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284 帰国



「せーーーーのっ!」


 大勢の気合いの声と共に、巨大な骨が、揺れ、持ち上がり始めた。


 男たちが筋肉をふくれ上がらせて、持ち上がった場所に丸木を突っこみ、さらに持ち上げて……。


「よーいしょっ!」


 ファラの声がして、魔法の風が巻き起こる。


 骨に回したロープ、その先に張られた大きなむしろが、地上から風を受けていっぱいにたわみ、引き上げる力となる。


「せやぁぁぁっ!」


 ついに、骨が完全に持ち上がり、人間たちにかつがれた。


「どうでしょうか?」

「一度持ち上げてしまえば、どうにか……(ずい)を抜き乾燥させた骨とはそれほど重いものではないのですが、この大きさだとなかなかに……丸木を組んでかつぎ台を作り、二十人ほどで、交替させながら運んでいくことでどうにかできると思います」

「よろしく進めてください」

「おまかせください!」


 副長は、興奮に顔を紅潮させていた。


 グンダルフォルムの首。

 偉大なるレイマールの功績そのものであり、新女王カルナリアの象徴となること間違いなしの代物だ。

 何しろ討伐されたという事例が、世界で初めてなのだから。

 これをカラントへ持ち帰ることで、どれほどの衝撃を与えることができるだろう!


 砦を囲む胴体に、丸木で組んだ、乗り越えるための「橋」がかけられている。

 そこを越え、岩塔が立ち並ぶところもこの骨を通せるように道を作り、さらに……。


 カルナリアはこれまで越えてきた道のりを思う。

 あの九十九(つづら)折りのところ、あそこをこれをかついで通過するのは、想像するだけでぞっとする。




「ほい、肉と、皮と、骨と、骨の中の(ずい)、目玉、舌……」


 ファラが、次々とグンダルフォルム()()()()()を並べさせる。

 留守にしている間に解体し、冷凍保存、あるいは乾燥させたり(いぶ)したりと色々工夫したものだ。


 あらゆるものを利用しようとする、これもまた人間というものだとカルナリアはしみじみ思った。


「皮は、なめして加工すればものすごいものができそうだけど、初めての素材だから、職人に渡して、色々試してもらうのに、時間いるね。

 鱗も、本当なら加工した方がいいんだけど、とりあえず洗ったものを紐で体につけるだけでもかなりいい防具になるよ。

 骨は、槍の穂先とか(やじり)にするのはもちろん、磨いて工芸品にもできそうだし、削った粉も薬に使えそう。

 まあそれについちゃ、こっちの、骨髄がすごいんだけどね。回復薬として、とんでもない効き目。怪我にも効くけどそれ以上に魔力回復力がすごい。私やカルちゃんでも、ひと舐めだけで全回復できそう。私はまだ試してないけど、案内人さんの魔力持ちがやってみてくれた。すごかったよ」


「それほどに……」


「舌は、薄切りして焼いて食べたら、最高だったそうだよ。

 美味しすぎて狙われて、警戒しなきゃいけなくなった。

 (いた)む前に凍らせた。功績あげた人にごほうびとして食べさせる、みたいな感じにするといいんじゃないかな」


「…………色々切り取るの、あのひとがやってくださったのですよね?」


「最初はね。私らの手持ちの道具じゃどうにもできなかったから。

 あれの骨を加工した(きり)とか刃物とか作ってもらって、それで何とかって感じ。あ、魔石は持ってかれた。見ただけでもすごかったよ」


「……お元気でしょうか」


「変わらないのか、寂しがってるのか、あれかぶってるからわかんないからね。とりあえず、私に手を出してくるなんてことはなかったよ」


「残念です。やられていたら、わたくしも同じところを同じように味わわせていただいたのに」


「目が怖いよカルちゃん」


「それで……これからはどうなさるのですか?」


「いいの? もうちょっとその話つきあってあげるけど」


「いいんです。どこかで見ていてくださるでしょうし……これ以上話していると、つらくなりますから」


「そう割り切られると、それはそれで、いじめたくなっちゃうね」


「お手柔らかに」


 カルナリアは大人の笑みを浮かべつつ、砦の中を見回した。


 ふもとに作られた「村」から魔力を遮断する白魔木(ワイタル)の樹皮を大量に背負い登ってくる者、持ちこまれたそれでグンダルフォルムの肉や血を入れた樽などを包み、背負い、運び下ろしてゆく者……。


 砦は、ガザードがいた時とは比べものにならない人数でごった返している。

 はたらくついでに温泉で一汗流してゆく者も、奥の洞窟に列を成していた。


「もうちょっとすれば、ここの木で作られた箱とか樽ができてくるし、ライネリオが雇った魔導師たちが来るそうだから、私の役目も終わりかな。(あれ)運ぶ手伝いしながらカラントへ帰ることになるよ」


「そうなると……レンカとは、お別れということになるのですね」


「あの子は、剣聖さんにくっついてくだろうからねえ。私も寂しいよ」


「ゾルカンさん、エンフさんたちとも、もうじき……」


「そうだねえ。一緒にグライルに入った面々で、一緒に戻るのは、私たちとカルちゃんと、ゴー君だけか」


「色々、ありましたね……」


「ほんとに。カルちゃんが成人してて、女王じゃなかったら、一杯やりながらしみじみ語りたいとこだよ」


「いずれ」


「はは、いずれ、ね……」


 ファラは反乱軍側の者だから、カラントに戻ればどこかでカルナリアから離れていって、敵として現れる……戦場で、自分に向かって激しく魔法を放ってくることだろう。


 お互いがお互いの首を狙い合うことになるのはもう決まっているが、それはそれとして、今は何事もなく一緒にいられるこの時間を、カルナリアは愛おしく思った。






 そしてついに、出立(しゅったつ)の時が来る。


「レイマール『太陽王』陛下の魂よ、よき風にて我らを包み、よき風にて我らの背を押し、よき風に乗りて我らの輝かしき未来をごらんあれ!」


 カルナリアは、整列した数百人を前に声を張り上げ、唯一残っているあの岩塔を刻んで作られた墓碑に祈りを捧げた。


 レイマール砦と名を変えたここは、カラント人にとっての聖地となるだろう。


「我らが祖国へ、出発!」


 号令に、無数の拳と歓声が応えた。


 すでに運び出され斜面の下に置かれているグンダルフォルムの首。


 それぞれグンダルフォルムのものを背負った男たちが、ぞろぞろと胴体を乗り越え砦を出てゆく。


 カルナリアは、今だけはぜひにと、丸木を組み合わせた輿(こし)の上に座らされて、四人がかりで持ち上げられていた。


 その上から、砦を見回す。


 これで本当に最後。


 バルカニアから戻ってきて以来、数日滞在したが、本当にただの一度も、あのひとが接触してくることはなかった。


 夜の間にふと訪れてくれることを期待していたのに。

 温泉にひとりきりで入り、あの穴をよじ登って岩棚に出てみることもしたのに。


 もうこの砦にはいないのではないか、そう思うほどに、その存在を感じることができなかった。


 確実に居場所を知っているはずのレンカも、カルナリアの周囲に常に兵士がついているようになってから、ほとんど見かけることがなくなってしまった。


「…………いつか! また! 必ず!」


 誰にとは言わず、耳にした者がそれぞれ想像するだろうことを、カルナリアは声を限りに叫んだ。


 必ず、ここへ来る。

 勝って。

 ガルディスに勝って。国を立て直して。

 フィン・シャンドレンに会いに来る。


 カルナリアは今はじめて、本当の意味で戦う覚悟を固めた。

 兄との殺し合いに身を投じる覚悟を。


「おーーーい!」


 声がした。


 砦に残り解体作業を続ける者はみな男性のはずなのに、甲高い、子供の声が。


「その顔、似合わねえってさーーー!」


 ひとつだけ残っている岩塔の上で、小柄な人影が手を振っていた。


「オレもそう思うーーーっ! お前はずっと間抜け面してろーーーっ!」


 なんだあれは、無礼者めと気色ばむ周囲をカルナリアは制した。


「やかましーーーーーーーーぃ! 見てなさい、次会う時は、ものすごい美人になってますからーーーーーっ!!!」


 カルナリアは輿(こし)の上で立ち上がり、腕を振り回して怒鳴り返した。


 やっぱり、自分を見てくれていた。

 大事な友だちのレンカとも、これでお別れ。


 叫び終えてから、笑い崩れて、担ぎ手たちに詫びて、腰を下ろして涙をぬぐった。





        ※





 これまで通ってきたところを再び訪れるのは、そのときどきに起きたことを思い出し、感慨深いものがあった。


 自分たちが縛られて連行された道をたどっていく。

 人間が歩いて通過するだけならともかく、巨大な首を運んでいけるように道を切り開く必要があるので、時間がかかる。


 歩きでは半日かからなかったが、温泉にたどり着くまでに丸一日かかった。


 男性全員が背を向けた中で、女王はゆったり入浴した。


(アリタさんがここで、男の人たちを励ましていましたね……)


 その中のモンリークはああいうことになったが、残る二人は生き延びて故郷へ帰り着いた。それぞれ失ったものも多いが、これからも元気で生きてほしいと願う。




 温泉から、山を越え、「峠」の方へ向かう。

 そちらは初通過だ。

 さすがにこの巨大な骨を運びつつあの「迷宮」を通過するのは不可能。


「『カルスの△□○』川を見られねえのは残念だがな」


「何ですかそれは!?」


 ゾルカンの言葉に、カルナリアは目をむいた。


 グンダルフォルムが削り、カルナリアが渡ってみなを鼓舞したあの流れが、そのような名前にされてしまったらしい。


「みんなあの一言でわかるんだから仕方ねえだろ」


「やめてください!」


 ……なお女王の懇願にもかかわらず、その名は後世に伝わってしまう。





 白銀の山嶺の足元、幅広くえぐられた谷間を通過する。

 標高は高く、また息切れと頭痛に襲われたが、歩きやすくはあった。


「確かに、ここでグンダルフォルムに襲われていたら……隠れる場所、なにもありませんから……」

「全滅間違いなし、だろ?」


 運ばれてゆく首を見上げつつ、カルナリアはゾルカンとうなずき合った。あれの脅威を直接知った今ではよくわかる。


 カルナリアの見た、グンダルフォルムの子供らしいもののことはすでに伝えてある。


 グンダルフォルムがいかに高く売れるか、その肉がどれほど役に立つものかは広く知られたので、当分はこの近辺で「グンダルフォルム狩り」が盛んになるだろう。


 いつ、人間が狩る側から狩られる側に回るかはわからないが……。


 ――案内人という言い方も、これからは変わりそうだ。


 グライル族、というひとつの部族として扱われる。

 少なくともカルナリアは今後そのようにするつもりだ。


 グライルをカラントに組み入れるなどという真似はしないが、グライル族は、カラント王がカルナリアである限り、友好関係を結び、積極的に交易を行うと約束してくれた。

 次代がどうなるかはその時にまた、ということに。


 息を切らせながら「峠」を越え……。


 降りて、また登って、鎚矛犀(ダリテウム)と遭遇したあの野営地に。

 もうあの巨獣の群れはおらず、薄れた足跡といくらかの倒木が痕跡として残っているだけだった。


「あの青い花、この辺にあるんだよね……場所聞いときゃよかった」


 ファラが未練がましくきょろきょろしていた。

 ちなみにフィンからは分けてもらえなかったようである。持っていたら、セルイが殺されかけた時に使っていたはずだ。





 そこからさらに進んで、あの九十九(つづら)折りに到着。


 巨大な頭を下ろすのに、ありったけのロープを使い、人手もかけて、完全に丸一日かかった。

 ファラとトニアが、襲ってくる魔獣を撃退し続け、魔力が枯渇するに至ってしまった。

 怪我人も大勢出て、カルナリアは『流星』を使って上へ下へ駆け回り続けて、忠実な臣下をさらに沢山手に入れる結果となった……。





 九十九折りの下は、フィンに包まれしばしの(いこ)いを得た場所。

 ここでしたね、とその場所にカルナリアは座りこんで想いにふけった。





 木々を切り道を開いて降り続けると、平地に出て、湖に到着した。


 後追いの補給隊の到着を待って、そこで丸二日休養する。


「アリは、完全にいなくなったんだな」

「そのようですね……よかった」


 石人本隊に踏み固められた地面は、草が伸びて、あの黒土も血吸蟻の死骸も見分けがつかなくなっている。


 湖畔の村も、再建はまだなされておらず、丸木を組んで布をかけただけの仮住居がいくつかあるだけだった。


 ここでも色々あった。

 ()()()色々あった。

 カルナリアは周囲を見回しながら思い返す。


 ここは今後も、グンダルフォルムの肉や鱗を輸送する際の重要拠点となる。

 人数を利用して木を沢山切り石を運び、後から来る職人たちが家を作りやすいように用意しておいた。




 そこからは、以前の道は石人の通過で崩壊しているので、知らない道になる。


 石人本隊が登っていったため山が大きく崩されなだらかになった、そちらの方に通れるルートが見つかっていた。


 あの時居残った者たちが、向こう側へ降りて、また戻ってということを繰り返して安全を確認したようだ。


「カルナリア陛下へ、献上品にございます」


 崩れた山の中から見つかったという、宝石の原石が差し出されてきた。

 案内人たちでは加工できないため、あまり執着せず、下界に売る方を優先するらしい。

 ありがたく受け取る。

 のちに研磨された、握り拳ほどもあるその真紅の宝石は、「グライルの星」と名づけられ、真鏡王カルナリアの王冠の中央で美しく輝くことになる。




 傾斜はそれほどでもないが石ころばかりで足場の悪い、新たな道を、これも苦労して通り抜け――。


「うわあ……」


 今はカルナリアにもはっきり感じ取れる、死の汚泥がたっぷり溜まっている場所の横を通過した。


 どんな生命も存在し得ない汚泥のはずだったが、その表面には草がびっしり生え、魔力皆無ではなくなっていた。

 もっとも深々と泥が溜まっていることに変わりはなく、迂闊(うかつ)に踏みこむとめりこんで動けなくなる、危険な湿地帯なのだが。


「反省」


 原因が判明したのでもう魔力を炸裂させることはないはずのメガネ巨乳が、深々と大地に頭を下げた。


 カルナリアも思い出す。

 岩棚で起きた無数の事件。初めて触れた人の内臓。死の恐怖。

 レンカと力を合わせてフィンを助けようと駆け回ったこと。

 このメガネ魔導師の胸。

 フィンと、離れていなければならなくなったこと……。


 あの時の別離は、ほんの数日だった。


 ――これから先は、二度と……。


(いえっ! めそめそはしません! いつか、また、必ず!)


 強く自分に言い聞かせ、女王は祖国への旅を続けた。





 ついに、カラントが見えた。


 モンリークたちが手を振った場所。

 濃厚な緑の彼方に、薄い色合いの、優しい緑の大地が。

 バルカニアからここまでたどりついた者たちが、涙を流し声を張り上げた。


「では、お先に。タランドン侯に連絡し、女王陛下の帰還の準備を整えさせます」


 女騎士ベレニスと、騎士団副長が先行することになった。

 状況を伝えるにしても、身分ある彼らの方が効率がいい。

 カルナリアからすでに、タランドン侯爵ジネールは自領を荒らされないことを最優先に、そのためにならガルディスと手を組むことも辞さない判断をしたということは伝えてある。

 その点が心配だったが――。


「ご安心ください。派手に装い、カルナリア様のご帰還、『王の(カランティス・)(ファーラ)』、グンダルフォルムなどのことをたっぷり宣伝しながらタランドンへ向かい、また先に各地の領主に手紙を出し、我らをひそかに処断したところでどうにもならないようにいたします」


 そういうことにかけては、彼らは貴族社会に生きる専門家であった。

 剣を振るうだけが戦いではなく、先に出す一通の手紙が何百人という兵士以上の力となることはあるのだと、カルナリアはここでも深く学んだ。




 ……彼らが出発するのに合わせて、覆面の男の姿が見えなくなった。


「さあねえ。知らないなあ」と、ファラは露骨に誤魔化す。

 まず間違いなく、ガルディスと連絡を取ろうとして抜け出したのだろう。領内にひそんでいるだろう連絡員たちにつなぎをつけ、今後のために色々と手を回し……。


「もう処分してよろしいのでは?」


 トニアがささやいてきた。

 確実に敵に回り、恐るべき脅威となるだろうファラともども……と目で語っている。


 カルナリアがうなずくだけで、確実にやってのけるだろう。

 ファラは死と共に魔力を炸裂させるだろうから、カルナリアや他の者たちと離れたところで遠方からの攻撃で。あるいは眠らせてから。薬や魔法を警戒しているのなら、それ以外の手もいくらでも。


「いけませんよ。まだ敵対していないのに、いずれそうするだろうから、というだけで処分することは、わたくしは絶対にやりません」


 トニアは引き下がったが、自分の胸を手で押さえていた。

 いずれ、で先に心臓を切られているのが自分なのですが、という皮肉の意思表示。


「大丈夫です。本当に敵対した時には、あの人たちの首は落ちていると思います。あの人たちもその可能性を考えて行動するでしょう」


 これに関しては実際に、あの剣聖の、慈愛ではなく冷厳な一面が発揮されている可能性が高い。グレンを()()()()際に、セルイとファラにも同じ処置を施していて何の不思議もなかった。


 自分がそのようにされていることを承知した上で、なおも自分の信じるもののために知恵を巡らせ全力で働き続けるだろうセルイという人物、また彼をひたすらに愛するファラ。

 あの二人もまた、自分に沢山のことを教えてくれた。

 もうじき訪れるだろう彼らとの別れを前に、カルナリアはひそかに、深く感謝した。






 そして――ついに、その時が来た。


 崖を登らされた、あの秘密の入山口ではなく。

 グンダルフォルムの首を下ろすことのできるところから、下界へ、カラントの大地へ、祖国へ。


 それはすなわち、案内人たちとの別れの時。


「ありがとうございました!」


 すでに全員を知っている彼ら、ひとりひとりと言葉を交わし手を触れ合わせ、感謝を告げる。


「おさらばです」


 バウワウには渋い声と共に深くひざまずかれた。

 頭を撫でることを許してもらえた。


「エンフさん……!」


 彼女については、言葉をつむぐことができず、泣きながらしがみついてしまう。


「おう、よしよし。うちはみんな男の子だからねえ。あんたみたいな可愛い女の子も、持ってみたかったよ」


「ぐすっ……エンフさんを、見習って、わたくしも、大きく、頼れる、大人に、なりますから……!」


「女王様にそんなこと言われるなんて光栄だね。がんばりな。立派な王様になるんだよ」


「また会いましょう! 会いに来ます! いつか、必ず!」


「楽しみにしてるよ。元気でね」


「あなた方こそ、いつまでも! 危ないものに負けないで、ずっと、ずっと、お元気で!」


「嬢ちゃん、まあ、わかるが、ちゃんとしろや。女王様がそんなべそかき顔じゃ、しめしってやつがつかねえだろ」


 ゾルカンが豪快に笑って言ってきた。

 この髭面(ひげづら)にはとにかくそういう態度が似合っている。


「でもほんと、助けてもらったし、とんでもない目にも遭ったし、色々と、とにかくすごかったぜ!」


 笑って言ってきたゾルカンだが、ふと、真顔になった。


「嬢ちゃんは、これからが本当に大変なんだろうな。

 ……いいか。どうしてもまずくなったら、逃げてこいよ。

 王様かどうかじゃねえ、カルスっていう、俺たちの誰よりも勇敢で、優しくて、仲間思いのやつを、俺たちはいつでも歓迎するからな!」


 これ以上なく真剣に言ってくれたのに続いて、案内人全員が、いっせいに声を上げ、地を踏み拳を天に突き上げてから、その拳をカルナリアに向けてきた。

 同じ天のもとに生きる者として、お前を俺たちの仲間と認めるという、彼らの儀式だった。


 どの顔、どの目も、潤みつつ、笑っていた。


 カルナリアも目頭を熱くしつつ――拳を握って。


 髭面(ひげづら)の拳をかいくぐって、顔、左目に、押しつけた。


「いつかの、お返しです」


 笑って言った。


「おう、きついのもらっちまった! いい拳だったぜ! じゃあな!」


 どこまでも明るく、案内人の頭領は言い――。


「帰還!」


 親衛兵のひとりが叫び、隊列は動き出した。


 カルナリアはここでも輿(こし)に乗ることを求められ、その上から振り向き、手を振る案内人たちに、見えなくなるまで手を振り返し続けた。


 彼らの姿が木立に消えると、今度は行く手が明るくなり、大勢の人間の気配が湧き起こってくる。


 すごいものが来る、新たな王が帰ってくる……広められたその噂に応えて、近隣の貴族、好奇心いっぱいの住人たちが、群がってきているのだった。


 カルナリアは前を向き、気合いを入れ、額の『王の(カランティス・)(ファーラ)』に力をこめ『目』を全開にして、これから自分が治めることになる国へ、降りていった。


 ――友も、愛する者も、誰もいない、ひとりきりで。





 カラント王国暦三○八年。


 第二十代カラント王カルナリア『真鏡王』、ガルディスの乱を逃れて隠れひそんでいた天竜山脈より、グンダルフォルムの首を伴い、帰国。


 初夏の、雲一つなく晴れ渡った日のことだったと伝えられている。



砦を離れ、愛しい者とも離れ、これまでの旅路を振り返りながら戻り、案内人たちと別れ、ついに祖国へ帰りついた。

これだけでも歴史に残る偉業。

そこからさらに、歴史を変える女王の戦いが始まる。実の兄との殺し合いが。

次回、第285話「決戦を前に」。意外な人物が再登場。



※余談

 グライル編、これにて完全に終了です。

 ゾルカンやエンフ、バウワウら「案内人」たちともこれでお別れ。

 みな、初期プロットにはまったく存在していなかったのに、とてもいい、味わい深いキャラになってくれました。彼らが最後に「カルス」を仲間と認めてくれるところは、それぞれとの別れを書いている時に自然とその行動が浮かんできました。声をそろえて「オウッ」とあげる響きが本当に頭の中に聞こえてきたものです。

 ここからは戦記ものっぽくなります。時間や状況が一気に動きます。最終300話まであと少し、おつきあいくださいませ。


※さらに追加の余談

「別離」の回で「カルス」が後世で神話に取り入れられたというエピソードを書きましたが。

 このカルスがマーテルの「息子」とされた根拠のひとつが、この「カルスの△□○川」の名称だったりします。

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