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265 夜稽古

活動報告でも書きました通り、この物語は、281話でまず第一の区切り、そこから雰囲気の違う展開になり、296話で第二の、大団円の第二の最終回、そして第300話で完全に終わることとなりました。


9月末日まで、あと少しおつきあいくださいませ。






 薪の燃えさしを手にして振り回し、注目を集めてからゾルカンは告げる。


「お前ら、聞けぇ!

 この洞窟の、奥の方に、温泉があるんだそうだ!

 熱い湯が、川みてえに流れてるんだと!

 ガザードどもも、あの王子たちも使ってたらしい!

 昨日はまだ熱すぎてだめだったが、一日経って、冷めて、入れるようになってるそうだぞ!」


 理解が広がってゆくと、あちこちから歓声が上がり始めた。


 ゾルカンはエンフを呼び、他に二人ほどつけて、様子を確認してくるように言いつけた。女性が入浴して問題ないかを確かめさせるためだろう。


 その間に、フィンがカルナリアの隣に来た。

 ぼろ布が高さを減じる。

 座ってくれたのだ。


「あ…………あの…………!」


「まだあるぞ。しっかり食べろ」


 言われて手を動かしたが、味がわからなくなる。胸の高鳴りが止まらない。

 神の世界から戻ってきて、やっと、近くに来てくれた。

 頭の中に、あの世界で交わした会話やつながった思い、フィンの心情などが次々と浮かんできてどうすることもできなくなる。


「…………これは、ヤッちゃったかね」

「ついにやられたか」


 ファラとレンカがひそひそ言い交わした。

 ゴーチェがものすごい顔でカルナリアとフィンとを見比べた。


「勝手なこと言わないでください!」


「勝手に真っ赤になってモジモジしてりゃ、そうとしか見えねえよ」


「……!」


 レンカに(わん)を投げつけそうになって、フィンの手に止められた。


「……つくづく、ずるいです、ご主人さまは!」


 布をかぶっているなんて、きわめてずるく、卑怯である。

 そのせいで恥ずかしい思いをするのは自分だけで!


「これならいいか?」


 あまりにもあっさりと、布がずれて、顔が出てきた。


「!!」


 隣に座るカルナリアはともかく、ゾルカン、アランバルリ、ライネリオたちにとっては、ほぼ真正面、至近距離で見せられたことになる。

 みな一様に、完全な無表情に陥った。

 意識を全部持っていかれた顔つき。


 そしてその、夜にこそ真価を発揮する超絶の妖しい美貌は――。


 肌を赤らめることも目を潤ませることもない、冷静沈着な女剣士の表情を静かにたたえているだけだった。


「ふむ」


 同席者たちの反応をざっと見やって、すぐ布をかぶり直してしまう。


「で、何がずるいのかな?」


「…………ずるいです……あらゆる意味で……!」


 カルナリアは心臓のバクバク鳴る音を耳に聞きながら、ほとんど涙目でぼろ布をにらみつけた。


 しばらく固まっていた男たちは、火の揺らぎや木が焼け弾ける音で、徐々に我に返ってゆく。


 しかしそれぞれみな、瞳が甘く潤んだ、美しいものに魂を奪われただらしない顔つきに堕ちていた……。


「美人すぎるのも大変っすね」


 素早くセルイの目をふさいでいたファラがやや敵意をこめて言う。


「とにかくめんどくさい」


 さらりとフィンは返した。


 思えばこの人物は、一番最初から、「自分は絶世の美女」で「顔がいいのはめんどくさい方が多い」と言っていた――あれに、ただのひとかけらも、嘘はなかったのだ!


「丸いぞ」


 フィンに、頬をつつかれた。


 自分がほっぺたを限界までふくらませていたことに気づいた。


 そしてまた――フィンの素顔を間近で見ることができるのは、自分だけであってほしいという欲望を抱いていることに、気づいてしまった。


 フィンも自分のことを想ってくれている。

 そうとわかったのに、いやわかったからこそ芽生えた根深い欲求だった。

 浅ましく、みっともない。

 フィンにあの「魔力供給」の口づけをしてもらった後に、フィンのものになるのではなくフィンと共に歩む者になると宣言したはずなのに。


「………………」


 カルナリアは恥ずかしさと自己嫌悪と、その上でなお、周囲に人がいなければフィンは間違いなく自分を包みこんであやしてくれただろうにという図々しく浅ましい思いでいっぱいになって、膝をかかえこみ顔を埋めた。


「あーらら、お子様がすねちゃった」


「もう子供ではないよ。自分で立つことを知っている、一国の王だ」


 からかうファラに、優しく強い声が応えてくれて。


 そんな風に言われたら沈んでいることさえできない、この人はどこまでもずるすぎる…………と口元が勝手に笑いの形になった。


 そこへ。


「さて――」


「!?」


 突如、冷え冷えとしたものを感じた。


 殺気。


 レンカが反射的に身構え――出所がフィンとわかって、汗の珠を浮かべつつ警戒を解く。


「ゴーチェ」


 ぞっとするような声音で、フィンが言った。


「は、はいっ!?」


 まさか自分に水が向けられるとは、と動転しきった返事。


「地下の温泉は、それほど広くない。全員が入るには時間がかかる。その間にやっておくべきことがある。あの元兵士たちを集めろ。レンカ、ファラ、周囲の警戒はまかせる」


「……何する気か、聞かせてもらっていいっすか?」


「これから先、私のものであるこの子を守ってもらうのに、今のままではあまりにも頼りない。本気になってもらう。そのために、()()、本気を出す」


「うわあ……」


 ファラと、目隠しをやめてもらえたセルイも痛ましげな声を漏らした。


 何もわかっていないゴーチェが、親衛兵たちに声をかけて回っている姿に、同情の視線が向けられた。


「あ、あの……?」

「お前には関係ない。気にしなくていい」

「いえ、今まではそう言われたら飲みこんでしまっていましたけど、もう知らないではすまされません!」


 カルナリアが強く言うと。

 今までと違って、ちゃんと答えてくれた。


「……ゴーチェは、もっと身を張ってお前を守らなければならない立場なのに、頼りない。あの兵士たちは、まだこれまでの感覚が抜けきっていない。今のままでは、お前を守らせるのに不安だ。根っこから叩き直す必要がある」


「う……」


 確かにゴーチェは、山賊たち相手に腰が引け、ベレニスには飛びついてくれたものの、その後は何一つ役に立つことはなかった……が!

 役に立つ、立たないだけで人間を評価するのは、自分がやらないと決めたこと!


 フィンに反論しようとしたが――その前に。


「見てきたよ」


 エンフと案内人たちが戻ってきて、タイミングを失った。


 報告を聞いたゾルカンがまた銅鑼声を張り上げる。


「温泉、問題なく入れるぞ!

 途中に灯りはつけてある! 寝る前に、入りたいやつ、入って、体洗ってこい!

 ただし、そんなに広くねえ! どんなに詰めても、一度に入れるのは五人が限界だそうだ! なんで、三人ずつにする! 順番決めるぞ、入りたいやつ集まれぇ!」


 それからゾルカンは、カルナリアに言ってきた。


「女王さま、悪いけどな、夜の番するやつや、明日早くから動くやつを先にさせてもらうぜ」


「はい、構いません。お湯が川のように流れているというのなら、後から入っても、先の人たちの汚れでいっぱいということはないでしょうし……体を動かす人たちが、身を清め、くつろぎ、休んだ後で、ゆっくり使わせていただきます」


 ゴーチェと親衛兵が集められ、並んだ。


 フィンがその前に立ち――。

 顔は出さないで。


「これまでは私がこの子を守ってきたが、ここから先はお前たちにまかせることとなる。

 そのためにも、お前たちの腕前を確認しておきたい。

 ザグレス(これ)は使わないので安心しろ」


 長い細剣、あの恐るべき神剣が、無造作に地べたの、岩の上に置かれた。


 続いてフィンの手が、片づける前は到る所に転がっていた兵士たちの持ち物らしい、やや細身の直剣を握る。


(え…………!?)


 カルナリアは心底仰天した。

 この人物が、体を動かす!?

 模擬戦とはいえ…………戦う!?


「刃は潰してある。だがこれ以外の武器も使うかもしれん。そのあたりはお前たちも実戦を想定した訓練で経験があるだろう。最初はゴーチェ。後は好きな順番で来い」


 言うとフィンは剣を構えた。


 ぼろ布はかぶったままだが、両腕が出てきて、剣を握って構えるという、初めて見せる姿を披露した。


「……!」


 カルナリアは『凝視』しかけて、慌てて止めた。

 これまで『見』られた相手の反応を思い出す。

 フィンに薄気味悪いと思われたり、不快な思いをさせたくない。


 これは、しばらく離ればなれになるカルナリアのために、わざわざやってくれること。

 自分のためにならめんどくさいことをしてもいいと言ってくれた、その想いを、当の自分が台無しにしてはならない。


 ものすごく『見て』みたいけれども!


 カルナリアは懸命に抑えた……。


 ゴーチェもまた、誰かのものであったのだろう剣を手にした。


 モンリークに仕える中で少しは稽古していたらしく、完全に素人ではないが、腕利きというほどでもない、健康な青年というだけの彼は――。


 親衛兵たちと違い、フィンが死神の剣(ザグレス)を振るったところを見ていないので、恐れの気配がほとんどない。

 長身とはいえ女性相手にいいのだろうか、と手加減を考えている気配すら見せている。


 しかし。


「行くぞ」


 フィンが言った次の瞬間には剣をたたき落とされ。

 もう一度やられて。

 そっちから来いと言われて怒気をこめて振りかぶったが、やはりあっという間に剣を飛ばされ、手首、額、脇腹と瞬時に三撃浴びて激痛にのたうち回った。


「弱い。もっと強くならないと、あの子の側には置いておけん」


「はっ、はいっ……!」


 これまでカルス様の主人としか知らなかった相手の、本当の実力を教えこまれたゴーチェは、茫然自失の態でへたりこんだ。


 見守るカルナリアも、似たような状態に陥った。


(本当に……動いた……あのひとが……剣を……)


 そして。


(本当に、()()()()()!)


 常に周囲に鍛え抜かれた騎士がついていて、彼らの訓練風景を見ることもたびたびあったカルナリアにとっても、フィン・シャンドレンの剣の腕は、とてつもないものだった。


「次」


 親衛兵のひとりが、すさまじい目をして進み出てきた。


 彼らはゴーチェと違い、フィンがグンダルフォルムを(ほふ)ったところを目撃している。

 その前にも、騎士ディオンの攻撃をかわし続ける驚愕の光景を目の当たりにしている。ディオンがどれほどの強者かを、何度も手合わせして最も良く知っていたのが彼らだ。そのディオンすら単身では刃を届かせることができなかった相手。

 相手が女だから、自分たちより細いからと、侮る気持ちは一切持たず、全力で向かってくる。


 しかし、隆々たる体格と鍛え抜かれた戦技を身につけた親衛兵たちも、また……。


「あ……」

「これで死んだ」


 瞬時に首に刃を当てられていたり。

 切りつけたはずなのに相手を見失い気づけば防具の隙間に剣の先端を突き立てられていたり。

 ほとんど無音のまま、次から次へと敗北していった。


 腕力は女性ゆえに彼らに劣り、したがって打ち合うことはやらないのだろうが、それにしても凄まじい技量。


「すごい…………」


 その様を見つめるカルナリアは、呆然とつぶやく。


「あの剣だけの人じゃないんだよ」


 周囲を警戒するためカルナリアの背後に立っているレンカが言った。


「あの剣は、握れば強くなるようなもんじゃないらしい。普通の剣で普通に戦っても、大抵のやつには負けはしない。あれが『剣聖』フィン様だ……って、聞いてねえな」


 カルナリアの視界には、自分の守り手、愛しい相手が初めて見せてくれる勇姿しか映っていなかった。


(すごい! すごいすごいすごい! ご主人さますごい!)


 フィンがあっさり親衛兵に剣を突きつけ参ったを言わせるたびに、カルナリアは拍手し目を輝かせ気持ちを高揚させてゆく。


 気がついた案内人たちも見物に寄ってくるが、派手な打ち合いも激しい気合いもなくあっさりフィンが勝つので、どうにも盛り上がりきれない様子。


(わからなくていいです! あれがご主人さまです! めんどくさいから打ち合って疲れるようなことはせず、最小限の動きで、一撃で確実に! それができるのがどれだけすごいことか!)


「参りましたね。あれほどとは」


 わかっているセルイが言ってきた。


死神の剣(ザグレス)さえ封じればどうにかなるだろうと考えていたのですが、甘かったですね。私も、とてもかなう気がしません。普通の剣でも、私たちぐらい皆殺しにできましたね、あれならば」


「…………」


「……だめ、カルちゃん完全に乙女の世界。そりゃまあ、ずっと知らなかった正体が、あそこまですごいんじゃあ、仕方ないけどさ」


「なぜあれほどの実力を隠していたのでしょう」


 その言葉はカルナリアの心にも届いて、反応した。


「わたくし――いえ、私のせいです。私があまりにも弱くて、信頼できなかったからです。この人は強いんだから邪魔な相手をみんな斬ってくれると期待したり、うちのご主人さまは強いんですよと自慢したり、そういうめんどくさい真似をしてしまう、心の弱い、馬鹿な子かもしれないと、疑われていたからです」


「あなたのことは、王女と気づいていたのでしょう? それなら売りこんで、護衛料をせしめて、また安楽な暮らしに戻ることもたやすかったでしょうに」


「めんどくさかったのでしょう」


 五人目を、慎重に距離を取ろうとする相手に意外にも自分から踏みこんで、手首を押さえてどこをどうしたのか一回転させ地に倒したフィンに拍手しながら、カルナリアは言った。


「王女の護衛について、襲いかかる敵を何人も倒して、王女をタランドンまで無事護り通した見事な剣士。――そんな話が広まったら、ご主人さまが最もいやがる、次から次へと勧誘や依頼が押し寄せる事態になりますから」


「それに問題があるとも思えないのですが。つくづく、理解に困るお方ですねえ」


「人を斬ると色々めんどくさいともおっしゃっていましたよ。恨まれる、利用しようとするやつが寄ってくる、同じようなやつがかぎつけてくる……あなたがまさにやろうとしていることではないですか」


「それは、なるほど、わからないでもありませんが……それも含めての、剣士という生き方なのではありませんか」


「普通の剣士の方ならそうでしょう。でもあの方は――持っているものが、()()ですから。これは推測ですけれど、あれは、人を斬ったら斬っただけ、その魂を吸いこんで、死神の力が増すのではないでしょうか。それもあって、できるだけ人を斬らないようにしているのかと……」


「ありえますね……ファラ、だめですよ」


 模擬戦ではなく、岩の上に置かれた死神の剣(ザグレス)に見入っていた巨乳メガネを、セルイはたしなめた。


「くっ……仕方ない……危なすぎる……これが壊れちゃうような代物だし……」


 ファラはメガネを指でつついた。

 そのメガネは、「検索」の魔法と同じように、人でも物でも魔力あるものを見抜くことができる効果のある魔法具だったのだそうだ。


 過去形なのは――あの鞘の巻き布をほどいてあらわれたザグレスの真の姿を見た瞬間に、壊れてしまったから。

 あれに描かれていた黄金の模様のせいだろう。


「あの模様は、何だったのですか?」


「……カルちゃん、あんた、私を殺したいの?」


 眉間に深いしわを寄せた、マジギレ顔で言われた。


「答え次第じゃ、剣が飛んできてぐっさりだよ。カルちゃんでも治せない殺し方されるよ」


「申し訳ありません……」


「いやまあ、悪いのは、カルちゃんじゃなくて、あんなもんこの世で持ち歩いて好き放題やってるあちらさんなんだけどね」


 六人目が、ゴーチェと同じように真正面から額を打たれてうずくまった。


 もう一度お願いします、と一人目がまた向かっていく。

 フィンも応じた。少しも疲れた様子はない。


「……あれが、本当に人斬るとこ見て、どうだった?」


 カルナリアは問われて、モンリークの首が飛んだ瞬間や、治せなかった絶望を思い出して喉を詰まらせたが。


 ひと呼吸で、気持ちは落ちついた。


「悲しかったですけれど、受け入れました。見せてくれなかっただけで、実際は私のために何度も何度も人を斬っていたのだと、今はもう、知っていますから……ギリアも、ダガルという方も」


「ああ、知っちゃったか。あのおっちゃんは、本当に強かったんだよ。生きてたら、ガルディス様のためにどれだけ役に立ってくれたか」


「では、わたくしの立場としては、ご主人さまにさらに感謝しなければなりませんね」


「そのご主人さまっての、いつまで言い続けるつもり?

 直すんならそろそろ始めないと、貴族連中の前でつい言っちゃったら、まあ、かなり愉快なことになると思うよ?」


「う…………フィン様、フィン様、そう、フィン様です、ご主人さまじゃなく、フィン様……」


「そうそう、ご主人さまなんて言っちゃだめだよ、ご主人さまじゃないからね、言わないように、言わないように。ご主人さまなんて決して言わない」


「……かえって強く植えつけようとしていますね?」


「ばれたか。自爆する女王ってやつを見てみたかったんだけどなあ。うけけけ」


 女王とはかくも様々に狙われるものなのか。

 カルナリアは肩を落とした。


 その間にも、二度目に挑んだ親衛兵たちが、またしてもたやすくフィンに一本取られ、打たれ、転がされ続けている。


「弱いな」


 フィンは精鋭兵であるはずの六人に対して容赦なく言うと。


「そこに並べ」


 悔しがる顔の彼らを横一列に並ばせ――。


 死神の剣(ザグレス)を手にした!


「!?」


 カルナリアはぎょっとする。

 セルイとファラ、レンカも硬直する。


 殺気がみなぎった。

 フィンの姿勢が低くなり、後方に鞘が突き出される、あの抜き打ちの姿勢に。


 そして、顔を出した。


「!」


 カルナリアからは見えないが、危険すぎる美貌に殺意が上乗せされた、人間の捕食者そのものの表情に違いない。


「今のままでは、お前たちは死に、守るべきあの子も危うくなる。それなら今のうちに――」


「ヒッ!?」


 六人全員が固まった。

 グンダルフォルムを前にしたのと同じような、死人の顔となる。逃げようにも美鬼の放つ殺意に絡めとられている。彼らはすでに死んでいる。


 黒光一閃。


 六人の首に横一本の線がはしり、そこから胴と離れた頭部が六つ宙に飛んだ…………!


 カルナリアをはじめ、全員の喉から恐怖の音が漏れる。


 ビュッ。シャキッ。

 フィンが、抜き放った黒剣を振り、鞘に収める流麗な動作と音。


 ぼろ布をかぶり直すと、殺気は霧消した。


 カルナリアは大きく目をしばたたく。

 誰も首をはねられたりはしていなかった。


「……余計なものは斬った。今日はもう休んでよし。体を洗い鋭気を養い、明日から、しっかり励め」


 返事の代わりに、大柄な六人がそろって腰を抜かした。

 みな首をさすり、汗を噴き出し、激しく息をつき、幼子のようにすすり泣く者もいた。


 フィンはそのまま、闇の向こうへ消えていく。


「魔獣が寄ってこないようにしてくる」


 カルナリアには言い置いてくれたが……。


「…………」


「ふへぇ…………怖かったぁ…………言ったでしょ、カルちゃんいないと暴君そのものだって」


「………………」


 カルナリアは、ファラの言葉を聞き流した。


 一連のフィンの行動に、強い違和感をおぼえていたから。


 自分から動いて、模擬戦などという疲れそうなことをやり始めたのはもちろん。


 単に正体がばれたので好き放題やっているというだけではない何か、これまで同じ時間を過ごしてきたカルナリアだけが感じ取れる違和感。


 そう、神の世界から戻る時にも伝わってきた、『悲しみ』だ。


(どういうことでしょう……?)


 答えてくれる相手は、夜の奥底へ。


「……あ。もしや……」


 セルイがぼそりと言い、カルナリアが目を向けると、何か?とばかりに微笑を浮かべた。

 明らかな、ごまかしの顔。


「ファラ。そろそろ私たちも入れそうです、行きましょう」


 セルイは、そそくさと立ち上がり洞窟に入っていった。



このめんどくさがりやが自ら言い出して、稽古をつける。まさかまさかの異常事態。カルナリアの護衛たちに活を入れるにしても、今までからは想像もできない行動。初めて披露した素の腕前はとてつもないものだったが、それに感動している場合ではない。次回、第266話「洞窟内の温泉」。カルナリア、運命の場所へ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] レンカとカルちゃんと、そしてフィン・シャンドレン様の三角関係……! [一言] まさか暗殺者レンカと王女カルナリアがここまで腐れ縁めいた生暖かい仲になるとは……。
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