふむふむ」
『6』がそこへ登り、猫背をさらに低くして地面を探った。
「足跡は二人分。『四女』と『剣』で間違いない。他の同行者はなし。ほうほう。膝をついた跡。かがみこんだ低い姿勢で剣を振るったな。右利きの使い方だが断定は危険。振るったのは一度だけ、それで木を三本まとめて切断。すさまじい技量。刃渡りはかなりの長さ。女ゆえ、力ではなく速度と刃の切れ味を重視した剣技、となると剣は片刃だな。ひと薙ぎしてから勢いよく立ち上がって熊に見せかけたか」
わずかな痕跡からあらゆる情報を探り出す、『6』は追跡のプロである。
「そこから『四女』をかかえて、こちらへ移動……ここで下ろして、以後は別々に登っていったな」
犬と部下も連れて、さらに一行は山に分け入っていった。
渓流がゆるやかになっている川べりに着く。
別な犬と部下、兵士たちがいた。
「レントとエリーなる者、および兵二名が死んでいたのはここです。追いつかれ、殺し合ったとのこと」
地面には乾いた血の跡、同じく血のついた石などが残っている。
死体を運び出すのに大勢の村人がやってきたため、無数の足跡が入り乱れていた。
「あのくぼみに『目標』は身を落ち着けた様子ですが……ここから先のにおいがたどれません」
「ふむ。『四女』は、まず従者たちとここまで登り、従者が殺され、ひとりで道を戻り、村へ行き、それからまた登ってきた」
『1』が整理する。
「ゆえにここまではにおいが濃厚に残っているが、消えたとなると……『剣』が背負うか何かして移動したか」
視線を向けると、『6』が地面を這っている。
渓流沿いのこの場所にはまったく入ろうとせず、途中の山道で何かを探っていた。
「ほうほう。あったあった。これだ」
七人全員を呼び集める。
専門家の『6』でなくてもわかる、深く刻まれた足跡がひとつ。
「強く踏んだ。尋常ではない踏みこみだ。『四女』を背負って走り出したとしてもここまではならない。考えられるのは――『流星』」
『1』はうめいた。
「……『剣』があれを持っているというのか」
「はい。この深い足跡と、ここでにおいが途絶えたということから、それが最もありそうなことです」
「この先、上の方はどうなっている」
「このまましばらくはこのような山道ですが、高い崖があり、登れるところは一ヵ所だけだそうです。
馬は通れず、人が縄を使ってようやくという難所。時々登ることがある村の猟師が、その上に仮小屋を作ってあると。
すでにその猟師を案内に立てて兵士たちを向かわせてあります」
「うむ。さすがだ。
しかし、相手が『流星』で移動しているとなると、我らも使わざるを得ないな」
「はい」
「よし、使うぞ」
「犬を連れてゆきたいのですが」
「許可する。『2』、持ってやれ」
大型犬一頭を、巨漢が嬉しそうに抱きかかえた。
七人はしばし行く先を観察し確認してから、足首にはめた魔法具を起動させた。
緑色の星が山中に出現する。
それが七つ、高速で駆け上がっていった。
――白みがかった岩肌の崖が、横に長く長く、延々と行く手をふさいでいた。
その中に一ヵ所だけ、崩れている場所があり、そこに何本もロープが垂らされ、兵士たちが順々に登っている最中だった。
岩に新たな釘を打ちこんで縄ばしごを垂らせるように作業している者もいる。
途中で滑り落ちてしまったらしい無惨な死体もある。
そこを、緑の星が飛び越えてゆく。
体の重みなどないかのように、人の背丈以上の段差を軽々と飛び上がり、駆け上がり、あっという間に崖上へ。
兵士たちはみなぽかんとして見送った。
崖の上には小屋があり、そのかたわらに年配の兵士が数人へたりこんでいた。崖を登るので体力を使い果たしたようだ。
犬を放すと、すぐに目当てのにおいをかぎとって小さく吠える。
「ここで休んだな」
早速『6』が調べて回る。
「朝までここにいた。火は使っていないが煮炊きの痕跡。魔法具でも使ったか?」
床から何かつまみあげた。
「髪。片方は『四女』のもの。とするとこちらが『剣』のものか」
長い、つややかな黒髪だった。
「それ、ちょうだいな」
『5』が言ってきた。
「ここは魔力の流れが悪いけど、麓の、どこかいいところで、呪いをかけるから」
『5』は、きわめて優れた能力を持つが、正式な教育は受けておらず、真っ当な魔導師が邪法と忌み嫌う技能を数多く身につけている。
呪いもその一種。対象の心身を衰えさせ、不運が訪れるように運命をねじ曲げてしまう。
「『剣聖』なんて言われてる相手を呪うって初めて。楽しみだわ」
『5』は淫靡に身をくねらせた。
小屋を出て、峠を越える。
「タランドン領か……厄介な土地だ」
タランドン侯爵は、新王ガルディスにも対抗する貴族たちにも一切与しないという従来の立場は崩さないだろうが、ガルディスの部下である自分たちが自領で暴れることを快くは思うまい。
侯爵を怒らせた場合、参戦こそしないだろうが、バルカニアにいるレイマール王子の帰国を助けて素通りさせるくらいのことはやりかねない。その場合各地の貴族たちが旗印を得て一気に勢いづく。それはガルディスにとっていいことではない。
だから、自分たちの活動は、できるだけ知られない方がいい――接触者、目撃者はしっかり消していかないと。
犬は着実に『四女』のにおいを追い、山道を下ってゆく。
急斜面の上に出た。
猟師を連れた兵士数人がいた。
山を登ってきた面々の、先頭だろう。
兵士たちは、自分たちをここへやった『6』を見るなり即座に敬礼した。
猟師は怪訝そうにしていたが、連れている軍用犬を見て、彼らがただ者ではないとすぐ理解したようだった。
「ここまで、誰かいたか」
「いんや。小屋は使ったみたいだが、荒らされてもいねえ。しかしここを降りていったってのもなあ……」
「降りられないのか。向こう側の崖よりはましに見えるが」
「岩がもろくて、登るのも降りるのも危なすぎるんですわ。持ってきた縄も足りそうにねえ。それに降りた先はタランドンの、ワグル村ってんですが、そっちの縄張りなんで、この人数の兵隊さん連れて降りてったら、殺されても文句言えねえです」
「そうか。ではここまでで充分だ。案内、ご苦労だった。
…………ところで――」
『6』は猟師に小声で問うた。
「ローツ村の者だったな。先日村に来た者のことは知っているか」
「ああ、主人が殺されちまった奴隷だろ?」
猟師の首が落ちた。
「お前たちは、この者を片づけてから、来た道を戻れ。他の者にも伝えよ、もう登る必要はない。帰営してよし」
兵士たちには、貴族軍と戦うという大事な任務がある。
もっとも、余計なことを広めぬよう、ビルヴァの街へ戻るなり最も危険な戦場へ投入されることになるだろう。
その間にも、犬が急斜面の一角に這い寄り、小さく吠えた。
「ここ……だと?」
岩がそこで崩れている。
『6』は犬と同じようにそのあたりを這い回った。
「どうだ」
「『剣』がここに立っていました。『四女』はそこをこう、駆け下りてきて……ここで足を突っかけたらしく、転び――岩が崩れて、ここから落ちていったようで……」
「なぜこんな危険なところで走るような真似を?」
「わかりません。痕跡がそうなっている、としか私には」
「落ちていったとなると……」
斜面の下をのぞきこんだ。
ほとんど垂直に思える、到るところにひび割れが走っている危険すぎる急斜面。
ここから落ちた場合を想定し、終着点を目測する。
何もない。
「行くしかあるまい」
七つの「星」が、斜面を駆け下りた。
下りきるなり、『2』が抱いてきた犬が、即座に警戒吠えを放った。
「本物だ」
爪痕も禍々しい極太の足跡、木の幹に擦りつけられた体毛。
「『剣』と『四女』の足跡です。走って逃げています。落ちてきた『四女』が熊にぶつかり、追いかけられたとしか見えませんが……そんなことがあり得るのかどうか……」
「解釈は後だ。『四女』が負傷せず、走って逃げたということがわかればそれでいい。追うぞ」
だがその前に、『1』は空を見上げた。
太陽はほぼ中天。
まばゆい空を、猛禽類が舞っている。
これから下る先の、山中に急降下してゆく。
何羽も。
この先に何か、それらが群がる大きな獲物があるということなのは間違いなかった。
七人は木々の中に駆け入った。
犬と『6』が先を行く。
「ここで、『剣』が『四女』を抱き上げました。足跡の深さが変わっています。直後に――ここで『流星』を使った様子。飛んではいませんね。前へ、少しだけ……」
着地した足跡を発見。
犬も再びにおいを見つけ出した。
だが。
「お待ちを!」
『6』が鋭く叫び、犬も異様なうなりを発した。
『6』は、地べたに顔がつきそうな猫背から、伸び上がって木の枝に手を伸ばす。意外に長身だ。
「倒れた跡。しりもち? この枝の表皮が……これは、『剣』が『四女』を背負って駆けていたところ、この枝に『四女』が頭をぶつけて、落ちたのか……」
そして、犬が最大限の警戒を示す「もの」がそこにあった。
犬ならずとも、人の鼻でも容易にわかった。
血の臭い。
獣の臭い。
異様なものがそこにあった。
熊の――鼻面と、爪も猛々しい、前脚が一本。
草の上に落ちている。
その周囲が血まみれだ。
固まってはいるが、それほど時は経っていない。
「こ、これは…………こんな……」
「どういうことが推測されるか、それだけを言え」
「……背負われていた『四女』がこの枝に頭をぶつけて、落下し、そこへ熊が襲いかかり――こう、飛びかかったところを、下から斬りあげ、顔面と片方の前脚を切断し……斬られた熊は、血を撒き散らしながら、あちらへ……」
『6』が示した先は明るく、すなわち開けた場所になっていて。
血の跡と押し潰された草木が一直線に道を作り。
渓流の水音が響く、その下方から。
人の声がいくつも聞こえてきた。
答え合わせ回。フィン・シャンドレンは平気で嘘をつく。あの人物の言葉を信じてはいけない。次回、第46話「追跡する死神たち」。犠牲者は増え続ける。残酷なシーン多数。




