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272 セルイの最期

残酷な表現あり。


「おっ、お待ちをっ!」


 凍りついていたところから我にかえり、カルナリアは慌てて立ち上がる。


「……大丈夫だ。殺しはしない」


 少し自分を落ちつかせたらしい、息をつく音をさせてから、フィンは言った。


 かがみこんで、唾液に濡れた死神の剣(ザグレス)の柄を湯で洗う。


「こいつも一応は男だ、見せてやる必要はないよ」


 セルイを爪先で蹴ってから、優しい声で言ってきた。


 カルナリアは困惑しつつ乳白色の湯の中に戻る。


「あの…………」


「後だ。まずはこいつを――レンカ」


「はいっ!」


 フィンが本気の怒りを示したからか、レンカはまるで彼女の忠実な臣下のように、カルナリアの姿のまま直立する。


「途中のどこかに置いてあるだろう、こいつらの服を持ってこい。それから、女王として、ゴーチェにエンフを呼んでこさせろ。岩の隙間から出てきた虫にやられた、とな」


「はい!」


 自分の姿が通路へ飛びこんでゆくのを、カルナリアは呆然と見送る。


 何がなんだかわからないままだ。


 これまで、フィンが怒ったところ自体は見たことがある。夜を徹して歩かされることになった際。オーバンに憑依した者がカルナリアを人質にした時。グンダルフォルムに対しても。

 しかしそれらは、殺気こそ漂わせていたものの、静かな、怒りというより恨みのような感情だった。


 こんな激しい――こういう言い方も妙だが、普通の怒り方を見せたのは初めてだ。


 つまり、それだけ感情が爆発した。

 その理由は…………セルイの一言。


(なが)のお別れ?)


 ただの別れではない。

 永遠の別れ。死。通常はその意味で使う。


 フィンと自分が、そういう別れを?


「………………」


 聞きたいが、自重した。


 恐らく、今それを訊ねても、まともな答えは返ってこない。


 フィン・シャンドレンは、いくらでもうそをつき、煙に巻き、カルナリアに真実を伝えないようにする。


 だからこそ、問いただすならば、そういう雰囲気になってからでなければ。


 とりあえずは、それには触れず――。


「あ、あの、ファラは…………大丈夫なのですか?」


 そっちに水を向けた。


 布をかけられたとはいえ痙攣はまだ続いていて、色々なものがはみ出し、たわみ、すごいことになっている。

 男性が見たらそれはもう大変なことになるだろう。


 (つか)とはいえ死神の剣(ザグレス)を口に突っこまれ――そうだ、あの魔力供給の際にも、神の力を魔力に変えて、フィンと接触することで流しこんでもらうか、あるいは死神の剣(ザグレス)を口にと言っていた……!


「邪魔をされたくなかったからな。

 もっとも、これに関しては罪はないので――このあと少々面倒になるかもしれないが、()()()()に飛ばした」


 ……神の世界!?


「まあ、通行(カランティス)(・ファーラ)なしで放りこんだのだから、言ってみれば王宮に入りこんだ不審者と同じ扱いを受けて、存在の奥底までほじくり返された上で送り返されてくるだろう――魔導師としてはきわめて貴重な経験のはず」


「あのっ!」


「お前に色々やってきたし、私の悪口も散々言っていた相手だ。だがお前を何度も助けてもくれた。だからいいだろう」


「…………」


「で、こいつだ」


 フィンはかがみこんだ。


 セルイは、血の気を失い目もうつろで、ブルブル震えるばかり。


 そこにはあの油断ならない感じはまったくない。

 ただのおびえる若者がいるだけ。


 レイマールに粛清されかけ、剣を突き刺されて死にかけた時ですら見せなかった姿。

 恐怖に心がすくみあがり、何も反応できなくなっているのだ。


「お前が嫌がるし、これから先、大いにお前の役に立ってくれるやつでもあるから、殺すわけにはいかない……が」


 フィンの声音に、凄絶なものが含まれた。


「これまでに、何度も、何度も、実に腹立たしいことをしてくれて……その礼は、()()()()()してやらなければ気が済まない……」


 ぼろ布の中で、もぞもぞと、何か動かしている様子。


「あのっ、何をっ!?」


「見ない方がいいぞ」


「いえ、お断りします! わたくしは、あなたのすることを、しっかり見届けなければならないのですから!」


 殺すことはしないと言ったが、何かしら、体に損傷を与えるようなことをするかもしれない。鼻や耳を削いだり。顔面に傷を刻んだり。

 なぜ激怒したのか。セルイが口走ったことの意味は。それを知るまでは、フィンに人に危害を加えるようなことはしてほしくない。


 だから、湯から出た。


「そんな格好で近づくな」


「この程度の者に見られたところで、どうということはありません」


「いや、問題はそこではなく、な……」


 ぼろ布の合わせ目が開かれた。


 カルナリアが知るとおりの、豊かな胸とすばらしくくびれた腰、充実の下半身を備えたフィンの肢体が、いつもの衣服に包まれてそこにあった――のだが。


 その麗しい手が。


 手袋――ではあるようだが、布で編まれたものではなく、透き通った、妙なぬめりというか光沢を帯びたもので、手を覆っていた。


「ある獣の、腹の膜だ。水を通さない」


 その透明な手袋をつけてフィンは、これも水を通さないものだったはずの、やや大きめな袋を取り出し。


「……お前と離れている時に、森の中で見つけたので、採っておいたものが――あれ(グンダルフォルム)に潰されていたんだが、むしろ好都合でな……」


 袋の口を開いて、手を突っこみ、中身を指で掻きだした。


「…………」


 カルナリアは硬直した。


 恐らく草だっただろう、刈りとられたものが、押し潰されて、ねっとりとした汁になっている。

 元の草の形が残っているところもある。

 黄ばんだふくらみ。太い茎。


 見おぼえが――()()


「いやああああああああああああああ!!!」


 カルナリアは絶叫した。


 塗られた時の感覚がよみがえった。

 顔の右半分に、激烈な()()()


 あれだ、あの草! 塗ったら()()()て「火傷」となる、あの!


 かゆさのあまり、気絶するほどの!


「ひっ、ひっ、ひぃぃっ、ひあああああっ!」


 カルナリアはお湯に頭から飛びこんで、さらに猛烈に顔面を洗いまくった。

 もうついていない、塗られていないとわかっているのに、そうせずにはいられなかった。


「…………こいつに、これを塗る。たっぷりと。

 もう誰が見ても、こいつとわからなくなるほどに」


「ひぃぃぃ…………!」


 カルナリアはその言葉だけでまた激烈なかゆみに襲われた。


 全身縛られ動けないセルイも、心が死んでいるが、本能が悟ったのか、もがき始めた。


 フィンが、その体にまたがる。


 ぼろ布が後ろへずり落ちて、濃密な黒髪が流れ出た。


 絶世の美女、超絶の美貌は――笑っていた!


「安心しろ…………かゆくなるだけだ…………体に、害はない……」


 妖艶に笑いつつフィンは言う。


「お前は、これまで、何度も…………あの子を絶望させそれをあざ笑い、見世物にして鞭打つ計画を立て……私からあの子を奪うため、自分から離れていくよう仕向け……勝手に、私にあの王子たちを斬らせようとめんどくさいことを押しつけた…………そして今。

 お前の言葉通りだ、ここでやっておかないと、もう機会はない………………ふふ…………うふふふふ…………!」


 とてつもない美形であるだけに、その歪んだ笑みもまた、とてつもなくおぞましく、邪悪そのものだった。


 カルナリアがつらい目に遭ったことを怒ってくれているのに、当のカルナリアはそれを喜ぶどころではなかった。


 ぬるり。

 最初のひと塗りを、フィンの指がセルイの額に。

 その瞬間に、カルナリアは悲鳴をあげた。


「くおおおっ!?」


 セルイが激しくもがき始めた。


 一切構わず、フィンは塗りつけ続ける。


 引き締まった男の裸身の上に、どっしりと豊かなお尻を落として、跳ね上がることを許さず、ぬる、ぬると、まぶたに、頬に、粘液を塗りつけてゆく。


「あがあああああああ! ぎひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 セルイが絶叫し始めた。


 どのような感覚でいるのか、わかりすぎてしまって、カルナリアはとても直視できない。


 悲鳴も聞きたくなくて、耳をふさいで頭までどっぷり湯の中に沈みこんだ。


 呼吸の限界で起き上がると――。


「ぐひぃぃ…………ひぎ…………が……おがぁぁ…………」


 塗布自体は終わっていた。


 顔面から首筋まで、べったり塗られて。


 整った顔立ちはもはや人間のものではない歪みようで。

 縛られた体の全ての筋肉が張り詰め盛り上がり暴れ回って。

 実際にいましめが一ヶ所ちぎれて。


 しかし、のしかかるフィンは巧みに重心を動かしているらしく、尻の位置を微妙にずらしてある程度以上の跳ね上がりも脱出も許さず……。


「おが……あ…………だずげで………………ぎひぃ……!」


 泣き叫びもがき続けたセルイが、あるところで、ブツンと糸が切れたように動かなくなった。


 気絶した。

 それもまたおぼえがありすぎて、カルナリアもまた失神しそうになった。


「…………まあ、こんなところか」


 フィンはセルイの上から降りると、慎重に手袋を裏返しながら外して、袋とまとめて、お湯の中へ――流れ出る下流側へ放りこんだ。


 カルナリアは悲鳴をあげてそれから逃れる。


「汁そのものは、水によく溶けるからな。少ししたら袋を回収する」


 フィンは、きわめて爽快な、すばらしい笑みを浮かべていた。


 この状況、この残虐行為に伴うものでなければ、カルナリアは心底から見とれ、見()れ、舞い上がっていただろうに……!


 美の極致たる微笑を浮かべる剣聖の背後で、裸身をなおもくねらせる青年は、穴という穴から汁を垂れ流していて。


 カルナリアは、大人の男性が失禁するところを初めて見た。

 見てしまった。


 彼を心から愛する女性は、その向こうで、生尻を丸出しにして、何一つ気づくことなく天界へ赴いたままでいる。


 どちらも、立場的にはカルナリアの敵であり――確かにセルイにはタランドンでもこの砦でも、してやられているのだが…………それにしても…………!


「あの、これはっ、いくらなんでもっ……!」


 抗議しようとしたが。


 くらっとした。

 めまい。よろめき。


 ほかほかの湯にじっくり浸かった上で、激しい動悸や興奮、衝撃、驚愕の連続で、のぼせてしまったのだ。


 靴を濡らして、フィンが引っ張り、抱きかかえてくれた。


 全身ゆで上がった状態で、もたれかかる。


「もうじき人が来る。…………外に行くか」


 フィンは全裸のカルナリアをかかえ、『王の(カランティス・)(ファーラ)』の小箱を拾い上げてから、ぼろ布をかぶり直した。


『透過』の効果で周囲が見えるようになる。


 乳白色の湯の川――それを飛び越えて。


 岩が重なる陰の、暗がりとしか見えなかったところに、入りこんでいった。


「ここに、外へ抜ける穴があるんだ。湯気はそこから出て行ってあの通路には入ってこない」


 フィンはカルナリアをかかえたまま片腕と脚で煙突のようなほぼ垂直の穴をするすると登っていった。突起はかなり多いのでそれほど苦労はないようだ。魔力を感じるのは、力を強くする魔法具を使っているのだろう。

 布をかぶったのは、灯りのない穴を通るために『透過』が必要だったからと、カルナリアの肌を傷つけないため。


 そして、登り切ると、外に出た。


 夜空。

 冴え冴えとした月。


 木々のない山中の、平らになっている場所に出て。


 カルナリアの素肌を、夜風が撫でた。



「火傷ちゃん」二号、ここに爆誕。さらば美男子。美貌も尊厳もすべて失ったセルイよ、安らかに。そしてカルナリアは裸のまま、フィンと屋外へ。ついにその時が来る。次回、第273話「最後の真相」。謎だったことが、ようやく明かされる。性的表現あり。



※余談

 そういえばこの「かぶれ草」の名前をつけるのを忘れていました。

 35話、36話でカルナリアを「偽装」させるのに使った後、またどこかで出そうとは思っていたのですがなかなか出番がなく。133話で死魔法をぶちまけたファラへの制裁として、も考えたのですが雨の中でしたから却下。

 しかしここで、いい感じで使うことができました。

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