260 即位
「真鏡王…………」
カルナリアは、新たな自分の称号を、戸惑いながら口にした。
こんな異名を持つ王など聞いたことがない。
レイマールの「太陽王」は、白くまばゆい輝きだからこそそのように表現されたもの。
しかしこれは。
色の名ではない。
色がついていない。
いや、鏡ということは、見た相手や角度によってどのような色にでも変わるのでは?
「どう考えればよろしいのでしょう?」
「わかりません。このような事例は初めてですので、私にも判断いたしかねます」
セルイにわからない以上、カルナリアにも判断できない。
(…………!?)
セルイ――これまで常に滑らかに舌を回転させ虚実を縦横無尽に混ぜこんだ言葉をあふれさせ、相手をいいように誘導してきたガルディスの懐刀、策士。
それでいて武芸の腕は確か、体力も勇気も十分以上に持ちあわせており、魔法関係の才能が皆無な以外は、カルナリアの見たところ、一国の宰相も務まる才能を十分に持ちあわせた男性……。
カルナリアの「見た」ところ……。
その、「見える」ものが……!
「あ……!」
カルナリアは驚愕してセルイに見入った。
今までと、「見え」方が違う!
全然違って見える!
食い入るように見た。
上から下まで。
「何か…………う…………!?」
第二王子たるレイマールと対面しても平然としており、自分を見下す貴族の精鋭兵に囲まれていても動じず、フィン・シャンドレンに対してすら余裕ある笑みをほとんど崩さなかったこの優美な青年が。
カルナリアの凝視を受けて、たじろぎ、顔を引きつらせた。
しかしカルナリアは相手の反応どころではなく、さらに目をこらす。
今まで見えていたもの、カルナリアにだけ見えていた他人の才能の「色」。
それが……その見え方が!
(こ、これは………………そうです、『王の冠』をつけることで王の身に起きること!)
能力の、とてつもない伸び!
レイマールの「色」も、大幅に変化した。
元からあったものが、伸び、精密になり、完成された。
それと同じこと。
間違いない、奇妙ではあるが無色ではなく、この通り能力も大幅に向上した。
つまり、今こそ自分は、本当に、王になったのだ!
「………………」
カルナリアは軽く目を閉じ、深呼吸した。
心を落ちつかせる。
すごいすごいすごいと頭の中でおてんば王女が大騒ぎしているが、今のカルナリアはそのような子供の振る舞いはしない。もう許されない。そういう道を自分で選んだ。
(わたくしは、王です……本当に、カラントの、唯一の女王となったのです!)
以前に巡行して回った国土。フィンと共に駆け抜けたタランドン領。沢山の、さまざまな人々。貴族。平民。奴隷。それぞれができるだけ生きようとし続けている、とてつもなく広い世界。
それを統べるのが、王というもの。
重い。自分のような何も知らない小娘に、国の統治などとてもできるとは思えない。
だが、どうしようもなく軽くもある。
なぜなら、いくら気張って国を背負おうとしたところで、所詮この女王は他人の所有物、カラントへ貸し出されているものにすぎないのだから。
持ち主が返せと言い出したらその瞬間に王ではなくなる。
その程度のものだから――大丈夫。
やれる。
カルナリアは、布をかぶって座っている剣士の存在を感じつつ、ゆっくりと目を開けた。
「わああっ!」
「な…………!」
「うひゃあっ!」
「おおう……」
夕空の下、自分に向けられているたくさんの視線。
いくつも上がった声。
いまこの場所にいるほとんどの人が、自分の「装着の儀」のために集まってくれている。
「真鏡王」なんていう異名への驚きも、この「目」のことも、後回し。
まずはこの人たちへのお礼だ。
カルナリアは感謝をこめて、一同を見回した。
前にも、こんな風にほぼ全員に見られながら声を張り上げた。
行きましょう、進みましょうと。
あの時は、おびえていたみんなの目に、徐々に光が戻ってきたものだったが……。
(…………?)
――先ほどまでは、面白がり、期待し、あのカルスが王様になるのかぁとワクワクしている風だった案内人たちが。
笑みが消え――違う、笑みではあるが、違う種類の顔になっていった。
楽しそうな、目を輝かせる明るい表情が…………困惑し、戸惑い、頬を引きつらせた、しかし笑みの形が消えるわけではない――そう、媚びるとか、へつらうとか、そんな感じのものに。
アリタ、アランバルリ、ライネリオらのバルカニア人は……外国とはいえ国王の即位に際して、バルカニアの作法で頭を下げているので、表情はわからないが――ちらりとすらこちらを見ようとしないのは、これも異様だった。
遠巻きの者たちはそうなって。
では、近くにいる者たちは。
カルナリアは周囲に視線をはしらせた。
新しい見え方をする、『新たな目』を向けてみると……。
最初におかしな反応を示したセルイに続いて、ファラも、口角だけを上げてヒクヒクさせる、妙な顔つきになった。
その『見え』方もやはり今までとまるで違う。
ゴーチェは、太陽でも直視してしまったかのように、強く目を閉じ深々とひざまずく。
レンカは――ものすごいにらみつけと、警戒の気配――まるで、カルナリアが別人になってしまっているのではないかと疑うような。
今にも喉を鳴らして獣の威嚇を発しそう。
(……ああ、そうでした…………レイマール兄様の『裏切り』を思えば、当然ですね……)
そう、先代の王は、『王の冠』の装着により能力が伸び、それにより人生の目的を根本からひっくり返して多くの命を奪った人物だった。
自分はあれとは違う。
とにかくそのことをわかってもらいたい。
カルナリアは笑みをたたえて声を発した。
「みなさん、ありがとうございます。
わたくしは、今、カラントの次の王様、第二十代目の国王となりました!」
できるだけ平易な言い回しで、高めの声で明るく、宣言すると――。
「嬢ちゃん、おめでとう!」とか「やったな!」とか「意味わかんねえけどがんばれよ!」とかの、野太い声や拳の突き上げ、拍手などがいっせいに湧き起こるのを期待したのだが。
「う…………ああ…………めでてえことだ……うん……」
代表するようにゾルカンが言ってきた。
彼もまた他の者たちと同じように、挙動不審だった。
カルナリアは一瞬、その髭面に目をはしらせ、新しい『目』で様々なことを読みとったが――。
明るい顔も態度も崩さないようにしつつ、続けた。
「何だか、鏡ですか、妙なことになりましたが、とにかくこれがこうなったので、わたくしはカラントの正式な王です。
これから、色々大変ですが、まずは見守ってくださったみなさまに感謝し――女王からの祝福を、お受け取りくださいませ!」
レイマールがやったように、カルナリアもまた両腕を広げた。
「装着の儀」では、色を定めた国王はみなそのようにするものだと教えられている。
おざなりにするつもりは、かけらもなかった。
周囲の妙な雰囲気を気にするのは後回し。
ただ一度の機会なのだ。
ここは真剣に、全力で気持ちをこめなければならない。
これまでの旅路と、みなで脅威から逃げまどい、助け合ったこと、そして助けることができずに失われていった命を思い……。
魔力を放った。
いや、勝手に漏れ出て、広がっていった。
(みなさん、ありがとう! いま生きている人たち、その命をお大事に! 生きて、幸せになってください!)
そういう気持ちが魔法になって流れ出ていく。
治癒魔法的な何か、だとは思う。
見習い以下の、新米魔導師にはよくわからない。
「ひゃうっ!!」
ファラが真っ先に変な声をあげ、他の者たちも次々とうめき、あるいはビクッとなり、胸を押さえ……。
異様な沈黙が落ちた。
妙な笑みを作っていた案内人たちが、それぞれうなだれ、肩を落とし……うずくまる者が出て…………泣き出す者も出てきた……!
カルナリアは猛烈に焦った。
「…………ど、どうなさったのですかみなさん……!?」
こういう時は先輩魔導師だ。
「……カルちゃん、やらかしたね。
今の、ちょっと、いやかなり、毒だよ」
メガネを外し、ファラは涙を拭うと――おもむろに、隣にいるセルイの腕を取り、かかえこんだ。
「毒!?」
「癒しの……心を癒やす……ほとんど呪法も同然のやつだよ……。
大切な人に会いたい、って気持ちが、ものすごく強くなった。
そのために生きなきゃ、故郷へ帰らなきゃって気分も。
こんな場所、こんな状況で、そんな気持ちにさせられたら……」
「………………」
「そりゃ、参列者に祝福をってのはお約束だけどね、本当にぶっ放す人がありますか。それもこんなとこでそんなのを。魔力に寄ってくる魔獣を誰が退治するのかわかってる?」
「あう……」
「この後みんな、色々、変になるだろうけど、自業自得でございますからね、女王陛下」
「…………はい…………」
失敗……ではないが、素晴らしいとも言い切れないことをしてしまったようだ。
その後、里心というのか、切なく寂しげな感覚を呼び起こされてしまった者たちがひとり、またひとりと静かに場を離れていって。
カルナリア『真鏡王』の装着の儀は、流れる雲が形を失って見えなくなるように、何とも締まらない形で自然に散会となったのだった…………。
人の立ち入りを拒む大山脈の、最も奥まったところで、ひっそりとカラント国王「真鏡王」が即位した。華々しい輝きも、湧き起こる歓呼もほとんど得られず、地味に。
しかし歴史における彼女の存在は、地味どころではない。
次回、第261話「女王の「目」」。
※余談
次回タイトルは、12話と対にしています。ロボットものでいう新機体への乗り換えのような。ここから披露される覚醒カルナリアの能力はプロット段階で先に決まっていて、それを元に12話で「まだ未熟な」能力として描いたものです。




