270 反逆の真相
セルイ独演会。説明台詞多め。
セルイは振り向かないまま話し始めた。
「ガルディス様は、カラントのあり方がよろしくないと常々主張なされておりました。
王家と十三侯家、そこに連なる者のみが国の要職を独占し、どれほど能力があろうともその血筋でない者には出世の見込みはない――官職に空きができた時に、『誰を』後任にするかではなく『どの家の者を』後任にするかしか語られない……能力があるというだけで抜擢するのは宮廷の秩序が乱れると非難する――そのようなカラントの現状は、国の力を削ぐ、よくないことだと」
「ええ、存じております」
カルナリアも相手の顔を見ないまま返答する。
縛られて色々な部位を丸出しにしているファラを視界に入れることも避けて、岩だけを見て、真剣に。
「それで兄様と父様が言い争っているということは、わたくしでも幾度となく耳にしておりました。
それで我慢できなくなったガルディス兄様が兵をあげたと。
レイマール兄様も、実はひそかに同調して重要な役目を担うことになっていた……そうですね?」
「はい。
穏当に改革なり政治闘争なりを進めて、十三侯家のいくつかを減らし王家の力を強めることに成功したとしても、根本のところでは何も変わらず、したがってカラントの基本的な構造、国力そのものもそれまでと大して変わるものではございません。
したがって、お二方は、計略を巡らし、誰もが想像もしなかった規模で、旧弊にして障害物そのものの貴族層そのものを根こそぎ片づける計画を立てられたのです」
「およそ、人間の仕業とは思えませんね」
「そこなのです。逆にお考えください」
「逆に?」
「およそ人間の仕業とは思えないほどの、重大にして無残きわまりない、自らの親をはじめ見知った人々を大量に処断する計画――そのようなことを考え、実行しなければならないほどに、カラントは危うい状況に置かれていたのです」
「それは…………意味がわかりません。いかにカラントが古びて、硬直し、変革する力に乏しいといっても、それは大げさに過ぎましょう。
確かに貴族の横暴に苦しめられ、ひどい目にあった者は数多くいたでしょう。ですが横暴ではない貴族、自領をうまく治めている貴族も沢山いたはずです。
貴族そのものを根こそぎにしなければならない、というのは、ごく一部の、過激な者が考えるだけの発想ではないのですか? それこそ貴族が言うことをきかない平民など皆殺しにしてしまえというのと同じ程度の、ばかばかしい言い分としか思えません」
「おっしゃる通りです。カラントの、ほとんどの者が同じように考えることでしょう。家族を貴族に殺された者ですら、その貴族一家を皆殺しにしてやる、以上のことに考え到るのはきわめて困難でしょう。
……だからこそ、ガルディス様とレイマール様は、あの計画を立てられたのです」
「わたくしは、自分の兄君たちが、一事をもって万事に適用する、頭に問題のある者だったという話を、これから聞かされることになるのでしょうか」
「今のカラントの、大半の人はそのように思うでしょうね。
しかしながら、今のカルナリア様には、受け入れていただき得る内容のはずです。すでにその証拠をご覧になり、その手で触れてもおられるはずですから」
「わたくしが!? 触れる!?」
「……いま、私どもは、カラントと、西の隣国バルカニアの、ほぼ中間におります。バルカニアは三方を海に囲まれた巨大な半島と言うべき立地にあり、その西側の海岸沿いには、果てもわからぬ大洋に面した小国がいくつかございます」
「…………ええ」
突然地理の話を始められ、面食らいながらも、カルナリアは理解していると小さく声を発して伝える。
「カラントの北方は、海が広がり、それほど幅広くはないその向こうから時折蛮族が襲ってくる――これもご存知でしょう。タランドンの北にあるカンプエール領の方々が、あの時滞在しておられましたね。カルナリア様をお助けなされた騎士テランス・コロンブ殿は、そういう蛮族との戦いで名を馳せた方にございます」
「ええ」
「南は、広大な密林と山々――クリジア、ミーグ、バイキリの三部族が、かろうじて国と言っていい体制を整えており、カラントとの交流を持っております。ギリアはそのうちのミーグの出身でした」
「……ええ」
ミーグ族だからという理由で襲われ犯された、という怨みの声がよみがえる。
「そして、東です。
カラントの東については、どれほどご存知でしょう?」
「……キリギアンという山地により隔てられています。ただこちらはこのグライルほど険しくはなく、グンダルフォルムのような『山脈の主』もおりません。馬車でも通れる主要な山越えの街道が三本、それ以外にも徒歩のみの道がいくつか……。
その向こうは、サイロニアです。広さはカラントの半分ほど、二十あまりの小さな都市国家に分かれており、外敵には連合してあたりますが、普段は別々に互いの利益を求めて小競り合いを繰り返しております……そのように習いました」
「お見事です。独立していると言っていい都市国家およびその領域が二十四、うち際だって大きく強いものが五つ、そのうちのひとつがブルンターク……フィン様の出身地と言われている場所にございます」
「っ!」
胸が弾んだ。
そうだ、フィンは東から来た異邦人だ。
『館』からフィンが現れレイマールに名乗った時、ブルンターク評議会の将軍の姪、と言っていたような。
「では、さらにその向こう――サイロニアの向こうには、どのような国があるのかは、ご存知でしょうか?」
「……いえ……大きな国がある、とは聞きましたが、細かいことは……」
嘘をついても仕方がない。
じっとしてひたすら知識を詰めこまれるお勉強は、おてんば王女カルナリアにとって、あまり好きなことではなかったのだ。
「サイロニアのさらに東の先には、ルーマンゴールという国がございます。五十年ほど前に、周囲を切り取り制圧して時の王が建国を宣言した、まだ若い国にございます」
「ルーマンゴール……ですか」
「ルーマおよびゴール連合王朝。ルーマ帝国でも通じますが――その国こそが、ガルディス様とレイマール王子が、あの大計画を目論むに到った原因なのです」
「………………!?」
カルナリアは目をむいた。
言葉の内容はわかるが、意味がわからず実感も湧かない。
「ルーマンゴールは、恐るべき国にございます。
皇帝はおりますが、貴族、平民、奴隷の区別はありません。帝国市民、というただひとつの身分のみで、皇帝すら市民のひとりにすぎないと明言されております。
その配下はみな、家柄ではなく能力優先で選ばれた者たち。そういう者を選ぶ仕組みが作られ、国全体に行き届いております。かの国では無能が出世することはできません。貴族と言っていい特権階級は形成されておりますが、その構成員はみな、優れた能力を発揮しているがゆえにその地位にあるのであって、世襲ではありません。皇帝すら、選帝侯と呼ばれる者たちの合議によって優れた者が選ばれてなるものなのです。
また、能力ある者を見つけ出すために、国の隅々まで『学校』という仕組みが作られ、子供のうちからあらゆる者が様々なことを試され、文にせよ武にせよ魔法にせよ、あるいは理財、法務、学問などの才を持つ者を選別し、より優れた者となるよう教育する仕組みも作られているとのことにございます。
『国民皆兵』と豪語するそのような体制を整え、そこに生きる者の力を最大限発揮させることのできる国が、いま、力を蓄え、自分たちのやり方をこの大陸すべてに及ぼさんとしているのでございます」
「………………」
「もちろん、そのことはサイロニアにもカラントにも伝わっております。
しかし、先の国王はじめ国を担う大半の者たちは、貴族がいない国などというものをまともな国と認めることはせず、愚かしくも珍奇なる異国のひとつとしてしか受け止めておりません。
その恐ろしさに気づき、このままでは次代にもサイロニアからカラントまでも飲みこまれかねないと危惧なされたのが、ガルディス様であり、レイマール王子でありました」
「それは………………そのようなことを、いきなり言われましても…………何とも…………」
「ガルディス様は、ご自分に与えられた領にて、知識院という、身分を一切無視して才能ある者を集め、様々な研究をさせる部署を設けられたことはご存知でありましょう?」
「ええ、そこから出てきたという者たちは……幾度か……」
ガルディス宮にいたそこの出身者たちは、自分の「目」で見て、いずれも飛び抜けた能力を持つ者たちだということがわかって、無邪気に面白がっていたものだった……ファラも公式にはそこに属する者のはずだ。
「そこから上がった成果により、ガルディス様のトルードン領や賛同なさる領主方の所領が発展していったことも、ご存知でしょう」
「ええ……耳にはしております。そこの者が考案したという新しいお菓子をいただいたことが……」
各種技術の向上とそれにより蓄えられた兵力によって、ガルディスは反乱に踏み切った……。
「その知識院は、ルーマ帝国で設置されているという話を耳にしたガルディス様が、模倣してみたものにございます」
「…………!」
「ガルディス様は、後追いで、真似をなされているにすぎません。
かの国は、すでに数世代にわたって先行しております。
その成果の蓄積たるや、恐ろしいほどの格差となっております。
進んだ技術、武装、組織。大軍を養う国力の元となる農業技術、土木技術、輸送能力……。
ルーマの大軍団が、サイロニアを蹂躙しカラントにも殺到してくるのは、そう遠い日のことではないでしょう。恐らく、我々が生きている間には起こる事態と推測しております」
「お待ちなさい。レイマール兄様の目論見以上に、あなたの言っていることには根拠がありません。近い将来、はるか彼方から強敵が襲ってくるかもしれない、だから我が国の王を討ち国をひっくり返したというのは、妄想にしてもあまりにも……!」
「はい。まったく同じように考え、受け入れず、賛同なさらない方の方がはるかに多いことでしょう。
ですが、カルナリア様――先ほど申し上げた通り、あなた様は、すでにそのことについて、知識と実体験をお持ちです」
「何のことを言っているのですか」
「東からいらした方がお持ちの――この国のものよりも優れた、いくつもの魔法具」
「!?」
瞬時に、フィンと過ごした時間が脳裡によみがえった。
照明の魔法具。ファラが使っているものとは明らかに違う。
発熱サイコロ。王女の自分がまったく見たことも聞いたこともなかった。
『流星』――カラントのものと色の違う、すなわち別な技術で作られているもの。
『傀儡息吹』に、撥水の魔法具に、蜜を生成する筒などというものもあった……。
そもそもあのぼろ布が、認識阻害と、裏地には透過の魔法がかけてあるという、カラントでそんなものを作る魔導師がいるとは考えられなかった代物……それどころか、あのぼろ布の裏側もフィンの服も、布地そのものが、王女たるカルナリアが触れたことのない、まったく未知の手ざわりだった!
「ブルンタークの中枢にいる者の縁者というのが本当ならば、一応は貴族、あるいは王族と言ってもいい立場ではありますが……供もなく目的地もなく、ひとりきりで流浪している剣士が、あのように様々な物を持っているのです。
すなわち、東の方では、流通している――普通に使われているのです。
それを使う者たちの国があるのです。
そして、その技術の大半が、ルーマンゴールより流出したものなのです。
サイロニアの者の話では、かの国は、技術の大半を秘匿し、よその国の者に売るどころか見せることすらできるだけ避けようとしているそうです。
それでも漏れてきた話によれば……。
カルナリア様。『流星』を装着して駆け回る、五百人を超える部隊というものを想像できますでしょうか?」
「五百……!?」
カラント王国全体で二十二個、というのが『流星』の所有数だったはずだ。
「あの大蜘蛛が出た時にファラが用意した、投げつけると炎を撒き散らすつぶて。あれよりもっと強力なものを、『流星』で飛んでくる者が上空からばらまく戦場というものを想像できますでしょうか」
「………………」
「魔導師ではなくとも空中より水を生成できる魔法具。それを持つことにより水の補給を考えずに行動し続け荒野の只中にであっても砦を築くことのできる軍団。
無数の『流星』装着者が伝令として行き交い、それにより全体がひとつの生き物のように行動する、数十万にものぼる大軍。
我々が使っているものより鋭利な武器。我々の刃を防ぐ軽量にして強靱な鎧や盾を身につけた屈強な兵士たち。あっという間に川に橋をかけ道を整え防御陣地を作り上げてしまう『工兵』軍団……。
その背後で国を支える、『王の冠』と同じような、本当の適材適所を実現しうる才能識別の魔法具により、己が最も役に立てる場所を与えられ全力で働く人々……。
そのような敵軍、いえ敵の大洪水が、迫っているのです。
ルーマンゴールの今の皇帝は、領土を広げたところでその維持には手間がかかるばかりで面倒だからと、乗り気ではありません。
しかしその息子は、まだ二十歳ですが、とてつもない覇気を有し大陸すべてをルーマンゴールとせんとの野望を抱いている英傑であり、次の皇帝に選出されることはほぼ確実です。この者が皇帝となった時が、終わりの始まりです。
今ならばまだ間に合います。しかし、今、手をこまねいていては、何もかも劣った状態のまま、東からの奔流に飲みこまれてしまうのです。
ゆえにガルディス様たちは立ったのです。
立ち上がり、一気にカラントを刷新しようとなされたのです。
たとえ親殺しの悪名を一身に背負おうとも、十数年後、やつらに対抗できる国を作るために」
「う…………」
カルナリアは、完全に言葉を失った。
馬鹿馬鹿しいと切り捨てるのは簡単。
面白いお話でした、想像力が豊かですのねとレイマールのように笑顔で言ってやるのも簡単。
しかし、東から来た、王女が知らない様々なものを持ち歩いていた存在、という生ける証拠が、カルナリアのすぐ側にずっといた……。
「信じていただけるとは思っておりません。
信じていただこうと繰り返し語るつもりもございません。
ただ、ガルディス様もレイマール王子も、東からの脅威に対抗しなければ、という考えが根底にあって、国を作り直そうと行動なされたことは事実であります。
そのことを知っておいていただければと思い、一度だけ、お話しさせていただきました」
セルイは話を終わらせ、ファラの拘束を解き始めた。
「そのようなこと…………聞かされても…………いったい、どうすれば……」
「私から申し上げるのはここまででございます。
あとは、ご当人からおうかがいするのがよろしいかと」
「……当人?」
「セルイとカルちゃんを、一対一で対面させるなんて状況、放っとくわけないでしょ」
猿ぐつわをほどかれたファラが、まだ腕は縛られたままのあられもない姿で言った。
足音がした。
意図的なもの。
ふわりと、それまでと違う風が吹きこんできて……。
ぼろ布が、「浴室」に現れた。
完全に予想外の、兄たちの動機。だが十二歳のカルナリアにとっては、自分が直面する可能性がきわめて高いもの。発熱サイコロを見た時点で推測できなかったのは仕方がないが、かといって受け入れるのも困難。言うだけ言って立ち去ろうとするセルイ、困惑するばかりのカルナリア、そしてフィン。どういうやりとりが。次回、第271話「漏洩」。誰が、何の情報を漏らすのか。暴力描写あり。
※少し長めの解説
カルナリアにとっては、今の我々が「宇宙人が攻めてくるから日本を宇宙戦争ができる国に作り変えなければならない!」と自衛隊がクーデターを起こした、と聞かされたに等しいレベル。
しかし実は全て正しいという悪夢。
初期の、発熱サイコロが出てきた頃からこの設定は決まっていました。
第17話参照。「王女の自分が知らない。つまり、この国の魔法技術ではない。異国のもの。まだ伝わってきていない、きわめて高度なもの!」
東の超大国「ルーマおよびゴール連合王朝」は、安直ですが「ローマ+モンゴル」です。この作中世界で最大最強の国家。そこにアレクサンダー大王が登場寸前。
ガルディスたちは、「チンギス=カンという者が建てたモンゴルという国が勢力を伸ばしているそうだ」と耳にして調べさせた1220年頃のフランス王子、というような立ち位置でした。
その約20年後、実際にモンゴルがヨーロッパへの大遠征を開始してものすごいことになりました。
そのようなことが起こりそうだ、と気づいてしまった優秀な兄弟がいたがゆえの、カラントを襲った悲劇。
ガルディスたちが鋼の意志で突き進んだのも、この国の未来を守るためという大きな目標を持っていたためでした。
レイマールの「裏切り」も、「このパワーアップした私ならば無理に貴族層を消さなくても上手く使いこなしてガルディスよりも早く強い国を作れるぞ!」と確信してしまったがゆえのものです。彼は彼で祖国のためにという目的意識はしっかり持っていました。
もちろん周囲の人々を殺され必死に逃げ惑い、レイマールにも散々な目に遭わされたカルナリアにとっては、そんなこと知ったこっちゃありませんが。
こんな話が出てきたのは、この物語についているタグ「オリジナル戦記」に関わってきます。
この先、この国がカルナリアの運命を大きく動かします。




